第248話【亜神(デミゴッド)】
「あ……、な……、お、お姉さま?ですよね!?」
「お嬢様……」
静止した時の中で、クレアとアデルは気圧されていた。アグニラディウスがロザリアと一体化すると、突然雰囲気が一変したのだ。
【案ずるな、この身は少々神に近づいて亜神化しただけだ】
亜神と言うだけあって、今のロザリアは明らかに人のそれではなくなっていた。
表情は16歳という年齢に似合わぬ妖艶さや老獪さを感じさせて年齢がよくわからなくなっており、黄金の目は光を放っているかのように煌めき、真っ赤な髪は内側から輝いてまるで炎だ。
体からは神気とでもいうのか、クレアの光属性にも似た光がゆらゆらと立ち上っている。
目の前に立っているだけで気圧されるを通り越して、根源的な畏怖や畏敬の念を呼び起こされて膝をつきそうになる。
そして、口調と人間離れした存在感から、目の前の存在はもうロザリアではなくなってしまっているのだと否応なしに理解させられてしまう。
「お嬢様は、一体どうなったのですか……!」
アデルは平伏してしまいそうになる自分を無理やり精神力で抑え込みながら歯を食いしばり、ロザリアの姿をした何かを睨みつけ、ロザリアの安否を気遣う。
それは神に祈るような、神の意思に逆らうような不遜な行為ではあったが、それでもアグニラディウスはそれを好ましく思った。
尚、隣のクレアはまるで何かの武道の構えのように、一糸乱れぬ物凄く綺麗な土下座をしたまま微動だにしていない。
【案ずるな、ちょっと眠ってもらっているようなものだ。さて、できるだけ早く終わらせねばな。あまり長引くと戻れなくなる】
「お嬢様を、必ず返してください」
アグニラディウスはアデルの言葉に微笑むように目を細め、すぐにその視線を前へ向けた。
《さて、私はそろそろ高次元へと旅立たせていただく。貴方がたのご無事をお祈りしておきますよ》
【そんな事を祈られても困るな】
法王の言葉を遮るようにロザリアが言葉を発した瞬間、いきなりロザリアの気配が変わった。
その場の者達にとってはいきなり神のような何かが顕現したようにしか見えなかっただろう、神気に当てられて誰もが一瞬動きを止めている。
レイハはロザリアの様子から何が起こったのかを察した。ハガネの方は戦闘中という事から気圧されずに立っているのがやっとだ。
「おいおいおい、無茶するなラニたん……、こりゃ、私も本気にならないとねぇ」
「ろざりあ・ろーぜんふぇるど、何ダソノ有様は」
《貴族令嬢とは思えぬ、いや違う、もはや人ではないな。星幽体の私よりも高位の亜神、まるで神の御使いそのもの……。まさか、神王獣が人に乗り移っておるのか?》
【その有様とは不遜にも程があるな、われはお前たちも助けようと言うのに。このように魔力を弄ぶものではないぞ】
ロザリア【亜神】が手を振ると天に昇っていた魔力の流れが止まり、その場で渦を巻きだした。
そして渦巻く魔力から黒い闇の魔力が分離し始める。周囲が驚愕する中、ロザリア【亜神】は闇の魔力を”ゲート”に叩きつけ、あっさりと穴を塞いでしまう。
それはドローレムがかなり長い時間かけて閉じた時とは比較にならない早業だった。
「ばかナ!?コウモアッサリト!?」
【魔力は本来白も黒も無いのだ、そもそもこのような争いをしている理由など何一つ無いのだぞ?さて、われの魔力を返してもらう前に部外者をどけるとするか】
ロザリア【亜神】はその場に渦巻く魔力をさらに操り、その場にいる信者たちをどこかへ転移させてしまった。
「コレホドノ転移魔法ヲ、アッサリト行使スルトハ」
「2000人近くいた人達を、そう遠くはないにせよ転移させるなんて人間業じゃありませんよ、大規模集団魔法でも不可能です。
しかも自分自身の魔力は全く使っていない、いったいどうすれば……」
フォボスやフレムバインディエンドルクは驚いていたが、法王は特に焦る事もなく不敵な笑みを浮かべている。
《さすがはこの世の精霊力の頂点に君臨する神王獣ですな、魔力を操る事に関しては比肩する者はいないでしょう。
