第243話「休む間も無く潜入なんですけどー!」
「さぁ、冬も近いゆえ蓄えは十分にあります。どうぞごゆるりとおくつろぎ下さい」
夜になっての夕食は盛大なものだった。自分達の主の令嬢を迎えての事なので、少々期待していたロザリア達ではあったが期待以上だった。
大きなテーブルの上には豪華な料理が並び、葡萄酒なども惜しげもなく注がれている。
アデルはこの里でなら客の扱いを受ける必要はないと給仕に回っていた。
席についているロザリア達の前で里長がグラスを手に取ると、皆が乾杯と一斉に声を上げる。
「何というか、豪華な食事ね……。忍…、影の民っていうから質素な食事をしてるかと思ってたわ」
「はははは、飢えに耐え忍ぶ事も時に必要になるかもしれませんがな。それが日常になっていてはいざ豊かになった時にすぐ堕落してしまう。人とはそういうものですよ。
だからといって贅沢三昧しろというわけではありませんがな。
日々を豊かに生き、されど豊かさを失う緊張感を忘れず、豊かさに溺れない心根を持つことこそ、長い目で見れば強い心を養えるのですよ」
ロザリアの感心した声に、里長が影の民の教えらしい独特の考えを語っている。それは長き流浪の生活の中で培われたものなのかもしれない。
とはいえ前世今世含めてこの方、衣食住に苦労のした事の無いロザリアにとっては実感の無い事なので、「そんなものか」とうなずくしかできなかった。
『こればっかりはねー、前世のウチは孤児だったけどー、さすがに放浪とかホームレス系?は経験無いし』
「ほうほうなるほど真理の一つじゃの、レイハよ、われはそこの大きめの肉がよいの」
「ラニたん、この酒なかなかいけるよ。いつもの純米酒じゃないけど」
レイハはともかく、いつのまにやら火の神王獣アルケオザラマンデルのアグニラディウスが当然のように食卓に座っていた。
しかもちゃっかりと一番良い位置に陣取っている。あまりにも当然のように座っているので誰も疑問に思っていなかった。
「……あの、なぜアグニラディウス様がここにいらっしゃるのですか。あとレイハ様も当然のようにお酌しないでください」
さすがにアデルが突っ込んでいた。しかしアグニラディウスの方は気にする様子も無く盃をあおっている。
「この人神出鬼没だからねー」
レイハが酒を注ぎながらの言葉にアデルは肩をわずかにすくめ、アグニラディウスの前に料理を置いてその場を後にした。
ロザリア達は勧められるままに出された料理を楽しみ、今は食後の休憩で緑茶を飲んでくつろいでいる。既に日は暮れ、月明かりだけが窓から差し込んでいる。
その頃アデルは里の外れにある大小様々な墓石が並ぶ墓地に来ていた。本来もっと早く来たくはあったが、個人的な事の為に今の時間まで待っていたのだ。
が、先客がいた。
「アデルか、やはりここに来たのだな」
「里長……」
「良いから、まずは無事な報告をしてあげなさい」
アデルと里長の前には小さな墓石が立っていた。かつて自分をこの里まで連れてきて命を落とした者が葬られているのだという。
そっと手を合わせて祈るアデル、今までは義務的に祈っていたような気もするが、近頃は自分の出生の秘密らしき事を知ってからは少々考えが変わってきていた。祈りを終えて、アデルは改めて里長に向き直った。
「里長、ここに眠っているのは誰なのでしょうか?私は、どこから来たのでしょうか?」
アデルは今まで自分の出自に付いて詳しく聞かずにいた、聞いても仕方がないと思っていたのだ。
「ふむ、本来ならそんな事は気にする事ではない、と一喝する所なのだろうな。
だが気持ちの整理もつかなくてはそれもかなうまい。結論から言うとわからない、としか言いようがない。
なにぶんテネブライ神聖王国の王家の生き残り、と今頃言われてもその国が滅んでしまっていては情報を集めようが無い。
お前のアデライドという名も、お前が包まれていた布に刺繍されていた名前からのものだ」
「私は全てを失ってここに来た。そしてここで生き、鍛え上げられ、ローゼンフェルド家に派遣されて任務に就いている。それが全てだと思っています」
里長は静かにうなずいた。元々アデルには危ういものを感じ続けていたのだ。性格なのか性分なのかはわからないが、誰よりも影の民らし過ぎるのだ。
争いにまみれていた頃ならともかく、世が安泰な今ではそうも行かないだろう。
