第224話「奇妙な女子会の恋バナ」
「お疲れ様でした。今日はもう休んで良いですよ」
「わかった。いえ、わかりました。ねぇ、本読んでも良い?良いですか?」
「どうぞ、その本はしばらく借りるので大丈夫ですよ」
「やった」
ローゼンフェルド家での仕事が終わったアデルはドローレムと自室に戻ってきた。
ガチャガチャとお仕着せ服から隠し武器を取り出し、壁のフックに収納していく。
ナイフだの剣だの魔杖弩だの山程出てくる武器に普通なら驚きそうな所だが、ドローレムは一切気にせずに本を持ってベッドに直行した。
「隨分本を読むのが気に入ったのですね?」
「本の中には色々不思議な事がいっぱい。魔法の無い世界に生まれ変わるとか事も書いてるから」
「それは作り話ですよ。あまりのめり込んで、現実と見分けがつかないなんて事にならないように。
ああほら、ベッドの上で寝転んで読まないで下さい。せめて座って」
「むぅ、アデル厳しい」
「椅子に座って読みなさいと言わないだけでも、だいぶん妥協してますからね?」
アデルはやれやれといった感じでカップ2つ分のお茶の準備を始めた。
ドローレムがベッドから起き上がるのを促すためにハーブティーをベッドサイドテーブルに置く。
ドローレムは仕方なく起き上がってカップを手にとって一口飲み、何気なく部屋を見回す。
先程収納していた武器も含めて壁一面に武器が並べられている、よく壁が倒れないものだ。
「それにしてもアデルの部屋って物がいっぱい。まるで武器庫」
「私物なので置く場所が他に無いのですよ。これでもだいぶん厳選してるんですよ」
「私のときもそうだったけど、こんなのいつもお仕着せ服の中に隠してるの? ふだん拳でしか戦わないのに」
「拳で戦うのはそれが私にとって一番有効で攻撃力が高いからです。あなたの時こそ、この武器が無かったら対処できなかったでしょう? 備えというのは万全にしておくに越した事はないのです」
壁に山と武器が陳列されていては普通気になるもので、他の同僚はこの異様な部屋を見るとさすがにひるむのにドローレムは気にもしていなかった。
お茶を飲み終えるとまたごろりと寝転がって本を読む事に戻る。
「あー、こいつ死ねばいいのに」
「ドローレム、そういう事を口にするものではありません、心の中に思うくらいにしておきなさい」
「うん、いえ、はーい。ねぇアデル、この本の中でもだけど、みんな『人を殺してはいけない』って口をそろえて言う。あのクレアって子も、どうしてダメなの?」
ドローレムはよくこういう質問をしてくる。最初は質問攻めにされたが今は慣れたものだった。アデルは少し考え、慎重に言葉を選んで答え始める。
「……簡単に言うと、みんなで話し合って決めたからです」
「話し合った?よくわからない、どういう事?」
「本来、この世界では人を殺そうが何をしようが、”何かをした”というだけなのです。
その結果に対しては何も起こりません」
「えー、でも偉そうな人間はよく『天罰が下る』とか言うよ?」
「大昔はそういう天罰と呼ばれる事も起こったと聞きますね、神々から神託が来たりもしたそうです。でもそれはごく少数の事ですし今はそういった事も起こらなくなっています。悪い事をしようが人を殺そうが基本的に何も起こりません。本の中の物語や伝説とは違うんです」
それは本当だった。多くの伝承や伝説に天罰や神託の話が残っており、王家にも神託の事が公的な文書に残っている。しかしいつの頃からかそういったものは一切途絶えてしまっていた。
「じゃあ人を殺しても良いって事?」
「何がなんでも人を殺したいんですか貴女は、そこから離れなさい。
いいですか、良いも悪いも無いんです。この世界には『何かをしてはいけない』という決まりなんて元々無いんです。
ですが人々が欲望のままに生きると世の中が困った事になりますよね?人が殺されれば悲しむ人が出ます、人には悲しむ心がありますから。
なので皆で話し合って決めたんです、「人を殺してはダメだ、その決まりを破ったら損するようにしよう」と」
「そんなふんわりした事なの?それで皆が従うの?」
「ふんわりしておかないとまずいんですよ。戦争になったら途端に『しかし敵なら殺しても良い』となるんですから。
敵を殺すのも隣人を殺すのも本来同じ罪なはずなのに、もっと言うと食料のために動物を殺すのは良いのか、植物は罪にならないのかとどんどんややこしくなります。
命の価値に人間の価値観で勝手に差をつけるのはそれこそ神を冒涜するような事でしょう?」
「えーと、つまり……人を殺すのはとりあえずダメって事?」
ドローレムは結局人を殺すのは色々面倒くさい事になると理解する事にしたようだ。
