第236話「北の異変」
「うう~、寒くなりましたねフェリクス先生。今頃ってこんな寒かったでしょうか?」
「そうですね、今年はどうも早めに寒くなっています。体調を崩されている方も多いはずです、早めに行きましょう」
クレアとフェリクスは恒例となった救護院回りで雪がチラつく北方を訪れていた。獄炎病の脅威が弱まったとはいえ様々な病が消えたわけでもなく医者の助けを待つ人々は多いからだ。
まだ初冬のはずなのに周辺は雪景色とは言わないまでも既に遠くの山には冠雪が見える。クレアは一応学生服の冬服を着てはいたが、寒いので火の魔法を使って暖を取ったりしていた。
足元にも多少雪が積もってはいるがぬかるむ程ではないもののやはり歩きづらい。
しかししばらく歩いて救護院を訪れると、まったく予想していない状況を目にする事になった。患者がほとんどいないのだ。
「あれ?えーと、誰もいない、ですね?」
「馴染だからと受付に寄らなかったのがいけなかったのかな。今は救護活動をしていないんだろうか?」
「でも誰もいないのはおかしいですよ、いくら何でもケガ人の1人もいないなんて」
クレアとフェリクスが困惑しながら中に入ると、全くの無人というわけでもなく普通に職員の人がいた。
「あ、ご苦労様ですお二人さん。せっかく来てくれて何ですけど今はこんな状況でして」
「どういう事です?全く病人ケガ人がいないのですが」
「いえねぇ、ここ最近はこの辺りで聖女様が治療を施して回ってるんですよ」
「え……、聖女?」
「いえいえ、クレアさんの事じゃなく、『北の聖女』様ですよ」
「すると、クレアさんの他にも聖女が現れて、その人が治療をして回ってるって事?」
「そうみたいです。あの地方の救護院を回ると、どこもケガ人病人がいなくて開店休業状態ですよ」
クレアはあの後何カ所か回ってみたのだが、どこも似たり寄ったりの状況だった。仕方が無いので今回は早めに切り上げて魔法学園の寮に戻っていた。
なお魔法学園の校舎や寮の中は室温を常にコントロールされており年中快適だ。
過去に暑かったり寒かったりで魔法で室温を何とかしようとした生徒が事故を起こした事があり、その対策で完全冷暖房完備となっているとアデルがどこからか聞いた事を教えてくれた。
「とはいえ、お茶は熱いものに限りますが」
と、アデルはクレアに入れたてのお茶をクレアの前に置いた。今日のお茶菓子はフィナンシェだ、アデルが作ったものではなく侍女の間でお菓子を作るのが流行っているらしい。
まだ体の芯に寒さが残っているクレアはアデルの入れてくれた温かい紅茶を嬉しそうに口に含んでいる。
「ふーん、でも聖女って数百年に1人しか現れないんじゃなかったの?どうしてみんな聖女って呼ぶのかしら、クレアさんがいるのに」
「どうもとある教会の修道女の人らしいですよ。ある日力に目覚めたとかで、それ以来人々を救って回っているとか、そのおかげか皆さん敬虔な教会の信者になっているって言ってました」
「えー?勝手なものねぇ、今までクレアさんに病気やケガを治してもらってたっていうのに、新しい人が現れたら即そっちに乗り換えたいみたいなものじゃないの。それにその人獄炎病の時に何をしてたのかしら」
「まぁまぁお姉さま、良いじゃないっスか聖女なんて何人いても。治療を待つ人達が少ないのは良い事だし私はむしろ楽っスよ。今日もすぐ帰ってこれましたし」
クレアは気楽な口ぶりで最初のフィナンシェを頬張っている。その表情には自分の功績を横取りされたとかの不満の色は微塵も無い。
ロザリアやアデルはそんなクレアを見て微笑ましく思うと共に少しほっとしていた。
「クレア様、口調。ですがクレア様がそういう性格で良かったですね。下手をするとやれどちらが本物だの偽物だので揉める所です」
「えー、なんか嫌っスねそういうの。でもどんな人なんだろ、もう一人の聖女って。
この際だから私は聖女と呼ばれるのを押し付けたいくらいですよ。あーお茶が暖かい」
「よほど寒かったのね、ご苦労様。それにしてもたしかに寒いわよね?まだ冬というには早い季節なのに」
「お嬢様、これはクレア様が訪れた地方に限らないみたいです。あちこちで今年は寒いとか例年より早く雪が降ったとの話があります」
「ええーマジっすか? 大丈夫かなぁ作物とか。もう刈り入れは終わってると思いますけど。うーん、魔法使って畑を温めるとか?」
「あまり何でもかんでも魔法で解決しようとするものではありませんよ。農民の方々にはそれぞれの知恵や工夫があるでしょう」
「ええー、でも楽をするって別に悪い事なんて何も無いと思うんだけど」
ロザリアの言葉にアデルが一言釘を刺そうとした瞬間、いきなり目の前の光景が変わった。
「マ!?いや何これ!?」
「お嬢様!ここは危険です! すぐに……、妙ですね。こんなに涼しいはずが」
「突然冷静になってる場合ですかアデルさん!周り全部溶岩ですよ!?」
突然変わった3人の眼の前の光景は、一面が溶岩やマグマのように赤熱化して発光していた。どう見ても火山か何かの中のような巨大な洞窟の溶岩湖だ。天井からも溶け落ちた岩がしたたり落ちている。
3人の足元は直径10m程の円型の溶けていない岩盤のようではあるが、それでも危険である事には変わりがない。すぐそこは溶けた溶岩だ。
「おやおやおや、驚かせてしまったようだの。すまぬな突然呼び出して」
後方からどこかのんびりとした女性の声がかけられて振り返ると火の神王獣、アルケオザラマンデルのアグニラディウスがそこにいた。
相変わらず真っ赤で長い髪に20代半ばっぽい見た目のわりに年齢がよくわかない印象で、以前出会った時と同じく派手な赤いワンピースを着ていた。
彼女は溶岩が盛り上がった玉座のようなものに座っており、よく見るとそこかしらの柱は溶けた溶岩のようではあっても装飾のある柱のようになっており、ここは灼熱の謁見室だ。
「やぁ久しぶりだねロザリアちゃん」
「はぁ、えーっと、お久しぶりです、火の神王獣、様?」
「やだなぁロザリアちゃん他人行儀な。ラニたんと呼んでくれてかまわぬと前に言ったではないか。」
確かに言われたがロザリアは同意した覚えはない。
時折初対面でも妙にフレンドリーで距離感が近くて扱いに困る人がいるが、まさに彼女はそのタイプなようだ。
『う、ウチもちょっとこういうタイプは苦手?かも?一応ウチかて相手の空気読むかんね!』
そして、ロザリアにはもう1人目を背けたくなる現実があった。
「やぁロザリアちゃんお久ー! お姉さんの事もレイたんと呼んで欲しいな~」
サクヤの母で”自称”ヒノモト国の皇女、レイハまでここにいた。というか何故ここにいる。2人のつながりがどうも読めなかった。
次回、第237話「ラニたんとかレイたんとか、あとギーちゃんとか。皆何考えてるのかしら」「そうですねー」
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