第221話「アデル!どこから拾ってきたの!返してきなさい!」「普段のお嬢様とは立場が逆ですね」
「やぁアデルちゃん、新刊を探しにきたのかい?」
「はい、この間のも楽しく読ませていただきました」
「そうかい、いや安心したよ。最初この本屋に来た時は、変わった本ばかり借りていたからね。やっぱり年頃の子はそういう本くらい読まないと」
休憩時間にアデルが訪れたのは王都にある本屋兼貸本屋だった。この世界では初歩的な印刷技術があるので本は普及しているが、やはり買うには少々高価なので借りる人が多い。
ロザリア達はというと、その場の流れで仕方なかったとはいえ舞台劇でラスボス役のアンブロシアが死んでしまったという事で脚本の見直し中だった。
毎度の事ではあるがニチアサ系のロザリアと深夜アニメ系のクレアでは微妙にセンスが合致せず、あーでもないこーでもないと意見を言い合ってるうちに煮詰まってしまい、アデルもつき合わせるのは悪い、と長めの休憩をもらったので気分転換も兼ねてここを訪れていた。
侯爵家の書庫から本を借りるという事もできたが、やはり気兼ねなく読むには自分で借りてくるのが一番だった。
図書館だと難しく専門的なものが多過ぎたので読むものが限られてしまい、貸本屋の方が自分の読みたい本が揃っているので常連になっていた。
とはいえ最初借りていた本は『戦場における料理と補給』や『野営と狩猟の手引き』ならまだしも『暗器ー隠し武器の歴史ー』といった、およそアデルくらいの年齢の少女が読むとは思えない本ばかり借りていた。
そんな本ばかり借りていたので店主から『ご主人のお使いか?』と質問されてしまい、『自分が読む』とのアデルの答えに「たまにはこういう本を読んでみた方がいい」と店主が勧めたのが恋愛小説だったのだ。
アデルも最初は何を下らないものをとは思っていたが。本に貴賤は無かろうと読んでみたら、これがはまった。
話の形としては男女が出会って恋愛をする、というたった1つのパターンしか無いはずなのに、どの作者も手を変え品を変え個性を出そうと技術の限りを尽くしていた。
だいたいの事柄は主人公の2人を軸として話が進んでいくので構成もシンプルで、それだけに作者の技量が問われる。
定番の魔法学園の恋愛もの、王城での女官や侍女が国の要職にある貴族に見初められるもの、中には異世界へ転移・転生してしまうものまであった。今では借りる本の8割は恋愛小説で埋まっている。
「さて、この作者の新刊はどうでしょうか?」
がっつり立ち読みをするわけではないが本を選ぶ時の書き出しはアデルでも気になる。いかに読者を引き込むか、最初の3ページ、場合によっては3行で勝負が決まる作者と読者の真剣勝負だ。そんな緊張感もアデルの趣味に合っていた。
いや実の所そんな真剣に読まれても作者の方は困るのだが。せめて20ぺージくらいは気楽に読んで欲しい。
アデルは本を手に取るとパラパラとめくりながら流し読みで新しい本を数冊見繕って会計を済ませる。
「あいよ、来月はもう少し多く新刊入るからな」
「ええ、次はおすすめを教えてください」
軽く会話をして店を出てもまだ休憩時間には余裕があった。まっすぐ戻るのも何なので少し遠回りに帰る事にした。
近くの広場は人通りも多く屋台も出ている。アデルはふと甘い匂いに誘われて串焼きを売っている屋台の前に行った。
買い食いをする方ではないが香ばしく焼けた肉の香りが食欲を刺激する。値段も安く味が良いので人気があり、並んでいる客も多い。
そこに、彼女はいた。
「はいよ、まいどあり。依頼の時は気をつけるんだぞ」
「ん」
ドローレムが焼串を買っていた。きちんとお金を払って。
彼女の格好は例の黒い衣装ではなくどこかの冒険者みたいで、革製の鎧を着ており腰には短剣をぶら下げていた。髪も銀髪ではなく栗色、目の色も白目に青みがかかったグレーで普通の人間と全く変わりがなかった、が、顔はまぎれもなくドローレムだった。
「何を、しているのです」
「買い食い」
思わずアデルは声をかけてしまった。だがその相手も淡々としたもので、特に悪びれる様子もなかった。
「いえ、そうではなく。いえその答えでも良いのですが、その、ここで暴れたりはしないのですか?」
「暴れる理由が無い。よくわからないけどお店はお金というものを払えばきちんと品物を売ってくれるし、食べるのを邪魔したりしない」
「……お金はどうしたのです」
「冒険者ギルドに入って依頼をこなした。薬草取ってきたりゴブリン討伐してきたり」
「はぁ!?」
アデルは声をかけてしまった以上そのまま放置して帰るわけにもいかず、飲み物をおごるという事で話を聞かせてもらおうと場所を移動した。話したがらないかと思ったが、約束通り果実水を手渡すとあっさりと話を始めた。
