第241話【修道女ルシア】
「はじめまして、ルシアと申します」
僧院長から呼び出しを受けて現れた修道女の顔は、どう見てもドローレムだった。
しかしその肌は血色が悪く無く、頭巾から見える髪も亜麻色だった。その目はドローレムの時のような泰然とした印象ではなく、どこか生気が無く伏し目がちだ。
アデルもまた、最初にルシアを見た時は一瞬何かの形でドローレムが生きていて記憶喪失にでもなっているのかと思ったが、どう見ても別人なので落胆するばかりだ。
ロザリアはアデルの気持ちを察しはしたが、今はとりあえず目の前の事を片付ける方が先決だと割り切った。
「あなたが『北の聖女』?私はここの領主の娘のロザリアよ。あなたの事が最近ちょっと噂になってるのよねぇ、お茶会の話題にでもちょっとお話を聞かせてくださる?出身はどこなの?この辺り?」
「私はもう少し東の方の生まれで、ここに入らせていただいて三月程になります」
ロザリアはいかにも傲慢な貴族令嬢らしく話しかけたのだが、ルシアの方は全く動じた様子を見せず、話し方も予め決められていた事を繰り返しているかのようで、感情のこもらないものだった。それに三月前というとまだ普通にドローレムが生きていたころだ。
やはりドローレムではないのか、とは思うが、見れば見るほど顔だけは生き写しだ。とはいえ表情や話し方が変わるとここまで元とかけ離れてしまうのかとアデルは思った。
「ふうん? 修道院に入ってたった三ヶ月でこんな奇跡が起こせるものなの? よっぽど厳しい修行でもなさってるのかしら? それとも生まれつき?」
「私は、ここに入らせていただいて三月程になります。この力は御使いの天使様の加護だと信じております」
「……?」
会話にどうも違和感があった。決められた事しか話せないような印象がある。訝しげなロザリアの表情に気づいたのか、僧院長が慌てて割って入ってくる。
「こ、この子はまだ修道院での生活にはたしかに慣れておりませんが、しかしこの力を活かさない手は無いと思いまして、だからこそ積極的に救護院の治療に当たらせて」
「ちょっと! 私はこの子と話をしているのよ! 邪魔しないでちょうだい!」
「は、いえですがご令嬢様、この子は本当にまだここでの生活に慣れておりませんので、はい」
アデルはこれ以上の会話はまずいのではないか、という視線をハガネに向け、ハガネの方も同意するようにうなずいた。
「僭越ですがお嬢様、この様子ではたいした話も聞けないかと存じます。あまり突っ込んでもお茶会向きの面白い話は聞けないと思いますが」
「ふんっ!つまんないわね!帰るわよアデル!」
アデルの促しをロザリアは理解し、表面上は不満そうに踵を返した。
その際の荒らげた声にもルシアは反応を示さず、僧院長がほっとしたように息をつくのが見えた。
「いや~、さすがお姉さま、悪役令嬢っぷりが板についてましたね。一瞬本当に悪役令嬢に戻ったかと思いましたよ。というか本当に大丈夫っスか? 本当に戻ってないですよね?」
「お嬢様、大丈夫ですか! この指は何本ですか? 昨日の夕食は何を食べたか覚えていらっしゃいますか?」
教会から急ぎ足で離れた一行は、里に近くなった所で開口一番、クレアが茶化すように声をかけると、アデルがすかさずそれに乗ってきた。
2人してロザリアをわざとらしくおちょくっている。ハガネはそのアデルの様子を少々興味深そうに眺めていた。
「失礼ね! あれは芝居に決まってるでしょう!」
「いや、しかしおかげで極めて自然な形で話を色々聞けたよ」
「でも色々と言うほど会話はできませんでしたよ?調査どころじゃなかったような」
「いや、とりあえずとしては十分です。あの修道女はどう見ても普通じゃない。
一見問題無いように見えますが、与えられた事を繰り返しているだけのようですな」
「ドローレムさんには、本当に似てましたけどね……」
