第226話「地下迷宮!?ようやく冒険小説らしくなってきたんですけどー!」「お嬢様、これ悪役令嬢ものでは……?」
とある日、ローゼンフェルド家のタウンハウスをリュドヴィックが訪れた。
いつものような突発的な来訪でもなければラフな格好でもなく、きちんと先触れを送った上で正装にて現れた公式なものだった。とはいえ婚約者として訪れたような浮ついた感じも無い。
そして同行者はいつものようにクリストフなのは良いとしても王立魔法研究所のマクシリミリアンまでやってきていた。
マクシミリアンは普段のマッドサイエンティスト風な様子が無いのが事態の深刻さを物語っている。
応接室で迎えるロザリアも流石に緊張していた。
リュドヴィックとロザリアが向かい合う形で座り、リュドヴィックの隣にマクシリミリアンが座った。
アデルはロザリアの後ろに控えている。
そして、この場の異質さはリュドヴィックからの要望とはいえ、クレアがロザリアの隣に座っているのはいつもの事としても、その隣にお仕着せ服姿のドローレムまでも呼ばれて座っている事だ。
「あのリュドヴィック様、今日はどうされたのですか?」
「すまない、ロゼやドローレムの手を借りないといけない事態が発生したんだ。」
「私、はともかく、ドローレムをというのは?」
「魔界の真魔獣がまた現れた、らしい」
「らしい?」
「討伐に行った者たちが誰一人帰ってこないからだよ」
マクシリミリアンが補足するように口を開いた。いつもの傲岸不遜な感じは無く、むしろ焦燥感すら感じられる。
「まだ確定ではないんだけどね、かろうじて目撃した冒険者達の証言や、殺された時の状況からそう判断せざるを得ないんだ」
リュドヴィックが言うには、とある地下迷宮が普通ではありえない状態になっており、大勢がそこで命を落としたそうだ。
冒険者達が依頼をこなす地下迷宮は古代の遺跡である事が多く、中には大襲来以前のものもある。
今回問題になった地下遺跡は発見されてまだそれほど経っていないもので、調査の途中だったが、
つい最近まではごく普通の遺跡であったはずが、突如闇の魔力関連の現象が確認されたのだ。
「触れると身体の変調をきたして死に至る黒い霧や結晶物など、地下迷宮内で発生したものの特徴があきらかに闇の魔力のそれなんだよ」
「で、それを私達にどうしろっていうんですか?」
「通常であればクレア嬢の光の魔力で浄化しながら奥にいる何らかの魔獣を討伐する事になるんだろう。
だが今回は迷宮全体がどこまで闇の魔力に飲み込まれている状態か不明なのでクレア嬢の負担を考えると危険が大きすぎる。
それこそクレア嬢にかかっている魔力封印を解除しようという意見が出るくらいだ」
「ええー、それはちょっと嫌です。もっと封印して欲しいくらいですよー」
このような状況でもクレアは物怖じせずいつもと変わらない、だがそれはこの場の者たちにとってはむしろ安心できる要素でもあった。リュドヴィックが笑いに近い苦笑で話を続ける。
「我々も同様の意見だ。現状もしかしたら制御が問題なくなっているかも知れないが、危険が大きすぎるという結論になった。そこで、代替案として浮上したのが、ドローレムだ」
「え? 私?」
ここに呼ばれたからには何かしら関係があるとは予想できそうなものだが、
我関せずとばかりにお茶菓子片手に思い切りお茶を満喫していたドローレムは、いきなり話を振られてきょとんとした顔になる。
「ああ、君は闇の魔力を吸収できたりしないのか? もしできるなら協力して欲しい」
「できるけど」
ドローレムがあまりに簡単そうに言うのでリュドヴィックは一瞬虚をつかれた顔をしたが、マクシリミリアンと顔を見合わせる。一応予想はしていたようだ。
「やはりそうか、我々の分析とも一致するな。時々明らかに本体より巨大な触手等を作り出している事からの分析だが。何らかの形で体内かどこかに溜め込んでいるのだろうとは思っていた」
「ねぇ大丈夫なの?その、あんまり多く吸収し過ぎたら、人が変わっちゃう、みたいな?」
「特に問題無い。私の体内に吸収するわけじゃなくて結晶にして取り込んでいくから。食べ過ぎたら適当に魔石にしてその辺に捨てる、こんな風に」
さすがに心配になったロザリアが声をかけてもドローレムの調子は変わらない。
それどころか手のひらに僅かな闇の魔力を発生させ、それをロザリア達が普段行っている魔力の物質化を通り越して結晶化させ、手のひらの上に小さな黒い魔石を作り出して見せていた。
マクシリミリアンがそれを受け取り様々な角度から観察する。
「これは……、やはり、黒の魔石を作り出せるようですね」
「では、迷宮探査に協力してもらえるか? 場合によっては真魔獣との戦闘もありえるのだが……」
リュドヴィックが改めて確認すると、ドローレムは少し考えるように黙ってから答えた。一瞬の間が空いた事でリュドヴィックはちょっと不安になる。
