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第234話「去り行く者と来る者、そして冬の訪れ」


ドローレムを刺した騎士は、ゆっくりと憎しみを込めるかのように剣を引き抜き、今度は叩き切ろうと剣を振り上げた。だがさすがに近くの騎士に羽交い締めされて止められてしまった。

アデルは慌ててドローレムが倒れ込む所を抱き止めてかばっている。

「ドローレム! ドローレム! しっかりして!」


「おい! その者を抑えてくれ! 剣を取り上げろ!」

「王太子様! どうして止めるんです! こいつはあの時城を襲った奴でしょう!? 俺は弟の仇を討っただけだ!」

「罪には問わん! だが今は彼を引き下がらせろ!」

ドローレムは刺された所が肺と心臓の辺りだったので呼吸も困難な状態だった。魔力をほぼ使い切っているので再生能力も発動せず、ただ黒い血を吐くだけになっている。

自分を刺したのはあのとき、雑談で優しく頭を撫でてくれた騎士だったと気づく。

だがその優しかった顔は今は憎しみに歪んでいた、あの時の雑談していた少女と今の自分が同一人物だと気づいていないのかもしれない。

自分の黒い血でお仕着せ服が黒く染まるのを見てドローレムは『やはり自分は人ではないのだな』と思い知らされるが、胸の傷の痛みが今は安らぎだった、ああ、これで自分は許される。


「ドローレム! しっかりするのです!」

「ガハッ……、アデルの言う通り。わるい事するといつか自分に返って来る。私、いっぱい悪い事したから」

「あなたは罪は犯したかもしれませんが、罰を受けなければならないなんて事はありません! それよりも今は傷を!クレア様! 治癒魔法を! 早く!」

「ダメです、ダメなんですよアデルさん!」

アデルは悲鳴のような声でクレアに叫ぶが、返ってきたのは拒絶の言葉だった。アデルは一瞬で頭に血が上る、それまでの修行も普段の冷静さも何もかもかなぐり捨てて泣き叫んだ。

「何がダメなんです! あなたもこの子の存在が許されないとでも言うんですか! それとも魔力の限界ですか!? 少しでも何でも良いから早くこの子に治癒魔法を! 罰なら後で私が受けます!」

「だからダメなんです! 治癒魔法はその子には効かないどころか傷つけてしまうだけです! 治せないんですよ!」

魔界に属する者にとっては治癒魔法は身体を傷つけるだけだった、光の魔力とは無関係に。先程の九頭竜との戦いでも治癒魔法を攻撃に使っていた。

そしてドローレムは魔力を使い切っており、身体を再生する事もできず、もはや打つ手は無い。アデルの明晰な頭脳が本人の意思を無視して残酷な現実を分析してしまっていた。

「そんな……、誰か! 誰かこの子を助けて! 早く!」


アデルは泣いていた、涙ながらに周囲に訴えるその顔にドローレムが手を添えてくる。アデルに反してドローレムは穏やかな顔だった。

「アデル、もう、いい。私は罰を受ける。ずっと考えてた、私はどうしたら許してもらえるんだろう、って。これでやっとみんなに許してもらえる。そうだよね?」

アデルはどうしていいか分からなかった。どうしてこの子は死を望むのだろう。自分は様々な事を教えた、知る限りの事を言葉を尽くして。その結果がこれか、私は何をしてしまった。


「許してもらおうとかそんな事は考えなくても良いんです。

 罪を悔やんでいるなら、ずっとその罪を背負って生き続けたって良いんですよ? それが自分への罰になる事だってあるんです」

「生きてて、良いの? 私、この世界で、生きてて良いの?」

「生きるという事は、誰かに許してもらってする事じゃないんです。人はただ生きるだけで、どう生きるかが大事なんです」

「んー、なんだか難しくてわかんないや。そっか、私、生きてて良かったんだ」

「当たり前です。あなたは生きなくてはいけないんです」

「生きて、か、恋人とか、作ってみたかったな」

「きっと、できますよ」

「アデルと恋バナとかしたいな」

「いくらでも聞きますよ。その時は私だってもしかしたらいるかも知れません」

「うん、アデルなら……」

「ドローレム、ドローレム!?」


ドローレムはもう息をしていなかった。

そしてアデルが悲しむ間も無くその体は溶け崩れていく。

その存在が自然の摂理に反していたという事を示すかのように、顔を覆っていた皮膚は溶け崩れ、身体を覆っていた黒い衣装も霧のように消えていくのだった。

アデルは必死で溶け崩れていく肉、消えていく霧をかき集めようとするが、それらは全て指をすり抜け虚空に消え去るだけだ。

腕の中に残ったのは青白いやせ細ったホムンクルスの肉体だけだった。

「あ……、あ、あ、ああああああああああああああああ!」

アデルはドローレムだった身体を泣きながら抱きしめていた。ロザリアとクレアもそれを見守るしかできない。


突如、ドローレムだったホムンクルスの額に光る紋様のようなものが浮かび上がり、同時にアデルのしゃがみこんでいる地面に光る魔法陣のようなものが描き出された。

「おやおやおや、人形が動かなくなっただけでこの愁嘆場ですか、たいした偽善者様達ですね」

いつの間にか、魔法陣の上空にフレムバインディエンドルクが姿を現していた。


「何をしに来た!」

リュドヴィックの叫び声に周囲の騎士達も、それがドローレムと同様に城を襲撃してきた闇エルフというのに気づき一斉に武器を構える。

だがそれを見てもフレムバインディエンドルクはどこ吹く風だった。

「いえいえ、その身体にはちょっとした仕掛けが施してありましてね。活動を停止したら呼び出されるようになっていたんですよ。

 ではその体を返していただきましょうか、その体をお望みの方がいらっしゃいますので」

フレムバインディエンドルクは懐から小瓶を取り出すとそれを開封した。瓶からは黒い霧のようなものが湧き上がり、アデルの抱きかかえるドローレムだったモノの口や鼻に入っていく。