「あれはドローレムではありません、姿や顔が似ていても別人です」
クレアがポツリと漏らした言葉に、アデルはきっぱりと否定の言葉を被せた。その口調が思いのほか強かったので、ハガネは驚いた顔をしていた。
「アデル、先程から名前の出ているドローレムというのは?」
「……」
「詳しくは後で話しますが、アデルの友人です」
「友人……、アデル、友人がいたんだね」
ハガネの問いに黙ってうつむくアデルの代わりに答えたロザリアの言葉に、ハガネは思わずそんな言葉を漏らした。
里に戻ったロザリア達は里長に教会での事を報告した。
「なるほど、聖女と呼ばれる存在には会うことができたものの、その者はどうも普通の様子では無い、と」
「その聖女って子が首謀者というより、自分の意思が無いのか少なくとも希薄ではあるように感じたわ。あの子だけの問題では無いような印象ね。
あの教会全体が何かの思惑を持っていると見るべきかしら」
「となると、あの教会に深く関わっているという法王の存在も無視はできなくなるな……」
ロザリアの報告を受けて里長は思案気に呟く、その様子を見てクレアも気になっていた事を切り出した。
「中はごく普通の教会と変わりがありませんでしたよね。以前異端派と呼ばれる人たちの教会の中を見たことがあるんですけど、その時はなんだかよくわからない邪神のような像を崇めてましたし」
「その話も聞いている。光翼教内部の異端派が聖女を誘拐したという事件だね。しかしあれは叙爵される聖女をよく思わない派閥の貴族が仕掛けたという噂もあるんだ。その異端派はむしろ踊らされただけという見方もある」
「え、あの事件って、裏に貴族か誰かがいた可能性があるんですか?」
クレアは何気なく言ったつもりだったが、ミカゲが自分の誘拐事件の事どころか裏の事情まで知っている事に驚いた。
「はっきりとした証拠は無いんだがね。どうもそれっぽいという予測でしかないんだが。その貴族は法王と繋がっているという噂もあるので無視はできないね」
「情報が命とは聞きましたけど、本当に詳しいですね。さらわれた本人の私でも知らない事ですよそれ」
「とはいえ現状では何一つ証拠も証言も無いのだよ。関係者を見ていって消去法で浮かび上がったくらいなのでね。まぁ大物すぎて我々には手出しは難しいんだが」
「その大物って誰なんですか?」
「大公爵だよ。今の国王陛下の兄君だね」
「またその名前……? あれってフェリクス先生も巻き込まれてましたけど、大公爵ってフェリクス先生の父親ですよね?」
クレアは突然出てきた名前に少々嫌そうな顔をする。彼女にしては珍しい事に、大公爵にはフェリクスへの過去の仕打ちからあまり良い印象を持っていなかった。
「かなり刹那的で享楽的な性格のようだからねぇ、何を考えているのか我々も分析し切れてないんだ」
「その誘拐事件が起こった教会なんですが、そこは邪神的なものを崇めてましたけど、こちらの新興宗教ではその辺どうなっているんでしょうか?」
外観からではわからない事でも、この里ならば掴んでいるのではないかとロザリアは質問をぶつけてみた。
「関係性としては似てるね。あの『聖女』は神の御使いの再来だと。だから聖女そのものを崇める形になってきている。
だがそんな存在は普通今の教義を乱しかねないし、教会の中央中枢からしたらあってはならないはずなんだ。
しかし教会上層部というか法王は排除するどころかむしろ手助けしているという状態でね」
「異端派は排除でこっちは協力ですか……、なんだかよくわからなくなってきましたね」
今回の話は法王の存在が一番よくわからなかった。はっきり言って何がしたいのかまったくわからない。
次回、第242話「で、魔王薬の話はどこへ言ったのかな?」「あ、そういう話もありましたね……」
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