第223話「どろーれむのアデルかんさつにっき 」
私はドローレム、自己紹介は省く。色々あって人前ではドロレスと名乗る事になっている。
私が助けを求めたアデルはロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様の侍女をしている……、らしい。
らしい、というのは正直見ていても良くわからないからだ。
人間の事はまだ良く知らないが、いくら何でも貴族令嬢の侍女というのはたまに見かけるからだいたいはわかる。
普通の貴族令嬢の侍女は普通こんな事しないだろう。
「ねぇアデル、アデルって一体何なの?ロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様の侍女じゃなかったの?」
「ドロレス、あまりそこには触れないでください。人には色々あるのです」
今日のアデルは猫カフェで給仕の仕事をしていた、何してるんだこの人。私は暇なのでついて来ているだけだ。
猫カフェというのは喫茶店の中に猫を放し飼い……というか、近所の猫が自由に入ってこれるようになっているものだ。
猫なんてこちらの食事の邪魔とかしかしないだろうに、何が面白いのだろうか。人間の考える事はよくわからない。
ああもう、私は猫に興味なんて無いのに向こうから足元にまとわりついてくる。ちょっと足で突っついたらさらにじゃれてくるし。
「変なの、どうして私にじゃれついてくるんだろう。私何もしてないのに」
「この子たちは気ままで思った通りに生きてるだけですよ。それが動物というものです。あと猫は目を合わせないのが愛情表現だそうですよ」
よくわからん。足元でじゃれついてる猫と目を合わせてみるけど特に何も変わらない。何なんだろうこの子たち、嫌いじゃないけど。
「私も思ったとおりに生きてるつもりだけど、それだと動物と同じ?」
「そうですね。人との関わりを持たず生きていくならそうでしょう。でもだいたいの人は自分の力だけでは生きてはいけないんです。だからこそ人とのつながりを大切にするものなのですよ」
「私は別に誰かの助けが無くても生きていけるけどなぁ」
「だったら、あなたはローゼンフェルド家に身を寄せたりしないでしょう? 一人で逃げ回ったり隠れるのは限界があると私達を頼ってきたのでしょう?」
「あ!」
考えた事も無かった。自分ひとりで生きて行けると思っていたのは思い上がりだったかも知れない。
「それに、食事だっていちいち全部を用意していたのでは自分の時間が無くなるでしょう? 下手をすると1日が1本の串焼きを作るためだけで終わってしまいますよ」
「私も、人間と同じ……」
「神々や精霊でもなければ自分一人では生きてはいけないでしょう、それどころか神王獣の方々ですら、人や亜人に混じって生きています。孤高を気取っていてもなかなかそれがかなわないものなんですよ」
「うん……、なんとなくわかる。でもアデル、まだわからない。この猫達はここに来るだけで食事がもらえる。どうして?」
私はあらためて足元の猫を見る。気づいたらお腹を見せて仰向けになって愛想を振りまいている、気楽なものだ。
「……可愛いからだそうです」
「やっぱり、人間の世界はわからない」
私とアデルが話をしていると、やたらと明るい声で叫んでる人がいた。ローズ……と名乗ってるらしい。本当に何してるんだこの人も。
「あー、来てくれたんだー! 元気そーじゃん! ん~、今日もかわヨ~❤ ねーねー、今日はいつまでいてくれるの?」
「おね、ローズさん、そのセリフだけだと夜のお店でお客さん迎えてるようにしか見えないっスよ……」
クレアに苦笑いされながらローズが抱き上げたのは、彼女のお気に入りだという地域猫の1匹だった。
もっとも彼女の場合、一番好きな猫が100匹はいるとの事で、どの猫だろうとあまり変わりはないらしいのだが。
「ねぇアデル、あれってロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様よね?どうしてあんな格好してるの?」
「あの人はああいう人なのです。侮辱すると許しませんよ」
「別に馬鹿にするつもりはない。私にはあの人が一番自由に見える」
それは本当だった。少なくともあの貴族のお嬢様は、私が知る限り一番自由に見えた。でも好き勝手している私とも何か違う気がする、なぜだろう。
また別の日、アデルはよくわからない事をしていた。
「……ねぇアデル。アデルは本当に何なの?ロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様の侍女じゃなかったの?」
「お願いですからそこには触れないでください。人には色々あるのです」
今日のアデルは役者として舞台に立っていた、しかも男装して。本当に何をしているんだこの人。私は暇なのでついてきているだけだ。
元々ロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様は魔法学園の寮で暮らしている事が多いらしく、部屋付きメイドだと仕事の頻度が少ないのだ、楽で良いな。
アデルの説明によると、王都の治安が乱れているのを正すべく正義の義勇団の劇を上演してるそうだ、いや、意味がわからん。
『五星義勇団グランフォース』の公演は終盤を迎えているとの事だ。今上演しようとしているのは9話で、最終話の前の回という事でクライマックスらしい。
私の身体を乗っ取ろうとしたグリセルダ王女が乱入したせいで脚本を見直した後も順調に上演は続いており、
途中の7話でやはりロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様に2役をさせるのはきついと、正式にアンブロシアを退場させる事にしたそうだ。
とはいえ話数稼ぎは必要だったので、実は生きていたアンブロシアは異世界の王女だったのが闇の魔力に侵食されて魔界の女王に変わり果てたという設定でいく事にしたそうだ。
何度も元の王女の姿と魔界の女王の姿に入れ替わりながら苦しみ続け、時に義勇団に戦いを挑み、時に義勇団に助けを求めるという忙しい役だったそうだ。素直に退場させたほうが楽だったんじゃないか?