アデルは慌ててドローレムだった身体を抱え込んで霧を吸わせないようにするが、その抵抗も虚しく全て中に入ってしまう。

「何をする!この子の眠りを妨げるな!もうこの子は開放してやれ!」


「何を言ってるんですか、ドローレムなんてもう何処(どこ)にもいませんよ。私が欲しいのはその素体と、その胸の中に収まっている魔核石だけです」

突如、アデルが抱いていたホムンクルスの肉体が息を吹き返したかのように一瞬跳ね上がる。それと同時にその体の中から黒い魔力が吹き上がり、ホムンクルスの肉体に肉が追加されていく。やがてそれはアデルよりやや年上のような年齢の少女の姿に変わる。肌の色はアデルよりも濃く、目鼻立ちは高貴さを感じさせる整ったもので髪は黒く長い。同時に魔力で黒いドレスが形成され、全身を覆った所で目を開く。その目は黒目と白目が反転しており、瞳は血のように赤い。

少女は顔をアデルに向け、ぎろりと目を合わせてくる。その表情は冷徹でドローレムとは似ても似つかなかった。

戸惑うアデルが一瞬手の力を弱めた瞬間、その少女は一瞬にして空中のフレムバインディエンドルクの所にまで移動した。

「魔王女、グリセルダ……」


「勝手に魔族だの魔王女などと呼ばれているが、私の名はグリセルダ・ファーランドだ。行くぞ、フレムバインディエンドルク」

「は?あいつらは放っておくんですか?」

アデルのつぶやくような言葉を一瞬苛ついたような声で否定するが、グリセルダは未練を残すかのような表情のままこの場を去ると言い出す。

フレムバインディエンドルクの方もそれが意外だったようで、少々面食らっていた。

「私も肉体を得たばかりで本調子ではないし、あいつらはそれこそどうでも良い」

「まぁそういう事でしたら」

フレムバインディエンドルクはグリセルダの表情から、肉体に残っていたドローレムの記憶か何かに引きずられたと察し、思うところのある表情で同意を示した。そして皆が止める間もなく二人は転移して姿を消すのだった。


「リュドヴィック様……」

「総員、撤退の準備をしろ。討伐は終わりだ」

クリストフの呼びかけに、リュドヴィックは短く答えて撤収の命令を出す。負傷者が多数出ている中で、何が起きるかわからない迷宮の奥底にいつまでも滞在するわけにはいかなかったのだ。

アデルは呆然とへたり込んだままだった。その腕はまだ何かを抱きかかえるかのようだった。

「アデル……、帰るわよ」

ロザリアがその手を取り立ち上がらせても足取りは虚ろだった。

帰途に立つ一行は無言だ。勝てるはずのない相手に生きて帰れたという歓喜も高揚感もそこには無かった。



「おやアデルちゃん、今日は1人なのかい?あの妹分の子はどうしたんだ?」

迷宮討伐から帰還して程なく、アデルは馴染みの本屋兼貸本屋に姿を見せた。

店主は元々無表情なアデルの元気のない様子に気づくが、それでも普段通りの態度で話しかけてくる。

「あの子は、今の家とは別の所に働きに行っています。旦那様の紹介で、今よりも待遇が良くなるとかで」

「おや、そうなのかい。そりゃ寂しくなるね。今日は何を借りていくんだい?」

「いえ、あの子が借りていたこの本なのですが、買い取ろうかと思って来ました。」

「そりゃかまわないが、ちょっと高いぞそれは」

「良いんです。あの子が帰ってきた時に、この本が無いと寂しがるかと思いますので」

「そうかい、そういう事ならちょっと安くしとくよ」


自分の部屋に戻ったアデルは、その本をドローレムがいつでも読めるようにベッドの上にそっと置いた。

部屋はほんの少し前までとはうって変わってだだっ広く、

たいして会話をしていたわけでもないのに騒々しく思えていたのが今は懐かしい。

ドローレムの私物をいずれ置こうと片付けていた所だけが空白のようにぽっかりと空いていた。


「1人の部屋の方が気楽だと思っていたのですけどね」

アデルはドローレムの使っていたベッドにうつ伏せになると、シーツを握りしめて呟く。

「おやすみなさい、ドローレム」

そして、声を殺して泣くのだった。


冬が、来ようとしていた。


次回、新章突入 第18章「悪役令嬢ともう一人の聖女と影の民」

第235話「え?猫との会話?フツーに必須スキルっしょ?」「軽々しく普通の概念を崩壊させないで下さい」

読んでいただいてありがとうございました。

基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

いいね・感想や、ブクマ・評価などの

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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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