第261話「球船」
「やぁドワーフ王、しばらくぶりだね」
「おおリュドヴィック殿下、それとロザリア嬢、お久しぶりですな」
ロザリアはリュドヴィックに連れられてドワーフ国王の工房を訪ねていた。
リュドヴィックの王に対する相談と、それに伴ってロザリアの持つ魔力物質化の技術の調査の為であった。
こちらを、とクリストフから酒を受け取ったドワーフ王グランギムルドは顔を緩ませている。
「お久しぶりでございます陛下。私でお役に立てるならと参りました」
淑女の礼をしているロザリアとしてはよく判らない要請ではあったが、国王からも外交の練習だと言われた上にアデルからも「お嬢様は王太子妃になられると外交に出向く事にもなるのです、今後の練習と思って失礼の無いようにお願いします」と送り出されてしまい、意識しまくっていた。
『うう~、前会った事あるから、こんな改まって挨拶するような感じでも無いんだけどなぁ。
外交かぁ、結婚したらリュドヴィック様って婚約ピから夫ピに?あれ?結婚相手の事って何って呼べば良いんだっけ? ピの次だからプ? 夫プ?」
などと、あらたまった顔で挨拶しながらかなりおバカな事を考えている。
2人はドワーフ王に連れられて前回同様ドワーフ遺跡の内部まで案内されている。とはいっても未来的な機材が並ぶ場所なので遺跡とはどうも思えないのだが。
リュドヴィックはある程度ドワーフ遺跡の研究が進んだとの事で、ついでに報告を聞きに来たのだ。
とはいえ彼らをもってしても何となく使い方がわかり、表示されているものから類推した程度のことで、
実際に作ったりできるかと言われると今のところ不可能だとの答えが帰ってきた。
「結論から言うとこの”球舟”はたしかに世界を越える能力があるようだ。とはいえ思い通りに旅をできるわけではないようだな。船というより気球に近いな」
『球船』という名前は全体の構造を調べていくとほぼ球状だったからだそうだ。ドワーフ王によると事象空間上での位置関係を現世から切り離し、位相がずれた隙間の空間に落ちていくことで世界を越えるのだという。聞いてみてもロザリアにはさっぱりわからない。
『てゆーかさぁ、フツー異世界転生ってこういう時チート知識とかで無双するもんじゃないの!?どう考えても前世より遥かに進んでるっぽいんですけどー!?』
「正直言うと、話を聞いてもよくわからないな」
「まぁ話をしているワシ自身が理解しとらんからな、理解できる奴がおったら教えて欲しいくらいだ」
自分でも理解してなかったんかい、とロザリアが脳内でつっこんでいるとドワーフ王は壁に備え付けられたモニターと操作盤を操作し始めた。
リュドヴィックの方は何となくは理解しているらしい。逆にドワーフ王に質問する。
「とはいえ、その事象空間というものを何らかの形で我々が認識できるようになれば、ある程度この世界の状況は観測できるという事で良いか?」
「その通りだ。まだよくわかってはおらんがな、事象空間上の状態を観測できるものはたしかに搭載されておる、で、今の状態が、これだ」
眼の前のモニターに何かが映し出された。画面の周囲には多数の四角い図柄に単語が書かれたものが並び、まるで文字に縁どられた絵画みたいだなとリュドヴィックは思った。
ロザリアの方は前世で見たパソコン画面のようだなという印象だ。
「大半の文字は意味が変わっていたり文法も変わってるのかまだ理解できていないが、ともかくこれが我々の現状らしい」
とドワーフ王に言われてもよくわからない。黒い空間の中央にある青い立体的な球の近くにより大きな赤い球があるようにしか見えないからだ。
「青いのが我々の世界、赤いのがいわゆる魔界というやつという事になるな」
「近い……のだな? これが衝突すると我々の世界が飲み込まれてしまうのか?」
「そういう事だ、聞いて驚け、衝突までの時間は数年、または半年以内だ」
そう聞かされても2人は実感は薄かった。予兆らしいものは色々とあったがそれが世界の消滅だのとは簡単には一致しなかったからだ。
