第235話「え? 猫との会話? フツー必須スキルっしょ?」「軽々しく普通の概念を崩壊させないで下さい」
冬が近づく王都の猫カフェ「ネコと茶会せよ」では、ロザリアが変装するローズの声が今日も響いていた。そして彼女と『会話』する猫の声も。
ちなみに今日のローズは猫カフェの店員なので、お仕着せ服を着てメイドのようになっている。
「だーかーらー! これはこの子の分のなワケ! あんた自分さえ良ければそれで良い系? 少しは返してあげなさい!」ふにゃー!
後から来た猫がお腹が減っていたのか、先に来店していた猫の食事を横取りしたようだ、器用に前足でローズの手を阻止している。
ローズがにゃーにゃー騒ぐ猫を前に大真面目に説教をしていたのだ。他の店員やお客も何をバカな事をしてるのかと最初は思っていたが、
「はいわかった? お魚だったらまたあげるから。いくらお腹空いててもそういうのは順番だからね……、はいこれ、返しとくね。あら、良いの?」にゃー
「ありがとー、マジ良き~、だからしゅき~」にゃにゃー!
そのうちケンカしていた猫が餌を譲り合い、表面上は仲良くし始めたので皆目を丸くした。
ローズの方はここぞとばかりに抱き上げて頬ずりしようとして相手の猫には『食事の邪魔するな』と思い切り顔を手で抑えられて拒否られていたが。そんなローズにちょいちょいと猫の1匹が前足で突っついてくる。
「えー? もっと早く店開けるか、開けっ放しにしておけって?」にゃーにーにゃー
「んー、ここいつも人がいるわけじゃないわけ、夜ここ来ても何も食べれないよ?」にゃにゃーなーにゃ
「え? 昨日は食べそこねて店の裏で寝てた?」にー!
「いやそーかもしんないけどー、皆を寝かせる程の余裕も無いんだって、元々外で寝てたんでしょ? お外で寝なさい!」にゃにゃー!
「一食分損した? あーはいはいわかったわかった、カリカリクッキーおごるからそれで許してよ。てんちょー! ウチのおごりでこの子にカリカリクッキー1つ!」なーお
傍から見ると猫と会話しているようにしか見えないローズに、クレアとアデルが若干引いていた。
「……アデルさん、王太子妃教育って猫語とかの科目もあるんでしょうか? 外国語みたいなノリで」
「あるわけないでしょう。何故猫と意思の疎通ができるのですかあの人は、いよいよ人類を裏切り始めたのでしょうか」
今やロザリアはこちらの店でボス猫状態だった。とはいえ普段は猫の不平不満やら希望を聞いて回る事になるので、本人の望んでいた姿とはちょっと違うが。
「ちょっと休憩ー、アデルさーんお茶ちょうだーい。あーもう、足元にまとわりつかないの」
猫たちから離れてローズが戻ってきた、その足元には数匹の猫がついて来ているが。クレアはおそるおそる尋ねる。
「……ローズさん、その、どうして猫と話ができるんですか? 猫の言葉が、わかる、とか?」
「え? さすがに言葉はわかんないよー? あの子達が何を考えてるかを空気読んでるだけだから。向こうの方はいくつかの単語は覚えてて理解してくれるんだけどねー」
ギャル的に空気読んでいただけと聞いて、若干納得するようなそうでないような微妙な気分になるアデル。少々呆れながらローズにお茶を差し出してきた。
「にゃーにゃーとかの言葉がわかってたわけじゃないのですか…。本格的に人間離れし始めたのかと心配しました」
「どういう意味よ、でもそれなー。あっちはこっちの言う事わかってくれるのに、こっちは何言ってるかわかんないんだもんねー。ズルくないこれ?神様の失敗だと思うのよ」
ローズの軽口にアデルがほんの少し笑顔を見せる、『ロザリア』もクレアもその笑顔にほっとした。ドローレムが消滅して以降のアデルはどう見ても元気が無かったからだ。普段が無表情であってもロザリアやクレアにはアデルが無理をしている事が一目瞭然だった。
「言葉ではなく心を、ですか。私もドローレムともっと心を通わせていればよかったのでしょうか」
ローズのあまりの常識外れな行動に気が緩んだのか、あれ以来黙して語らずだったアデルが初めて自ら口を開いた。2人もできるだけその事には触れないようにしていた。
「やっぱり、それ気にしてた系? あーほらアデルさん、今のウチはローズだし、この際言いたいこと何でも言ってみ?」
ロザリアはこの際、下手に普段の主従の姿では言いたいことも言えないだろう。ローズとしての姿ならと、色々話を聞いてみる事にした。
「今でもわからないんです。私はあの子に良かれと思って様々な事を教えました。生きる為の事を教えたつもりだったんです。
でも今思うと少しずつあの子は罪の意識に目覚め、最後はまるで死を望むかのようになってしまって、私は、どこで間違ったのでしょうか」
アデルは懺悔するかのように語り出す。ずっと悩んでいた、自分が教えてきた事は何だったのか。単に知識自慢していただけだったのだろうか。
そんなアデルにロザリアは、前世の施設でよく年下の子供たちの悩み相談を聞いていたのを思い出し、なるべく優しく聞こえるように心がけて声をかけた。
「アデルは何も間違った事してなかった、ウチはそう思うよ? もしもあの子が自分のやらかした事を正当化したり、気にしない子になってたらそれはそれで困った系? だし?」
「それでも、死のうと思わなくてもよかったと思うのです。私はあの子に生きていてほしかった。もしも国から罪に問われるなら私があの子が守ってあげられたのに。生きてさえいればどんな形ででも罪は償えたのかも知れないのに」
ロザリアはアデルがドローレムに対して保護者のような立場を取っていたが為に、彼女の意思を考えずに全てを背負ってしまってるようにしか思えなかった。
「アデル、人ってゆーのは、自分で考えるものなの、誰にもそれを好き勝手できないんよ。
心を病んだ人は死ぬ事が救いだと思うようになって、もうそれしか考えない系とかふつーだしさ。
あの子に足りなかったのは、生きたいと思う目的とか、夢とか、そういうのが無かったからだと思う」
「夢ならありました! 魔…自分の故郷らしいという土地に行って、恋人を作ってみたいって。でもそこには行けないのかと寂しそうな顔で言っていました」
「うん、多分それがあの子に欠けていた事だと思うよ? 誰も知った人がいないこの国でアデルと出会って寂しさとかは埋まったかもしれない、
でも未来に対しての夢を持てないままだったと思う。例えばアデルは、将来の事とか、夢とか無いの?」
「私は……、叶わない事だと判っているんです。でも、私は、あの子にもう一度会いたい」
それはドローレムを失った寂しさを埋めたいからなのだろう、夢とは言えないものだった。
しかしロザリアはそれが絶対に叶わない夢だとは判っていても、不思議とそれを否定する気にはなれなかった。
どういうわけかその願いは叶ってしまいそうな気がしていたので、ただそっとアデルの頭を撫でるだけだった。
次回、第236話「北の異変」
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