第217話「魔王女グリセルダ」
「アデル! アデル! ねぇアデル!?」
ロザリアは何度も呼びかけるが、元アデルだった黒い少女からの答えは冷たい無言の目線だけだった。
舞台劇中に突如乱入したフレムバインディエンドルクにより、アデルは突然変わり果てた姿になってしまった。その姿は元の年齢よりやや大人びており、黒いドレスも相まって異様な迫力があった。
乗り移った身体の調子を確かめているのか、腕を動かしたり手を握ったり開いたりする仕草も流れるようで、それはまさに貴族のそれだった。
何より内から放出される存在感が凄まじい、平然としていても激怒した時のアデルを上回っている。吹き荒れる魔法力によりたなびく長い髪はまるで黒い翼だ。
ロザリア演じるアンブロシアは、フレムバインディエンドルクが現れた時に詰め寄ろうと上空に上がっていた為に、彼の張った球体状の障壁に閉じ込められる事は無かったが、逆に孤立してしまっている。
観客の上空で赤い衣装のアンブロシアと黒い衣装の謎の少女が向かい合う。両方ともタイプの異なる悪役といった風情で、観客はどちらが勝つのかと固唾を飲んで見守っていた。
《なんとアドルが敵に乗っ取られてしまった!しかもその姿は美少女に変わっている!ローレンツは囚われ、アドルは敵に!王都はどうなってしまうんだー!》
「ソフィアさん……、いやマジどうしようこれ」
ソフィアが又勝手に台本を無視して芝居の流れが変わったのかと、臨機応変に読まなくてもいい空気を読んで実況は続いていた。おかげで観客には特に混乱も無いのだが、孤立してしまっているロザリアがどうしていいかわからない状態なのは変わらない。
「どうするもこうするもありませんよ、観客はまぁ人質と思って下さい。貴女はそこで王都が火の海になるのを見物すると良いでしょう」
「……冗談じゃないわ、そうはさせない。この地上は私のものだ!後から突然やってきたお前などに誰が渡すか!」
傲然と言い放つフレムバインディエンドルクの挑発に、ロザリア演ずるアンブロシアはこうなったらどうにでもなれとノリにまかせて剣を構えて言い返すが、相対する2人にとっては予想外過ぎる反応だったようだ。
「おい古エルフ、こいつは何を言っている?」
「いや私にもちょっと……、あの、この状況で、まだそのお芝居を続けるつもりなのですか?状況わかってます?」
フレムバインディエンドルクの障壁によって封じ込められている舞台上でもクレア達は状況がつかみきれずにいた。
アデルがどうやら何者かに乗り移られてしまったという所までは理解できたが、相手の正体がさっぱりわからない。
「ロザリアさんだけじゃまずいんじゃないかな? なんとか側にいってあの人達にお引取り願わないと、劇が無茶苦茶になってしまうよ?」
「いやリエル、劇の事を気にしとる場合か?」
状況がよくわかっていないだけに、シルフィーリエルなどは劇の心配が先に立っており、ウェンディエンドギアスに突っ込まれていた。
「ですけど、かなり強力なようですわよこの障壁。クレアさんちょっと敵に向けて攻撃してくれませんこと? あのエルフの方」
「了解! おい! 俺たちも忘れるな!」
「いやあいつ、一応儂の弟……」
と、クレア演ずるクレスはウェンディエンドギアスの声をスルーして杖を振りかざし、最大出力のヒーリングカノンを放った。が、あっさりと障壁に跳ね返されてしまう。
「うぇ!? 効かないならともかく、跳ね返された!?」
慌ててクレスはもう一発を放って中和させた。
「ええー、単純な一撃の威力なら今のでほぼ全力ですよ!?」
「ヒーリングで威力って……、やはり、ここからは出られないようですわね」
「となるとロザリアさんだけが頼りって事になるねぇ。どうしようかなおひいさま、この後の展開だけでも今のうちに打ち合わせておく?」
「お主らな……、少しは緊張感持てよ」
上空のロザリア達を眺めながら呑気な事を言うクレア達にウェンディエンドギアスが呆れている。
その時、舞台上から爆音が響き渡った。
見れば、ロザリアが黒い少女に対して魔力弾を放ち、魔法の発動を妨害したようだ。
「なんだお前は、私の邪魔をするな」
「なんだじゃないわよ! その子の身体から出ていきなさい!」
「断る、ようやく復活できたのだからな。私はもう誰にも何も奪わせない」
そう言う黒い少女の表情は険しく、まるで仇敵を睨み付けるような顔つきであった。
「あなた、一体何者……」
「ふふふふふ、ご存知なはずですがねぇ。この方が1000年前、この地に現れた魔界人その人ですよ? 魔王女グリセルダ様です」
「ええ!?」
その会話はロザリアの通信用魔石具を通して舞台上のクレア達にも伝わっており、フレムバインディエンドルクの言葉に驚きの声が上がる。