「そういう事ですね、誰だって自分が殺されたくないでしょうし、それは自分も他人も変わりません。
人を殺して何か凄い事をしたような気になる人も世の中にはいますが、結局「決まりを破った」というだけの事なんです。凄くも何ともなく迷惑なだけです。
例えば私が世の中の人を皆殺しにすれば、誰からも罰せられない代わりに神々から天罰が下されるかもしれませんが、そんな暇な事は誰もしませんし、考えるだけ無駄なんです」
「ねぇ、とすると、私が最初に焼串屋から焼串を取ろうとして相手を殺そうと考えたのは、一番ダメって事にならない?」
「言語道断ですね、私でも真っ先に貴女を処罰する為に協力します」
「で、……でもお金を渡したら何も言わずに焼串をくれた、お金って何なの?」
ドローレムの興味が別の質問に変わっていった。これもまた人間の常識を知ってもらう為なのでアデルは丁寧に答える。
「先程の罪と罰に似ていますね。誰だって楽をして生きていたいし、働きたくないものです。ですが事情があって働けないならともかく、全員がそれだとやはり世の中は困ります。
だから、世の中に対してより多く働いた分だけ、より人助けをした分だけ、より多く作物を作った分だけ、皆から多く何かを受け取れるようにしよう、我儘を聞こうじゃないか、というのを形にしたのがお金なんです」
「あ! ああああ! やっとつながった! 冒険者ギルドに薬草を届けたりとかゴブリン退治をしたから、私はその分のお金をもらって、そのお金の分だけなら我儘しても良いよ、って世の中に認められたのか!」
「そういう事ですね。もちろんここで働くと、きちんとそのお金がもらえます」
「おお! 働く! ちゃんと働いてお金もらう! 黙って掃除とかをしてたらお金もらえるなんて一番楽!」
ドローレムはがばっとベッドから起き上がった。冒険者ギルドの依頼は対象となるモンスターを探し回ったり意外と手間暇もかかるのだとの事だった。
話が長くなりだしたのでお茶菓子まで出てきた。妙な形の女子会は延々続く、もちろんその中には
「ねぇアデル、どうしてこういう本の中の男女はやたらに番になって子供を作りたがるの?」
などという、普通ならかなり返答に困る質問もやってくるが、この子の場合は純粋な疑問なので特に気にはならなかった。
「すぐ子供が欲しいというわけでもないんですよ。
動物なら子孫を残すのはとても大切な事です。番となる相手を見つけたら即、子作りをするものなんでしょうね。
ですが人間は生き物と違って、子供ができれば人間関係に影響するので無制限に子作りをするわけにもいかないんです。
誰だって相手の愛情を独り占めしたいですから、子作りしたいなら夫婦になれ、となるわけです」
「でもみんな結婚前に子供作りたがるよ?」
「番となる異性を見つけた恋人達はいずれ夫婦となる事もあるでしょうが、
その前に夫婦になった気分を擬似的に味わう為に子作りをしたふりをして将来の幸せを前借りするんです。
もしくは、いずれ夫婦になるくらいの愛情を確認する為の行為ですね」
「えーと、要は模擬戦みたいな?それが楽しいみたいな?」
ドローレムは結局よくわからないので無理やり自分の知っている事に置き換えて理解しようとした。少々情緒に欠ける。
「……まぁ、近いと思います。本気の行為ではなく、遊興としての行為に近いですね」
「ふーんじゃあアデルも誰か番になりたいくらい好きになった人いる?」
「私は、まだいませんね。将来どうなるかはわかりませんが」
「んー、残念。もっと詳しく話聞きたかったのに、私も誰かと番になれるのかなぁ」
「正直に言うと難しいですね。あなたは疑似魔界人だそうですから。この世界の人間とは無理だと思います」
「えー、じゃあどこならできるの?」
「情報が少なすぎますが、おそらく、魔界、でしょうね」
「魔界かぁ、なんか扉開こうとしてたし、その向こうなら番とか恋人見つかるのかなぁ」
「そうなると、良いですね。本当にそう思います」
その言葉に嘘はなかったが、アデルとしてはできればこのままが良いと思わずにはいられなかった。
同僚からは理屈っぽいと言われる自分の言葉を真正面から受け止め、素直に聞いてくれる。その事がとても心地よかったからだ。
「(これは私の自分勝手な願いなのでしょうね……)」
アデルはせめてこの気の置けない奇妙な同僚との時間を大切にしたかった。
「ドローレム、今度、いっしょに本を借りに行きますか?」
「行くー!」
次回、第225話「それぞれの往くべき道」
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