第210話「お金が……、資金が……」「興行は計画的に」
「舞台ってお金かかるのね……」
「資金源がお姉さまと私のお小遣いだけっスからねー」
古着屋『神の家の衣装箱』ではロザリアとクレアが現実の無情さに打ちひしがれていた。
『いやマジで漫画とかで見るー、お金に羽根が生えたかのように飛んでいく系の表現、あれってガチだったんですけどー』
ロザリア達が劇を始めて第三話を終えた時、ロザリア達のお財布の中身も命を終えてしまっていた。
衣装や小道具やら何やらでは安く抑えたものの、シモンやサクヤ達への報酬として杖やらをドワーフ工房に発注した費用やら、
ステージを設営する為に業者に依頼していた費用やらで毎話ごとにかなり費用がかかってしまっていたのだ。
もちろんロザリアのお財布を管理しているアデルも注意はしてはいたが、
「これは必要なものよね?」とロザリアに聞かれるたびに、真っ当な必要経費なだけに許可を出さざるを得ず、積もり積もった金額がついに限界を迎え、気づくと資金が尽きていたのだ。
アデルはそもそも護衛が主任務なだけに、金銭関係のマネジメント能力はそう高いわけでもないのだ。
無論、ロザリアもそれほど無計画だったわけというわけでもない、一応、グッズを色々作ろうとしたのだ。
前世の女子向けグッズの記憶を参考に定番の小型のぬいぐるみ、様々な小物を用意はして販売した。
しかしいかんせん製作する人手が孤児院の少年少女達だったり、素材も古着を解体したり安めの布を買ってきたものだったりするのでクオリティに満足行くものではなかった。
なのであまり値付けを高くもできず生産数も少なく、おまけにそれでも売れてしまうので常に在庫不足なのだった。
『作ってる子達いくら増やしても作る数増やせないしさー、値段あんまり高くしてもねー。ウチ的にはあんまりボッタクった金額付けたくないんですけどー』
仕方がないので劇の終わりに『衣装提供:神の家の衣装箱』の名前を水画面にCMとして挙げているので、グッズは呼び水と割り切ってこの店の売上げが伸びればその分を分け前として配分を見直そうとはしていた。
確かに客は増えた。しかし訪れた人はいわば『五星義勇団のグッズ』が欲しいわけで、そういったものが無いとわかると何も買わずに店を出ていってしまう。なので今は店内に無駄に人が多いだけで、あまり売上が伸びないという状態だった。
「うーん、この店の売上げが伸びればそれで良い、と思ったけどそう簡単なものでもないのねー。この店でグッズ作るにしても種類にも量にも限界があるし」
「っていうかお姉さまー、周りの店が勝手にそういうの作っちゃってるんスけど……」
著作権保護など無いこの世界では作ったもの勝ちだった。どの店も勝手にグッズを作って販売しており、ヒット商品が出るとそれを真似て他の店がまたグッズを作るというイタチごっこになっていた。
なので広場は活況を呈していたものの、肝心の古着屋の売り上げは伸びていないのだ。
特撮系番組につきものの男児向けグッズを作るにしても、この世界ではプラスチックはまだ開発されていないのでなりきり玩具を安く作ることもできない。
木を削ったり等の手段は取れなくも無いが、そういう玩具は子供たちが自分で作ってしまっていた。廃材をどこからか持ってきたり棒と組み合わせてそれっぽいものを作るのは、むしろこの世界の子供達は得意なのだ。街のあちこちで『五星義勇団グランフォースごっこ』をしている姿を見かけるほどだ。
なのでクオリティが上げられないのであれば子供向けの玩具は作りにくい状態だったのだ。
「お嬢様が無計画とは言いませんが、少々見通しが甘かったですね」
「お姉さまー、どうします? 公演を中止しますか?」
「うーん、でもねー、始めちゃったものはきちんと終わらせないと、一応全10話くらいで終わる予定なんだしさー」
「とはいえお嬢様、先立つ物が無いのではどうしようも無いでしょう、資金が貯まるまでは延期するしか無いのでは?」
学園生ギルドでの仕事をこなせば又資金は貯まる、しかしそれでは次の公演まで時間が開いてしまって折角付いたファンを逃がしてしまう。
「話は聞かせていただきましたわ!」
突然、侯爵令嬢のルクレツィアが店に入ってきた。どうもタイミングを見計らっていたらしい。その後ろには店員らしき人も従えている。
ややこしい時にややこしいのが来た……と、アデルは思ったが、顔には出さない。店長のソフィアもこの店って変なのが結構ひんぱんに来るわよね……、と遠い目になっていた。
『いやホント、アピる為か知らないけど何なのこのタイミングの良さ、ウチ今あんまり他の事構ってられないんですけどー?』
「やはり、あの劇は貴女が絡んでいたのですわね? よろしいですわ、この私が貴女方の苦境を救ってみせましょう!」
「いや、みせましょう、って言われてもそう簡単にはいかないと思うんだけど……」
前のめりで鼻息荒いルクレツィアにロザリアはやや引き気味になっている。ロザリアとて前世の記憶から様々な商品を思い浮かびはしたが、この世界では再現が難しいので大半を諦めていたのだ。
