第239話「なんかさー、ウチの思ってる乙女ゲームと全然違うんですけどー」
ローゼンフェルド領の最北、グランロッシュ国の最北部にあたるこの地域は一年の半分近くが雪に覆われ、冬の間は外に出る事もままならない厳しい環境だ。
ロザリア達の歩みと共に”里”の様子が見えてきた。近くで見る『影の里』というのはごく普通だった。
それなりに頑丈そうな石壁に囲まれた山村にしか見えず、石造りの家が立ち並んでおり山すそには段々畑も見える。
近くを通り過ぎるだけなら誰もそんな暗殺者や諜報員を育成する所とは気づかないだろう。何より全く忍んでいない。
「あれが、忍者の里? ……って感じではないよね」
「そっスよねー、なんというか、普通?」
「ですから何なのですか、そのニンジャというのは……」
ロザリアとクレアは気を取り直して若干期待していたので、町の外観に勝手な感想を口々に言っているが、アデルにしてみれば知らんがなとしか言いようがない。
「お二人共そろそろ正気に戻って下さい。どのような所を想像していたのかわかりませんが、近づいただけで怪しげだと思われては意味が無いでしょう。見た目は普通の町なんですよ」
「えーなんかさー、隠れ里みたいなこう、なんかさー」
「ですよねー、霧が立ち込める人跡未踏の山奥にさー」
「いい加減にして下さい、里も近いのですからそういう事は小声でお願いします、里の皆にも迷惑です」
「「はーい」」
「苦労するねぇアデルちゃん」
ロザリアとクレアはアデルにとっては意味不明な事を言いながら、手をぶらぶらぐだぐださせながら延々アデルにウザ絡みするので、さすがにイラッとしたアデルに怒られてしまっていた。
その漫才のような会話にはさすがのレイハも呆れ気味だ。
村を囲む石壁はそれなりに立派で、門まであり門番らしき人も立っている。
また、先触れを出していたので迎えらしき者も来ていた。
「おおアデル帰ってきたか、そちらがおまえさんの主のご令嬢なのか? はじめまして、私はハガネと申します」
そう名乗った男性はいかにも山村の村人といった風情ではあるが、腰には山刀らしきもの1本ぶら下げておりどことなく油断できない雰囲気がある。
身長はロザリアより少々高いくらいで年齢は30歳前後だろうか、顔の彫りが深く髪は短く切りそろえられている。当然だが日本人顔でもない。
「お久しぶりです、ただいま戻りました。里長には先触れをお送りしておりますが、こちらがロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様です」
「はじめまして、今日はちょっとお邪魔させていただくわ。よろしく」
「これはご丁寧に痛み入ります、我らが主たるローゼンフェルド侯爵様にも同じく感謝を。立ち話も何ですから早速里長にお会いしていただきましょう。えっと、そちらは?」
ハガネはロザリアの後ろにいるレイハを見て少々首をかしげる。
和風の服装でこの場では最も違和感のある姿だからだろう。レイハの方がよっぽど忍者っぽいのでは、などとロザリアは思っているのだが。
「私はレイハ・コトノハと言う者だ、ヒノモト国皇王の名代としてまかり越した。
こちらが皇王からの書状で、此度の事で助力をお願いしたいのと、この里にはヒノモト国として今後も手出し干渉をしないという誓約書になる」
「はぁ、アデルからの先触れには書いてあると聞いておりましたが本当にいらっしゃるとは、中をあらためても?」
レイハのうなずきを確認してハガネが受け取った書状を確認すると、読み進めていくうちにその表情が驚愕に染まっていく。
「だ、第二皇女……!?これは失礼を!我々としても最大級のおもてなしを」
「不要だ、私は既に嫁いで還俗している身なのでな、特に気を遣ってもらう必要は無いよ」
慌てて頭を下げるハガネに対してレイハは軽く手を振って答える。どうやらレイハがヒノモト国の皇女というのは本当らしい。
信じないでは無かったが、今までの行動があまりにも豪快過ぎるのでロザリアは未だに信じられずにいたのだ。
ハガネの案内で門をくぐり村に入ると、ロザリアとクレアは物珍しさに辺りを見回すがやはり普通の村にしか見えない。
村の外から見た第一印象と変わらない雰囲気に肩透かしを食らう思いだった。
「……なんだか、イメージと違いますよねお姉さま……」
「それなー、忍者の里って言うんだったらさー、かやぶきの屋根に木造の家が立っててさー」
「そうそうそう、木に人が登るロープが垂れ下がってるとかー、いかにもな変な訓練設備があってー」
ハガネ、アデルが先行する後ろをついて行きながらまたグダグダと小声で話すロザリアとクレアにハガネも苦笑するのが気配でわかる。
「ははは、裏の用があって訪れた方はみなさんそうおっしゃいますよ。
一応訓練施設は山の中にあったりします、さすがにそちらは部外者が入れないようには偽装しておりますがね。
また、この村には宿泊施設などありませんので里の外の者が滞在しにくくはなっているのです。
今は出入りの商人等がいないと村が維持できない時代ですからな、あまり閉鎖的にするわけにもいかないんですよ」
「えっと、それ私が聞いて大丈夫な話なの?」
ロザリアは一応気を遣って小声で話していたのだが、ハガネは何でも無いような口調で村の説明をしていく。機密情報ではないのかと心配になってくるロザリアだったが、ハガネは気にせずに説明を続ける。
「ローゼンフェルド家のお姫様であれば問題無いでしょう、場合によってはこの里の権限を引き継がれるのですから」
