第242話「で、魔王薬の話はどこへ言ったのかな?」「あ、そういう話もありましたね……」
「似た事と言えばもう一つある。聖女誘拐の際に教会近辺で古代遺跡が突然破壊された、という事があってね。
あの教会は元々古代遺跡を利用して建築されていて、その遺跡を取り囲むように増築されて今のような形になったんだ」
ミカゲが話す件はロザリア達にも覚えがあった。ドローレムが破壊したと告白し、その影響で迷宮『地ヘ落チル塔』にあった御柱の1つが消滅していたというあれだ。
「その古代遺跡を破壊したのが、ドローレムなんです。詳しくは話せませんが、その影響でこの地域の魔力の流れにかなり大変な事が起こりまして、世界的な影響が出ているんです」
「ああ、ついこないだ起こったという九頭竜討伐の話とそこでつながってくるのか。とはいえ真相は本当に1国の問題じゃなさそうなので深くは踏み込まないがね。
それよりも先程名前が出ているドローレムというのは?ハガネからはアデルの友人と聞いたが」
「ドローレムは、疑似魔界人だそうです。姫猫祭の時に闇に堕ちたエンシェントエルフの学者が自分の創造したホムンクルスに魔核石を与えて誕生させ、一時的に仲間としていたようですが、先程の九頭竜討伐の際に殺されました。その遺体に魔王女の魂が宿って」
「ちょっと待って欲しい、どうしてそこで大昔の大襲来の魔王女の話が?王都の城がドラゴンやらに何度も襲撃されているという真相はそれなのですか?」
ロザリアの説明の情報量の多さにミカゲが割り込む。これはさすがに説明に困りそうだ。
「なるほど、知らぬ間にとんでもない事になっていたのですね。獄炎病の原因まで諸々の要素がつながっているとは」
「何とかして魔王女とフォボス達の行動を止めないと、本当に大襲来がもう一度起こる可能性まであるんです。
とはいえあまりにも物事が大きすぎてどこで何が起こっているか」
「ふむ、だがここで『北の聖女』が何か事を起こそうとしているのなら、突破口になるかも知れませんな……」
「里長さん、まだ父には何の了解も得ておりませんが、ローゼンフェルド家当主の代理として発言します。この件に関して手伝ってもらえませんか?この地で魔法を使える人が急激に増えている、気候までおかしくなっている事は知っていますね?事は緊急を要するかもしれないのです。」
ロザリアは今のままではミカゲの全面的な協力は得られないと判断し、ローゼンフェルド家の名前を出してでも協力を取り付けようと試みる。
「ロザリア様、そういう時は一言ご命令下さい。世がある程度平和でないと我々も暮らしていけませんからな」
「ついでに、魔王薬の事も頼んでくれると、お姉さんの仕事も楽になるなぁ」
ミカゲは了承するが、横からレイハが茶々を入れるように口を挟んでくる。とはいえ口調とは裏腹に顔には人の悪い笑みが浮かんでいる。
「ああ、そちらの件ならば既に流通経路を把握しておりますよ。教会内に運び込まれて以降は外部に流出していない様子ですので、放置しておりましたが」
「魔王薬に関して情報を掴んでいる、というのは初耳なんだけど?」
ミカゲが既に情報を把握している事にレイハの雰囲気が少々変わる。それこそミカゲを斬りかねない雰囲気だ。
「我々はその件に関しては何の命令も受けてはおりませんから」
レイハの殺気を受けてなお、しれっと言ってのけるミカゲ、なるほどたしかに忠誠心など欠片も無いようだ。
重要な情報を掴んでいようが、命令が無ければ主であろうが役に立つ機会が来るまで報告したりしないという事だろう。
だが、ロザリアにとっては逆にやりやすい相手だった。
「そう、ならその件に関しては別途正当な報酬を払うわ。だからレイハさんに協力してあげて。できれば供給元を断つ所まで」
「ご依頼、誠にありがとうございます」
「やるねぇ、ロザリアちゃん。てっきり憤慨するかと思ったけど」
