第216話「乱入」
「おおーっ、仕立て直したら凄い良くなったわね」
「さすがに少々傷んでたっスからねぇ」
「僕らも仕立て直しを教えてもらって、凄い勉強になりました」
舞台劇が始まる前、ロザリア達はルクレツィアの店で仕立て直された衣装を受け取っていた。仕立て直しにはロザリア達の店で働く子供たちも何人か技術指導してもらう為に参加していた。
仕立て直された事で新品同様になった衣装は、デザインを維持したまま様々な意匠を追加されていた。各属性を示す紋様や同じ色の飾り石や布、神獣を模した意匠が追加されている。
「ですがこれ、隨分豪華になっておりませんか?この飾り石は本物の宝石ではないようですが」
「その辺は担当の子が隨分はりきってたから良しとしましたわ。舞台衣装とは本来これくらいでないと見栄えしませんのよ」
アデルが受け取ったばかりの衣装に袖を通し、ルクレツィアに最後の調整をしてもらっていた。衣装のサイズ合わせはそれなりで良いとは言ったものの、ルクレツィアの側はそんな中途半端なものは引き渡せない、と頑として譲らなかったのだ。
ロザリア達の舞台も既に山場を越えて終盤にさしかかっていた。今日はそろそろ女幹部との戦闘シーンが欲しい、という事でゲスト悪役も交えてのバトル多めの回だ。
さて、ローレンツと女幹部は同時に出演する事が難しいので、劇が始まった時点でさっそく捕まっている事になっている。
捕まえたなら捕まえたで、さっさと始末すれば良いものではあるが、それではお話にならないので、ソフィアの実況と共にどこかの廃墟らしき所で柱に縛られているローレンツの映像が空中に映し出された。
《おおーっと!ローレンツがいきなり捕まっている!アンブロシアは卑怯にも人質にしているようだー!》
「レッド!」「ローレンツ!」「おのれ人質とは卑怯な!」「レッドを開放しろ!」
「お前たちに卑怯とか言われたくないわ!毎回毎回5人がかりで1人の部下を袋叩きにして、おまけに最近は巨大ゴーレムまで使っておるではないか!!」
人質作戦を避難する五星義勇団に、こっちは本物のロザリアが演じているアンブロシアが怒鳴っていた。そのセリフに会場から笑いが起こる。
「「「「えっ?」」」」
「こっちは正々堂々と1人ずつ送り込んでおるのだぞ!なぜお前達は毎回5人がかりで戦うのだ!お前らには騎士道精神も何も無いのか!」
「だよなー、正直ちょっと思ってたぞー」
「ちょっとうちの子の教育に悪いのよねー」
「騎士じゃねぇーし!義勇団だし!」
アンブロシアのセリフに同調するように、会場の観客からかけられた言葉に反論するかのようにクレスが叫ぶ。
ある程度観客の反応は予想していたので、そのタイミングで映像の囚われているローレンツが演技を始めた。
「おい、下らない言い争いしてないで助けてくれ!」
「あ、そういえばそうだったな」
と、あまり重い雰囲気にならないよう軽い笑いを取ったところで今回の怪人枠のゲストがやってきた。
「がおー」
舞台袖からなんとも気の抜けた声でステラフィスが出てきた。会場からも「かわいー!」と声がかかる。ステラフィスの格好は、いつもの鱗状に布を縫い合わせた貫頭衣のような服装だったので、ごく普通の少年にしか見えない。
「何だ?こんな子供を出してどうする気だ?我らをバカにしてるのか!」
「ククク……、見かけはこうでも本性は違うぞ!やれ!」
「がお~」
クレスに答えるアンブロシアの命令で、呑気な声と共にステラフィスが一回転して着地するとその姿は地竜の姿に変わっていた。が、それは少々予定外の光景だった。
「あれ?でかっ!」
「ちょっと大きくなってないですか?」
うつ伏せで竜状態のステラフィスは目覚めた頃とは違い、かなり巨大化していた。寝る子は育つとは言うが身体が以前見た時の5倍程になっており、既に体長は大人の身長を越えていた。
「行くぞみんな!着装!」
団員達が鎧を纏うシーンはそろそろ飽きが来ているだろう、と一瞬でとばされて戦闘に移る。
とはいってもステラフィスは素で防御力が桁外れに高く勝負にならないので、とりあえずステラフィスは竜形態のまま特になにもしない。
しかしそれは4人がかりで袋叩きにしてるようにしか見えない。さすがに絵面が悪すぎるので程々の所で止めると、ステラフィスは動かなくなっていた。さすがに異変を感じて一瞬皆が慌てていると、
「ぐー」
ステラフィスは寝ていた。
「……おい、寝てるぞ、どうするんだこれ」
「おい!こんなのが今回の敵か?何もしてこないならいないのと同じだろ!」
本来の予定ではもう少し芝居をする予定だったので、間をもたせる為にアドリブでアンブロシアと適当に会話でもしようかとクレスが声をかけたが、これに慌てたのがロザリアだ。
アドリブを入れてしまうのはだいたいがアンブロシア役のロザリアだったりするので、ロザリア自身は逆にアドリブに弱かったりする。