だが報告にあるアデルは里にいた頃とは明らかに変わっていた。寡黙なのは変わらないが様々な事に以前とは異なる意欲を見せていたのだ。
「だが、最近はかなり様子も変わったようだな?色々と報告を受けている。あのご令嬢の影響か?」
「……あのお方は、ロザリア様は全くといっていいほど常識が通用せず。混乱してばかりです」
アデルの口元には苦笑が浮かんでいた。ロザリアと出会ってからというもの、毎日が驚きの連続だった。
常識では考えられない行動に出る事も多々ある、というかそういう行動ばかりだ。
とはいえそれが不快というわけではない、むしろアデル自身もロザリアの行動に触発されて新しい発見をする事もある。
「貴族なのにもかかわらず、身分の上下など全くおかまいなしで、自分の非はあっさり認めて私に謝罪してみせたり」
「ふふ、たしかに侯爵令嬢とは思えんな」
「店舗を経営するのはともかく。突如外国人のように姿を変えて嬉々として飲食店の店員をしたり。私も店員をさせられましたが」
「少々変わった令嬢なのもお前にとっては良いだろう、いい経験になる」
「魔界の真魔獣やら何やらと戦ったり、婚約破棄の腹いせに城に家族と共に殴り込んだり、挙げ句神王獣と戦ったり、その全てに私も巻き込まれましたが」
「……お前侍女なのはともかく、基本任務は護衛だよな? 護衛っていっしょに戦えって立場じゃないからな?」
「挙げ句の果てには、九頭竜を討伐する為に巨大な人型ゴーレムを作り出すのみならず、中に入ってそれを操縦して戦ったり。私もそれに乗せられて戦いましたが」
「そ……、それは大変だったな」
あらためて列挙すると本当に意味が分からない、「本当に何なのだあの人は。そして私は一体何をさせられているんだ」と、アデルは途中から微妙な気分になる。
そして里長もまた、「何させられてるんだこの子……」と、アデル同様微妙な気分になり、墓石を前にしんみりした雰囲気のはずが微妙な空気が流れるのだった。
「ふふ、常識など、所詮その場の考えを平均化したものに過ぎぬ。そんなものに囚われていては未来も本当に大切な事も見誤るぞ」
里長は少々強引に良い話風にまとめようとする。その辺はアデルも感じていたが、里長なりの心遣いなのだろうとそれ以上は言わなかった。
「本当に大切なもの、ですか。今はただ、お嬢様の侍女を全うするのみです」
「だが、最近友人を失ったそうだな?」
里長の言葉にアデルはわずかに目を伏せる。ドローレムの件については今でも自分の中で答えが出ていない。
「友人、だったのでしょうか。今もそれは自分でもわからないのです」
「我らは日陰に生きる者だ、結局の所、信ずるものは己の心技体のみ。
だからと言って友人を作るなという意味ではないぞ、友人がいた事が無いものは友人のような顔をして近づいてくる者の本質を見抜けなかったりする。
お前は性格的にどうも上下関係に縛られて対等な友人を作ってこなかったからな。喪ったのなら、悲しんでやれ」
アデルはしばらく考え込むように沈黙していたが、やがて小さくうなずいた。だが目の前の墓石を代わりとして拝む気にはなれなかった。ただ、そっと目を閉じるのみだった。
今宵は満月からほんの少し欠けた十六夜月、月は明るく里を照らし、夜の闇を払う。
冬と言っていい北国の風は冷たく澄みわたり、肌に突き刺さるほどに鋭い。
が、突如その静寂が破られる。
「報告いたします! 例の教会に信者達が突然集まっております! 何事かが始まる可能性があります! また、法王の所在が不明です!」
「法王が来る予定があるとは聞いていたが、動きが急過ぎるな、予断を許さない状況のようだ。すぐにでも遺跡に潜入、場合によっては排除の可能性もある」
偵察からの報告に里長は腕を組んで考え込む。
その前にはロザリア達や、レイハ、アグニラディウスもいる。
「ねぇラニたん、私達が来たその日の夜にこれ? どうも都合が良すぎるんだけど? 何か企んでないよね?」
レイハの問いにアグニラディウスは何も答える事は無かった。
次回、第244話「遺跡教会への潜入」
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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