第264話「セールとかで並んでる時って自分の順番が近づく度にアガるよね?」「今はそんな気分じゃないっス……」
新成人の舞踏会は夜に行われるので既に日は暮れ始めている。城の堀にかかる跳ね橋の側で、冒険者の格好のグリセルダは警備を担当していた。
目の前を何台もの煌びやかな装飾が施された馬車が通り過ぎていく。自分はむしろああいう馬車達を受け入れる側だったな、と少ない記憶の断片から思い出す。
こういうものはどこの世界でも変わらぬのだな、とグリセルダはぼんやりと考えていた。
いずれこの世界はあと少しで飲み込まれて消滅するというのに呑気なものだと思うが、
――――まぁ、知るよしも無いならそれはそれで幸せな事だ。と独り言を呟いていたら、同じく警備に当たっていた冒険者に声をかけられた。
「まぁなぁ、贅沢な衣装来て豪華な馬車に乗って、いい暮らしに見えるけど俺は息が詰まりそうで嫌だがなぁ」
若干ズレた事を口にする冒険者に、グリセルダはそうだな、軽く笑って答えるのだった。
「次にご入場なさいますのは、~子爵家のご令嬢、――――」
入場を告げられ、次々と貴族子女とそのエスコートが入場していく。2人の為に開かれた扉の向こうからは眩い光と、割れんばかりの拍手が聞こえてくる。
それだけで会場となっている大広間の熱気が伺えた。そして入室した後にはまた扉が閉められ、喧騒は鳴りを潜める。先程からこれの繰り返しだ。
新成人の舞踏会の会場となっている大ホール前の廊下で順番待ちをしている皆は、自分の順番が近づくにつれて緊張の度合いが高まっていくのだった。
とはいえ、ここで順番を待っているのは本日成人となる貴族子女とそのエスコートの全てではない。全員をこのように呼び込んでいては日が変わっても終わらないからだ。
この国は貴族制度と共に魔力の有無も重要な要素となっているので、まず入場させられるのは魔力を持たない貴族子女だ。
家格によっても順序は決まるが、だいたいは何組かで、多いと十組ほどまとめて入場させられ、国王王妃に謁見するのもまとめて行われる。
魔力を持った貴族子女がその後で、それでも魔法学園での現在の成績、家格等で厳正に順序は決まる。
あくまでこれは第一歩ではあるが、貴族社会での現状を再認識をしてもらうというのが大きい。
魔法学園は基本的に皆平等という事にはなっているが、あくまでそれは建前という向きもあるので、これにより貴族社会での階級、身分差、能力差をはっきりと知らしめる意味でこの新成人の舞踏会は機能している。
なので今のように、平たく言えば下っ端から最上位までが順番に並ばされているというのも、実は本人たちに身をもって実感してもらう為でもある。
最後に呼ばれるのはロザリアとそのエスコートのリュドヴィックであり、これは家格も学校の成績も(一応)申し分ない上に、エスコートが王太子だという事で異論は特に出なかった。
そしてクレアはというと、その1つ前という事なので気分は最悪だった。これはクレアが国内で最も新しいく若い貴族の女爵なので注目されているというのと、聖女として国を救った功績、そして廃王子とはいえ、王族のフェリクスがエスコートという事で決まったのだ。
なのでクレアは緊張しまくっている。
「あああああああああどうしてこんな事ににににににににぃ」
いくら普段物怖じしないクレアでも場の空気くらいは読む。足元の豪華な赤い絨毯、廊下の壁を飾るのは装飾も豪華な巨大な彫刻、廊下の向こうに鎮座するのは巨大な扉。
天井には廊下なのにこんなの要るのか、というくらい巨大で豪華な魔石灯シャンデリア。煌びやかに光るその輝きはむしろ心に突き刺さる。
これまでは制服で何度も訪れていた王城ではあったが、着ているものが違えばこうも違うのだと驚くしかない。
まして今のクレアは、シンプルながらそれらの調度品を上回るくらい豪華で手のかかったドレス姿なのだ、緊張で胃が痛い。新成人の舞踏会について知れば知るほど面倒くさい事この上無かった。
社交界デビューの一番最初に何かやらかせば、それこそ一生ついて回りかねないからだ。
なら社交界を今後無視すれば良いのかというと、もしもフェリクスと結婚でもしようものなら絶対にそれは避けられない。
さらに今日は舞踏会と言うだけあって全員で踊る事になっており、そこでも貴族としての品格を問われる事になる。
自分はステップをきちんと踏めるのか、ターンの時の軸足はどっちだっけ、と今から頭がぐるぐると回り始めていた。
いっそ儚げな乙女らしく気絶してしまいたいが、全くその気配もない無駄に強靭な自分の神経が恨めしい。
子供の頃憧れていた夜会や舞踏会はいざ参加してみると夢とか幻想とか甘ったるいものではなく、厳格な階級社会そのもので、今はまさにそこへ踏み出す第一歩なのだ。
こういう時、常に一声かけてくれるアデルも今は控室だ。当然会場でも付き添う事は許されていなかった。この辺は他の貴族子女達も同じで、いつもと違う状況にそわそわ不安そうにしているのはクレアばかりではない。
