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第251話【月夜ニ狂(クル)イ来(キタ)ルモノ達】


沈黙がその場を支配していた。魔力や神気が荒れ狂っていたはずの《無名神》とアグニラディウスの戦いも、時間が静止したかのように止まっている。

月からの軍勢はそれほどまでに異様な雰囲気だった、月を背にしているからなのか元々黒いのか、姿もはっきりとは見えない。ただ、目だけが煌々(こうこう)と光っている。

彼らは彼女らは、善なのか魔なのか、人なのか神なのか、それすらも定かではなかった。

先頭は楽器を打ち鳴らし踊り狂う楽団だった。その次は和風の古式甲冑のようなものを着て槍を構えた騎馬兵、だが乗っているのは、はたして馬なのか。

後に続くのは人の何倍も巨大な姿の何かだった。単に巨大な人なのか戦神なのか、荒々しい姿は見るものを畏怖させる。

だがそれらの異様な戦列ですらも、その後に続く存在に比肩するものではなかった。


最後尾は牛が引くいわゆる牛車(ぎっしゃ)だが、乗っている()()が明らかに異様だった。

人が乗る部分は前簾(まえすだれ)で隠れているはずなのに、中に乗るモノのあまりの存在感で意味を成していなかった。(すだれ)を貫通してその姿すら幻視してしまうほどだったのだ。

『ツクヨミ』、呼び出したレイハですら全てが正体不明な月の神。神話からもほとんど存在を抹消された神。だがあまりの神威により完全に消し去る事すら不可能だった神。

ゆっくりとその神が牛車から降りてくる。その姿は平安の貴人のようだった。

顔は垂れ幕(ベール)のようなもので隠されて見えない。だが、見える、青白く煌々(こうこう)と光る目、三日月のように裂けて笑みを浮かべる口。だが何故笑う。

はしたないとでも思ったのか扇で口元を隠す、だが肩を震わせて笑っているのは明らかだ。ああ、聞こえる。高笑いが、哄笑(こうしょう)が、嘲笑(ちょうしょう)が、だがその声は聞こえない声。

声の無い笑い声、声にならない笑い声、意味を成さない笑い声。狂っているのか、それともそれが彼にとっての正気なのか。

人が聞いてはならない声なのかも知れない、意味を理解すると発狂してしまう声なのかも知れない。

『ツクヨミ』に続いて軍勢達も笑い始める。笑っているように見える。聞こえない無数の笑い声が空間を埋め尽くす。

この場にいる全ての者がこの狂気に耐えられなくなる寸前、ツクヨミが一言だけ呟いた。

《……》

『ツクヨミ』は扇子を閉じて、《無名神》を指し示した。


次の瞬間、影の軍勢は《無名神》に襲いかかった。


迎え撃つ《無名神》は翼を広げて生成済みの目から光線を発射するが、それは影の軍勢をすり抜ける。誰が影を(おの)が手で掴む事ができよう。誰が影に触れる事ができよう。それどころか、光は影をより黒く暗く(くら)くするだけだった。

影の軍勢の属性は光でも闇でもなく、影。この世の裏側の反転した存在だった。その特性上、この世で最も魔界に近い。

尖兵となる騎馬兵が槍を構え突進する。深々と突き刺さる槍に《無名神》が悲鳴を上げる。

《無名神》は反撃しようと全身の無数の顔から祝福の旋律とも呪いの呪文ともつかない歌声を放つが、それは影の楽団がかき鳴らす音色に遮られる。

影の楽団は聞こえぬ旋律を奏でる。踊り子は異様な仕草で踊り狂う。呪わしくも禍々しい祝福を。そう、まぎれもなく祝福していた、《無名神》の苦悶を。


影の軍勢達は歓喜の声と共に槍を突き刺し、剣で切り、手で引き剥がし、新しく生まれた神を歓迎していた。

《無名神》は少しずつその白く輝いていた光が反転し、影のように昏くなっていく。彼ら彼女らは神格を削るのではなく入れ替える、蝕むのではなく裏返す。

それは天地開闢以来、夜之食国にて孤独だった自らの神に、新しき神をその眷属に加えようと彼らの国へ迎えようとしている賑々(にぎにぎ)しくもおぞましい(まつ)りだ。

《無名神》の複数の顔が悲鳴と共に剥がれ落ち、影へと裏返っていった。夜之食国(ヨルノオスクニ)へと祭り上げられ、(まつ)()とされたのだろう。


もはやその身体の大半は影に染まり夜之食国(ヨルノオスクニ)の一部となりかけているが、そこまでだった。

神だけあって総ての神格を削り落とされるわけではなかったのだ。さしもの影の軍勢といえども(まつ)る事のできる神格には上限がある。『ツクヨミ』自身が(まつ)るわけにはいかないのだ。

