第260話「こどもさらい」
「はいみんなー、メリークリスマス!」
「メリークリスマス!!」
クリスマス当日、ロザリアは顔だけはにこやかに祝いつつ、孤児院の子どもたちにプレゼントを渡して回っていた。
尚、クリスマスイブの晩に子供たちにプレゼントを配って回る精霊は、赤い頭巾に赤い衣装を着ているという事になっているのでロザリアもその衣装を着用している。
アデルは表面上はにこやかにプレゼントを配って回るロザリアを見て、「(貴族って本来こういう事するのが普通なはずなのですよね……)」と遠い目になっていた。
普通の事をするだけでちょっと感動される侯爵令嬢はどうなのだ、という話である。
『大きなお世話よ! こーなりゃもう開き直るしかないじゃん! 今のウチはサンタクロース! はいメリクリー!』
「ロザリア様、本当にありがとうございます。今年のクリスマスは本当に何の心配も無く心から祝えますわ」
「これだけ盛大になると大変ですよね、見たことない子ども達までいますし」
院長先生とロザリアが部屋を見回すと、そこそこ大きな部屋には30人ほどの子供達が、それぞれ思い思いの飾り付けをしたツリーの下に集まっていた。
部屋1つだけでは足りず、あと4つの部屋で同じようにしてパーティを行っているそうだ。
ロザリアは定期的にここを訪れているつもりであっても、それでも来るたび見慣れない子が増えている。
そんな子供に混ざって小さな女の子が一人だけ、ロザリアたちの方をじっと見つめていた。
その子はこの当たりではあまり見ない顔立ちで、その髪も珍しい緑がかった銀色をしていた。
「ああ、あの子達は少々複雑でして、エルガンディアから流れてきたのだそうですけど、
お母さんの方が仕方無いとはいえ犯罪に手を染めて捕まってしまい、あの子だけここに預けられたんです」
「そんな事が……。ねぇ、心配しないでね? ここは国と教会がやってる所だから。お父さんとお母さんをここで待っていればいいから」
元々子供好きなロザリアは、前世での境遇と重ね合わせてしまったのか、どこか不安そうな顔している少女に近づき頭を撫でながら優しく話しかけていた。
エルガンディア語は少々言葉が違うそうだが、それでもロザリアが何が良いたいかは伝わったのか表情の薄い顔でうなずくのだった。
「それにしても、エルガンディア王国ってそんなに状況が悪くなってるの? ここしばらくはこの国との紛争も落ち着いていると思っていたのだけど」
「お嬢様、他人事ではないのですよ。エルガンディアはローゼンフェルド領とも隣接しております。
ローゼンフェルド家は元々エルガンディアに睨みを効かせる辺境伯から爵位を賜のですから、無関係ではありません」
「え? ちょっと待ってアデル、元々あの土地に住んでたわけじゃないの?」
「むしろエルガンディアを征伐していって領地を広げた形になりますね。
いつぞやの塔の事を覚えていらっしゃいますでしょう? あれは正確には426年前の事なのですが、当時はまだローゼンフェルド家は単なる武門の家柄に過ぎませんでした。
ですがあの戦いで功績を挙げたことで、その土地を治め、エルガンディアに睨みを効かせる事で大きくなりましたので。とはいえここ100年程は大きな動きは無かったのですが」
『んー、ウチの前世の日本って、なんかずっと同じような形でそこにある、って感じだもんねー。時代によって国の形が変わるってのにどうも馴染めないんですけどー』
「ロザリア様、悲しいことですが人は奪われたものに対しては強い執着を持ちます。その人達にとってはローゼンフェルド領は今もエルガンディアと思っていても不思議はありません、どうかお気をつけになって下さい」
「でもどうして今頃になって突然動きを始めたのかしら。何かきっかけでも……?」
院長の言葉に考え込むロザリアにアデルが更に説明を続ける。
