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第256話「戸惑う王太子、彷徨う魔王女」


執務室で書類を作成しているリュドヴィックに側仕えのクリストフが声をかけてきた。

「殿下、近年隣国から流れ込んでくる難民についてなのですが、少々お耳に入れておかねばと思いまして」

「難民? 私にか? たしかに憂慮すべき事ではあるが、聞いた所でどうしようもないぞ」

リュドヴィックは王太子といえど権限に様々な制限がかかっている。

いずれはそういった事にも携わらないといけないだろうが、現状ではどうにもならないのだ。


「難民が流れ込んでくるというのは、それだけこの国が豊かであるという事なんですがね、

 流出する側にとっては逆にけしからん、となるわけですよ。

 で、それに相まって最近増えているのが奴隷売買のようでして」

「おい、それはこの国では違法だろう。まぁ中には奴隷同然の扱いを受けている国民がいるというような話も聞きはするが」

「人身売買まがいの養子縁組は悩ましい問題ではありますね、ですがそれとも無縁では無いんですよ。

 その人身売買に関わっているのがエルガンディア王国なんですから」

「おい、それは」

思わず立ち上がるリュドヴィック。その名前だけは無視できない。


「ええ、殿下の母君の故国ですからねぇ……、痛くもない腹を探られる事になりはしないか、と。

 口さがない者達に余計な事を言われてブチ切れられる前に耳に入れておこうと思った次第です」

「何やってるんだあの国は……」

エルガンディア王国はグランロッシュ王国の隣国で、かつてはこの国よりも魔法によって栄えてはいた。

しかし領土争いに負けたり等で徐々に勢力が衰え、現在はグランロッシュ王国のかなり北方にまで国土が追いやられている。

その後も小競り合いが続くので憂慮した当時の王家が、エルガンディア王国から王女を嫁入りさせる事である程度は安定した。

だがその王女が産んだのが後のリュドヴィックとなる最初の王子であったので事態は複雑になる。

妊娠中から急速にエルガンディアが政治的な発言を強めようとするので、政治的な諸々の思惑からリュドヴィックの母はお腹の子もろとも産褥により死亡したとされ、

リュドヴィックは正妃クラウディアの子として育てられたというのは、宮廷では公然の秘密となっている。

いずれは正妃クラウディアが王子を産むまでのつなぎと思われていたがそううまく行かず、後に生まれたのは第一王女のマリエッタだけだった。

リュドヴィックが王太子になってからは額面通り正妃の息子として取り扱われるようになったが、

その時既にリュドヴィックには埋めようのない不信感しか残っていなかったのだ。


「血の繋がりによる縁は断ち難いとは言うが、このややこしい時期に……」

「まあ、そういう訳です。今後はエルガンディア王国との国境警備を強化する必要が出てくるかも知れません。

 で、その国境警備を担当するのがローゼンフェルド家になるわけで」

「ロザリアのところか……、これ以上余計な事を増やさないで欲しいんだが」

”魔界”との距離が近づいている影響は近頃明らかに増えており、国内のあちこちで黒い魔力が吹き上がったり、いつの間にか黒い結晶ができていたりと枚挙にいとまがない。

その度にクレアが治療や浄化を施してはいるが、それにも限度というものがある。


「神王獣の方々が言うには、もうそれほど時間は残されていない、という事ですが、今の所こちらから打つ手はありませんしね……」

「魔王女も肉体を得て以降は消息がよくわからなくなっているからな。どういうわけか暴れまわる様子が無いのは不幸中の幸いだが」

「封印解けたら即暴れまわるという印象だったのですがねぇ、そう単純なものでは無かったという事ですか」

「そもそも1000年も経っているからな、風景から建物まで何から何まで変わっているだろうし、八つ当たりするようなタイプではないのかもしれん」

地下迷宮『地ヘ落チル塔』で、ドローレムの肉体だったホムンクルスに乗り移って復活した魔王女グリセルダは、その後は破壊活動を行ったりする事も無かった。

とはいえ、この世界が異世界である”魔界”と接近しつつあり、このままでは向こう側に飲み込まれて消滅する、というのには変わりが無い。

だからといっても具体的にどうすればそれを回避できるかもわからず、飲み込まれたら具体的にどうなるかも正確にはわからないのが困りものだった。



さて、その話題となっている魔王女グリセルダはというと、お腹を空かせていた。

「……空腹では戦はできぬという教えがあるが、自分で食事を確保しないといけない魔王というのはどうなんだろうな」