レイハはロザリアが怒るかと思っていたらしく、少し意外そうな顔をする。
『何かのラノベで、金で動く連中だというなら、金を渡し続ければ何の問題も無い。っていうのがあったもんね。
人間性とかの資質を問われる方が逆にめんどい!」
「とりあえず魔王薬の供給元の話は後で聞くとして、問題はこっちの古代遺跡の方だね」
「やはり潜入捜査が必要になりますかな?実は法王が直々にこちらに来るという情報があるのですよ。
恐らくその時に何かを起こすつもりなのでしょう。それまでにはカタを付けたいものですな」
これまたまだ聞いていない情報だった。つくづく油断ならない。いっそ全部情報を話せと言うべきだったか。
とはいえ必要な時に必要な情報を出してくれるというのならそれを信用するしかない。
「何をするにしても準備や一旦休息も必要でしょう。部屋を用意させますので今夜はこちらでお泊まり下さい」
とはいえまだ夕暮れ時には遠く日も高い。ロザリアとしては今のうちにこの影の里を見物してみたかった。
「ねぇ、少々街を見て回っても良いかしら?」
「あー、良いね。お姉さんここにずっといたから一応見ておきたいと思ってたんだよ」
「かまいませんよ、アデルが共にいるなら問題ありません。この里の者は全員皆様の事を存じ上げておりますから」
ミカゲの返事にロザリアやレイハが微妙な顔をする。つまり、誰がよそ者なのかを里全体が既に認識している事になる。不在の間に村中に情報が行き渡ったのだろう。少々背筋が寒くなる思いだった。
いざ里を見てみると、ヒノモト国から流れて来た者達の末裔という感じはあまりしない。様々な髪色、目の色、肌の色などが混在しており、ここが1つの目的の為に存在している村とは思えないだろう。それはレイハにとっても同じ印象だったようだ。
「しかし元がヒノモト国の者達だろうに、大半がこの土地に馴染んでしまってるとまでは思わなかったよ」
「元々様々な土地の者が寄り集まって出来た集団だそうですから。各地で親を失った子供達等を集めていた事もあるそうです」
アデルが村を案内しながらレイハの質問に答える。その話は以前聞いたアデル自身の事かも知れない。
「集めてた、って事は、もうやってないって事?」
「この里を見ていただいでもわかる通り、もう規模が十分に大きくなっている上に、この土地の領主であるローゼンフェルド家の庇護を受けておりますからね」
「そのわりには、抜け目の無さも練度も全く衰えてはいないようだね」
レイハは里を見物しながらも、里の人々を観察していたようだ。ロザリアには普通の人々にしか見えないが、先程の里長の時のように何か見抜いているのかも知れない。
「アデルも、その、ここに引き取られてきたの?」
ロザリアは言葉を選びながらアデルに問いかける。今までアデル自身に昔の話を聞いた事がなかったからだ。
「私の場合はちょっと違うようです。親ではなかったようなのですが、赤子だった私を抱いてこの地まで逃れていた人がこの里に託したのだとか」
「あまり詳しく聞かなかったけど、それがテネブラエ神聖王国の生き残り、だったのかしら?」
「だとしても、それを確かめる術が何一つ無いんです。仮に私がその滅んだ国の生き残りだからと言っても、今更どうする事もできないでしょう?」
アデルの言葉は少し寂しげな響きを持っていた。ロザリアもそれ以上何も言えない。
少々重い空気を払うようにレイハが口を開く。
「まぁそうなんだけどねー。お姉さんの経験から行くとさ、そういう血筋をやたらと重要視とか神聖視する輩ってのは耐えないからねー気をつけるんだよ?」
「大襲来の原因となってしまった国を今更復活させたところでどうなるものでもないでしょうが……。幸い、私にはこの里で鍛えてもらった技があります。自分の身は自分で守れますよ」
レイハは何か思うところがあるようで、諭すように話すが、当のアデルは意に介した様子も無ければ、気負う様子もない。