「近年エルガンディアは武力を強化しているという噂は聞いた事がありますね。ですが国土が小さいだけにどうしても人の数が少なく軍隊もなかなか大きくできない、と聞いたことはあるのですが」
「そんな状態で戦争なんて、と言いたいけど、それってローゼンフェルド家が領土奪ったから、よね。ちょっと複雑ね」
「お嬢様が気に病む事はありません、とは言えないのでしょうね。お嬢様はどうしても責任を背負わざるを得ないお立場でしょうし」
せっかくなので何か話を聞けないかとロザリアは先程の少女に近づいてみた。こういう時のロザリアは何故か貴族っぽく見えなくなるらしいので子供も話しやすかったりする。
「ねぇねぇ、お話聞かせてもらって良い? エルガンディアって今どんな感じになってるの?」
「ひと、いない。ぐんたいばかり」
「一般の人が少なくなって、兵隊ばかりになっている。ということでしょうか?それで国としてやっていけるのでしょうか」
アデルが少女の言葉を補って解釈すると少女は同意するような顔をした、それほど間違っていないらしい。
「はたけ、ひとがとじこめてる。でもあまりない」
「うーん? みんな畑とかに閉じ込められて作物作らされてるけど、それでも食べるものは少ない、って所っスかね?」
「良くない傾向ですね。少なくとも数年前まではそこまでの状況では無かったはずなんです。いつの間にか国自体が軍事国家のようになっているようですね。あとクレア様、口調」「あ、なんかそれ久しぶり」
クレアも混ざって話を聞くと、エルガンディアは北方の国の為に農業が難しく、それでも食べていく為に国全体が農地だったのだがそれが激減しているとの事だった。
「お父様はそんな事は言ってなかったと思うんだけど……」
「侯爵様は当然そういった事は察知把握されていらっしゃるとは思います。国境の備えもされておられるとは思いますが……」
アデルはそう言うが、一度父に聞いておこうかとロザリアは思った。領地の経営や統治に関してはほとんど口を挟んだ事は無いが、話くらいなら聞かせてもらえるだろう。
「ねぇ、他にも困っている事無いの?何から逃げてきたの?」
「こどもさらい」
「え? 子どもをさらうの? 誰が? 兵隊達?」
「ちがう、おおきい、すごく、こどもだけさらっていく」
ああ、連れて行かれる、私の大切な人が、ああ、暗い暗い闇の向こうに。
何故だ、私達が何をした、なぜこんな事をする。
手を伸ばしても届かない、やめろ、連れて行くな、連れて行くな!
『ねーさま!』
グリセルダは寝床から飛び起きた。何度か見たあの夢、絶望的な気分になるあの声、あれは、誰だ。
宿屋の窓から見える空は既に白み始めており、夜明けが近い。寝汗にベタついた服に朝の寒さが染み通っていく。
徐々に覚醒する意識の中で先程の夢はどんどん虚ろになり消えていく、だが先程の声だけが耳の中に残り続け離れない。まるで一度聞いた事があるかのように。
「この身体になってから何度か見るあの夢、あれは誰だ? 今の私には見覚えが無いのだが……」
記憶を取り戻せばその正体もわかるかも知れない、だがそれには本来の肉体を取り戻さなくては。
自分の肉体は魔法学園の地下に封印されている、だが身体を取り戻してどうする、この世界は明らかに滅びへと向かっていた。
時折各所で吹き上がる黒い魔力、あれは故郷からの侵食が進んでいるのだろう。
このまま行けばこの世界は故郷に飲み込まれて消滅する、恐らくその時に自分は帰還を果たすはずだ。
「黙っていても故郷には帰れる。その時向こうでは1000年経っているだろうがここよりはマシだ。もう誰も私の事を覚えていないだろうし今更記憶を取り戻してどうなる」
彼女はもう何もしたくないというのが本音だったのだ。1000年という年月の隔たりは、それ程に心を疲弊させていた。
だがそれでも、あの声が耳から離れない。あれは、誰だ。私は何を喪っている。
次回、第261話「球船」
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