最終的にアンブロシアが祖国を元に戻す為にローレンツに全てを託して消滅していくシーンでは会場からすすり泣きが聞こえていたとの事だ。
どう考えても後付け丸出しなのにこの観客たちチョロ過ぎないか?
さて、本日の8話で登場するのはお約束の真ラスボスだそうで、「楽しいことしてるじゃないの、お姉さんも混ぜてよー」と、レイハという人が闇の真魔王という事で登場するそうだ。
さらにはサクヤはそのレイハの娘で、魔界の現状に反発して人間界からやってきた皇女だというのが判明したとき、
「アンブロシアも元王女だったよね……?」と皆は(私も)思ったが、《この手の話では王子王女が山ほど出てくるのはお約束だー!》とソフィアという声がごまかした。
私も王女とか多いな!とか思ったが、レイハは本当にどこぞの王女らしく、サクヤも本当にその娘らしい、世の中どうなっているんだ。
無茶苦茶な劇だな……とか思ってたら、真魔王が放った怪人が巨大化し、映像の中だけだけど街を破壊し始めた。人間相手にこんなの相手させるの無茶だと思ってたら、
今度は義勇団の5人がどうやったのか巨大なゴーレムを呼び出して……、合体して巨大な人型ゴーレムを繰り出してきた……。何食ったらこんなの思いつくんだ。
うおおおお!いけ!やれ!うおおおお!でっかい剣!やったー!……何を興奮しているんだ私は。
「やれやれ、ようやく今回の話も終わりましたね」
「なんだか無茶苦茶なお話だったけど皆楽しそう。これもロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様が言い出した事なの?」
「ええ、面白半分で始めたかもしれませんが、やっている時は真剣そのものなのがあの人の厄介な所なんですけどね……」
「何だかわからないけど、あの劇なら最後まで見たいな」
「心配しなくてももうすぐですよ。私もようやくこれから開放されます」
などと会話をしてるとロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様がぶつぶつ言いながら通りがかった、アデルは「また何か余計な事を考えてるのでは……?」とか言ってる。
「んー、やっぱり主題歌必要だったかなぁ。女の子5人でアイドルグループ結成して、舞台前に歌って踊れば盛り上がるんじゃ無いだろうか……」
「……お嬢様、歌はともかく何なのですか、そのあいどるぐるーぷというのは」
「え?よくいるじゃない。劇場で歌う歌手の女の子、あれを5人で1つの組にして歌って踊らせるのよ」
「……誰がそれをするのです」
「え?私とかアデルとかクレアさんサクヤさんリエルさんで。誰かダメだったらレイハさんとか混ぜて」
「や・め・て・く・だ・さ・い」
なんだかわからないがアデルは色々苦労しているようだ。私は言う事をよく聞いておこうと決めた。
色々あったけど、まぁ今日はもうローゼンフェルドのタウンハウスまで戻るだけだし、もう何も無かろうとか思ってたけど世の中はそんなに甘くなかった。屋敷への道を歩いてると荷物をひったくられている人がいた。
「お、犯罪発見、着装!」
ロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様は劇の小道具としても使っている認識阻害の魔石具を嬉々として起動させ、ローレンツの姿になるとひったくり犯を追いかけ始めた。発見から追跡まで約2秒、さすがのアデルも一言も声をかけられなかった。
「待て待て待てー!この俺がいる限り王都で犯罪を起こせると思うなよー!」
などと劇中の登場人物のようなセリフを口にしながら走っていくローレンツを、王都の人々も歓声を上げて応援している。大丈夫かこの人たち。
けどローレンツだけならまだ良かった。似たような格好をした男性や、中には男装の女性までもがひったくり犯を追いかけ始めたのだ。
人助けをすると賞賛を受けるという事から、承認欲求の強い人たちがローレンツの格好を真似て自警団のような事を始めているそうだ。本当に大丈夫かこの人たち!
「ええ……、お姉さまと同じような格好した人が何人も……」
「頭痛が……」
クレアはドン引きしてアデルはこめかみを押さえていた、この2人の方が変わってたりするんだろうか?人間はよくわからない。
さしものひったくり犯も10人程に追いかけられていてはすぐに捕まり、取り押さえられてしまった。
何しろ似たような格好の人々に追いかけられているものだから、逃げ回っていてもすぐ先に似た格好の人物が出てきたりで位置関係の認識が狂い、
何人に追いかけられているかもわからなくなって、何十人にも追いかけられているような錯覚を受けるのだ。
「ありがとうローレンツ!」
「礼には及ばないよ、愛と正義の名のもとに!」
「「「愛と正義の名のもとに!!」」」
「ご協力感謝する!しかし貴方達は場合によっては非常に危険な状況に立たされる場合もある、手に負えないと判断した時は迷わず逃げて、衛兵に知らせて欲しい!」
舞台劇でお約束となっていた決まり文句を、周囲のローレンツコスの人々も一斉に唱和してるけど正直異様な光景だった。
アデルはひそかに頭を抱えている。本当に苦労してるなこの人……。
「ねぇアデル、あれ何してるの?」
「しっ、ドローレム、見てはいけません。真似しようなんて考えてはいけませんよ」
人間の世界は、本当によくわからない。
次回、第224話「奇妙な女子会の恋バナ」
読んでいただいてありがとうございました。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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