頃合いかとレイハは『ツクヨミ』に祝詞(のりと)と共に感謝の心を伝え、お帰りを促していた。この場合祀り切れない程の新しき神の断片という最上の供物があるので彼らの機嫌はかなり良いはずだ。


【よし、やれ、ロザリア】

そして、その時間はロザリア達にとっての好機だった。アグニラディウスの命令で【亜神】ロザリアが動き始める。

「くれあさん、救星機構を」

「はい。正統なる聖女クレアの名により命ずる。私からの命令のみを受け付けよ、”止まれ”」

クレアの言葉と共に脈動するかのように明滅していた遺跡の光が止まった。

《最モ新シキ無名神》が自らを神と維持していたのは人々の信仰ではなく、救星機構から強引に魔力や精霊力を引き出していたからだ。

だが先程のアグニラディウスの一撃でその回路は切れかかっていた。さらにクレアの命令により救星機構が停止してその繋がりは完全に切れた。

信者のいなくなった神は意味を失い、存在を喪うだけだ。だが神格は残る。


「あでるさん、事象改変を」

「はい。お前に聞く、お前は何者だ」

《わ、私は新しき神、かみ、カミかミ》

「お前は神ではない、お前ではない。私が聞いているのはお前が乗り移っている(まが)い物の聖女だ。ドローレムの偽物だ!」

操られているにも関わらず、怒気を含んだ声が《無名神》を貫いた時、神である事を否定され、事象を改変された事で《最モ新シキ無名神》の核が引きずり出された。

無数の顔が剥がれ落ち、腕や足がぼろぼろと崩れていく。

救星機構の中枢である人型の核部分と、その中に飲み込まれていた神気の塊となっていた少女が本体だった。

法王は偽造聖女に救星機構を暴走させ、それにしがみついて神を気取っていただけの哀れな老人に過ぎなかった。

老人は救星機構だった残骸に必死にしがみついていた。その側に偽造聖女のルシアは立っている。


「もう一度聞く、お前の名は何だ」

「わ、私はるしあ、聖女、私は神、わたしは無限、不滅、ワたシはああA亞あ在ア」

「違う、ルシアなどという聖女は存在しない。その名は偽物だ、お前の顔も偽物だ、お前は総てが紛い物の存在だ。

 お前は死ぬ、お前は永遠不滅の存在でも何でもない、ゆえに神でも何でもない!」

「わ、わたわたシはああああああああああ」

己の存在を完全に否定されたルシアは偽りの心を失い、存在を失い、神格だけの存在になる。その側にいるのはただの老人だけだった。

「お、おおおお、神、かみ、カミカミ、その御下へと私を」

老人は救いを求めるかのように今度はその光にすがりつこうとするが、それは何の意思も何も持たない力だけの存在。

救いをもたらしてくれるはずもなくその手は空を切るだけだった。老人は半狂乱になりながら救いを(こいねが)うだけしかできなかった。


【哀れな、力や権力を求めるあまり信仰の本質すらも見失うとは】

「あのー、アグニラディウス? こちらの方々がだね、あの者も国民に加えたいとか言い出してるんだけど、どうかなー?」

哀れな老人と成り果てた老人を痛ましげに見ていたアグニラディウスに、『ツクヨミ』にお帰り願おうと交渉していたレイハが言いにくそうに話しかけてきた。

その後ろでは影の軍勢がうんうんとうなずいていた、『ツクヨミ』も。まともな意思疎通もできたのかお前ら。


一応この場では最も神格の高い存在であるので、アグニラディウスの許可を取らないわけにはいかなかったのだ。神といえども様々なしがらみはあるのだ。

【ふむ、都合が良いな。こちらからお願いしたいくらいだ】

許可を得た『ツクヨミ』は老人へと近づき、そっと手を取り、優しく労るように立たせる。

老人は震えながらも、まさに救いの神である『ツクヨミ』に微笑みかけようとその顔を、目を見た時、

「や、やめやめやめ、あああ!嫌だ!あんな所行きたくない!()きたくない!()きたくない!()きたくない!!」

老人が『ツクヨミ』の目の中に見たのは夜之食国(ヨルノオスクニ)、この世の裏側、正気が狂気、歓喜は恐怖の反転した世界、良識も常識も総てが裏返った影の世界、その恐怖は歓喜か救いか、祝いか呪いか。