「(ウチに振る!?それちょっと困るんですけど!)ふ、ふふふ、お前たちのあまりの弱さに退屈してしまったようだな。おい、起きろ、起きろと言っている!」
ぺちぺちとアンブロシアが地竜の頭を叩くが、起きる気配は全く無い。
「ねえ、頼むから起きてよ。まだ芝居の途中なんだから」
「ん~? あと1万年ほど寝かせて~」
一応気を遣ったつもりなのか、やや短めの年月が申告されたが、それでも芝居を続けるには無理のある年月だった。
「そこまで待てるか! 芝居が終わってしまうわ!」
会場から笑いが漏れる、ロザリアは真剣にやっているというのに。いたたまれなくなったロザリアは以前見たように実力行使に出る事にした。
手の平に魔力の球を作り出し、外側を結晶化させた殻で覆った即席の爆弾を作って、ステラフィスの口を強引にこじ開けると、ぽいっとそれを投げ込んだ。
ぼふぉっという音と共にステラフィスの口の中で爆発が起こったらしく、鼻と耳から煙が立ち上った。
「うわ……」
「無茶する奴じゃな」
「外側がこれだけ頑丈なら口の中も頑丈でしょ!いい加減起きなさい!」
団員やウェンディエンドギアスが引いてはいたが、当のステラフィスは特にダメージは無かったようだ。
「ええ~、ね~む~い~」
「眠い、じゃない!言われた事きちんとしなさい!」
「はーい」
ステラフィスはそう言うとのたのたと歩いて行く。大丈夫かこのスピードでと思っていると体をアルマジロかダンゴムシのように丸めた、その大きさは直径1m程もある。そして、猛スピードで転がり始めた。
「うわ速っ」
「離れて!」
《おおーっとぉ!敵の怪人はまるで転がって砲弾のように義勇団を襲う!》
「おーっほっほっほっほっほ! これでお前達も終わりだねぇ! さぁやっておしまい!」
ようやく怪人役がまじめにお芝居をし始めてくれたので、アンブロシアは空高く舞い上がって文字通り高みの見物を決め込んでいた。
「ぬおおおおお!ちょっとステラフィスさん!やりすぎっス!」
「えー?手加減してるのに?」
クレスが思わずツッコミを入れるが、ステラフィスは呑気な声で転がり続ける。舞台上は大慌てだが、突然ロザリアよりも上空から声をかけてきた者がいた。
「さてさて劇も最高潮に盛り上がって来た所で乱入させていただきますよ」
「フレムバインディエンドルク!また何か仕掛けてくるつもり!?」
「お主!また性懲りもなく!」
上空の者が何者かを知っていたロザリアとウェンディエンドギアスはともかく、他はそうはいかなかった。
《おおーっとぉ? 上空から新たな敵だ! 第三勢力も交えて三つ巴の戦いが始まるのかー!?》
「いやソフィアさん、これ劇じゃないから……」
「さてさてさて、観客の皆様を傷つけるのは私の本意ではありません、これで安心でしょう?」
フレムバインディンドルクが手をかざすと、突然広場を半球状の障壁が覆った。だが、どう見ても守る為ではなく封じ込めるものだった。
「ちょっと!観ている人たちには手を出さないで!」
「もちろんですとも、私が手出しするのはただ一人、失われたテネブラエ神聖王国最後の王女ただ一人ですよ」
「王女……何ですって?」
ロザリアの目はサクヤを追うが、目が合ったサクヤはそんな国とは関わりが無いとばかりに首を横に振るのだった。
すると突如、アドルの衣装に付いている石から黒い霧が吹き出し始めた。
その霧はアドル自身を包み込み、認識阻害の効果が切れたのかその姿はアデルに戻ってしまった。
「ああああああああ!」
アデルは頭を抱え込んで苦しみ始めた。
「ちょっとアドル!? いやアデル!? 大丈夫!?」
「その身体、その心、まさに依代としてふさわしい、我らの王女を復活させる為の依代とさせていただく!」
フレムバインディンドルクの言葉と共に、アデルの身体から衝撃波のようなものが放たれて周辺のロザリア達は吹き飛ばされてしまった。
アデルはというともう苦しんではおらず、力なく手足をだらりと垂れ下げていたが、そのまま宙に浮かび始めた。
フレムバインディンドルクと同じ高度まで浮かび上がった所で、先程のものとは比べ物にならない程の黒い霧が吹き出はじめ、それは広場全体を覆い尽くさんばかりだった。
その中でアデルの姿が変わり始める。衣装は騎士服風の衣装から漆黒のドレスへと。短めだった髪は長くなり、腰まで伸びている。
色の濃い肌はそのままではあったが、緑色だった目は真っ赤に変わり、白目も黒く染まっていた。
その姿を前に、フレムバインディンフドルクは芝居がかった礼と共に祝いの言葉を捧げる。
「1000年ぶりの現世へのご帰還を心よりお祝い申し上げます、我らが主たる王女よ」
次回、第217話「魔王女グリセルダ」
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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