第245話【偽造聖女】
「あの、ハガネさん、あれが法王っていう人ですか?」
「ええ、あれがエギビエル・アルカス法王、今の光翼教団のトップですよ」
ロザリアの質問にハガネが答えていた。
中央の舞台に現れた男は、ゆるりと『救星機構』と呼ばれる人の形をしたものの前に立つと口を開いた。
「ククク……、ようやくここまで来たか。あとは起動を待つのみ、我の悲願を達成する日も近い」
「お待ちしておりました法王猊下、既に準備は整いつつあります。すぐにでも起動できますが?」
「焦る事は無い、今ここにはどれだけの魔力が溜まっている?」
「はっ、御柱が1本失われた事で行き場を失った分を全てこちらに吸収させ、さらにはここに集まった信者数も2000人を超えております。
彼らの魔力全てを過剰摂取状態にまで持ってゆけば相当に大きな”ゲート”が開かれるかと」
「よろしい、では儀式を遂行するとしましょう、さぁ来なさい、ルシア」
そう言いながら僧院長を振り返った男の顔の笑みは邪悪で狂気に満ちている。
その影から現れたのは、例のドローレムに顔だけは生き写しな修道女のルシアだった。こちらは逆に何の感情も浮かんでいない無表情で佇んでいる。
「あのルシアって子までいるわね、魔界への”ゲート”を開くつもりなのかしら。何だってそんな事を?」
「フォボスってのはいないみたいっスけど、どうしてどうしてどいつもこいつも似たような事を始めようとするんスかねぇ」
「向こうに渡るつもり、なのかもねぇ? 酔狂な事だ」
ロザリアとクレアが呆れたような声を上げる横でレイハが少し困ったように呟く。
それに反してアデルが珍しく焦った様子でロザリアに詰め寄ってくる。
「お嬢様、この状況はいけません、すぐに止めないと大変な事になります」
「どうしたの?アデル」
アデルは自分がグリセルダに身体を乗っ取られた時に彼女の記憶の一部が流れ込んで来た事を手早く説明した。
そしてまた彼女の父親が大襲来の頃に崩御しており、今魔界とこの世界をつなぐゲートが開いてしまうと
グリセルダに向けてその魔力が全て流れ込んでしまい、次代の魔王が誕生してしまう事も。
「グリセルダ王女の復活は今のところ不完全ですが、それでも何が起こるかは不明です。一刻も早く止めるべきかと」
アデルからの情報はロザリアにとっては完全に寝耳に水の話としかいえなかった。しかも話の規模が大きすぎる。
「そんな大事なこと、どうして今まで黙ってたのよ」
「申し訳ありません、下手に話すとお嬢様はあの王女を救おうとなさるのではないか、と余計な気を回しすぎました」
「いや、まぁ、私も確かにやりかねないけどさー」
ロザリアが苦笑いを浮かべていると、舞台の方で動きがあった。脈動するように光っていた根のようなものの光がどんどん強くなっているのだ。
同時に人の形をしていたものの頭部分で発光が起こり、目のようなものが光り始めていた。どう見ても何かが始まりつつある。
発光する像の側では法王が厳かに呪文を唱え始め、それに合わせて周りを取り囲む神官達も同様に唱え始めた。
そして周囲に座っている信者達も立ち上がり同様に、それはまるで合唱のように響き渡り、やがてそれは巨大な一つの言葉となってゆく。
その言葉の意味は解らない。だがそれは間違いなく、何らかの効果を発動させる為の詠唱であった。
「まずいですね、一刻も早く止めないと。暗殺しますか? あの法王を。殺せば止まる可能性が高いですが」
「そうそう、さっさと止めるならそれが一番早いよ?お姉さんがやろうか?」
「マ!?」
ロザリアは突然ハガネとレイハにとんでもない提案をされてしまい、思わず素で声を上げてしまった。
『いや素にもなるわ!そんな決断迫られてもマジ無理無理なんですけどー!?』
「いやそんな事、聞かれ、ても? あの人って光翼教の一番えらい人よね? さすがにまずくない? ですか? そんな事したら」
「か、過激っスね……」
あまりにも物騒すぎるのでクレアもドン引きしている。
「現状最も止められる確率が高そうですからね。
もしくはこの遺跡の設備を破壊するか、ですが。そちらは破壊した瞬間に溜まっていた魔力がどうなるかわかりませんし」
「さもなくば、この場にいる信者を全員始末するか、なんだよねぇ」
ハガネとレイハはさも当然の事であるかのように選択肢を提示してくるので、どうやら本気らしい。
「いやそんな事を選べとか言われても……」
「【おい、ここの上空がおかしいぞ、妙な魔力が高まりつつある】」
ロザリアの肩のアグニラディウスが上を見上げながらそう告げると、ロザリアもつられるように視線を上げたが、そこには何も無い。遺跡のさらに上空だろうか?
