第213話「ちょっと根性叩き直してあげようしかしらぁ?」
「おいあれって、今話題になってるローレンツじゃないか?」
「あら本当、どうしてここにいるのかしら」
「向かい合ってるのはガルガンチュア隊長か、何か揉め事か?」
古着屋『神の家の衣装箱』から所変わって、王城内の近衛第3隊の訓練場にロザリア扮するローレンツとガルガンチュアの姿があった。
とはいえここは城の前庭に隣接する広場の一角なので普通に通りすがる文官やら女官が何人も見ていた。
柵の外側にはアデルにクレア、それに何故かルクレツィアの姿まであった。衣装を仕立て直すというので待っていたら急遽城に行くことになったというので、何事だと来てみたのだ。
「なぜお嬢様が絡むと、こういう揉め事にまで発展してしまうのでしょうか」
「まぁいつもの事だとは思いますし、一部はお姉さまがやらかした事にも原因がありますからねぇ……。
しかしああいう人たちって、どうして正体が良く判らない人に対して強気に出られるんでしょうね?あれって中身お姉さまですよ?」
「自分の立場や鍛え上げた力に自信があるのはもちろんでしょうが、それだけに自分の想像を超えた存在を想像できず、自分だけは大丈夫だと思ってしまうのでしょう」
「そんなものなのかなぁ……」
「ですけどお二方、本当に大丈夫ですの? あの人見た目はともかく私と同じ侯爵令嬢なのでしょう?」
ルクレツィアの疑問にクレアとアデルは微妙な笑みを浮かべるしかなかった。数ヶ月前にこの城の騎士団の一部を壊滅状態に追い込んだのは、まさにそのロザリアだったのだから。
「今から行われるのは決闘にあらず! 模擬戦だ! 使用を許可される武器は刃引きされた剣のみ!
この者は我が騎士団を侮辱する劇を恥ずかしげもなく上演していた!
だが! 我々はそれを罪には問わない! 1対1の勝負にて全てを決する事とした!」
ガルガンチュアは一見良い事を言ってるようではあるが、要は腹いせでボコる為に城に呼び出したという事では……?と周囲の何人もが思った。
「何やってるのよ第3隊は……、でもローレンツって劇とか以前に元々わりと強いって話よね?」
「劇をやる前から結構噂にはなっていたよなぁ?」
「あれで負けたら恥ずかしくない? いつも抵抗してこない一般人しか相手にしてないし」
と、城での評判も悪い。それにも心折れそうになるガルガンチュアだったが、そっちの評判もなんとかしようと必死なのだった。
『いやだから知らんし、ウチ関係なく前から評判悪いだけじゃん……』
「ぬっぐ……、お前!恥ずかしくないかあんな芝居を上演して!」
「何がどう恥ずかしいと言うんだ。騎士団を軽く扱ったのは多少悪いとは思っているが、正義が悪を下す清く正しい物語だろう!」
「あ……、いや確にそうだが! 売名行為だろうあれは! 絶対に負けない相手に対して芝居の上で勝って、更にはそれで商売をして儲けるなどと!」
ガルガンチュアは正直自分でも何を言っているんだろうと思った。要はただの八つ当たりである。まずあの劇ではグランロッシュ王国と言われているわけではなく、弱くて使えない騎士団と劇の中で言われ反応してしまった時点で自分自身に判定を下したも同じだったのだ。
「服とかを売ってる事か? あれは芝居を続けるにはどうしたって金がかかるんだよ、慈善事業ではやっていけないんだ。だいたい売名行為って、名前売ってどうするんだ、俺は名前売ろうなんて思ってないぞ?」
「嘘をつくな! お前は芝居の中だけで英雄になって、いずれは騎士団に召し抱えられたりを狙ってるんだろう!」
「おい、そういうのはこの国の魔法学園を卒業した時にだいたい決まるもんなんだろう? 俺は外国人だしその資格がそもそも無いと聞いたんだが?」
ローレンツの外見はやや色の濃い肌で異国人という事になっていた。魔法学園に留学してくる異国人もいるが、元々グランロッシュ国が魔法使いの育成に力を入れているだけに魔法を使える人材が多いのに対して、他国は人材がそもそも少ないので母国に帰ればいくらでも働く所はあるのだ。
「ぐぬぬ、言わせておけば屁理屈をこねおって!」
「どっちが屁理屈だよ! そもそも弱くて使えない騎士団とか言われて反応したって、お前自覚あったって事か?」
「貴様ー!」
勝負はもう始まっているとばかりにローレンツは相手を煽り倒す。その騒ぎは周辺にも広まっていたようでリュドヴィックやクリストフまでやって来た。
「何事だこの騒ぎは!」
「あ! これは王太子様! クリストフ様も! わざわざこのような所へ、本日はご機嫌も麗しく」
突然やって来たリュドヴィックと側仕えのクリストフに騎士団の若者が慌てて敬礼をする。
「能書きはいい、何が起こっているか簡潔に」
「いえ実は、あの者が今世間を騒がせております役者でして、我が騎士団を意図的に貶めているのでございます!ですので、少々、その成敗を」
「ああ、5人の義勇団がどうとかいう。いや待て、あいつは……。わかった、好きにしろ」
「は? え?」
「リュドヴィック様……、あれロザリア様ですよね?