グリセルダは肉体を得てからは不便な事ばかりだった。そもそも彼女が従えている者達は別に彼女が支配しているわけでもなく、悪の組織的なものが都合良くあるわけでもない。

唯一と言っていい配下のフォボスは思念体であるがゆえに食事を作るといった事は不得手であり、

あの古エルフはどうも信用に欠ける。何を食べさせられるかわかったものではない。

イーラという巨人は論外だった。頭脳が古代の絡繰り人形(ゴーレム)に食事を期待するほうが間違っている。なので彼女はとりあえず日々の食にも事欠く有様だった。


「どうも記憶が欠けているがフォボスの設定をしくじったか? 私の復活を最優先させたのが裏目に出たな」

とはいえ、あの無限とも言える質量の御柱に封印されて1000年程度で済んたのはフォボスのおかげでもあるので文句も言えない。

彼女の肉体はかつてドローレムのものであったので、少し前の新王獣アグニラディウスの救星機構による事象改変の影響を多少受けて記憶が欠けていた。

しかし復活が完全でない以上、彼女の記憶は元々不完全なので失われた記憶があるのは別におかしなことでもなく、同様に魔力も不完全な状態だ。


なので今のグリセルダはまずは稼いで生きないとどうにもならず、

彼女の身体であるホムンクルス内の魔核石に何故か残っていた技術や記憶を活かして冒険者として活動しているのだ。

同時にその記憶からは様々なこの世界の情報を得る事が出来たが、目の前の世界の現状に拍子抜けした。

何しろ封印から目覚めるまで1000年も経ってしまっているのだ。

彼女にとってはほんの少し前までこの世界を破壊し尽くしていたというのに、あっさりと復興してしまっているのだから。


「今の私はまるで道化(ピエロ)だな、完全に復活すればこの気持ちも変わるのだろうか」

何が何でも復活してもう一度この世界を破壊してやろうかと思っていたのに、復活してみれば文化も様式もまるっきり変わってしまっていた。

そこかしこに痕跡として見覚えのあるものはあるが、地形すら変わっているレベルではほぼ異世界だ。これでは元の世界に戻っても自分の居場所など無いだろう。

彼女はもう全てがどうでも良い、といった心境になってしまっている。



「はいゼルダちゃん、いつもありがとうね」

「ん」

今のグリセルダは愛称であったゼルダと名のり、姿も冒険者らしく革製の鎧に小剣を身に着けている。

長い黒髪も後ろで束ね、肌の色は少々濃いままにしておいて目は白目に灰色の瞳と偽装しているので異国から流れてきたようにしか見えなかった。


「はは、そうしてると本当に似てるよあの子に」

「あの子?」

「ああ、ちょっと前にいたんだよそういう子が、あれ、そんな子いたかな? あれ? いたよね?」

冒険者ギルドで依頼の報酬を渡してきた受付嬢から、突然そんな事を言われて戸惑う。

彼女は何かを思い出そうとしていたが、思い出せるはずもなかった。

そして、それはグリセルダの方も同様で、それを疑問にも思わなかった。


「いやそう言われても知らないが……、どちらにしても私は天涯孤独で、そやつとは無関係の他人だ。たいした事じゃないだろう」

「そりゃそうか。じゃあ次の依頼もできたらお願いしたいんだけどどうかな?小遣い稼ぎだけどさ」

「金はいくらあっても邪魔にならない、別にかまわないが」

グリセルダはなにせ食べていくだけでお金がかかる。衣食住を確保するだけでもかなりの労力が必要だった。

だからといって肉体を得た今、異空間に戻るわけにわけにもいかない。

あれはあくまで思念体としての存在を維持する為の場所だったので、居心地が良いわけでもないし、第一戻ったところで黒い空間以外何もない。

今はとにかく金を稼いでいく必要があった。


「そうかい、まぁ大した仕事じゃないよ。警備の仕事だ、突っ立ってるだけでお金もらえるなら良いだろう?」

「どこの誰だ?そんな贅沢者は」

「そりゃこの国の王家だよ。ここの所騒動続きでねぇ、この国は兵隊不足なんだよね。

お城の警備を新成人の舞踏会(デビュタントボール)の時に、念のため増員するんだけどね?

 何、どうせ何も起きやしないから立ってるだけで良いってさ」


次回、第257話「久しぶりの出番だー!ウチ最近影薄くない?キャラ薄くなった?」「どの口がそれを言うのです」

読んでいただいてありがとうございました。

また、ブックマークをありがとうございました。


基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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