第222話「どもー、新人メイドのドローレムでーす。これからヨロ~」「この子意外とノリ良いんですけどー!?」
命というか身体を狙われているという事でアデルを通じてロザリアに助けを求めたドローレムは、ローゼンフェルド家にて住み込みで働く事になった。
いきなり侍女というわけにもいかず、表向きはアデルの業務を補助するという事でロザリアの部屋付きの見習いメイドの1人となった。
「いいですか、掃除をする時は上から下が基本です。上のホコリを払って綺麗にしてから掃き集めた後に拭き掃除、これの繰り返しです」
「わかった」
「わかった、ではなくわかりました、です。別に私を敬えとは言いませんが他人と接する時の基本です。
粗っぽい言葉は、相手を言葉で殴っているようなものなのです、貴女だって殴られたら殴り返したくなるでしょう?」
「なるほど、わかりました」
アデルが話し方まで含めて細かく指導を行うが、ドローレムは素直にうなずいて聞き入れている。家事をさせてみてもそれなりに手際よくこなしていた。
だが手際よく進めていたと思ったら、背中から黒い触手を何本か生やして作業を始めたりする。
「ああほら、触手を出して横着するものではありません。誰かに見られたらどうするのですか」
「別に見られてもかまわないし、この方が早いし楽」
「私なら構わないですが、変に目立ってしまって、あなたの存在が外部に知られたらどうするのです。また面倒な事になりますよ」
「むぅ、それもそう。わかった、自分の手でやる」
「わかりました、です」
その指導の様子は、この部屋の主であるロザリアや友人のクレア、ロザリアの父、報告を受けて確認に来たリュドヴィックも見ていた。
「どうなるかと思ったけど、案外上手く行ってるわよね?」
「お姉さまー、あの子凄く素直な子ですよね?本能的というか」
ロザリア達はアデルがドローレムに指導を行っている様子を見て特に問題は無さそうだと安心していた。基本的に教えた事はしっかり覚えるし、そもそも飲み込みが速い。他の使用人達とも特にトラブルを起こす事も無かった。
とはいえ、視察に来たリュドヴィックにしてみれば婚約者の家にいるだけでも問題があるのに、ロザリアの部屋で仕事をするとなってはそんな楽観視もできなかった。
「ロゼ……、いくら何でも侯爵家で働かせるのはどうなんだ? 危険は無いのか?」
「罠だとしても回りくどすぎるんですよ。別に怪しい行動はしませんし、休日は普通に使用人仲間と街に行って遊んだりしてますし。それに助けを求めて来たのに殺せとか言うんですか?」
「情報源としても有難い存在ではあるからあまり強くは言えないが……」
「まぁまぁ殿下、こう見えて当家の使用人は皆騎士に匹敵する戦闘能力を持つ私兵ですから。万が一の事態が起こったとしても、王都内では最も対処が容易だと思いますよ?」
ドローレムがこの屋敷に来て数日になるが、彼女は無難に働き、誰に対しても態度を変える事無く接している。それはローゼンフェルド家の面々に対しても同じだった。敬意を払えと言われれば心中はともかく素直に頭を下げていた。その様子を知っているだけにロザリアの父であるローゼンフェルド侯爵がリュドヴィックにフォローを入れる。
アデルやドローレムの仕事を邪魔するのも何なので、ロザリアはリュドヴィックを応接室に通した。
ロザリアはリュドヴィックにお茶を出しつつ、彼の話を聞いてみる。
彼はドローレムの仕事ぶりを理解しつつも、やはり心配なのかその表情は硬いままだった。
「しかし、王城で暴れまわった敵側の少女が助けを求めてくるとは、なんと言っていいかわからないな」
その言葉で、ロザリア達は彼女が様々な場所で問題を起こしてきた事を思い出した。
中には命を落とした人たちもおり、リュドヴィックは王家の一員として彼女に対して何らかの罪を問わなければならない立場だった。
「あの、やはりあの子は罰せられますか?」
「あの子の為に命を落とした兵が何人もいるから本来ならそうしたい所なんだけどね?