話をまとめるとあの御仁、自分の部隊を壊滅させた本人に自分からケンカを売ったって事になりますが、知らない、というのは恐ろしいものですね」
「まったくだな……」
あっさりと静観をきめこむリュドヴィックとクリストフに兵士達は驚いていたが、いくら姿を買えていてもローレンツがロザリアだというのをリュドヴィックが気づかないはずも無かった。
「では勝負始め!」
ガルガンチュアの獲物は大剣で、軽々とそれを振り回す。刃引きをされていようが重量で叩き切る剣なのでまともにそれを食らっては怪我どころでは済まない勢いだった。
「ふうぅん!」
「踏み込みも力も弱い!」
だが大きな掛け声と共に振るわれたそれをローレンツは一歩も動く事も無く、やや長めの短刀で受け止めてみせていた。
いつも使っている魔杖刀には刃がついていないので、それを使用すると申告したのだ。
魔力で身体能力を上げられる魔法使い同士の戦いには体力差というものがあまり意味をなさず、いかに限られた魔力量をやりくりするかが勝負の鍵となる。
その駆け引きを鍛え上げた体力で埋めるか、魔力の活用に振るかが通常の騎士団と魔法騎士団の違いだった。
しかしそれは常識の範囲内の話であって、ロザリアの方はそんな駆け引きを膨大な魔力量でゴリ押して無視してしまえる。
「な、なかなかやるな、だが受けてばかりでは勝てんぞ!」
ガルガンチュアは受け止められたのは単なるまぐれだとばかりに、何度も何度も斬撃を繰り返してきた。だがその振られた剣も様々な強者を目の当たりにしたロザリアにとってはスローにしか見えない。
「振り回すだけでも勝てはしない」
ローレンツが一瞬で懐に飛び込んで短刀を振るうと、ガルガンチュアの大剣が真っ二つに斬られていた。斬れた端が飛んでその辺に転がる。
対して、ドワーフ製の逸品である魔杖刀は傷ひとつ無かった。周囲の観客からは感嘆の声が上がっている。
そしてローレンツはそのままガルガンチュアの喉元に切っ先を突きつけた。
「負けを認めるか?」
「な、あ、あ、あ、。か、代わりの剣だ!」
「なぁ、もうやめないか? どう見てもお前の負けだぞ」
往生際が悪いガルガンチュアにローレンツは呆れながら言った。だが、彼の方も今更引き下がるわけにもいかないのだ。
「う、うるさい、先程のは多少ナメてかかっていた、今から本気を出す。」
「勝負にナメてかかるも何も無いと思うんだけどな。わかった、俺も本気を出す。」
「ほほう? 本気出すとどうなるんだ?」
「こうなる」
突如、2人を炎の壁が取り囲んだ、幻影ではなく本物の炎の壁だ。
ロザリアはその中で認識阻害の魔石具を解除した。赤く長い髪が爆炎で煽られた風に舞う。
「え……?女?」
「武装展開」
劇でのセリフではなく、本来の(ロザリアが勝手に決めた)鎧の装着文句をローレンツだったロザリアが叫ぶと、腰に巨大なベルトが巻かれた。服装も騎士服風の姿から真っ赤なドレスになる。
更に胸当てが出現、腕や脚を守る部分装身具が自動的に装備されていく。最後にティアラのような兜が被さり、変身は完了した。
そこに立っていたのは、あの夜、ローゼンフェルド家が王城に殴り込みをかけて来た夜、騎士団をたった1人で壊滅させた悪夢の貴族令嬢その人が炎を背に立っていた。
「私に勝てたらお前に芝居の中で負けてやると約束したな?さぁ、私を倒してみせろ」
既に魔力刃をまとわせて極太の日本刀のようになった真っ赤な魔杖刀を構え、ロザリアは凶悪そのものの笑顔で死刑宣告をした。
「ぎゃあああああああああああああ!」
中から野太い悲鳴が聞こえたので何事かと周囲の人々が思っていると、唐突に炎の壁が消滅した。
そこには元通りの姿になっているローレンツと、うつ伏せになって頭を抱え込み、「ゴメンナサイゴメンナサイモウシワケアリマセン」と呪文のように唱えているガルガンチュアの姿があった。
「ごらんの通り俺の勝ちだ!これにてこの件は全て終わった!」
ローレンツがそう宣言すると、観客も何が何だかわかってはいないが、とりあえず決着がついた事だけは理解し、拍手喝采が巻き起こった。
「さてとだ、ガルガンチュア隊長だったか?立ちたまえ」
「……へ?もう終わったのでは?」
「そのつもりだったが気が変わった。騎士団の詰め所に案内しろ、全員の性根を叩き直してやる」
「は?え?」
ローレンツは問答無用でガルガンチュアを引きずって歩き出した。さすがにその行動は見過ごせず、慌ててリュドヴィックが止めに入った。
「お、おい、ロザ……ローレンツだったか?それくらいにしてやれ」
「おおリュドヴィック王太子殿下! わざわざ痛み入る。だがそういうわけにはいかない! 彼にはこの王都を守ってもらわないといけないんだからな!」
そう言うとローレンツは有言実行とばかりにガルガンチュアを引きずって行く。
片手で自分の背丈の倍ほどもある大男を引きずっていく姿は中々にシュールで現実感の無いものだった。
「よろしいのですか? リュドヴィック様……」
「まぁ……、放っておこう」
あまりのシュールな光景に、リュドヴィックは現実逃避する事にした。
尚、ロザリアはこの後も後々ローレンツとして、最後には面倒くさくなってロザリアとして騎士団や近衛兵の詰め所におしかけて根性を叩き直したり自分の技の実験台にしたりしていた。
それは王太子妃になっても続き、リュドヴィックが国王となる頃には裏騎士団長などと呼ばれ、女性が正式に騎士として認められる原因になったりするのだが、それはまた別の話である。
次回、第214話「やっぱ戦隊にはロボが付き物よねー!」「まだ諦めてなかったんスかそれ……」
読んでいただいてありがとうございました。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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