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第262話「這い寄るモノ」


「それでは、手はず通りに、どうかよろしくお願いたします」

「……ふん、だそうだ男爵、手配してやれ」

とある貴族の館の豪華な一室にて一人の男が頭を下げていた。男は身分を隠すかのように黒いローブで全身を包んでいる。

頭を下げている相手はアルフォンソ・グランロッシュ。この館の主で現国王フェルディナンドの兄にして大公爵だった。

隣に控えているエルドレッド男爵は恭しく頭を下げている。

こちらは貴族達の間でもあまり評判の良い男ではなく、大公爵の為に様々な事に手を染めている。


「しかし人の欲は尽きませぬな。自分達の今後を守る為とはいえ、国家反逆罪に問われても仕方ありませんぞ」

黒いローブの男が退室すると、男爵は自らもその罪に問われる片棒を担ごうとしておきながら、他人事のように言った。

その言葉に大公爵は表情を変える事も無い。ただ、けだるげに手に持つワイングラスを揺らすだけだった。


「……ふん。話を聞く限り欲に目が曇って本質が見えておらんようだがな。あの令嬢は好き放題やっているだけで貴族社会の事なぞどうでも良いようにしか見えんが」

「それほどまでに存在が大きくなっておるのでしょう。たった半年かそこらで、あそこまで様々な所で存在感が増せば誰だって警戒いたしましょう。

 それで、大公爵様はこの件でどうされるおつもりですか?」

「どう、とは?」

大公爵は手に持ったグラスを眺めたまま、質問の意味が分からないといった風に聞き返した。とはいえそれは男爵の問いに答えようとするよりは独り言に近い。

「いえですから、もしも万が一、この国が倒れる事になれば大公爵様がこの国の王となる事も不可能ではありますまいか、と」

「……ふん、仮に王になってどうする、お前は自分の目的の為に俺を利用したいだけだろう? 俺は国王の座になど、もう何の魅力も感じておらぬ

「はぁ、さようですか。ならば何故このような世を乱す事を? ただの退屈しのぎにしては大掛かり過ぎますが」

「何度も言っているだろう。お前の言う通りただの退屈しのぎだ」

大公爵の言っている事は本当だった。彼にとっては全てが退屈で無意味なもので、今の世界が滅びに向かっているのも知っているが、気にするどころかむしろ望む所だった。

なのでフォボス達に手を貸しているのもそれを早めるために過ぎない。

彼が望むのは世界の崩壊。それが叶うのであれば、どのような結末を迎えようと彼は構わないのだ。自分が破滅する事になろうとも。



グランロッシュ王国から遥か北のエルガンディア王国でもまた貴族達が集っていた。

とはいえ会議室で顔を突き合わせているのは、国王と軍の将軍達、それに工廠(こうしょう)(軍の工場)の長だった。

「で、どうなのだ、その後の”ベルゼルガ”の行方は」

「ははっ、南の方へ逃走したものと思われますが、その先はグランロッシュ王国のローゼンフェルド領ゆえなかなか捜索がはかどらず……」

エルガンディア国王の問いに将軍の一人が申し訳なさそうに答える。

今回集められたのは、つい先日完成した実験兵器についてであった。画期的な兵器ではあったのだが暴走した上に国内で暴れ回った上に姿を消してしまったのだ。

周辺諸国にはまだ知られていないが、被害規模の大きさからそれも時間の問題という大失態な上に、逃げた先がグランロッシュ王国というが更に問題を大きくしていた。

元々グランロッシュ王国への侵略を目的として開発したものではあるが、勝手に戦争を始められても困るのである。


「忌々しい、グランロッシュ王国ローゼンフェルド領だと!? あそこは元々我らが国土ではないか! 何故自分の足で探しに行かぬ!」

「……とは申されましても、近年我が国よりあの国へ流出する者も多いので、最近は国境の警備も厳しくなってきているのです。

 何人か潜入させましたがそれでも捕まってしまっている次第で……」

国王の怒りに満ちた声に答える将軍達の歯切れは悪い、そもそもこの国で困窮する民が増えている原因は、軍の戦力を増やそうと多額の資金を注ぎ込んでいるからで、つぎ込んだ先が逃げてしまった魔核兵器ベルゼルガなのだから。

「”ベルゼルガ”が南に向かっているというなら兵を向かわせて見つけさせろ! その上で制御を取り戻してそのままグランロッシュ王国を攻めれば事は足りるではないか!」

おまけに肝心の国王は軍略に疎く、全く状況を理解していなかった。新兵器一つで戦争に勝てれば誰も苦労しないのだ。この場にいる将軍達は皆その事を理解しているだけに頭が痛い所だった。


「危険です!こちらから戦争を仕掛ける事になってしまいます!」

「元はと言えばお前らがしくじったからではないか! 言い訳など後から何とでも付けられる! ベルゼルガを失ってからでは取り返しが付かんのだぞ! 今は発見を最優先させろ! 手段を選ぶな!」