必死に目を閉じようとするが、すでに『ツクヨミ』を見てしまった眼球は夜之食国の一部となっており、もうどうしようもなかった。閉じる事はできない。

『ツクヨミ』はせめてゆっくりとわかり合おうと、少しずつ少しずつ影へと裏返しながら老人を連れて行くが、それは老人の苦しみを長引かせるだけだった。


「うわー、やっぱりこうなったー。一歩間違うと私がこうなるからこれ使いたくないんだよねー。

 達者で暮らせよー、海の底にも都はあるし、住めば都って言うから生きてりゃ良い事もあるさー」

レイハは自分で行使した()術ながら、その結果にドン引きしながら手を振り法王の()く末を祝福していた。

来た時と同じく静かに月へと去って行く『ツクヨミ』達の雰囲気に当てられていたのかも知れない。



【さて、私もそろそろ限界だ、この哀れな少女は私が連れて行こう、大いなる流転の中、いつか転生する事もあるだろう】

アグニラディウスは肉体の崩壊が進み、神気や精霊力へと存在が分解され、空へと消えようとしていた。既に神格に分解されていたルシアも共に連れて。

だが、消えゆく存在であっても、かつての友人の面影を見てしまったアデルは手を伸ばしていた。

心を操られているままなので、口も手もまともには動かない。

「ドロー、レム。ドローレム……」

【哀れなる者よ、お前が想っている者は既におらぬ。元々どこの輪廻の輪の中にすらも存在していない泡沫(うたかた)のような仮初(かりそめ)の存在なのだよ、執着しても何も良いことは無いぞ】

「違う、あの子はたしかにいた。嘘なんかじゃない!」

アデルは叫んだ、神に抗うように、運命に逆らうように。

その様子を痛々しげに見ていたレイハはかばうように言った。

「アグニラディウスー、あんまり残酷な事を突きつけない方が良いんじゃないの? 程々に付き合うのが現実ってもんでしょうに」

【叶わぬものに想いを寄せても何にもなるまい、ほんの少しだが救いをつかわす】

既に光となりつつあった火蜥蜴の指からほんの少しの火の粉が散り、それがクレアの身体に触れて消えた。

すると、僅かに救星機構が再起動し、光を放つとそれは崩れ落ちた。


「ドロー、れ、む……」

「ちょっと、まさか記憶を封じたとか?許される事じゃないよそれ」

意識を失ったのか、力なく倒れこみかけるアデルを慌てて抱きとめると、レイハは非難するような口調でアグニラディウスに抗議した。


【本来あってはならぬものに対する正しい処置だよ、その者が想う存在はこの世界から消えた。多少の齟齬(そご)はあろうが皆疑問には思うまい。

 レイハ、そなたはこの者たちを連れて帰れ、時が来れば皆記憶を失う。ではな、ロザリア。われの力は託した、時が来ればその意味も判るだろう。全ての人は救えないだろうが、より良い選択をすることを期待する】

「あーもう、そういう所は本当に融通効かないんだから、反動が来ても知らないよ? あと私も記憶失うからと言って何か凄い事言ってないか?」

ぼやくレイハを前にアグニラディウスは今度こそ消滅した。ロザリアの【亜神】状態は解け、皆はそれぞれの帰途に着く。

だがそれぞれの歩みはまさに操られているかのようだ。救星機構により『あるべき姿』として誘導されているのだから。


「まったく、これではまるで遠足だな。これの引率をさせる為に私の洗脳を遅らせたのか?

 それにしてもロザリアちゃんといい残りの2人といい、何だあの能力は?

 本人達は気づいて無かったみたいだけどあまりにも事態の収拾にとって都合が良すぎる。まるで何かを仕組まれていたみたいだ。

 しかし、1人ならともかくこの3人ともがか?一体何を企んでいるのやら。……まぁ悩んでも仕方ないか、どうせすぐ忘れるだろうし」


次回、新章第19章「悪役令嬢と新成人の舞踏会と『こどもさらい』」

第252話「何か色々あったみたいだけど、今のウチはそれどころじゃない」「自業自得……とも言えないですねこれ」

読んでいただいてありがとうございました。

また、ブックマークをありがとうございます。


基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

いいね・感想や、ブクマ・評価などの

リアクションを取っていただけますと励みになります。

作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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