そういえばローゼンフェルド家にいる忍者がアデル1人だけのはずがない、下手するとローゼンフェルド家が抱えている私兵の何割かはこの里の出身という事になる。聞けば執事のハンスや侍女長のアレクサンドラもこの里の出身だという。
ロザリアの父は武家の色が強い家柄でありながら、どちらかといえば文系の存在だが、それでも当主としてあの家を率いているのだ。
案内された里長の家というのも、どう見てもただの村長の家ですといわんばかりの多少立派な家だった。
中に通されても座布団の置かれた板張りの座敷のような部屋で蝋燭の明かりで不気味な暗さ、というわけもなく、ごく普通の洋風民家だった。
『この人たちマジ忍者なワケ……?からかわれてる気はしないけどー……』
ロザリアは期待外れといった表情を隠さないが、レイハは逆に興味深げに見回している。
「いやー、話には聞いていたけど偽装は完璧だねー、お姉さんも言われてよく見なきゃ気づかないよこれ」
「えー、でもどう見ても普通の家ですよ?ここ」
「よく見てみなよクレアちゃん、窓枠は鉄製の上に木を貼り付けて偽装してあるし、鎧戸だって裏側は金属製だ。この家の扉だって見た目は木だけど開く音が妙に重かった、中は金属製だね。場合によってはこの家でしばらく立てこもれるよ」
言われてみれば、いつかローゼンフェルド家が籠城した時と同じような設備が設けられているようだった、もしかしたらあの家の構造はこの里の者が監修したのかもしれない。
「はっはっは、さすがは音に聞こえた『武闘皇女』ですな。神王の森に隠れ住むようになって落ち着いたと思っておりましたが。」
出てきた里長は、さすがに忍者の頭領のようなのだろうと想像していたロザリアにとってはただの村長にしか見えなかった。
確かに体つきは屈強と言っていいが、冒険者の中にはもっと筋骨たくましいものもいるからだ。
年齢は60代といったところだろうか、白髪交じりの髪を短く刈り込んでいる。
里長はロザリアに頭を下げてきた。
「お初にお目にかかりますロザリア様、私が『影の里』の里長のミカゲです、我らの存在がよくわからず混乱しておるようですな?」
「はぁ……、なにぶん普通の村にしか見えないものですから。それに里長?さんもただの村長さんにしか見えませんし」
「ロザリアちゃんはそういう所はまだまだだね。彼はたしかに細身だけど身体を動かす為の筋肉はしっかり付いてるし、それを目立たせないような服装にもなっている。身のこなしもごく普通だけど、意図的に崩してるのがわかる人にはわかるよ?
それに胸元の魔石具も魔力抑制の為のものだろうし、恐らくこの里の者は相当数が魔力持ちみたいだね」
「ほほう、さすがによく見ておられますな? ヒノモト国を離れて長いとは聞いておりましたが、やはり油断のならないお方だ」
「よく言うよ、あえて看破させる事でこちらがどこまで見る目があるかを観察してるんだろう? 書状にもあったように、ヒノモト国はこの里と敵対関係を望まない」
ロザリアはレイハとミカゲの間の剣呑な雰囲気に戸惑う、いつものレイハの飄々とした態度からは考えられないものだったからだ。
よく見ると、まるで目の前のミカゲが敵であるかのようにいつでも抜刀できるように何気なく立っている。気づくとミカゲの方もそれは同様だった。
「あ、あのー……、レイハさん先程から随分と雰囲気が違うんですけど、この里の人と何かあったんですか?」
「いや数百年前の事なんだけどね、ヒノモト国にもこの里の民がいたんだよ。ただ内紛でその半数近くが国を抜けてしまってね、流れ流れてこの国で暮らしているというのは突き止めていたんだ。元々ヒノモト国皇家に仕えていたにも関わらず、出奔したいわば反逆者の末裔という事になってしまうからね。警戒もするよ」
警戒していたのはミカゲの方も同様だったようで、レイハの言葉で表情を緩めて見せた。
「まぁ伝え聞く所によりますと、ヒノモト国の内紛の結果、朝廷が分裂して東朝と西朝に分断されてしまう騒ぎにまで発展しておりますからな、我らはそのような事に命を懸けてはいられないと出奔したわけでして。
流れ流れてこの土地で様々な依頼主から業務を請け負っていたのですがな、とある事情からローゼンフェルド家だけを依頼主としている状態なのですよ」
「……という事は、ローゼンフェルドに忠誠を誓っているとかではないという事なのですか? 傭兵のような?」
「そういう事になりますな。今後も良い関係でいられる事を望んでおりますよ。我らはあくまで日陰の身、自ら影人などと呼んでおりますゆえな。表には出たくないものです」
そう話すミカゲの顔は、わざとなのか『影の里』の里長らしく油断のならない笑顔だった。場合によっては裏切りますよと言っているようなものなのだが……。
『ねぇ影人って忍者? 忍者って言って欲しいんですけどー!? 今までさんざん日本っぽい単語出てきてるのに、どうして忍者だけ使わないのよ!』
ロザリアはわりとどうでもいい事を考えていた。
次回、第240話「はい忍者!この人達は忍者!さぁ怪しい所を調べに行くわよー!」「ですからニンジャというのは何なのです」
読んでいただいてありがとうございました。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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