第240話「はい忍者!この人達は忍者!さぁ怪しい所を調べに行くわよー!」「ですからニンジャというのは何なのです」
「さて、長々と話をしてしまいましたが本筋に移りましょうか、元第ニ皇女殿下がわざわざお越しいただいたのは、『北の聖女』に関する話ですな?」
「そういう事だ。人助けをしているようなんだけどね、その裏には魔王薬の影がチラチラする上に、この地方では大地や自然から精霊力が失われ始めて気候にまで影響が出ている。無関係と思えないんだよ」
「この地方での異常な気温の低下には我々も気づいておりました、いずれ回復するかと思っていましたがどうもその気配がない。
さすがに我らにはどうにもならない事ゆえ、どうしたものかと思っていた矢先なのでむしろ好都合です」
ロザリア的には忍者としか思えない影人と名乗る『影の里』の里長ミカゲは、ロザリアとの挨拶を終えると、突然レイハと話し始めた。
レイハの方も普通に情報交換を始めるので、どうも最初から目的があってついてきていたらしい。
「『北の聖女』については何かわかっているのかな?人となりなど教えてもらえると時間が節約できるんだけど」
「ここからそう遠くない教会に所属している年若い修道女ですな。時折り救護院等を離れてケガ人や病人を癒やして回っているとか。行為自体は問題にはならないのですが、どうも治療を受けた者達の様子が妙なのです」
「具体的には?」
「ほぼ全員が熱心な信者となり、中には魔法を使えるようになったものまで出てくる始末なのですよ」
ミカゲの説明によると、そういった人々は日に日に増え続けており、この地域の教会は中央の制御を離れて独自の宗教団体へと変質しつつあるという事だった。
「そりゃ怪しいを通り越してるね。とはいえそんなものがこの地方で出来上がりつつあるんだったら、それこそ教会の中央が動きそうなものだけど? その教会だって、じきにおとり潰しになるんじゃないかな?」
「事はそう簡単でも無いのですよ。何しろその教団の頂点たる法王までが関わっているようなので」
「おいおい……、ラニたんはそんな事言って無かったぞ」
ミカゲの話にさすがのレイハも言葉を失う。西方諸国では最大級の宗教団体のトップが、わざわざ内部分裂を引き起こそうとしているようなものだったからだ。
レイハとて国元では巫女を務めていたので、それがどれほどの混乱をもたらすかは容易に想像がつく。
「ラニ……、火の神王獣様の事ですな? あのお方はあくまで精霊力や魔力の管理が仕事でしょうから、そういった人間界の些末な事にまでは目が向かなかったのでしょう」
「諜報活動してるだけあって、いろんな事にまで詳しいっスねー」
ミカゲとレイハの会話に割って入ったのはクレアだった、皆が少々話について行けず戸惑う中、彼女だけは平常運転だった。
「もちろん、情報こそが我らの生命線ですからな。『制服の聖女様』」
「うぇえ!?私の事まで知ってるんスか?」
「もちろんです、貴女の関わった獄炎病の治療薬はこの地域でも大勢の人の命を救っておりますからな、無論この里でもです。
もちろん、今はクレア・スプリングウィンド女爵様になられた、という事も存じ上げておりますよ」
「はぁ……」
今度はクレアが絶句する番だった。情報が生命線というだけあって、この場では名乗っていないクレアの事まで調べ尽くされていた。
ミカゲ達は元々ヒノモト国皇家に仕える隠密集団の末裔というのもあり、情報収集能力は今でもかなりのものだそうだ。
「あの国は今も昔も権謀術数渦巻く魔境だからねぇ。特に皇族は暗殺の危険に晒されてるから、どんな些細な情報にも価値があるんだよ。
その情報力を今回は頼りにしている、できる限りの情報を教えてもらえないか」
「まずは見た目からですな。これがその似姿です」
ミカゲは一枚の紙を取り出すとテーブルの上に広げた、息を呑むほどに精巧な写実画のような見事な似顔絵だった。
だがロザリア達が息を呑んだのはその絵の出来栄えにではない。
「ねえアデル、これって」
「ドローレム……」
「あれが、その教会? この地域にしては妙に大きい気がするんだけど」
ロザリア達は早速問題の教会を訪れていた。ドローレムと同じ顔の少女と聞いては一夜明けてとか悠長な事を言っていられない。
なおレイハは目立ち過ぎるというので里で待機だった、代わりに里の門で出会ったハガネが追加の護衛として同行している。
里からほど近い場所にあるその教会は遠目に見てもかなりの大きさを誇っていた。
周囲が切り開かれた平地なので対比物が無いにも関わらず、まるで山のようにそびえるその姿は明らかにこの地域からは浮いていた。
「おっしゃる通りです。元々この地域は今の法王の出身という事もあり前々から力を入れていたのだとか。あの教会も増設に次ぐ増設を重ねて今のような規模になったのですよ」
「それが今や別の教団になりそうな勢い、って何を考えているのかしら」
「我々も前々から動きがおかしい事には気づいていたのですが、ここ最近の動きは急激過ぎてローゼンフェルド侯爵様への報告が追いつかない程なのです」
「急激、ってその聖女って人が人を救い始めたのってここ最近なの?」
「ここ2月程度ですね。そもそも当の修道女自体が突然その教会に現れたような形でして、それまでは存在すら確認できないのですよ」
2月前からというとドローレムがまだ生きていた頃からだ、ハガネの言葉にアデルが明らかに落胆する雰囲気を見せた。
『別人かー、うんまぁ、生きてるわけは無い、んだけどさー。信じたいよね』
