第254話「これが私……? なんて言ってる余裕無いっス……」
さて、様々な事で準備が進んでいる中、こちらも大詰めを迎えていた。クレアの新成人の舞踏会の衣装が完成しつつあったのだ。
クレアは今日もフェリクスと共に仕立て屋を訪れ、店員による最終調整を受けていた。
が、クレアは姿見に映る自分を見て「これが私……?」などとお約束のセリフを頭に浮かべる余裕も無い。
何しろアクセサリーやら靴やら、どう見ても超高価なものを一通り身に付けさせられているのだから。
純白のシンプルなオフショルダーのAラインドレスは布地も仕立ても最高級クラスで、まだ子供っぽい印象の残るクレアを大人びて見せていた。
しかし一見シンプルに見えながらも精緻を極めており、裾にあしらわれた銀糸のラインや胸元に広がる大きな花モチーフの刺繍など、細かい部分へのこだわりは職人技を感じさせるものだった。
腕を飾る白い長手袋もまたクレアの腕に合わせて作られているので、その細腕をほっそりと見せる効果があり、手先までを美しく見せた。
首元にはシンプルでありながら大玉の真珠のネックレス、耳を飾るのも同じく真珠のネックレス、髪を飾るのも真珠の髪飾り。
そして足元もぬかりはなく、ハイヒールまでもがクレアの足サイズに合わせて作られており、同じく真珠の飾りが付いていた。
どれもこれも贅沢を極める作りではあるが、全て形式が決まっているものなので仕立て屋達はそのレギュレーションの中で最高のものを作り上げていた。
しかし当のクレアははっきり言ってどうしていいかわからない状態だ。
平民出身のクレアであっても、何度もロザリアの近くで最高級品を見ていたりドレスを着せられていてはそういったものに対する目が肥えてくる。
今自分が身につけているのは、それらよりはいくら何でもランクが落ちるであろうが、決して見劣りのするものではなかった。
あれやこれやと価値を計算してみるが、途中で怖くなって止めたくらいだ。
「(っていうか、これをたった一度の舞踏会の為だけに用意するわけ!? 使いまわしできないよねこれ!?)」
派手なのは嫌だと思っていたのでシンプルながら質が良いのはありがたかったが、質が良すぎる。
平民の自分の目でこれなのだからお貴族様とかどう感じるんだろう、と思った所で、
「(あ、そういや私も貴族だった)」と、自分に対して突っ込んでたりしていた。
「いかがでしょうか、お客様」
なので立ち会っている女性の副店長に恭しく問いかけられても困る。
クレアはいかがも何も無ぇーよ、こんなの着るだけで緊張するわい、気合い入りすぎだろ、あんたらどんだけ頑張ったの。とか言いたかったが、ぐっとこらえて「すばらしい出来ですわ」と返すしか無かったのだ。
その様子は見かけだけはいかにも貴族令嬢然としたものではあるが、平民出身だけに表情が隠しきれておらず、恥じらっているように見えたので店員達は微笑ましく思った。
そもそもこの令嬢のドレスを請け負ったのは王宮からの紹介ではあったが、後々にそれが王位継承権が無い噂の廃王子とはいえ、一応は王族のフェリクスからの依頼だったのだ。
令嬢もまた、この国で数百年ぶりに新たな貴族称号を設けてまで叙爵された”聖女”と聞かされては一切の手を抜けなかった。
正直な所、見積もりを大幅に超えて赤字ではあったのだが、新成人の舞踏会は国王に謁見する場なだけあって、国内外の貴族達の目にも触れれば宣伝効果は抜群なはずだ。
そんなこんなな理由でクレアは当初より大幅にグレードアップした衣装を着せられてしまっていたのだ。
そしてまた、着せられた当の令嬢の姿は可憐で楚々としたもので、もじもじと恥ずかしそうにしている様子に店員達は皆満足していた。
まぁ当のクレアは「早くこれ脱ぎてぇー!これちょっとでも引っ掛けてほつれでもしたら手直しだけでも凄いお金かかりそうだよー!」とか思っていたのだが。
どうにかこうにか取り繕って最後の試着を終えたクレアはげっそりと疲れ果てていた。
