第238話「北の聖女と”里”」
あらためてロザリアは周囲を見回してみるが周囲は灼熱のマグマだ、対して自分の身体は特に変わった事は無い上にお茶まで飲める。言われるままにお茶をしているがどういう状況なのだこれは。
「それにしても、ここは一体何なのですか?火山か何かの中に見えますが、何故私達は無事なのでしょうか?」
「ここはわれが住んでおる火山の中だよ。他の者は精霊境や人に混じって暮らしておるが、われはこちらの方が性に合っておる。
そなた達が無事なのは”存在”だけをこちらに呼び寄せたからだよ」
アグニラディウスが言うには、ロザリア達を呼び寄せる時に元の身体はほんの少しずれた空間に保管しておいて、複製した”存在”だけを召喚したとの事だ。と説明されてもロザリア達にはさっぱりだった。
「ちなみにレイハも同じだがな。まぁこやつは時々自分でやって来るが」
「何が何だかわかりませんが、とにかく安全な方法で呼ばれたのはわかりました。それにしてもレイハさんよくこんな所に生身で来られますね?」
「何、いろいろ方法があるんだよ。そもそもロザリアちゃんの婚約者君だって一度ここに来てるんだよ?」
「リュドヴィック様が!?いったい何故!?」
「あやつなら何でも魔宝石を使った装飾品に使う、とかでクリムゾンゴールドが欲しい、とかでやって来たな。要は赤い金だよ」
アグニラディウスが言う赤色の金には覚えがあった。誕生日の時に贈られてきたネックレスに使われていたものだ。
あのアクセサリーは一式で物凄い価値どうのという以前に、もう値段を付けられる代物ではなくなっているとは聞いていたが、まさかこのような場所を経由して手に入れたものだとは……。
「強力な氷属性魔法を駆使して強引にやって来たが、あんな男は久しぶりだったぞ、呵呵」
「何やってるのよリュドヴィック様……」
ロザリアはアグニラディウスの言葉に額を押さえているがその顔は少々赤い。わりと珍しい反応に周囲は生暖かい目になる。
それはアグニラディウスも同じではあったが、す、とその目が細まる。
「そなたの周りには様々な縁や因果がまとわり付いておる、全ては円環を描く運命の輪だ。今回の事もそうだぞ、何しろ問題になっている地域はトランスエイナムだからな」
「!」
その言葉にロザリアの後ろに控えていたアデルが珍しく反応した。
「知っているの?アデル」
「私の、一応の故郷がある所です」
「アデルの故郷?」
そういえばアデルの事は知っているようで何も知らないと言っても良かった。そもそも家族がどうのという話も断片的にしか知らない、事情が色々とあるようなのでその話題は避けていたのだ。
「さよう、だからこそそなた達に頼むのだ。色々と都合も良さそうだからな。その里にも支援を要請する事もできよう」
「えーっと、今すぐ、ですか?一応私達も学校があってですね」
ロザリアとしては都合も良いも何も無い。これまでは何だかんだ休日を利用しての行動だったので、地方に行くとなるといつ帰れるかわからなくなる。
いくらなんでも魔法学園を欠席し続けるのは成績に影響しそうだったからだ。
「心配要らぬ、お前たちの代わりを出してやる。ほら、これだ」
その瞬間、ロザリア達が座るテーブルの側に、もう一組のロザリア達3人が現れた。鏡写しのように精巧なそれは生きた人間そのものだ。
「な、何ですかこれ!?」
「二重存在だ、これがそなた達のかわりに学校に行ってくれる。行動もそっくり同じく真似てくれるから心配要らぬ」
アグニラディウスの説明によると、ロザリア達をここに呼び寄せた方法の応用でロザリア達の存在をコピーしたのだそうだ。もう一人の自分は鏡とは違い左右反転していないので、どうも自分と思えず違和感がある。
「事が終わればまたそなた達と重なり合い、記憶や経験も引き継ぐ事ができるから問題無かろう?」
アグニラディウスに問題無かろう、と言われても問題しか無いように見える。
「いや問題ない、って言われても、明日の記憶が2重にあるとか混乱しないのかしら」
「まぁ多少の記憶の混乱はあろう、しかし自分の肉体を通して得た経験とではさすがに差異はあるので区別はつくと思うぞ?
