第249話【最モ新シキ無名神】
ロザリアの身体から炎のような影が離れると、その影は人の形を成し、炎に包まれたアグニラディウスへと姿を変えた。
【よし、ロザリア、先程教えたようにできるな?】
「はい、アグニラディウス様。問題ありません」
既に話はついていたのか、ロザリアは迷いの無い返事をしていた。
だが様子がおかしい、ロザリアの姿が先程亜神化していた時と変わっていなかったからだ。
口調もまた普段のロザリアとは違う。先程のアグニラディウスが乗り移っている状態と似ていた。
これでは亜神化した存在が2人に増えただけだ。
「お姉さま……?大丈夫っスか? その、何か雰囲気がさっきと変わってないというか……?」
「お前! お嬢様に何をした!」
クレアとアデルはロザリアの様子が元に戻らない事に気がつくが、存在感に気圧されてしまって近づく事もできないでいる。
そんな二人に対してロザリアは視線を向けた。違う、いつものロザリアの目つきではない。
「心配しないで、あでる、くれあさん。私は大丈夫よ、何も心配する事は無いの」
ロザリアは優しい声をかけてくるが、いつものような対等の相手に対するような話し方ではなく、どこか超然とした感じだ。
「いや心配しか無いんですけど、あの、お姉さま?本当にどうされたんですか?」
「お嬢様! 正気に戻って下さい!」
【ロザリア、われが司るのは火のみ、ゆえにわれがあ奴を抑え込めるのは良くてただ一瞬だ。それを無駄にするなよ】
クレアとアデルの声を無視してアグニラディウスがそう言うと、ロザリアの側に立っていた身体が突然巨大化し、同時に神獣の本性そのものの巨大な火蜥蜴の姿に変わった。
全身に溶岩のような鱗を鎧のように纏い、吹き上がる炎は見かけほど熱を感じないので魔力がそのように見えているだけだろうが、凄まじい存在感だった。
クレアとアデルが2つの存在感に挟まれて動けなくなっていると、さらにもう1つの凄まじい気配が現れた。
卵の中から異様に巨大な魔法力が噴出してきたのだ。その異様なまでの大きさの魔力は卵の殻を内側から吹き飛ばし、その中から現れたのは羽根を折りたたんでいる球状の何かだった。
ゆっくりと羽根が広がっていく。そこにあったのは天使のような人型ではなく、異形としか呼べない存在だった。
多数の巨大な男や女、若者や老人の顔が球状に固まり、その顔にも複数の目があった、口々に神の祝福の言葉とも呪いの言葉とも聞こえる何かを発している。
その顔の塊からは10枚ほどの羽根が生えてはいるが、それで飛んでいる様子は無く浮遊していた。
顔と顔の間からは手や足が何本も生えており、痙攣するように激しく動いているものもあれば、ゆらゆらとなまめかしく揺らすものもあった。
そして頭上?には巨大な光輪が浮かんでおり、その光輪にも不可思議な文字らしきものが刻まれていた。
全体的に見れば悪夢の産物のようでしかなく、怪物としか言いようがなかったが、その場に立ち込めているものは紛れも無く荘厳で神々しい雰囲気というしかないものだった。
だがその存在は人々が崇める事により発生したものでもなく、語り継がれた大いなる教えの果てに紡ぎ出されたものでもない。
誰に崇められる事もなく、名も持たずどの理にも宗教にも属さない神格だけの神、法王ただ一人の欲望により生み出された『最モ新シキ無名神』だった。
「な……何っスか!? あれ、あんなのが神様なの!?」
「クレア様、元々神々や天使はあんな異形なのですよ。古い天使や神々の姿はあんな感じのものばかりでした。
時代が下る毎に人が望んだのか人に合わせたのか、救世主とされる人や、人に羽根が生えたような姿に変質していったんです」
アデルが驚いているクレアに説明をするが、見た目がどれだけ異形であろうと、そこに宿る神格は変わらない。
クレアやアデルにとっては、【亜神】ロザリアや本性をむきだしにしたアグニラディウス以上に恐ろしいと言ってよかった。