なので普段は奔放で、時には傍若無人な印象のあるクレアがガチガチに緊張しているのを笑う余裕は実は他の面々にも無かった。
エスコート役には当然父親だったり兄等の家族が混ざっている事もあり、そのクレア相手に嫌がらせ等をする事も無い。
なので何故か皆、同じ戦場に放り込まれようとしている戦友のような妙な連帯感を感じ始めていたりしている。
『だいぶんテンパってるわねークレアさん、どうしたものかしら』
ロザリアはというと、緊張しないではなかったが普段の王太子妃教育の賜物かクレアを気遣うくらいの余裕はある。
エスコート役のリュドヴィックを見るが、それは彼も同様に感じていたらしく、『それはフェリクスがやるべき事だ』とばかりに首を振られてしまったのだった。
そう、これは彼女たち2人の問題なのだから。
しばらくすると前に並ぶ貴族子女達は全員入室させられてしまい、待っているのはロザリア組とクレア組だけだった。
この入口の扉から国王が座っている所まではかなり長い距離があるので、そこをいちいち1組ずつ進ませていても時間がかかってしまう。
なのでこの中ではまだ何人ものペアが入るまでと同じように並んで挨拶までの順番待ちをしている、はずだ。はずだというのは会場の眩しさに中がよく見えなかったのだ。
最後の2組だけはこの入口から王の前までを待つ事も無く歩かされると聞かされている。なので自分達の出番までには多少の時間があるだろう。
「ようやく、顔見知りだけになったね」
「フェリクス、お前はエスコートなんだからパートナーをもう少し気遣うべきだろう」
リュドヴィックが珍しくフェリクスに苦言を呈していた。普段ならこんな事は言わないのだが、さすがにこの場では立場が一番上なだけにそうも行かなかったのだ。
クレアもその言葉で少々落ち着きを取り戻したらしい、場の気分も少々緩む。
「そうしたい所だったんだけどね。僕は色々な所から好奇の目線にさらされているわけだし、まして今回は公にはやっと2度目だよ?あんな状態だと会話もしづらいんだよ」
「あ、そういう事だったんですか」
「まぁ基本ここは私語は慎むべき場ではあるというのもあるんだけどね」
とはいえ、女心としてはそういう場でこそ声をかけて欲しいのだ。とクレアは思わないでもなかった。
「しかし、こんな悠長な事やっていいものだろうか?世界ってあと少しで消えてしまう?感じになるんだろう?」
フェリクスがふと疑問を口にする。それをこの場で言うかこいつは、とリュドヴィックも思ったが、こんな場だからこそだろうか。
現状この世界は消滅の危機に晒されている。とはいえグリセルダ側が特に動きを見せていない以上、こちらからはどうする事もできないのだ。場合によっては明日すらもどうなるかわからないまま今日を生きている。
しかし目立った事が起こっていない以上、『あと数ヶ月でこの世界は滅びまーす』などと公表するわけにもいかない。
この場にいる者はそれを痛切に思わざるを得なかった。それはこの国でもトップクラスの機密事項であり、知るものはごくわずかだ。
「この国は1000年これでやってきた。でもそれが正しいのかを見極める時期に来てるのかもしれないね」
「そうだが、1000年これでやってこれたとも言える。簡単には否定できないぞ?」
「あれ?ずいぶん変わったね?ちょっと前なんて王家なんて潰れてしまえって口にしてたのに」
「色々あるんだ。色々と」
ロザリアはリュドヴィックがフェリクスとじゃれ合うように会話しているのを見て、このまま何も起こらないでいて欲しい、と思わずにはいられなかった。
その思いはきっと彼女だけではなくこの場にいる全ての者の共通する思いだろう。ロザリアの場合はせっかく転生したというのに、前世の年齢より若くして人生を終えたくないというのもある。
「何年かすると、こんな事も懐かしく感じるのかしら」
「おいおい、今日やっと成人するっていうのに、やけに達観したような事を言うじゃないか、我が婚約者様は」
ロザリアの言葉にリュドヴィックが半ば本気で心配そうな表情で答えたが、ロザリアはそれこそ本気だ、自分では述べ33才のオトナ女子と思っているので。
その時、部屋の中から入場を告げられる声がかかった。
「次に入場されますのは!クレア・スプリングウインド女爵様、エスコートはフェリクス・レイ様!」
それに伴い、部屋からも大きなどよめきが上がった。
「さぁ、クレアさん、堂々といってらっしゃいな」
「ええ!?完全に油断してた!」
次回、第265話「新成人の舞踏会の開幕」
読んでいただいてありがとうございました。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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