「は、ははーっ!」

国王が状況をどう理解していようといなかろうと、ベルゼルガを発見しなくてはならないのは事実だ。

この際だから兵士を動員しても良い、という言質を取れたという事もあり、将軍たちはそれ以上の反論をせず行動に移した。



”彼”は道に迷っていた。人であった頃は様々なものを見て判断していたと思うが、今の”彼”が求めているのは魔力だった。

絶え間ない飢えにも似た魔力への渇望、それこそが今の彼を動かしていた。

”彼”にとって不幸だったのはエルガンディア王国の国境にやって来た事だった。

国境付近はトランスエイナム地方と呼ばれ、どういうわけか大地自然の魔法力や精霊力が極端に少なくなっている。

その原因が遺跡教会で起こった『最モ新シキ無名神』の発生というのを知るものは少ない。

ともあれ原因が何であろうと吸収すべき力が無くてはここにいても飢え死ぬだけだった。

その為に”彼”はその地域を避けて南へ南へと向かわざるを得なかった。

南には極めて強い魔力が集まる所を感じる。それは王都であり魔法学園ではあったが、今はそれを知る(よし)もなかった。

時おり魔獣を見つけてはその魔晶石を捕食し、どうにか機体の稼働を維持している状態なのだ。


”彼”は空も飛べた、身体のあちこちからは魔法力を使用した各種の兵器すら使用する事ができた。しかしそれも魔力が充分に満たされていてこそだ。この身体はとにかく腹が減る。何もしていなくても凄い勢いで身体から魔力が失われていくのを感じる。飛ぶ事はなかなかできず歩みは遅い。

一体どういう事だと思う事はなかった。何故ならば自分はこの身体を作り上げた技術者の一人がなのだから。


エルガンディア王国に遥か昔から伝えられている『(コア)』。

この機体はその『(コア)』を封じたまま動力源として利用する為に大量の魔力を流し込み、未知の反応により流し込んだ以上の魔力を得る事ができる上に、その流し込む魔力に搭乗者のものを混ぜ込んで機体の操作に介入する事ができるというものだった。

ベルゼルガは人型の上半身と蜘蛛かカニのような下半身で構成されている。実のところベルゼルガの本体は『核』のある下半身と言っていい。下半身だけでも考え、動く事ができるのだ。


大量に必要とされる魔力源としては魔石を最初に考えていたが、効率が悪すぎた。いちいち魔力を充填した魔石を使っていたのでは消費に追いつかない。しかも特定の魔力属性に偏ると不調の原因となる。

次に考えたのは人、それも魔力持ちの子供だった。まだ属性も定まり切っていない頃の子供であればいくらでも吸収し放題だ。動力源としては理想的といえる。

子供が欲しいといえば国内外からいくらでも用意してくれた、国外のはわざわざ買ってまで連れてきたらしい。

考え付いた時はそれが悪魔的な発想とは思いもしなかった。単にできない事をできるようになるのが楽しかったという技術的欲望を満たしたかっただけなのだ。

だが今はそれが災いした、とにかく魔力を食べたかった。技術者としての知識欲より食欲が優ってしまったのは嘆かわしいが、今はとにかく生きなくてはならない。

生きて生きて辿り着かねば。

『どこへ?』

そういえばどこへ向かえば良かったんだろう。わからない、ほんの少し前の事も思い出せない。

『あの子、子供?食べる為に?』

いや、食べてはならない、それだけはわかる。

『今まで山程食べたのになぜ?』

わからない、だが会わねばならない。

『フローラ?』

そう、フローラ、そんな名前だった。だが誰だ、もう誰かもわからない。だが会わねば。




「なに?グランロッシュ王国から?」

「はっ、何でもこちらと手を結んで国内で革命を起こしたいとかで」

執務室のエルガンディア国王に一人の兵士が報告を行っている、内容はテネブライ神聖王国の遺臣を経由したとあるグランロッシュ王国貴族との密約の申し出だ。

再起を図るテネブライ神聖王国と、現状をよしとしないグランロッシュ王国の貴族が革命を起こそうとしている。

その手助けとしてエルガンディアからも挙兵をして欲しい。革命が成功の暁には国土を割譲する。いかにもありそうな話だ。

だが猜疑心の強い国王はそう簡単に信じる気にはなれなかった。

「……気に入らんな、書状を見せてみろ。そこそこ力のある貴族の名前が連ねられておるな。しかし大貴族の名前は無し、か。

 おおかた現状が不満な者達が結託しておるのだろう。”ベルゼルガ”の事は気づかれておらんのか?」

「おそらくは、向こう側の兵士の配置状況からの判断ですが……」

「利用できるな、乗ったフリをしてベルゼルガをグランロッシュ王都に突っ込ませて混乱させれば、それに乗じて国土を奪い返せる。何となればグランロッシュ王国そのものを我が領土とできるやも知れぬ」


国王の悪い笑みを見る家臣たちは薄々は感づいていた。夢のような事を言っているがそう上手くはいかない事を。

この世界の戦争は魔法を使える者の数で決まると言って良い、しかしこの国は魔核兵器による一発逆転を狙う為の開発で疲弊し切っている。

魔力持ちですら魔核兵器の開発で何百人もが犠牲になってしまっている。

それはこの国の軍事力をすり減らしながら、それに見合わない兵器を作り続けていると言っていい。

はっきりいって今起こそうとしている戦争は、ほぼヤケクソの破れかぶれに等しいのだ。

それは現状を良しとしてしまっている自分たちの責任でもある。止めたければ目の前の国王を(しい)するという手もあるのだから。

だがそれが出来るような者は限られており、ましてや世界情勢を理解した上で自分がどうすべきか、という視点を持つ者など望むべくもない。

ただ一人の愚かな判断を止められない大多数。そして招き寄せてしまう悲惨な結末。戦争が起こる時というのはいつだってこんなものだ。


次回、第263話「昔さー、成人式で暴れて目立とうとする変なのいたよねー」「……成人する為の式ですよね?」

読んでいただいてありがとうございました。

基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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