今まで着ていたドレスはロザリアの昔のものを借りて調整で着せ付けられていたので、わりと身体に余裕もあったのだが、
今日着せられたドレスは自分専用に仕立てられたものであるがゆえに、そういった遊びが最小限だったのだ。
ゆったりとした衣装に慣れているクレアからしたら服の形をしている拘束具に等しい。
今日もロザリアから借りたドレス姿だったが、こちらの方が余程身体にゆとりがあった。
「やぁクレアさん、ドレスはどうだった?」
「と、とても素晴らしいものでしたのわよ?」
店の中の一室で待っていたフェリクスに出迎えられても、クレアの口調は妙に丁寧を通り越して挙動不審になっていた。
たしかに自分は新成人の舞踏会用のドレスの準備を甘くてみていたので、フェリクスが用意してくれたのは非常にありがたかった。
ありがたかったが、あれの支払いってどうなってるんだろう……、とクレアの悩みは尽きないのだ。
どう見ても一般家庭の年収を超えてしまってるようにしか見えなかったからだ。
店を出ても周囲は大通りの超高級店街、そのままフェリクスは次の店にでも行こうとするのもちょっと待って欲しい。
クレアとしては早く庶民的な方に向かいたいのにその足は王城の方へ、つまりどんどん高級な店ばかりの方に向かっているのだ。
正直胃が痛い。フェリクスも一応王子様なだけあってその辺の金銭感覚はかなりずれた所があるようだ。
やっぱり私とは不釣り合いなんじゃなかろうか、この人生活費とかどうしてるんだろう、などと贅沢で現実的な悩みは尽きない。
しかしその様子も傍から見れば婚約者を前に恥じらう貴族令嬢にしか見えず、それは微笑ましいものではあり周囲の目を集めるものだった。
フェリクスもまた周囲の、特に貴族や裕福な階層の人達からの目線を意識してか、クレアの手を取りってエスコートをしたりしている。
だがその手つきがあまりにも自然すぎて、クレアは自分の手を引いて歩く彼の横顔を見て思わず見惚れてしまった。
フェリクスとしてはクレアに言い寄る貴族達に対する牽制の意味もあったが、王位継承権は無いとはいえ王族、最も新しい称号の貴族令嬢の仲睦まじく見える組み合わせは本人の思惑以上に目立っていた。
今のクレアは田舎育ちの娘という風情ではなく、きちんと化粧をして(借り物ながら)ドレスを着て所作も優雅という、どこからどう見ても貴族令嬢にしか見えなかった。いや、実際貴族令嬢のはずなのだが。
ところが”聖女”としての彼女の功績は皆が知る所ではあるが、幸か不幸か王都では獄炎病の患者が少なかった事もあって直接彼女に癒やしてもらった人が実は少ない。
いまだ彼女は地方の救護院を周り病める者怪我に苦しむ者を癒やし続けてはいるが、それもまた制服姿という事もあって今の彼女とはどうも結びつかないのだ。
本当にあの少女は聖女なのか、癒やしの力なんて本当に持っているのか、もしかしたら誰かの功績を横取りしたのではないか。
人間誰しも恵まれた者を前にしては多少の妬み嫉みが発生するもので、そう考えてしまう自分が嫌な事から原因は相手にあると思いがちだ、
なんとなれば相手はその恵まれた環境に本来いるべきでは無いのかも知れない、とまで思ってしまい、様々な思惑が出てくるのも無理のない事だった。
「た、ただいまです」
ロザリアのタウンハウスにドレスを返しに戻ってきたクレアはこれまた疲弊しきっていた、何故か今日に限って妙にフェリクスとの距離が近かったのだ。
一応婚約者同然の付き合いなので当然ではあったのだが、クレアとしてはまだまだそういう事に実感が湧いていない。
「あらクレアさんお疲れ様……、本当にお疲れ様ね」
庭園の東屋で午後のお茶を楽しんでいたロザリアは、帰ってきたクレアの様子に苦笑しながら出迎えた。
控えていたアデルはクレアの分のお茶の用意を始める。
「えぇ、もう大変でしたっス……」
ロザリアの正面の椅子に座ってテーブルに突っ伏すその姿はいつものクレアだった。アデルはその頭をぺしっと叩いてはしたなさを咎めている。
