第24話「仏頂面の侍女は乙女ゲームの存在を信じるか」
アデルに質問されてしまったウチ達は、前世の事はウチが、ゲームの事はなんとクレアさんがプレイした事あるらしく、アデルに説明してくれた。信じてくれると良いんだけど……。
「なるほど、よくわかりました、そういう事だったのですね、色々と納得がいきました」
「えっ、アデル、信じてくれるの?」
「いくつかよくわからない単語はありましたが。たとえば”ゲーム”というのは、読み手が文章を選択することで、物語の行く末がどんどん変わり、挿絵は動いて声も出るという、
ページをめくらなくても良い本、と理解しました。似たようなものなら、魔法で作れなくもないでしょうし」
「アデル、意外と考え方が柔軟なのね……? 普通こんな事誰も信じないはずなのに」
あんなざっくりとした説明で、信じてくれるとは思わなかった、っていうかこの子フツーに頭良いよね?地頭が良いっていうやつ?
「前世の事ですが、お嬢様は嘘のつけないお方ですし、突然性格が変わったように見えても、やはりお嬢様はお嬢様でしたので。
それに、クレア様は私の名前をご存知でした、お嬢様は高名な方ですので、ご存知でも不思議はありません。が、私の名はそうはいかないでしょう? これが信じる根拠となる証拠の一つです」
「お嬢様が1人で前世だの何だのを言っていたなら、単に変な事を言っている、と思うだけですが、初対面どうしの2人が同じ事を言っているなら、それは簡単に否定できません。
さらに、クレア様が私の名前をご存知だった事で、私が加わり、関係者は3人です。ですが私は面識がありません、何かあるものとして行動する方が合理的です。
「この世界が乙女ゲームというものと同じ、というのは正直よくわかりませんが、お嬢様やクレア様の前世が生きていた世界、というのが存在するのであれば、この世界もそういったものの一つなのでしょう、というくらいには理解しました」
物凄く理路整然と説明されてしまった、やだこの子怖い。
アデルに納得してもらえたウチは、クレアさんに向き直った。次はこの部屋から出てもらわないと。
「さて、クレアさん、聞いていると思うけど、あなたの安全の為に、強すぎる魔力を弱める処置を受けて欲しいの、とにかくそれだけでも受けてもらえないかしら? 魔力を完全に封じるのは、ごめんなさい、確約はできないけれど」
「……はい、わかりました、ロザリアさんが、そう言うなら」
「ありがとう、何があっても、できるだけの事はするわ、それこそ、侯爵令嬢の権力ってやつを使ってでも、だから心配しないで」
ためらいがちに同意してくれたクレアさんは、ウチの言葉に安心してくれたようだ、何があってもこの子を守ってあげないと。
クレアさんの同意を得たウチは、透明のガラス越しに、外側の部屋のエレナ先生に合図を送った、すぐにエレナ先生が入室してくる。
「エレナ先生、クレアさんの同意を得ました、魔力を弱める処置を、受けてくれるそうです」
「ロザリアさん、本当に、ありがとう。教師として絶対にあなた達を裏切るようなマネはしないわ。ちょっと待っててね、この部屋から安全に出てもらうために、人を呼んでくるから」
クレアさんがうなずくのを確認し、そう言うと、エレナ先生は外側の部屋で何かをし始めた、どうも電話のようなものがあるらしい。本当に便利だなぁ、ここって。
すぐに、病院とかで患者さんを乗せるあれみたいな、車輪付きの簡易ベッド的なのと共に、何人かの人がやってきた。
「クレアさん、今からこれに乗って医療棟に戻ってもらいます。睡眠魔法で眠ってもらうけど、いい?」
「は、はい、よろしくお願いいたします」
「ありがとう、こう見えても、私も先生だからね? 生徒を裏切るようなマネはしないから」
なるほど、安全に移動してもらう為には眠ってもらうしかないのか、一応、ウチも最後まで見届けておきたいなぁ。
「あ、あの、私も付き添って良いですか?」
「お嬢様、そろそろその辺で、皆様の邪魔になります」
「いいわよ、それくらい、何度も言うけどこの子は病人でも無ければ囚人でもないの、この学園の生徒よ」
アデルにたしなめられたけど、エレナ先生は快諾してくれた。その様子にクレアさんも安心したようだ。
「じゃあ、身体から力を抜いてね、すぐ眠くなるから」
「は、はい……」
「クレアさん、大丈夫よ、私が側についてるから」
ウチが簡易ベッドに横たわったクレアさんの手をそっと握ると、落ち着いた様子を見せ、そっと目を閉じてくれた。
外側の部屋まで運び出されたところで、クレアさんの額の所にエレナ先生が手を当てると、クレアさんはすぐ眠ってしまった。
「さぁ、行きましょうか、ロザリアさん」
医療棟というのは、先ほどウチが寝かせられていた建物だった、中央棟からも近い。こちらも妙に大きいと思ったら、エレナ先生によるとこの建物は一般の人も生徒による魔法の治療を受けられるので、結構な数の一般の人が入院してるんだとか。
なるほど、治癒魔法の修業って、病人とかケガ人の人がいないとできないものね。
「大丈夫よ、処置そのものは一瞬で終わるわ、どの程度抑えられるかは、力が強すぎるので、未知数だけど」
手術室のような部屋に運び入れられたクレアさんを見送り、ウチとアデルは、エレナ先生と部屋の外で待つ事にした。ご丁寧に待機用のベンチまである、こういうのはこっちの世界でも変わらないのね。
「エレナ先生、終わりましたよ」
どれくらい待つんだろう、と思ってたら、即、部屋の中から声がかかった。早いな!