だが、ルクレツィアはあっさりとその再現をやってのけていた。
「これをご覧下さいまし」
ルクレツィアが自身の店員に指示して運びこませたのは五星義勇団の衣装だった。しかもかなり小さい。
「私の店で作らせましたわ! 子供向けの衣装ですの」
「うわすっげ、そっくりに作ってあるっスよお姉様!」
「というか、私達の舞台衣装よりしっかりしてない?」
ロザリア達が舞台で着ていた衣装はこの店で仕立て直したものなので、舞台劇なので観客は遠目から見るという事から細部の粗は目をつむっていたのだ。
しかし、目の前の子供向け衣装はきちんと縫製されおり、むしろ舞台衣装よりもディテールアップされて豪華だった。
さすがに全てを刺繍等で再現はしていなかったものの、きちんと切り抜かれた文様を縫い付けてそれらしくしてある。
「これって、ルクレツィアさんの店で売ってる衣装と同じ大量生産なの? これが何着もある感じ?」
「まさにその通りですわロザリア様!子供向けなら皆すぐ大きくなってしまうので細かい寸法にはあまりこだわらないはず、10種類くらいの大きさをそろえれば、主要な購入層である5~8才くらいの子供を全てまかなえますわ!」
しっかりと観客の年齢層をチェックしてどの世代の子供が多いかリサーチしていたらしい。その中からサイズを最小限に絞ったとの事だ。
「凄い、周辺の店でも似たようなのをちらほら売ってますけど、ここまでのは見た事無いです」
「お値段はちょっといたしますけど銀貨24枚になりますわね」
ソフィアが言うように周辺の店舗が勝手に売っているグッズの中には所謂なりきり衣装もあったが、ミシンなど無いこの世界では手間暇かかる為かどうしても数が少なくて高価になり、今ひとつ売れないようだった。
とはいえ、ルクレツィアの提示した価格も日本円で4万8000円程になり、子供向けとしてはなかなかの金額だった。
「高っか……」
「う、うーん……、子供向けにその金額は厳しくない? 子供ってすぐ大きくなっちゃうし、着れなくなるわけでしょ?」
「そう言われると思って廉価版も用意いたしましたわ、こちらですの」
価格にドン引きするクレアや、難色を示すロザリアだったが、それならばとルクレツィアは次の商品を取り出してきた。
ルクレツィアが次に出してきたのは、刺繍や布の縫い付けによるものではなく、染色によるプリント絵でそれっぽく作った簡素な子供向けの服だった。
「いつかこのような服を大勢の人が着る事になるはずですの。でも技術を開発したのはいいものの売れる商品が思いつかないままだったのです、そこへ貴女達の劇を見てひらめきましたわ!これなら銀貨2枚で売り出せますの」
こちらは既製服の大量生産を目指しているルクレツィアならではの技術であるが、刺繍に慣れているこの世界の人にはプリント柄が安っぽく見えてしまうので敬遠されて受け入れられていなかったとの事で、この技術を広める為にこの服を作ったのだとルクレツィアは夢を見るような目で語る
廉価版なだけに日本円で4000円という金額も、子供向けとしては少々高いが十分許容範囲だろう。
「すっげ……、この人時代を何百年先取りしてるのかしら……」
「もちろん、タダでこれを売らせてくれ、とは言いませんわ。こちらの商品をしかるべき金額でこの店に卸させていただきます。その売り上げでどうかしら?」
あっけに取られるロザリアにルクレツィアは自信満々で提案する。その内容も商売をしているだけに著作権の概念を理解しているようだった。
ロザリアにしても資金を稼ぎたいので渡りに船だった。さっそくルクレツィアと契約を結び、服を卸してもらう事になった。
また、舞台最後の提供の所にもルクレツィアの店名を入れる事で合意した。
ふと、ロザリアはとある事を思いつく。
「……ん? ねーねー、ルクレツィアさーん、この染色技術って紙とか板にもできるのー?」
「な、何ですの突然そんな声出して。ええ、できましてよ。素材や色には多少制限はありますけれど」
「それでそれでそれでールクレツィアさーん。ついでに聞くけどー、透明で柔らかいけどー、それなりに強くてー、薄い板に加工できる素材に心当たり無いかしらー?」
「ですから何ですの? その声は……。いえ、ありますわ。とある魔獣の体液を加工するとそういう物を作れますわね。
服のボタンを作らせたら面白いのではないかと思ったのですが……、いかんせん見た目が安っぽい上にやっぱり今の服の様式に合わないのよねぇ」
ぼやきながらのルクレツィアの言葉にロザリアは内心叫びたい気分だった。いける、これだけの材料が揃えばあれが作れる。アクスタが、というかアクリル系のグッズ諸々が。
次回、第211話「ソフィアてんちょー、この店変な人ばっかり来るんですけどー?」「ローズさん……、あなたがそれ言います?」
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