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第229話【最下層】


一行は迷宮を降り続けていた。もう何階層を下って行ったか、魔物の数が少ないだけにその歩みはむしろ早いが、それでもかなりの時間が経っている。

聞いたところではそろそろ終盤には近いそうなので、ロザリアから魔法で一気に吹き抜けから最下層に降りてはどうかという意見も出たが、

途中の浄化や魔物討伐も必要な事ではあるし、突然九頭竜の前に降りてしまったらどうする、最下層はどんな状態かわからない、という事でやはり少しずつ近づいてという事になった。

ロザリアがそういう事を言いだすだけあって、皆最下層に近づくにしたがって焦りや不安のようなものを覚え始めていた。冷静沈着なアデルであっても。


それに反してドローレムは逆の感情を抱いていた。懐かしいような、安心するような、郷愁をさそわれるような不思議な感覚だった。

それはこの世界に生れ落ちて初めて感じたもので、いつもどこかに感じていた疎外感が薄れつつある。

だがそれは魔界の気配が近いという事ではないか、これを報告したものだろうか、とどうしても迷うのだった。

自分は設備を破壊して御柱(みはしら)というものを消してしまった、何人もの人を殺した、取り返しのつかない事をしてしまった。

先程優しい言葉をかけてくれた騎士の弟を殺してしまったらしい。自分には兄弟姉妹はいないが、例えばもしもアデルが殺されたら?考えたくもない事だった。

もしも最下層で魔界への扉が開いているというのなら、その中に飛び込んで逃げてしまいくらいだった。


「大丈夫っスか? ドローレムさん。皆さんもですけど、何か焦ってるようで」

「どうして、私を気遣ってくれるの? 私、いっぱい悪い事した」

クレアは歩みが遅くなったドローレムを心配そうに見つめていた。その言葉にドローレムはうつむきながら答えた。

その声は少し震えていて、泣いているのではないかと思わせるほど弱々しいものだった。クレアも彼女に思う所が無いではなかったが、だからといって責める気持ちにはなれなかった。


「まぁ、そうなんですけどねー。今それ気にしても仕方ないっていうか。それにもう悪い事しないんでしょ?」

「うん、しない。できるならもうしたくない。でも誰も私を責めない、なのに私の頭の中もやもやだらけ。気分はどんどん良くなっていってるのに」

「気分が良い? どういう事?」

「うまく言えないけど私にとって雰囲気が良いの、多分、魔界が近い」

「!それって、下で何かが起こってるって事っスよね? どうしてそれを早く言わなかったんですか」

「怖かった。私が皆と違うって事がどんどんはっきりしていくから」

クレアはドローレムの言葉に思わず小声で語尾を荒げたが、弱々しい声を聞いて気を取り直し、彼女の肩に手を置いた。


「あー、その気持ち、何かわかるっス。私も世界でただ1人の光の魔力の保持者、とか言われてたりするんスけどね……、どうして私だけー、って、時々考えちゃいますよー」

「クレア……、さん」

「クレア、で良いっスよ。親しい人はわざわざ”さん”なんて付けないですから」

クレアはわざと歩みを遅くした、適当に浄化するふりをすれば特に何も言われないだろう。


「私もねー、最初に力目覚めた時、魔力が暴走して学校を吹き飛ばしそうになっちゃって、自分の中の力が怖くて怖くて閉じこもった事だってあるんですよ? 今もこれ付けてないと力が抑えきれないんです」

クレアは自分の首元に着けているネックレスに手を伸ばした、それは今も光を放ち続けて強すぎる魔法力を抑制している。誰にも言う事は無いが自分にとってこれは呪いに等しかった。