ぶー、といった感じで起き上がるクレアだったが、目の前にお茶とお茶菓子を並べられるとすぐに機嫌を直して食べ始める。
「あのー、お姉さまも新成人の舞踏会の衣装を用意済みなんですよね?」
「ええ、私の場合はお父様が用意して下さったものだけどね? 何でもローゼンフェルド家の伝統的な形式もあるからリュドヴィック様には任せられないとか言っていたわ」
「あー、王太子様は自分に用意させろー、とか言いそうですもんねぇ。でも形式とか決まってるものなんですか?」
「クレア様、新成人の舞踏会で着用されるドレスには厳格な形式が決められているのですよ。あまりに逸脱していると参加できない可能性もあるのです」
アデルの説明で、クレアは自分がいかに新成人の舞踏会の準備を甘く見ていたかを痛感していた。ロザリアの古着店のドレスを手直しすれば良いのかと考えていたのだから。
まぁロザリアはいざとなったらクレアのドレスを大至急用意する手はずは整えてはいたのだが、使うことが無くて良かったと思うばかりである。
「ああー、今から憂鬱ですよー、物凄く面倒な予感しか無いんスけど……」
「心配しなくて良いわよ、陛下に謁見して踊ったら終わりだもの、すぐ終わるわよ」
そう言いながらティーカップを口元に運ぶロザリアは、普段の様子からは想像出来ない程優雅だ。
この人、中身はギャルなんだよなぁ……、とクレアは改めて思うのだった。
一日を終えて自室に戻ったアデルは、いつものように隠し持っている武装を解除していった。
剣を壁にかけ、連鎖槍はひとまとめにして定位置に、ダガーも魔杖弩もいつもの位置に。
だがやはりここの所感じ続けていた違和感がある。これはこの位置にいつも置いていただろうか?
少し前からアデルは様々な違和感を覚え続けていた。それはこの部屋に限っても同じ事だった。
この部屋は元々2人部屋だったのをアデルが1人で使っている、しかし本当にそうだったか?
自分の性格からしても2人部屋を1人で使っているのであれば、部屋の半分をきっちりと別の誰かの為に空けておくのはわかる。
だが武器の収納の仕方に違和感があるのだ。
自分はこんな置き方をしていただろうか?あまりにも手持ちの武器に対して狭っ苦しすぎるのだ。
部屋が狭いなら武器をもっと絞るはず。収納に困るほどの武器を持ち歩くはずがないのだ。
思い切って武器の掛け方を変えてみる。
剣はいつでも取り出せるように、連鎖槍は鎖部分の確認をしながらしまうならもっと長く長く置くはずだ。
すると壁一面が埋まってしまった、何故かこの方が落ち着く。
これは元々このように置いていたのではないか?
だがそれでもまだ違和感があった、不自然に壁の一部が余ってしまうのだ。まるで誰かの為に空けて置いたようにぽっかりと空いている。
とはいえ今手持ちの武器から言ってもこれが本来?の置き方なのだろう。
意味がわからないが、アデルはそういう時は自分の直感を信じる事にしていた。
そっとベッドに腰掛けて壁を見てみるがやはり違和感は消えない。
ベッドの位置も寝る場所も変わっていないはずなのに、この部屋に何かが足りない気がしてならないのだ。
そしてもう一つ違和感のあるものがあった、この本だ。
『竜騎士姫アリアンロッドの華麗なる凱旋』、どう見ても冒険小説で自分の趣味でも無いのに何故かこの本はこの部屋にある。
ぱらりぱらりと本をめくってみても読んだ記憶が無い。
しかしこれは貸本屋の本のはずが、奥付を見ると”貸出”から”買取”となって、貸本屋の主人と自分のサインが入っていた。
まぎれもなく自分が買い取ったのだろう。だが何故だ?自分は何故これを買い取った?
ぱらり、ぱらり、本をめくっても何も思い出せない。なのに何故この本はここに存在する。読んだ事も無いのに何故私はこのような事をした?
アデルは突然、胸の奥にずきりとした痛みを感じた。
この痛みは何なのだ、私は何を喪った?
次回、第255話「様々なズレと渦巻く思惑」
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