軍隊全てを動員してもあの子には勝てそうにないのが問題なんだ。そんな有様ではあの子に罰を下すなんて無理だよ」
リュドヴィックはそう言って肩をすくめるしかできなかった、非肉抜きで何一つ打つ手が無いのだ。ドローレムの存在は一つ間違えると、この国の法による秩序の崩壊につながる恐れすらあった。
「このまま放置もできないけど、どうする事もできない。だからとりあえずは監視をつけて様子見って事になるかな」
「そうですか……、すみません」
「ロゼが謝る事じゃないさ、むしろ君は巻き込まれたようなものだからね。
ただ、王城にはできるだけ近づかせないでくれ、あの子に殺されてしまった騎士団員達の知り合いや家族もいるからね。下手に顔を合わせるとどうなるかわからない」
リュドヴィックの言葉にロザリアは神妙にうなずく。今の状況は綱渡りのようなものだったが、下手に争いが起きるよりはマシだというのは全員が思う所だった。
むろん、それはいつまでも続くものではないが、この家にメイドが1人増えるだけで事が済むならそれに越した事はない。
「リュドヴィック様、一応、神王獣の方々にお伺いを立てた方が良いのではないでしょうか?」
「それもそうだな、勝手に我々で保護してあちらの機嫌を損ねたくもない、早速神王の森で聞いてみるか」
クリストフの進言でリュドヴィック達は森に向かう事に決めた。一同を森の広場で出迎えたのは何時ものように息子に稽古をつけていたサクヤの母、レイハだ。
「おや久しぶりだねロザリアちゃん、死合いに来たのかい?お姉さんはいつでも構わないよ?」
「い、いえ……、又の機会に。ですから、その武器はしまって下さい。今日はダメですから」
相変わらず好戦的だった。ヒノモト国の皇女らしい、のだが、どうも信じられない。ロザリアを妙に気に入っていて、隙あらばロザリアに試合と言う名の死合いを挑んでくる。
「なんだつまんない。で、どうしたのさ? 王太子の坊ちゃんまで連れてきて」
「お久しぶりです。実は少々ややこしい事になりまして」
レイハだけに話すべき事ではないので、エンシェントエルフのウェンディエンドギアスの館にまで赴いた。リュドヴィックが代表して事情を話すと、同席したレイハや神王獣のオラジュフィーユ達は少し驚いたようだった。そして、状況の問題点を理解すると一様に渋い顔になる。
ちなみにオラジュフィーユは来るのを渋ったが、舞台劇の出番は終わったし今回は違うからと説得されて呼び出されたのだ。
「フォボスの仲間が、のぅ。常々思うがお主は余程そういう妙なものに縁があるようだな」
「助けてくれ、というのを見捨てても置けなかったんですが、かといってあの子をどうにかしようとしても、そう簡単には行かないと思うんです」
ウェンディエンドギアスに言われ、ロザリアは困った顔で答えた。現状最大の問題はドローレムが下手をするとこの場の誰よりも強いという事なのだ。
疑似魔界人である彼女は当然闇の魔力も強く持っているが、その闇の魔力は原初の魔獣に近い神王獣と極めて相性が悪く、下手をすると神王獣ですら闇に飲まれて暴走状態になってしまう。
「あいつの戦闘能力はかなりのものだからねぇ、正直我はもう相手したくないよ?」
「ですよね……」
「クレア嬢ちゃんの浄化でも無理そうか?」
「いや……、こちらを殺そうとしてくるから勢いで、ならともかく、普通に働いてるのを後ろからとかいうのはさすがに無理っス」
この場で唯一対抗手段である光の魔力の保持者であるクレアにウェンディエンドギアスが尋ねるも、彼女は申し訳なさそうに首を横に振るだけだった。
今までやらかしてきた事を除けば、ドローレムの勤務状態が真面目過ぎたのだ。
「王家としても本来は何からの処罰をすべきなんでしょうが、我々の力が及ぶかどうかの存在に対してはどうしたものか、と」
「あいつが本気で暴れまわると面倒くさいでは済まなそうだしなぁ。我もまた身体を乗っ取られたくはない」
リュドヴィックの言葉にウェンディエンドギアスはため息交じりに言う。
ドローレムは無関係な事ではあるが、一時的に闇の魔力に乗っ取られた事は風の魔力を監視管理する彼女にとっては苦い経験だったからだ。
相手が純粋で悪意があっての行動でない事も知っているので無下に扱うわけにもいかない。かと言って、このまま放置しておくわけにもいかない。
「どこかもっと安全な所でかくまうというのは難しいですか? いつぞやの神王界とか、妖精郷みたいな所で」
「神王界はあくまで限定的な空間だし、妖精郷の場所はまだ向こうの勢力には知られていないんだ。無用な危険は招きたくない」
ロザリアの提案にオラジュフィーユが首を振る。神王獣達にとっての聖域とも言える場所と言われては無理強いも出来ず、何か打開策は無いかと相談に来てみたものの手詰まりと言って良かった。
「となると、やはりローゼンフェルド家で目立たぬよう働いてもらうしか無いのか……?」
「そうなるな。軍隊を持ってしてもどうにかなるか怪しい、神王獣は相手をするのも難しい、クレアは性格的にドローレムを殺せない、手詰まりだの」
リュドヴィックの言葉にウェンディエンドギアスが肩をすくめる。実際どうしようもなく、これだけの人数がいても現状維持以上の対策は何も思いつかなかった。
次回、第223話「どろーれむのアデルかんさつにっき 」
読んでいただいてありがとうございました。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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