「怖いっスよね、自分の力なのにどうにもならないなんて。なのに魔力封印してくれって散々学校にも言ってるのに全く聞いてくれないし」

「クレア……」

「まぁ、そういう悩み抱えてるのは一人だけじゃないって事で、ね?」

クレアはドローレムの肩に置いていた手をフードの頭の上に移して優しく撫でてやった、こうしてみると意外なくらい背が低い。

ドローレムも最初は戸惑っていたが次第に落ち着いてきたのか目を閉じてその手を受け入れていた。


「……ちょっと中心の吹き抜けから下の方を確認してみないッスか?」

「でも、私が気付いたってバレたら」

「大丈夫大丈夫、魔力強い方に惹かれたとでも言っちゃえば言いだけっス」

クレアはその後、中央の吹き抜けに近づくようなルートを選んで吹き抜けの縁が見えたところで後方の騎士たちに声をかけた。

「すいませーん、あっちの方から強い魔力感じるそうなので、ちょっとそっち見て良いっスか? 周辺には魔物いないみたいなので」

「わかった。しかし注意してくれ。できるだけ気配を抑えて。下から九頭竜が飛び出してこないとも限らない。」

「はーい」


「おっかない事言うなぁ、怖くなっちゃったじゃないですか。どうッスか?ドローレムさん」

「ドローレム、でいい。親しい人にはさんとか付けないんでしょ?」

「わかったっスよドローレム。ちょっと見て欲しいっス」


クレアとドローレムがその下をのぞき込むと、そこに闇があった。

いや正確には黒く変質してしまった世界だった。あらゆるものが闇色に染め上げられており、物質の輪郭が白い光で縁どられている。

周辺の迷宮の石壁はどういう理屈かはわからないが、黒く変質して魔石のようになっていた。

あと2層ほどで最下層なのだろう。吹き抜けはそこで終わっており、中央には広大な床が広がっていた。その中央には円形に何かが存在していた痕跡がある。

そこだけは片付けられたように何もなく、床があるだけだった。”御柱”があった場所なのだろう。

その中央に、闇よりも(くら)く黒い穴が開いていた。周辺を覆い尽くす闇の魔力はそこから出ているようだ。


「何、ッスか、これ……」

「魔界への穴、みたい。ものすごく懐かしい感じがする。あそこ、中央のあれが魔界につながりかけている」

「マジっすか……。でも何もかもが真っ黒になってるのはどういう事なんだろ」

「あの穴から出た闇の魔力が強烈過ぎて、その辺のものをみんな変えちゃったんだと思う。私が作る黒い魔石と同じになってる」

「ちょっと! だったら今ここにいるのまずいんじゃないッスか!?」

「まだ大丈夫、多分御柱(みはしら)ってのが無くなった瞬間の反動でそうなっただけだと思う。今はまだ完全に魔界への扉は開いてないみたい。今なら私の力でなんとかできるかも」

「えっと。でも帰りたいん、ですよね?行きたい、かな?」

「帰りたい。でも今帰ったら絶対モヤモヤが残る、それは嫌。ここは何とかしたい」

「わかりました。じゃあ、この事を報告しましょう」



クレア達の報告を聞いたリュドヴィックは自分の目でも下層の状況を確認して絶句した。

「なんという事だ。下手をすると世界がこのようになってしまうというのか?」

「今はまだ大丈夫。私でもなんとかできる、と思う。」

「具体的にはどうするんだ?あんな穴をふさぐ力があるのか?」

「穴そのものはふさげない、とにかく魔力を減らさないと。あの穴から漏れてる魔力を私が吸収して限界まで魔石に変えたら多分穴は維持できなくなってふさがると思う」

「危険は無いのか?」

リュドヴィックの言葉にドローレムは少し考えた後、軽く頭を振り、ああ、皆はこんな自分でも心配してくれるのかと覚悟を決めた。

「……だいじょうぶ、ありがとう。多分問題無い」


その時、床下から振動が使わってきた。遠くの方で床が抜け、陥没する。

「何事だ!おい下を見物している場合じゃない!総員陣形を組め!」

騎士隊長の言葉で慌てて兵たちは集まり始める。皆が見る奥の方で陥没した床からゆっくりと何かが持ち上がってきた。それは1本だけではなく何本も何本もあとから生えてきた。植物のようにも見えるそれは、巨大な生物の首だ。

棘も角も無いつるりとしたその頭は一見蛇のようにも見えるが、どう見ても大きさが桁違いだった、それが9本。

九頭(ナインヘッド)(ヒュドラゴン)だった。


次回、第230話【魔獣の猛攻そして反撃の光明】

読んでいただいてありがとうございました。

基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

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