「(ちょっ!お姉さま!グリセルダってこの乙女ゲームのラスボスの名前なんスけど!? っていうか元のゲームではお姉さまに乗り移るはずなんですが、どうしてアデルさんに!?)」
「ら、ラスボス!? どうして突然!?」
「死ね」
グリセルダは問答無用とばかりに手に魔力を集めると漆黒の剣を作り出し、問答無用で切りかかって来た。ロザリアは慌てて魔杖刀を構え直し、魔力刃を伸ばしてそれを受ける。
そのまま何度も剣を交えるが、相手は王女と言うだけあって魔力量は膨大なようではあっても、剣術に関してはむしろロザリアの方が上手なくらいだった。
「何故だ、何故私の剣で切り裂けない」
「ど、どうやら大した力はないようだねぇ?」
ロザリアは不敵に笑ってみせるが内心は冷や汗ものだった。何しろ魔力の研ぎ澄ましはかつて教えを受けたレイハに匹敵する程で、実は何度も何度も刃が欠けているのを強引に修復しながらの状態だったからだ。
このまま剣術で抑え込みたい所ではあるが、相手はアデルの身体を乗っ取っているのでうかつに傷も付けられない。
《新たに現れた敵のボスはアンブロシアと全くの互角だ! 今は敵どうしだけど、もしもこの2つの勢力が同時に襲ってきたら、王都はどうなってしまうんだー!》
「ソフィア店長さんのおかげで、会場はまだ私達の劇の途中だと思ってますわね、ですけどいつまでこの状態が続くか……」
「あっちにはあの闇エルフだっているわけですし、どう考えても不利っスね。ちょっと無茶かもしれないけど行ってきます」
「おいクレア嬢ちゃん!」
ウェンディエンドギアスの静止を聞かずクレスは空高く飛び上がると自らの身体に反射障壁を纏った。
そして、身体の周囲で障壁を高速回転させると観客を覆う障壁へと突っ込んでいく。
障壁に当たった瞬間、クレスの身体が一瞬弾かれそうになるが完全には勢いは殺せず、やがてクレスの障壁が少しずつめり込み始めた。
「うおおおおおおおおおお!!」
《障壁にご注目下さい!クレスが何か凄い事を始めたぞ!乗っ取られたアドルを救いに行こうと頑張っている!会場のちびっ子のみんな!クレスを応援しよう!》
「やっちゃえお兄ちゃぁあん!」
「クレスにいさーん!がんばれぇえええ!」
「いけー!そこだ!やれー!」
「ぶっとばせクレスー!」
子供だって眼の前のヒーローショーが作り物というものくらいは理解している。(いやこの場合、ややこしい事が裏で現実に起こってはいるのだが)
スーパーヒーローにだって中の人がいる事くらいは承知している、大人の空気を読んで喜んでみせるくらいの知恵だってある。
それでも、眼の前の英雄的な行動を見た時の熱い想いや声援に嘘は、無い。
「これは……、ちょっと、胸が熱くなるっスよねぇ!」
クレスは力を振り絞り、自らを弾丸のようにして強引に障壁を突き破った、会場からも歓声が上がる。
さすがに無傷とはいかず、弾け飛んだ衝撃で衣装のあちこちは焼け焦げ、認識阻害も効果を失ったのかクレアの姿に戻っていた。
「え……?女の子」
「髪の色も変わってるよね?」
「クレスどこ行ったの?」
観客席から戸惑いの声が上がり始め、それは舞台上のシルフィーリエルやサクヤ達にも伝わっていた。
「おや、認識阻害が解けたようだね。ちょっとまずいんじゃない? この後の劇の展開に困るよこれ」
「観客もクレスの正体に気づき始めましたわね。どうしたものですかしらね」
「いや、お主らな……、さっきから気にするのそこなんかい、もっと他にあるじゃろ大事な事」
「(クレアさんヤバい! 姿が元に戻ってる!)お、お前! 女の子になってるぞ!?」
「え? あー、正体バレちゃったかー。くっそー、せっかく男のフリしてたのになー」
「なにい!? お前!女だったのか?」
「バレてしまっては仕方ない。実は私もそこのアデルさんも姿を変えてこの王都を守っていたのだよ!」
クレアの認識阻害が解けているのを見たロザリアごまかそうとアドリブの会話を始めるが、それは見ているグリセルダとフレムバインディンフドルクにとっては意味不明の会話でしか無かった。
「??????……、お前ら何を言っているんだ? おい古エルフ、こいつらは何を言っているんだ?」
「私に聞かないで下さいよ……」
「さーて、アンブロシアはアテにはできないし、結局は私が何とかするしかないみたいっスね。アデルさんを、帰してもらうよ!」
腰から杖を取り出し構える。クレアの孤独な戦いが始まった
『いや、ウチもいるからね?』
次回、第218話「仏頂面の侍女の心の闇」
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