むしろ意外と大丈夫なんじゃないかと楽観的に思い込もうとしていた部分がある。
「神王獣達から聞かされていた内容とも合致するな……。しかしどうしてそんなに時期がかけ離れているんだ、近づく速度が一定ではないという事か?」
「そういう事だ、この図は過去の状態も映し出す事ができてな、これが我々がやってきた1420年前、青い球の位置が突然、赤い側の球の側に移動してしまった。
我々がこの世界にやって来た事の影響がこれだ。で、ここから赤い球が少しずつ近づいているだろう?1000年前が最も近くなっている」
「この時が大襲来の時か……」
ロザリアはリュドヴィックが、こんなよく判らない事をきちんと受け答え出来てる事を素直に感心していた。
自分もこの世界で教育を受けているにも関わらず、ついて行くのがやっとだからだ。これが王になる為に教育を受けた者との差なのかと思った。
『リュドヴィック様ヤバくね!?もう少し前世で真面目に勉強しとくんだったかなぁ』
「そういう事だ、そして”御柱”の影響だろうが徐々に離れていっているな。だが限界はあったんだろうな、200年程前を境に又近づき始めた。このままの速度で戻っていればとうの昔にこの世界は飲み込まれていた」
「先程の近づく速度が一定しない、というあれか、いったいどういう事だ?」
「わからんが、今年の2月頃から突然状況が変わった。まるで振動するかのように近づいては離れるを繰り返してな、時に大幅に離れたりしている」
「いったい何が起こったんだ……?」
「わからん、一つ言える事は今年の2月を境にこの世界の常識が変わるような事が継続的に起こってるんだろうな、それがなんとかギリギリで世界の衝突を食い止めている感じだ」
二人して首をひねっているリュドヴィックとドワーフ王を見て、ロザリアも何故かなーと呑気に考えていた。その時期こそがまさに自分が前世の記憶を思い出した頃だというのも気づかずに。
というか自分の存在がこの世界に物凄い影響を与えているというのを、この期に及んで気づいていなかった。『え? ウチ?』
「何とかしてこの二つの世界の距離を安定さえできれば問題も無くなるんだがなぁ」
「御柱が今までその役割を果たしていたわけだが、他に何か方法は無いのか?例えばこの『球船』で世界の住民を避難させるとか」
「この船に乗った人だけを島流しのように脱出させる事はできるがな、人数が限られる上にあまりおすすめはせんぞ。
この事象空間内で別の世界に出会えなければ、永遠にさまよい続けるだけだ。見ての通り、周囲には世界が無い」
ドワーフ王が操作するとモニターの画像はどんどんと引いた図になってゆく。球体が無数に散らばり、まるで星空のようだ。
その散らばり方は無秩序ではなく、時に集まって塊になり、それが繋がって帯状になり、その帯もまた伸びた先で交差して網のようになっていた
網の穴の所には何も無く、ただの暗闇が広がるだけだった。そしてこの世界はまさにその暗黒の中央に存在していた。
「よりにもよって、逃げる先が無いのか……。これでは船があってもどうしようも無いな」
「まぁとはいえ使い道は無くもないぞ? この球体が世界だと一言で言ってしまっているが、実はこの世界はもっと複雑に様々なものが絡み合っていて構成されていてな、なんと我々の前世や来世とも関係しているらしい」
「前世……?」
ドワーフ王の言葉にリュドヴィックは訝しげだったが、ロザリアはその言葉を聞いて密かに反応した。
『この世界が……、ウチの前世とつながっている?』
「この船は位置情報を書き換えながら事象空間を行き来する仕組みのようだがな、その機能を逆転させればあそこにある透明の箱の中に異なる世界のものを呼び寄せる事ができるかも知れん。動力源として大量の魔力を使ってしまうがな」
「今一つよくわからないが……、闇の魔力に対抗できる軍隊のようなものを召喚できるという事になるのか?」
「そんな都合の良い人材がうまく来るとも思えんがな。まぁ呼び出した所でだ、勝手にこちらの都合で呼び出した者が協力的かと言うと疑問だ」
「うまい話は無いという事か……」
