第225話「それぞれの往くべき道」
転移門をくぐりぬけ、ドワーフ王国を見下ろす丘にロザリアとクレアの姿があった。
さすがに護衛は付けろとの事で何人かローゼンフェルド家から私兵を連れてきているが、侍女が数人なので1人で護衛を務めていたアデルの非凡さがわかる。
とはいえ今日はドワーフ王を通じて魔石の研究をしている人を紹介してもらうだけなので、そこまで時間がかかるわけでもないが。
「お姉さま、ドワーフ王国に行くのは良いんですけど、アデルさんはどうしたんですか?」
「珍しく休暇を取りたい、って言うのよ。中々無い事だから私も了承出したけどね」
「へぇ、本当に珍しいですね。というか初めてじゃないですか?こういうのって」
今まではだいたい3人で行動する事が多かったので新鮮な気分だ、とはいえ今回のドワーフ王国行きはできればアデルに内緒にしたい事だったので都合が良かった。
今回はロザリアの野望を実現する為にどうしても必要な事で、ギムオルには無理だと断られてしまったのでわざわざここまで来たのだ。
「私達は”あれ”を作り出して衆目にさらしてしまった、もう避けては通れないのよ。何としても実現させないと」
「いや私は別に……、まぁ面白そうなので別にかまわないっスけど」
クレアはロザリアの熱意に軽く引き気味ではあったが、やろうとしている事への好奇心は抑えられなかったので、後でアデルさんに怒られるかもなーと思いつつ同行していたのだ。
さて、所変わってグランロッシュ王国の王城、リュドヴィックの執務室にアデルの姿があった。
リュドヴィックも事情が事情なので彼女を立たせたりせず、応接用のソファにて客人として迎えていた。
女官からお茶を入れてもらっているのには少々慣れないようだ。いっそ自分が入れると言い出しかねないがここは女官の顔を立ててくれと冗談めかしに頼んでおいた。
「さて、本日は例の魔王女についてあらためて話を聞かせてもらいたい。ドローレムとも色々と話を聞けただろうからな。しかしロザリアは本当に同席しなくていいのか?」
「その方がお嬢様にとっても安全な気がするのです。あのお方が一旦事情を知ってしまうと際限なく関わろうとする上に、何故か向こうから寄ってきそうなので」
「まぁ……、そうだな、では聞かせてもらおうか」
リュドヴィックは苦笑したが、すぐに表情を引き締め、本題に入る。
今日のリュドヴィックとの面会は内密なものだった。ロザリアやクレアを同行させなかったのはリュドヴィックにも言ったように、どうもあの2人が色々と事情を知ってしまうと、どういうわけか必要以上に状況に巻き込まれる事が多いからだ。
アデルとしてはロザリアの身の安全の為にも一旦自分の持つ情報を王家に渡し、これ以上ロザリアに色々と背負い込んで欲しく無かったというのと、リュドヴィックの似たような思惑が一致したのだ。
アデルはグリセルダに身体を乗っ取られていた際に、流れ込んできた記憶からある程度の情報を得ていた。
1000年前の事なので参考にはならないかも知れないが、それでも当事者の事情や考えている事がわかるならとリュドヴィックにのみそれを伝える事にしたのだ。
「彼女の名はグリセルダ・ファーランド、ファーランド王国の第一王女です。とはいえその国では王女でも王位継承権がありますので、次期女王でした。
ファーランド王国のある世界、私達の言う魔界というのはかなり魔力の強い土地で、国民のほぼ全員が魔力持ちのようです。こちらと同じような種類の属性なのかまではよくわかりませんでしたが」
アデルの記憶によるとファーランド王国のある世界自体が強力な魔力を内包しており、強力な魔獣や魔石の宝庫といって良かった。そして、そのような状況の中でも彼女は特に魔力が強く、歴代最強と言っていいのだという。
この世界でも魔獣はいるが、それとは比較にならないほど強大な個体がいて、彼女はそういった魔獣を自在に召喚し、使役する事ができるとの事だ。
「1000年前の大襲来の原因となったテネブライ神聖王国の侵略を受けた時も彼女は単身でそれを迎え撃ち、防ぎきったとの事です」
「アデル嬢、一つ確認させて欲しい。よくわからんのだが彼女は王女なのだろう? どうして王女自らが戦いに赴かないといけないのだ?」
「それがファーランド王家の家風なのだそうです。最も強い魔力を持つからこそ最もそれを活用せねばならず、国民の先頭に立って動かなければならないのだとか」