「相手の強さにもよるけど、わかった。その代わり条件がある」
「な、何だ? 多少の事なら何とかするが」
「冒険者ギルドみたいにお金ちょうだい。魔獣討伐なんでしょ?」
「……そんな事で良いのか?」
何か要求されるにしても、金銭は想像していなかったのでリュドヴィックは拍子抜けした。
逆にドローレムは他に何があるのだと言わんばかりに首を傾げる。
「? 他に何かできる事あるの? 他には思いつかないんだけど」
「い、いや!それで良いのならそれに越した事は無い。喜んで支払わせてもらう」
金で解決できるならこんな有り難い事は無い。ドローレムの気が変わらないうちに、金額そのものは相手となる魔獣の強さがわからないので、とりあえず討伐対象を確認してからという事でドローレムは承諾した。
「でも、ドローレムだけで大丈夫?」
ロザリアは先程からずっと気になっていた事を尋ねる。ドローレムが強いというのは承知しているがリュドヴィック自身が「王城には近づけないでくれ」と言われたように、どう考えても騎士団等の関係者の近くに行かざるを得ないのだ。
「? 私なら何の問題も無い」
「いや、そういう事じゃなくてね?」
「それに関しては、結局の所アデル嬢などに監督してもらう事になると思うのだが……」
リュドヴィックもそれは予想していたようで、言い辛そうにアデルへ視線を向ける。
「私はお嬢様の側を離れるわけにはいきません」
「そうなるよな……」
が、アデルからはあっさりと断られた。
「あら、だったら私も行けばいいわ。アデルがついでに私を護衛してくれたら良いじゃない」
「侯爵令嬢がわざわざ危険な所に行かないで下さい!私に護衛をさせる意味が無いでしょう!」
「でも今はドローレムってアデルに一番懐いてるし良いじゃないの。決めた、私も行くわ」
「そうなるよな……」
これまたリュドヴィックの予想通りだった。こうなると……、
「お姉さまー、闇の魔力関連の事だって言うなら私も行かないとですよねぇ。私、一応貴族らしいし、国への奉公が義務なんでしたっけ?」
「そうなるよな……」
結局の所4人全員来る羽目にはなるというのは予想通りだった。リュドヴィックからすれば助かる反面、頭の痛い所ではあった。
正直な所ドローレムはともかく、ロザリアやクレアはどちらも万が一の事態があってはならなかったからだ。できればドローレムとアデルの2人だけが良かったのだが。
「まぁ何だ、結局の所全員来る羽目にはなると思っていた。ロザリア、護衛は十分に付けるし安全には配慮する。心配……、は私も同様なんだ」
「王太子様、お嬢様に危険が及ぶと判断した場合、どのような手を使ってでも退避いたします。それはご了承ください」
「分かった、約束しよう」
少々僭越な意見ではあったがリュドヴィックが同意したので、それ以上アデルも反対しなかった。
「では一応の協力が得られるという事で計画を伝えさせてもらう。まずは地下迷宮の調査だ。問題となっている地下迷宮を入口側から少しずつ浄化してゆき、奥部に何がいるのかを見極めたい。
マクシミリアン所長の意見では、おそらく奥で魔界と何らかのつながりができてしまったのではないかという事だ」
「同様の事はこの国各所で発生しております。魔法学園や、ローゼンフェルド家の庭等、魔力の強い所で現象が確認できております。
詳しい原因は不明ですが、とにかく魔界とこちらとで何らかの結びつきが生じ始めているようで、そこから魔力が流れ込んでいるのでしょう」
リュドヴィックの説明に補足する形でマクシリミリアンが話を続ける。
「それが奥で何かを呼び寄せてしまった、という事なの?」
「いえ、元々あの地下迷宮の奥部には強力な魔獣が住み着いておりました。どうやらそれに取り憑いたようですな。
問題なのはここからで、その魔獣はそれまで迷宮内の魔獣を捕食する事で満足したようですが、餌となる魔獣がどうやら枯渇したようです」
「という事は、餌を求めて地下迷宮から出てきかねない、って事?」
「ああ、おそらく悠長な事を言っていられる状態ではない。調査して、できる事ならその場で討伐してしまいたいんだ」
ロザリアとマクシリミリアンの会話に被せるようにリュドヴィックが答える。
その様子からもかなり切迫した状況だというのをあらためてロザリアは感じた。
「でも、そんな恐ろしい魔獣って、いったいどんなものなんですか?」
「認定されている一般的な魔獣の中でも最強クラスだよ。九頭竜と呼ばれている。」
次回、227話「やばたにえんのオロチとかいうの、いたよね?」「……おそらく間違って覚えていらっしゃるのではないかと」
読んでいただいてありがとうございました。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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