ですが”本体”の魔力は少々弱っておるようですな?その有様で私を止められますかな?》
【止めなければならぬ、それが管理者である我々の責務だ】
《人間風情の体を乗っ取ってようやく存在を維持しているというのに笑わせますな。よろしい、魔力はお好きにどうぞ。私はこちらの方にしておきます。ルシア!》
法王が名前を呼ぶと、ルシアが一瞬でロザリア【亜神】の前に現れた。
「ルシア! 法王の命令を聞くな! くそっ! なぜ命令権を奪われる!」
《無駄な事です、しょせんその辺の死体を弄ったに過ぎない簡易的な疑似魔界人なのでしょう?かつてのドローレムみたいにはいきませんよ》
フレムバインディエンドルクの叫びに、法王は嘲るような言葉で応じた。
【これ以上勝手な真似はさせぬ!】
ロザリア【亜神】がその場の魔力を操り、巨大な炎の槍を法王に向けて放った。しかし、
《”止まれ”、”解けよ”、”虚空に消えよ”》
法王の言葉通り、その槍は突然魔力に再分解されてしまい、消されてしまった。
見ると法王の身体はルシアに重なりかけており、ルシアのその手は救星機構に触れていた。
《何をさせぬ、と言うのですか? 貴女は所詮火属性の管理者に過ぎぬ。
乗り移っている身体もただの人間ゆえに、この場の魔力を自分の身体に吸収してしまうと死に至りましょう。
”消えよ”、ふむ、無理か、”吹き飛べ”》
【ぐぅうううっ!】
法王の言葉通り、ロザリア【亜神】はそのまま後方へと弾き飛ばされてしまう。ロザリア【亜神】は空中で態勢を立て直すとそのまま地面へと着地した。
《くくく、即席で紛い物の聖女とはいえ断片的に力は使用できますな。ある程度制限はあれど事象改変能力も扱えるようです》
既に法王の姿はルシアと一体化しており、途中からルシアの口からその言葉が出ていた。
【お前のその肉体も所詮聖女のまがい物のはず、それこそ救星機構をまともに扱う事すらできぬはずだ。それ以前に己の存在が消し飛ぶぞ】
《もちろん私自身が行使できる事には限界があります。ですが、この世界での”私”に関する事なら何も問題ありませんよ。
”来たれ”、”大いなる力をここに”、”我をさらなる高みに”》
ルシアと一体化した法王の声と共に、空に開いていた上位世界の穴から光が降り注ぎはじめ、法王の周囲に集まっていく。
それと共に、今度は身体が救星機構に潜り込み始めた。光が今度は繭のように包み込んで行き、そのまま繭は硬質化して卵のようになる。
【まずいな、あれに包まれてしまうと手出しができぬ、上位世界からの力の流入はこれ以上は無いようだが】
「あのー、あれ何してるんですか?」
物怖じしないクレアが恐る恐ると言った感じでロザリア【亜神】に尋ねた。
【見ての通り、卵か繭そのものだよ。あの中で存在を完全に変質させる気だ】
「変質、って、今でも手が付けられない感じですけど……」
危機感を感じたのはフォボス達も同様のようだ。
「マズイナ、今ノ時点デモコノ次元世界デハホボ最強ト言ッテ良イ。マダ上位世界ヘ行クナラ放置シタ方ガマシダッタゾ」
「既に神格を得ているようですしねぇ。あのまま活動を始めたら手が付けられなくなりますよ」
「あのー、えっと。つまりどうなったんですか?」
クレアは物怖じしないにも程がある、こちらにも質問していた。
「そちらの貴族令嬢が亜神になったというなら、あちらは神そのものになりつつあるんですよ。大分下位ではありますがね」
「神々は長らくこの世界への干渉を止めてしまってるからねぇ。力を行使してくる存在がいたら。もうそれは神と見分けがつかないよ」
フレムバインディエンドルクの説明にレイハが補足していた。
状況を見ていたロザリア【亜神】は何かを決意したようにうなずくと、クレアとアデルの方に歩み寄ってきた。
【これも運命という奴か、アデル、クレアと言ったか。今からこの身体をロザリアに返す。その後は私の言う通りにしてくれ】
次回、第249話【最モ新シキ無名神】
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