「ずいぶんと過激な事だが、それができる程の力を持っていたのだろうな……」
リュドヴィックが王太子を務めるグランロッシュ王国でもその傾向は無いでもないが、国全体で魔法教育を充実させている事のある意味の弊害として、王族との魔力の差がそれほど大きくもないので軍や騎士団・近衛兵団等の意見を簡単に無視する事もできない。
「はい、以前私に取り憑いた存在は彼女の思念のごくごく一部のはずですが、それですらもとんでもない魔力を内包しておりました。
その強さ故に神聖王国から派遣された者たちは功を焦るあまり、人質を取ってなんとかしようとしたようです」
「なんとも、情けない事だ」
同席していたクリストフが思わず声を上げる。アデルはそれにうなずいて同意を示してから続ける。
「ですが、それは不幸な事に成功しかけました。彼らが人質に取ったのはまだ幼い彼女の妹君の王女だったようで、魔力の使いこなせない彼女はあっさりと手に落ちたようです」
「手段を選ばないにも程があるな、侵略しておいてその地の王族を拐かすとは。戦争になるのも無理はない」
「人質を盾に彼らはいくつかの要求を王女に飲ませたようですが、それで満足すれば良いものを、その妹王女を連れ帰ろうとしたようなのです。いずれ何かに使えるか、その派遣隊の誰かの報奨としてとかで」
「おいおいおい……」
1000年前の事とはいえ、そこまでの事はリュドヴィックとしても許せるものではなかった。グランロッシュ王国とて戦争や侵略の果てに今の国土とはなったものの、私利私欲の略奪行為とは次元が異なると思いたかったのだ。
「当然、彼女は妹君を奪還すべく神聖王国を追い、その際の戦闘で妹君は亡くなられたのです。激怒した彼女は帰っていく者たちを追ってこの世界にまでやってきました。それが大襲来の始まりです」
リュドヴィックは大襲来についてある程度の情報は知ってはいたものの、原因はもう少し小さな事だとは思っていたので事の真相を知って驚くしかなかった。
アデルの話をまとめる為に少しだけ考え込むと、ふと思い出したように質問をする。
「フォボスというのは何者なのだ?彼女の配下か何かか?」
「それについては彼女も知らないようでした。おそらくは封印される時に放った分身のようなものではないかと」
残念な事に1000年前の事はともかく、目下の敵については何も情報を得られなかった。
とはいえ、アデルの方には伝えなければならない事があった。むしろここからが本題だ。
「ここで重要なのは、彼女の魂は魔界と極めて強いつながりがあるようです。また、この世界とあちらの世界では同じ時間が流れているわけではないようで、とにかくこちらから魔界への扉を開けば、彼女は元の魔界へと帰れるようです」
「何!?ならば魔界への扉を開いてもらって、さっさとお帰り願うという事も可能なのか?」
リュドヴィックの問いに対してアデルが首を横に振る。事はそう簡単な問題ではないのだ。
「ここからが問題なのです。1000年前の大襲来の時、実は彼女の父が崩御寸前だったのですが」
「おいおい、またよりにもよってとんでもない時に」
「そして、魔界との扉ができてしまうと崩御した先代魔王の全魔力が彼女に流れ込み、彼女がこの世界で魔王として覚醒してしまうのです。
その勢いは彼女本人のみの事では収まらず、彼女の持つ魔界とのつながりが魔界の魔力を呼び寄せ、押し寄せる魔力でこの世界は崩壊するでしょう」
リュドヴィックは絶句するしかなかった。どうあっても穏便な解決法がない。彼女にとってもこの世界にとっても。
この少女が自分の手に余って王家に情報を託そうとするはずだった。
「救いようの無い話だな。そもそもの発端はこちらの世界側に責任があるが……」
アデルは伝えるべき事を伝えた上で、今の彼女にとって一番大事な事をリュドヴィックに伝える事にした。相手が飲み込んでほしいと思っている事は、相手が受け入れがたい程大きな事の後に告げれば多少なりとも有利に働くはずだ。
「恐れながら申し上げさせていただきます。ドローレムの現状なのですが、今のところきちんと世の中のしくみを教えさえすれば、わざわざそれを破ろうとはしていません、
また、出自からいってもこの世界で生きていくというのは難しいと彼女自身も理解しています。ですので、何らかの形で魔界へと渡る事ができればとは思っているようです」
「魔界か……、はるか昔に向こうへ渡る技術が開発できたのだから不可能ではないんだろうが、魔王女の問題がある今となるとな」