リュドヴィックは残念そうに肩をすくめた。球船の報告はここまでとの事だったのでロザリアは工房に戻って魔力物質化についての研究に協力する事になっている。
ここからの話はエルガンディア王国が開発していると思われる兵器の話になるので、ロザリアに聞かせるわけにはいかなかったのだ。
「さて、今日私が来たのはこの件なのだが」
リュドヴィックはドワーフ王の工房内の接室に通されていた、同席しているのはクリストフのみ。
机に広げられた書類は『魔核兵器ベルゼルガ』に関するもので、ドワーフ王に意見を聞こうというのだ。
その書類の写しは予め送ってあり、ドワーフ王も目を通している。
「話は聞いておるが、作った者の正気を疑うなこれは。知的好奇心を満たせるならば何を作っても良いというものではないぞ、まぁドワーフにもそういう奴はたまに出るがな、大方は周囲が止める」
「だがあの国はそれを作ってしまったらしい。この兵器がどれ程の力を持つか意見を聞かせてもらえないか?」
「結論から言うと使いものにならんな。あまりにも消費する魔力が膨大過ぎる、それに見合う力は引き出せるようだがな。放っておいても嫌がらせ程度にしか使えんと思うぞ?」
ドワーフ王がそう断ずるのがリュドヴィックには意外だった。グランロッシュ国側でも全てを読み取り終えたわけではないが、明らかに進んだ技術で作られたものなので脅威になると思われていたのだ。
「どのような力を持つか教えてもらえるか?」
「あくまで推測だがな、おそらく短時間ながら空は飛べる。装甲は魔力で強化されていてかなり強固な上に魔法が効きにくい。それに強力な魔力収束光を放てるようだな」
「その魔力収束光というのは?」
「要は魔力を一方向に束ねて撃ち出すのだよ。水鉄砲の強力なものと言えばわかるか?かなりの貫通力を持つ。それと魔力を物質化させる事で身体を巨大化させたり、一部を変形させたりもできるな」
リュドヴィックはドワーフ王の説明にとある事を思い出していた。
「それは疑似魔界人の少女が使っていた力に似ているな、それこそ厄介ではないのか?」
「似たような能力でも劣化模倣としか言えんぞこれは。巨大化したから何だっていう話だし、装甲に魔法が効きにくいのも魔力の続く限りだしな。はっきり言って嫌がらせにしか使えんのだよこれは」
ドワーフ達の分析によると、この兵器はとにかく燃費が悪く、長い戦闘に耐えられる物ではないというのだ。時間稼ぎさえすれば自滅するとの事だった。
しかし時間稼ぎするという事は、被害が広がる可能性もある。
「例えばこれが王都に攻め込んで来たとして、どんな被害が考えられる?」
「一時的に王都の一部に被害が出るだろうがな、それでも長くは戦えん。そのうち機能停止するぞ。魔力源がいくらあっても足りんのだよこれでは」
「だがそれでも、王都に来てしまうと少なくない被害が予想されるという事で良いのか?」
「そういう事だな、王城には防護障壁が張り巡らされておるのだろう?強化しておいた方が無難だな。おそらくぶち抜かれるぞ」
ようやく対策的な事を聞き出す事ができた。城にはもちろん防護障壁が張られているので、帰り次第強化を進言する事になる。
そして、リュドヴィックは最も扱いに注意を要する事をドワーフ王に聞いてみる事にする。
「被害は最小限に食い止めるつもりで対策をとらせてもらうが……、問題はこの”核”だ」
「だよなぁ……、手段を選ばないにも程があるぞ。闇から闇へ葬っておけば良いものを、こんなものを引っ張り出して来るとは」
ドワーフ王も顔をしかめる。それほどこの兵器の中枢は忌まわしいとしか言えないものだったからだ。
次回、第262話「這い寄るモノ」
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基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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