「あら、それじゃ目を覚まさせるわね?」
エレナ先生が部屋の中に入って行ってしまった、ウチもついて行っていいものだろうか? テンポ良すぎてどうしていいか迷うわー。とりあえず大人しくしておくか。
「お嬢様、こういう時は、きちんと空気が読めるのですね」
「うるさいわよ、アデル」
「なにをするのです、やめてください。やーめーてー」
おそらく、ウチのやきもきする気分を和らげよう、と軽口を叩いてくれたのだろう、そんなアデルは頭なでなでの刑にしてやる。うりゃうりゃ。
部屋の外でそんな事をわちゃわちゃとやってると、部屋の中から呼ばれた。
「ロザリアさん、入ってもらっていいわよ」
その声で入室してみると、部屋の中は思いのほか物が少なかった、床に何か魔法陣? 的な模様が描かれてたり、壁の棚に妙なものが色々置いてはあるけど。
その中央のベッドで、クレアさんが身を起こしていた。
「再封印処置は、現状考えられる限り、うまく行ったそうよ、魔力強度Aの、数倍くらいには抑えられたそうだわ」
それはうまく行った、と言えるの……? まぁ、クレアさんに聞いてみるしかないんだけど。
「クレアさん、大丈夫? どこか痛い、とかは無い?」
「はい、ありがとうございます。全然違います、身体とか心の奥底にあった、どうしようもない衝動とか、抑えられなさそうな力、というのが無くなりました」
怖っ、そういえば、ウチも妙に攻撃的になる傾向あったけど、クレアさんの場合は、それがもっときつい事になってたのか。こんな早く解決するならエレナ先生も、さっさと処置してしまえばよかったんじゃないのー?
「良かったわ、本当に、それにしても、エレナ先生、眠らせた状態で魔力を弱められるなら、あんな部屋に閉じ込めなくても良かったのではないでしょうか?」
「それを言われると弱いんだけれどね。王宮から、魔力剥奪は絶対に許さないし、今後貴重な存在になるから弱める方の処置をして教育するように、とのお達しが来てたのよ
でも、睡眠魔法だろうと、魔力の封印だろうと、本人の魔法力が高すぎた場合、意思に反する魔法をかけてしまうとね、逆効果になる場合があるのよ?
そんな事になったら、眠りや封印魔法なんて心の内側から打ち破られちゃうわ。そしたら、あとはどかーん、だもの」
学園側も仕方なくの処置だったのか、それにしても王宮ってのはエラソーにふんぞり返ってて腹立つわね。
「エレナ先生、ありがとうございました、私、とりあえず、これで大丈夫です」
「そう、良かったわ、これで終わりにしないからね、折に触れてきちんと、あなたの事を診ていくから」
とりあえず、これで一安心、なのかな? 一応、クレアさんの不安を取り除く為、ウチはエレナ先生に確認する事にした。
「エレナ先生、クレアさんの事故、そして今回の処置と今後について、質問があります」
「はいはい、何でも答えるわよ?」
「もうクレアさんは安全のために魔力の一部を封じられたのですね? 学園側は、今後事故防止の為に万全を期すので、不測の事態を除き、あのような事はもう起こらない、という事で良いですね?」
「返事は、すべて『はい』とさせていただくわ、クレアさんの処遇については、既に国が全面的に面倒を見る形で動いています」
「だ、そうよ? クレアさん、これで、終わりです。あなたには何の責任もありませんし、この件で後ろめたく思う必要もありません。全ては学校側の管理責任の下で起こった『事故』として処理されるわ」
「……本当にそれで、良いんですか? 私は、大勢の人に、特にロザリア様にあんな迷惑をかけたのに」
クレアさんは納得行っていないようだし、ウチもまぁ、仕方ないと思う、でも、これはもうクレアさん個人の問題じゃなくなってしまったのよねー、だから、エラい人が責任被ってくれるっていうなら、ラッキー、と思わないと。
「それでも、よ。それでも責任を感じるというのなら、あなたの光という魔力属性は、数百年に一度の貴重なものなの、その力で国に奉仕する事を学ぶ事がこの件での償いになるでしょう。
何より、私が全てを受け入れたのです。という事は、これ以上ガタガタ文句を抜かす奴がいるなら、侯爵家以上の文句言える奴を連れて来いや、って事になるの」
最後のは、こんな良い子につらい思いさせんなや、という、この子にこんな力を与えてしまったこの世界の理不尽と、この国の形式ってやつに対するイラつきを吹き飛ばすつもりで言ったんだけど。
「お嬢様、後半の物言いは下品です、せっかくの見事なお裁きが台無しです」
ウチの最後のオラ付いた話し方にアデルがいつものように突っ込み、その場全員の顔がちょっと緩む。
「ほほう? ならば、私なら、文句を言っても良いのだな?」
次回 第25話「リュドヴィック様、ガチギレ。やだこわい」