「最初はお腹が空いて何か食べようと思ってたら、いい匂いがしたのでここに来た。もらおうとしたら最初はお金が無いって断られた。
殺そうかと思ったけど聞いてみたらお金を払えって言うから、だったらお金はどこから持ってきたら良い?と聞いたら、冒険者ギルドとかはどうだって言うから稼いできた」
最後まで聞くと良い話に聞こえかけたが、最初はただの強盗である。クレアから邪教の信徒を何のためらいも無く殺したと聞いたので、倫理観が無いのかと思っていたが誰も教えなかっただけのようだ。
「ねぇ、そういえばあなたはあの赤い髪の貴族の所のメイドよね?」
「私は侍女です。それと、ロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様です」
食べ終わったのかドローレムは串をゴミ箱に捨てると、思い出したように話しかけてきた。アデルは自分が侍女だというのにこだわりがあるようだ。
そのへんのこだわりはドローレムにとっては特にどうでも良いらしくスルーされた。
「人間にどういう種類がいるのかまだよく知らないのだけどわかった。ロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様の侍女、お願い、助けて」
「……はぁ?」
「で、お呼び立てした次第です」
「うん、助けて」
アデルはドローレムをローゼンフェルド家のタウンハウスに連れて行くわけにもいかず、とりあえず王都の外れにロザリアを呼び出した、クレアも付いてきている。
「いや……、そう、言われても」
「一応結界張って出られなくはしましたけど、本気出したら多分破られますので注意してくださいね?」
「暴れる理由が無いから暴れない、私は消えたくないだけ」
突然呼び出されて困惑するロザリアとクレアだったが、ドローレムは暴れる様子も無くひたすらマイペースに話を進める。
「……という事は、復活した魔王女の魂だかか意思だかの一部が、貴女の身体をよこせと言ってるわけね?」
「そう、私は私、あんな突然やってきた奴に身体を取られたくない」
「アデルさんがダメならこの子にって事っスか。でもあの闇エルフなら新しいホム何とかの身体用意できそうなのに」
「クレア様ホムンクルスです。あと口調」
「そのホムンクルスを作るには長い長い時間がかかるらしい。素材とかを集めるだけでも大変って言ってた」
ロザリア達が今まで見た事のあるホムンクルスはかつてレドリオンと呼ばれた者の魂が込められていたものと、このドローレムだけだった。そうそう簡単に仲間を増やせるわけでもなさそうだ。
「どうもそうらしい、イーラは古代ドワーフの探査球ってのが手に入ったから、それを代用してるくらいだし」
「という事は、貴方達はもうこれ以上人数がそう簡単には増えないって事?」
「そうみたい、そもそも私たちは魔王女が復活したら用済みになるみたいだし、その復活もそう遠くないみたい」
みたい、らしい、という言葉が付く事から詳しい事情までは知らないようではあるが、ドローレムはわりと色々と内輪の事情を話してくれる。
「けれどそうペラペラしゃべって良いの? 秘密なんじゃないの?」
「? 秘密って何? 隠さなかったら私はどうなるの?」
「あー、えー、つまり」
ロザリアは聞いておいてドローレムに逆に質問され言葉に詰まる。
そういうものだと言ってしまえばそうなのだが、何故かと聞かれても意外と答えられないものだ。
「お嬢様、私が説明します。つまり、貴女が以前所属していたフォボス一派に対して不利な情報をこちらに開示すれば、当然フォボス一派はこの先困った事になる場合があります。
ですので、仮に貴女があちらに戻ろうとした時に、あなたに対して何らかの責任を取らせるような事態になりかねないのです。秘密を守るというのはそういう関係を守る為の行為なのです」
「そう、なら簡単。私の存在を消そうとしてくる奴なんて味方でも何でも無い」
「ではまず私から言える事は、お嬢様やその周辺に危害や破壊活動を行ったら、貴女を守る事は一切できません。くれぐれも行動には注意してください」
「わかった」
「……お姉さま、何かこの子、アデルさんと相性良さそう、ですよね?」
「そ、そうね……?」
次回、第222話「どもー、新人メイドのドローレムでーす。これからヨロ~」「この子意外とノリ良いんですけどー!?」
読んでいただいてありがとうございました。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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