突然、大きな音がすると信者たちが脱力したようになり倒れ込んでいっていた。それは1人2人の話ではなく、ほぼ全員が倒れ伏していた。あっちもこっちも大騒ぎな状況になってきている。
「こ、これはどうした事だ!何かしくじったのか!?」
見ると、法王が慌てて僧院長に問いただしていた。儀式の結果というわけではなく不測の事態のようだ。
「いえ、何も……。いや、魔力を抜かれたのか?」
見ると、倒れた信者たちのすぐ上には魔力の塊らしきものが浮かんでいた。そしてそれは次第により集まり、1つの結晶体へと成長していくのだった。
ロザリア達は一度その光景を見た事がある。ドローレムの時の事だ。
「お姉さま!あれって!」
「まさか、また……?」
が、その魔力の塊は棒立ちのルシアが吸収したりする事はなく、その眼前で止まった。その状態でもルシアは微動だにしない。
「これは、どうした事だ!おいルシア!お前何をやった!」
だが、その法王の問いに答えたのは上空からの声だった。
「コマルナ、勝手ナ事ヲサレテハ。我ラガ王女ハマダマダ完全デハナイ」
「その”偽造聖女”を貸し与えたのは救星機構を利用する為であって、あなたの権力欲を満たす為じゃなかったんですがねぇ」
黒いローブのようなものをまとったフォボスと、闇エルフのフレムバインディエンドルクだった。
巨大な鎧姿のイーラもいた。
「げ。フォボスと、あの闇エルフの人っスね。あとイーラ」
「仲間割れ? なのかしら?」
「偽造聖女……? やはりドローレムと何か関係が?」
ロザリア達の困惑をよそに、状況は進んでいく。
「この施設の使用を許可したのは、あくまで人心を掌握して効率よく魔力を溜め込む為だったのですがねぇ。
まさかあなたほどの地位の人がそれ以上の権力を? つくづく人の欲望は度し難いですな」
「ココヲ使ッテ何ヲスルツモリダッタ? イヤ、聞ク必要性ハ無イナ。るしあ、ヤレ」
「おい、ルシア何をする、やめ、やめろ!」
突如、今まで人形のように立っているだけだったルシアが法王の胸ぐらを掴み、そのままその細腕で持ち上げて締め上げ始めた。
「あ、あー。どうしよう、あれ、まずいっスよね?」
「積極的に助けに行きたい感じはしないけど……、どうしたものかしら」
クレアとロザリアは舞台の法王とルシアを見て、どうすればいいものかと悩んでいた。
助けたいという気持ちは無くもないのだが、先程暗殺しようかとしていた相手なのでどうも気が引けるのだ。
このまま始末してもらおうかなー、などと二人が考えている間にも舞台上では法王の首が絞まっていく。
「救星機構ヲ止メロ。今ノ我々ニハ無用ダ」
「さようですな。ルシア、やりなさい」
フレムバインディエンドルクの合図と共に、ルシアは法王を更に締め上げ、何かが折れる音がした。
「うわー、嫌な音したなぁ」
「これで終わり……じゃないっスよお姉さま!」
《おやおや、困りますな、貴方達こそ勝手な事をされては困りますなぁ。私の邪魔をしないでいただきたい》
死亡したはずの法王がもう一人いた。正確にはいまだルシアに首を絞められている法王の側に立っていた。
しかしその体は光っていて妙に神々しい。どうも幽霊とかいう雰囲気ではない。
「……、ちょっとまずいですよ。こいつ既に肉体と魂を切り離して高次元の星幽体に昇華させる術を会得しているようです。
権力だか力だかに魅せられた生臭坊主でも修行の成果はあったようですな」
「ソノ技術ヲ会得シタ事デ満足スレバ良カッタノデハ?コレ以上何ヲ望ム?」
《もちろん、神の一柱になりたいからですよ。私はこの世の教義を全て知り尽くした。私こそ人の身を捨て、より高次の存在になるに相応しい。
ルシア、命じろ。『お前たち、飲め』》
ルシアは法王の命令に従うかのようにその言葉を繰り返す。そしてその声は『救星機構』の口からも聞こえてきた。
すると倒れていた信者たちが意識が無いにも関わらず、強制的に動かされるように懐やそれぞれのしまい場所から何かの瓶を取り出し、一気にそれをあおった。
「げ、お姉さま! 意識無いっぽいのに身体が動いたっスよ!?」
「【あれが救星機構の機能の一部だよ、意識があろうが無かろうが事象そのものを操る。
聖女だけがそれを実行できるはずなんだが、どうもあれは偽造された聖女のようだな】」
「ちょ、ちょちょちょちょお姉さま!まずいですよこのままだと!」
「あーもう!私達も乗り込むよ!とにかく誰かをどうにかすれば良いんでしょ!」
「いえお嬢様、それは単に考え無しというのです」
次回、第246話「敵味方で共闘って、いざやると凄い微妙なんですけどー」
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