「まだ若い人みたいだし、最近になって教会に入って人助けを始めたのかしら?」
「それにしては教会の動きもおかしいのです。普通そんな新人は俗世への未練を断ち切らせる為にしばらく教会の表に出されたりはしませんよ。むしろ積極的に教会側が表に出しておりまして」
とはいえ、そのような人物が突然現れたというのは気になる所ではある。ドローレムと別人というにはあまりにも似すぎていた。とにかく教会でその修道女に会ってみる必要があった。
「さて、どうやって調べたものか、ですね。礼拝などで中に入ったりして得られる情報は先程までので手一杯なんですよ。
そろそろ中に潜り込むか直接会ってみたいところではあったんです」
「別にそんな気にしなくて良いんじゃない?ここもローゼンフェルド領なんだから、侯爵令嬢の私がお祈りさせてくれって言ったら一番偉い人が出てくるわよ。
あとは適当に話の流れでその修道女に会わせろって言うわ。来た理由なんてアデルが里帰りしたからで良いじゃない」
計算高いのか単にノリと勢いなのかよく判らない案がロザリアから出て来た。
この辺は現在一応侯爵令嬢なのと前世のギャルがごたまぜになったロザリアならである。
『だから何度も言うけど一応とか言うなし!れっきとした侯爵令嬢だから!』
「見た感じは普通の光翼教の教会にしか見えないですね」
先頭を行くアデルが言うように、近づいても大きい以外は特に変わった所は無い。
グランロッシュ国の国教は光翼教となっており、主な教えはかつて終末の時に現れた神の御使い=天使を崇めるというものだった。
とはいえ、ロザリアにとっては一度神王会議の時に会ったことのある人(?)なのでどうも同一人物とは思い難いのだが。
眼の前の建物は一般的な教会とそう変わらず、屋根の上にある鐘が設置されている尖塔の上にも、光翼教のシンボルがある。
「さぁ、ここで良いのねアデル!さっさとお参りを済ませましょう、誰か!誰かいないのかしら?」
「は、はいお嬢様」
ロザリアはあえて高圧的な貴族令嬢を装った。こういう時はおどおどしていたら怪しまれるだけだという判断だ。
影の里は教会を全く信仰はしていないが、地域社会に溶け込む為に信者らしくふるまっており、アデルも実際にこの教会の日曜礼拝に出ていたそうだ。
なお、クレアは同じ”聖女”とはちあわせるといけないので、護衛っぽくクレスの格好になっている。
「あの、どちら様でしょうか?」
出てきたのはこの教会のシスターだろう、いかにも穏やかそうな女性だった。年齢は服装のせいでわからないがロザリアの母よりも年上なのかもしれない。
「こちらは、ロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様です。その、私が帰郷したので、お参りさせて欲しいのです。こちら、本日の寄進となります」
「何をおどおどしているのアデル、天使様にお参りに来たのでしょう、もっと堂々としなさい! まったくあなたはいつも……」
「まぁ……領主様のご令嬢様ですか、それは素晴らしいお心がけですわ。神の家の扉はいついかなる時にでも開いております。どうぞ侯爵令嬢様、あなたも」
「気を遣わなくてもけっこうよ、私はこの子がお参りするついでだからさっさと終わらせたいのよ。入っていいのね?」
「は、はいどうぞ。どうぞこちらへ」
ロザリアは以前が以前なだけに高圧的な令嬢を装うのはお手の物だった。あまりに真に迫っていたので悪役令嬢に戻ってしまったのかと一瞬思ってしまったほどだ。
教会内部も外観と同じく一般的な教会と変わらず、おかしな新興宗教の教えが侵食しているような様子は無い。
クレアも『良かった、あの変な像が来たらトラウマが蘇る所だった……』と胸を撫で下ろしている。
祭壇にて祈りを済ませた後、寄進も渡した事から思惑通り年配の聖職者が出てきた。
「本日はこのようなへんぴな教会にお越し下さり、誠にありがとうございました。
私はこちらの教会長と修道院長を兼任している者です。何もおかまいできなくて恐縮なのですが」
変な所に閉じ込められてはまずいので、応接室への誘いは断り、立ち話で済ませる事にした。
「かまわなくてよ、突然来たのはこちらだし別に何のもてなしも期待していないわ。
それより、最近こちらは妙に有名になってるわね?」
「はぁ……、と言われますと?ご覧通り他の教会と何も変わりがありませんが」
「何をとぼけてるの。いるんでしょ?この教会に聖女が。近頃奇跡を起こして回っているって社交界でも噂になりつつあるわ。領主の娘である私がそれを知らないのもどうかと思って会いに来たのよ」
ロザリアはさりげなくも流れも情緒も何も無く、いきなり真っ向勝負で切り出した。
とはいえ高圧的な貴族令嬢の口調なので、教会長も特に不審に思うどころではなかったようだが。
「は、あの子ですか。いえ聖女などとはおこがましい、本当にただの修道女でして」
「あら、会わせられない、っていうの?残念だわぁ。よっぽど特別な子なのね」
「いえとんでもありません!会わせるだけでしたらすぐにでも!おい君、ルシアを呼んできなさい、すぐに!」
あまりに早く事が進むのでアデルやクレアが呆れる暇もない。
しばらくして、扉をノックする音が部屋に響き、入室の許可を受けて入ってきた修道女の顔は、どう見てもドローレムだった。
「はじめまして、ルシアと申します」
次回、第241話【修道女ルシア】
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