「はい、ですから魔王女絡みの事が解決してから考えても良いのではないかと」
「このままどっちも何もしてくれない方が助かるんだが……。片方が大人しくするというだけでも良しとすべきなのだろうな」
リュドヴィックはため息をつくと、今後の方針を決める為に国王に上奏するが、その際にはドローレムの件は問題としないとアデルに伝えるしか無かった。そもそもの一番大きい問題が大きすぎるのだ。
「お待たせしました、終わりましたよ」
「……なにか決まった?私はどうなる?」
ドローレムは王城に近づけるわけには行かないので猫カフェで待たせていた。ドローレムの眼の前では猫が透明で大きな鍋のようなものに入って寝ている。
ロザリアが突然『猫は液体なのよ!』とアデルにとっては意味不明な事を言い出し、アクリルスタンドに使われていた透明な素材を使って作らせたものだ。
店に来る猫達の遊び道具として設置してみるとたしかに『猫は液体』としか言えない状態になり、納得するしかなかった。
元々猫は店に来ても寝ている事が多く、それなら寝ている所も何か客を楽しませようとする為のものだったが、要望が多かった事からこの透明な鍋までもが最近は商品としてわりと売れていた。
尚この製作を請け負わされたルクレツィアは『これは革新的な素材なのよ!?あなたこれの重要性わかってるの!?』と詰め寄られていたがロザリアはどこ吹く風なのだった。
「何も。正直なところあなたの処遇どころではない状態ですからね。おとなしく暮らしてくれるなら何も言ってきませんよ」
「そっか、良かった。ねぇ私があっちの世界へ行くというのは?」
「現状それもやめておいた方が良い、といった所ですね。魔王女が今後どういう動きを取るかにもよりますが」
「あいつは扉を開くとか言ってた。アデル達はそれを邪魔するしかないの?」
「開くとこの世界が滅ぶようですからね。私達はそれを止めないといけません、私達の邪魔をするつもりですか?」
「どっちでもいいけど、私はどっちかと言ったら今のままの方がいい」
どっちつかずの事ばかりではあるが、それでも今のままが良いというのはアデルも同じだ、2人は眼の前で気持ちよさそうに寝ている猫をただ無言で眺めるだけだった。
「こんにちは。何か新しい本が入ってますか?」
「おやいらっしゃいアデルちゃん。おや可愛らしい子だね、妹……という感じじゃないか。後輩の子かな?」
アデルがドローレムを連れてやってきたのは馴染みの本屋兼貸本屋だ。初老の店主は気難しそうな顔のわりにアデルに愛想よく声をかけてきた。
ドローレムの方は本屋が珍しいのか、店に入るとさっさと書架に走り寄って興味深そうに背表紙を見ている。
「ええ、ほらドロレス、挨拶なさい」
「アデル痛い、こんにちは。何か面白い本ある?ありますか?」
「はっはっは、そりゃ難しい質問だね。どんな本が好きなのかな?」
「えーと、じゃぁ冒険するやつ、です」
「おや元気が良いね。この子は読むのは速い方かな?」
「わりと速い方ですね。このあいだお借りしたシャングリラ戦記もかなり早く読んでましたよ」
「おやおやおや手強いね。それじゃこんな本はどうかな?」
そう言うと店主は古びた一冊の本を棚から取り出した。
ドローレムは意外と好みにうるさく、あーでもないこーでもないと3人で本を選ぶのだった。
屋敷への帰り道、アデルとドローレムは借りた本を手に街を歩いていた。
本をネタに話をするにしても少々歯切れが悪い。
「ねぇアデル、私本当に大丈夫?この国から何か言われたりしない?」
「はっきり言ってあなたは軍隊を持ち出さないとどうにもならない存在なんですよ? そんな事態なんてあなたが大人しくしていれば起こりません」
「そっか、私大人しくしてる。だから大丈夫だよね?」
「はい」
だが、そう簡単に事は運ばなかった。後日その軍隊でどうにかしないといけない事態が発生したのだ。
しかもその時既に軍隊は大損害を受けていた。
次回、第226話「地下迷宮!?ようやく冒険小説らしくなってきたんですけどー!」「お嬢様、これ悪役令嬢ものでは……?」
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基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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