「少々寄り道したいのですが、かまいませんでしょうか?」
「アデルにしては珍しいわね、どこに行くの?」
「私の武器を作ってくれた人の所です」
アデルを先頭に向かってみると、そこは小さな工房だった。様々なものが並び、魔石鉱山のギムルガの工房のような印象だ。
とはいえ働いているのはドワーフではなく人間の男性達だ。
「失礼します、親方はいらっしゃいますでしょうか」
「アデルか、戻ってきたのだな。そちらがローゼンフェルドのお嬢様か」
と、中にいた年若い職人が頭を下げて来た。一見単に礼儀正しいだけに見えるが、里じゅうに自分達がいるという情報が知れ渡っているというのは本当のようだ。
若い職人が作業場の奥に呼びかけると、白髭を蓄えた老人が現れた。とはいえその身体は鉄を鍛えたように引き締まっている。
老人はアデルの顔を見るなり、何かをよこせとばかりに手を差し出してきた。
「アデルか、戻ってきたな。武器見せろ」
「こちらを。それとこれも」
アデルがスカートの裾から取り出したのは魔杖弩と短めの剣だった。そしてじゃらりと連鎖槍も取り出す。
「鎧もだ」
アデルは首に付けているチョーカーを外して手渡した。ロザリアのブレスレットやクレアのネックレスに相当するものらしい。
それを老人は作業台に持って行って確認すると、満足げに笑みを浮かべてアデルに向き直った。
「ふむ。武器はあまり使った形跡が無いわりにかなり傷んでいるな。余程の相手とやりあったと見える。魔杖弩もだ。上限を超えて少々無茶な使い方をしたな」
この老人はアデルの武器を見ただけでアデルがどのような戦いをしたのかを見抜いたらしい。アデルが武器を使用するのは珍しく、ほぼドローレムの時の戦闘だけだったはずだ。
「鎧の方もそこそこ使用しておるな、相変わらず拳ばかりか。お前の性格には合っておるのかも知れんが配分をもう少し考えた方が良いかも知れんぞ。
武器だけ置いていけ、鎧はすぐ調整してやる」
老人はアデルに近寄るとその頭を撫でる。アデルはその手を嫌がる事も無く受け入れていた。
そして鎧を調整する為だろうか、奥の部屋に引っ込んで行った。
「ねぇ、あの人がアデルの鎧とか作ったの?」
「はい、ついでに私の剣術等の師匠でもあります」
アデルによると、まだ幼い頃に修行をしている時に、体術ばかり使っているアデルに突然剣を渡してきてこれを使えと言ってきたのだそうだ。
使えないと答えると自分が教えてやるから使ってみろ、と言う。最初は性に合わないと渋々だったが結局は折れて稽古をつけてもらう事になったとの事だ。
ちなみに、その当時アデルは男の子だと思われていたらしい。そんな事を話しながら待っていると、老職人が奥の部屋から出て来た。
「できたぞ、持っていけ」
「はい、いつもありがとうございます」
アデルはチョーカーを受け取ると何の確認もせずそれを身に着けた、確認するまでもない信頼関係なのだろう。
そのまま、老職人はロザリアの方に振り向き、
「嬢ちゃん、あんたはこの子の今の主かも知れんがな、あまり無茶をさせんでやってくれ」
と、ロザリアをこの地の領主の娘と知った上で、あえて眼光も鋭く言い放った。
ロザリアは思わず背筋を伸ばす。口数が少なくともアデルに対する愛情のようなものが伝わってくる。
そして老職人に頭を下げた。自分が貴族だろうが相手が自分の父が率いる配下だろうと関係なかった。
老職人はロザリアの態度を見て、フッと表情を和らげる。
『あんま意識した事無かったけどー、アデルにもウチの知らない過去とか師匠の絆系とかがあるんだよねー…』
次回、第243話「休む間も無く潜入なんですけどー!」
読んでいただいてありがとうございました。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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