まぁできるだけ早く解決する事を望む。場合によっては、われも直接乗り込むゆえ心配するな」
何だかんだ言いくるめられ、ロザリア達は一旦魔法学園に戻って準備してトランスエイナムに向かう事になった。
入れ替わりで二重存在が学園に送られたそうだが確認する事はできない。出会った瞬間に重なり合って消えてしまうのだそうだ。
「ずいぶん北の方ね、ここまでとは思わなかったわ」
トランスエイナム地方はローゼンフェルド領でも最北で、グランロッシュ国の中で最も北方なだけに彼方に見える山々には雪が積もり、既に冬と言って良い。
ロザリア達も事前に準備はしてはいたが、それでも寒いものは寒い。精霊力の弱まりの影響を実感していた。
「私が育った里はあの山間部にあります。ここしばらくは帰郷できておりませんが」
アデルはロザリア達より薄着のわりに寒そうに見えない。今回、ロザリアは制服の上に厚手のコートを羽織っているがアデルはいつもと変わらない。
ちなみにそのコートは本人の魔力を吸収して熱に変換する魔石具が仕込まれている高級品だが、それでも衣服の隙間からの風は寒いのだ。
そしてくれあによると、最近話題になっている”北の聖女”がいる教会もその近くにあるとの事だった。
「でもアデルちゃん、あそこ出身って事は、”影の里”の構成員だったワケ?ローゼンフェルド侯爵家もおっかないものを手勢としてるもんだね」
「おっしゃる通りです。私はそこで育ちました。まだまだ未熟者ですが」
ちなみに今回はレイハもついて来ている。レイハはアデル以上に薄着なのに平然としているのだがこっちは本当によくわからない。それ以上に気になるのが先程出た言葉である。
「えっと、アデル、”影の里”って?」
「私が育った所です。部族全体が諜報活動を主な生業としておりますね。場合によっては暗殺等の手段を取る事も厭いませんが。
里の者は生まれた時からそう育てられます。私は孤児だったそうで、まだ赤子の頃にあの里に引き取られました」
さらりとアデルは言うがその内容はわりととんでもなかった。アデルの強さからそれなりの育ちかと思っていたが予想以上だ。
おまけにその里の生業とかアデルの普段の黒いお仕着せ服の姿から、ロザリアはとあるものを連想してしまった。
「……ねぇアデル、その里の人達って、仕事する時は黒い衣装とか覆面を身につけたりするわけ?体中に武器を隠し持っていたり背中に刀とか剣を背負ったり」
「黒い、というか暗褐色とか暗赤色ですね。暗闇で一番目立たない色ですから。色合いとしてはこのお仕着せ服が一番近いと思います、里の女性は任務中だいたいこんな格好をしますから」
確定だった。
「……クレアさん、これってあれよね」
「あれっスよね、どう控えめに聞いても……。いたんだ、この世界にも忍者……」
「みたいねー。何この世界……、乙女ゲームなのに忍者の里って……。って言うかアデルって忍者メイドだったんだ……」
「私は侍女です」アデルはロザリアが何を言っているかはよくわかっていないが、そこだけはこだわりがあるらしい。
「お姉さまー、あの『アイエエエエエ!?』ってやらないんですかー?忍者出た時の決まり文句なんでしょ?忍者だし……」
「あれ今更擦ってもね……、そっかー、忍者かー。どこにでもいるもんなー忍者って。メイドさんって見た目忍者っぽいもんなー」
「私は侍女ですからね?」そこは本当に譲れないらしい。
突然遠い目になり遥か北方の山々を見つめるロザリアとクレア。彼女たちの前世では創作物において珍しくもない存在ではあったが、中世ヨーロッパのようなこの世界で突如遭遇してはちょっと反応に困る。
「アデルちゃん、一体この子達はどうしたんだい?」
「お二人が変なのはいつもの事でしょう。悩むだけ損です」
かわいそうな子扱いされた2人は、ただ北の山々を見つめるだけだった。
次回、第239話「なんかさー、ウチの思ってる乙女ゲームと全然違うんですけどー」
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