【ほほう博識だな。あ奴はこの世界に発生した最も新しく名も無き神、人々の願いなどではなく、ただ一人欲望から生じたものよ。
故に何が何でも調伏せねばならぬ。放っておけば己の欲望の為に何をするか全く読めぬからな】
アグニラディウスがアデルの説明を聞いて感心していると、突如、《無名神》の顔の塊の下半分が三日月のように裂けた。
裂け目の上下には牙らしきものが生えている。そこが口らしい。
《ふ、は、は、は、は、は、素晴らしい、現世でこのような存在に到れるとは。
だが足りぬ、先程の高次元の彼方に我々は見た、全てを超越して尚余りある至高の存在達を。欲しい、ほしい、力、ちから、ちからちからちからちからちからちから》
《無名神》は上位世界からの力を取り込んだ際に、法王が無数の存在に分裂してしまったものの塊だった。
男であり女であり、戦士であり僧侶であり賢者でもあり、善でもあり悪でもある、様々な可能性の中で生じるはずだった存在達だ。
それら全てが上位世界の力によって融合しており、全知全能とまではいかないまでも、一柱の神として存在している。
だがそれはあくまでこの世界には本来存在しないはずの神だった。そんな存在が唯一願ったのは、この世界の全てを超える力だった。
【よく見ておけロザリア、あれは力を望んで発生したモノであるがゆえに力への渇望に完全に飲まれておる。あれではこの世の全てを破壊した後自滅するのみよ】
「力を求めては、結局自滅するだけ……」
【そうだ、だが今は力でしかあ奴を抑え込む事が出来ぬのだ。力なき神も又自滅するだけ、調和が取れなければいかなるものも最終的には破滅を迎える】
「調和……、わかりましたアグニラディウス様。後の事はおまかせください」
《無名神》を前にアグニラディウスはロザリアに対して授業のように語りかけていた。ロザリアは自分がやるべき事を理解したように頭を下げている。
「ねぇお姉さま、やっぱりおかしいですよ!? 何をされたんですか!?」
「お前! やはりお嬢様に何かしたな! 答えろ!」
「2人共、心配しないで、さっきも言ったけど私はあるべき姿を思い出しただけ、最初から何も変わってないわ」
アグニラディウスと対話するロザリアの様子が明らかにおかしい。まるで洗脳されたかのようだ。
「やっぱりおかしいですよ!? こんな誰かの言う事をそのまま繰り返すなんてお姉さまらしく無いです!」
「お嬢様! 私はあなたの無軌道な所も無計画な所も、自分の思うままに行動して周りを巻き込んでしまう所も、正直言うと迷惑極まり無かったです。
ですがそんなあなたがどうしようもなく眩しく見えたんです。……変わらないで下さい。元に戻って下さい!」
クレアとアデルが必死になって説得しようとするがロザリアは何の反応も示さない。その様子をレイハは痛々しいものを見るような目で見ていた。
「くれあ、あでる、だまってとおりにして」
その瞬間、クレアとアデルは何も言う事ができなくなってしまった。まるで心を失って道具のようになった気分だった。
心の奥底では反発していても、理性や本能そのものが”そうあるべき”と考えてしまうのだ。
クレアは無表情に立っているがアデルは泣いていた。鍛え上げた強靭な精神力の為せる業か、涙だけが無表情な顔を流れ続けていた。
【良い選択だ、今は人の心を考えている余裕は無いからな。
だがあまり乱用すると人の心は離れていく、心を寄せられなくなり、忘れられた神もまた無力、それも忘れるな】
「はい」
「ラニたんさぁ。いやアグニラディウス、本当にいい加減にしなよ?」
レイハは普段の飄々とした雰囲気が消えており、珍しく目の前の光景に怒りを露にしていた。
第250話「強欲の無名神と破壊の神王獣」
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