第207話「あの……、ごっこ遊びじゃない演技って凄い痛いんスけど……」
舞台劇『五星義勇団グランフォース』の開催の日となった。既に会場となっている第二広場には子供連れの観客が何人もやって来ている。
前日までにロザリアが例の「赤い銀仮面」の格好で王都のあちこちでチラシを配って宣伝したのだ。
既に知名度はあるだけに、チラシはあっという間に無くなって口コミで十分な集客は見込めた。
チラシには『赤い銀仮面の素顔が見れるよ!』と書いてあったのが効いたのか、観客には若い女性もかなり多かった。
座席は用意できなかったので皆石畳の上に座るか立ち見になる。
劇が上演されるのは広場中央の巨大噴水をぐるりと半周するように設置された舞台で、背景となる書き割りは無く、噴水がそのまま見える。
舞台の両端には小部屋と垂れ幕がかかっており、そこが舞台袖や控え室になっている。
「うっわー、結構な人が集まってますよ?100人くらいかなぁ」
「良いじゃないか、こっちもやる気が出てくるよ」
舞台袖で会場をチラ見して不安そうなクレアとは裏腹に、ロザリアは既に男役になり切っている。
《それでは、只今より上演いたします。噴水にご注目下さい。》
ナレーションは噴水の向かいの店『神の家の衣装箱』の店中から店長のソフィアが魔石具を通して行っている。
「クレアさん、それじゃお願いするよ」
「はいはい、お安いご用っス」
観客が見守る中、クレアが水を操ってバレーボール程の球体を噴水の水面から打ち上げた、当然、観客の多くがそれにつられて上空に注目する。
水球は上空で弾けて霧のようにそこに水が漂う。すると、そこに光の筋が炎を纏いながら字を描き始めた。
この国の言葉で『五星義勇団グランフォース』というデザインされた文字が空中に浮かび上がるように描かれると、観客から歓声があがった。
これは事前にロザリアとクレアが魔力を使って空中に描いていたものを撮影し、新開発の魔石具「射映機」で霧に向けて投影したものだ。
やがてタイトル文字が消えると、そこに火球が発生していた。
「おーっほっほっほっほ! 私は魔界の女王アンブロシアよ! この世界をいただきに来たわ!」
広場どころか、王都に響かんばかりの高笑いが響き、火球が巨大化して弾けると真っ赤な衣装の女性が空中に浮かんでいた。
真っ赤なドレスに黒い装飾の付いた銀色の鎧、背中には炎の形の翼飾り。
髪も真っ赤でアイラインやリップも毒々しい赤のその姿はまさに悪の女王といった風格だ。
こちらも事前に撮影していたロザリアの姿ではあるが、風魔法を利用して声量を挙げているのでかなりの迫力である。
子供達の中には、既に母親にすがりついている子もいた。
観客が上空に気を取られている間に、クレアは噴水の水を操作して高さ数メートルの壁状に持ち上げる。
それは舞台の書き割りのような役割を果たしていた。その水画面に王都の街並みが映し出されると空中のアンブロシアが手をその街並みに向けて振り下ろした。
映像の中では王都の街並みに流星のように火の玉が降り注ぎ、爆発が起こっている。その様子はまるで実際に遠くの街が燃え盛るようであった。
「おーっほっほっほっほ!」高笑いするアンブロシアの声に重なって、悲鳴と建物が燃える音が響く。
それは映像だけで、実際に被害に遭っている訳ではないと分かっていても観客は息を飲んで見守っている。
「騎士団は何をやっているんだ!」「真っ先にやられました!」「被害甚大!繰り返す!被害甚大!」
そんな音声もナレーションと同じく流されている。声が少々幼いのは孤児院の年長の子が演じているからだ。
「待て! お前の好きにはさせない!」
舞台中央に飛び出して叫んだのは、青い衣装に身を包んだクレアだった。
「ちじょうのあいとへいわはぼくたちがまもるー」
物凄い棒読みと共に舞台袖から出てきたのは、黒い衣装に身を包んだアデルだった。
「アドルさん! もう少しやる気を出してくださいよ!(せっかく変装してるんですから)」
「うるさいぞくれすぼくはきけんなことはきらいなんだ(どうして私がこんな事を……)」
クレアの言う通り、2人とも認識阻害の魔石具で15~16才前後の少年の姿に変わっていた。
衣装もそれぞれ騎士服風で各担当色のものを着ており、髪と目の色もクレアは水色っぽい青で、アデルは黒のままではあったが、少年っぽい髪型になっている。
クレアはクレス、アデルはアドルという役名を名乗っていた。
「ほほう? 何だ? お前たちは?」
アンブロシアはいかにも悪者らしい笑みを浮かべながら興味深そうに言った。こちらの方は迫真の演技だ。
「我らは五星義勇団! お前の好きにはさせないと言った!」
「ちじょうのあいとへいわはぼくたちがまもるー」
「ふっ、させないと言うなら止めてみな!はぁっ!」
アンブロシアが手を振り下ろすと、今度は本当に手から炎の弾が打ち出され、舞台上で火柱が上がる。
舞台上の○を描いた所に向けて放たれ、熱も衝撃も感じない見かけだけのものではあるが、クレスはいかにもそれっぽく避けて舞台上を転がる。
「(痛い痛い痛い! 木の床はやっぱり痛い!)」
アデルはというと、直立不動のまま一瞬で場所を移動し見事に避けていた。
「うわー、なんていりょくだー」
声も見事に棒読みだった。
「あーもう! 着装!」
「ちゃくそー」
本当にやる気が無さそうなアドルをこれ以上しゃべらせるとまずいと、クレスはアドリブでお話をちょっと早める事にした。
ネックレスを隠すようにポーズを取ってドレスアーマーを展開した。
アデルもさすがに空気は読むので、同様にチョーカーを隠すように微妙にやる気の無いポーズで鎧を展開する。
ここは普段どおりに鎧を纏っているだけなのだが、当然一般の人はそういうものがあるとは知らないので変身しているようにしか見えなかった。
尚、その模様は噴水の所の水画面にも拡大されて映し出されている。
2人共懐から取り出した仮面を顔に身に付けて変身は完了し、観客からはおおーっという歓声が沸き上がる。
「悪を切り裂く蒼き疾風の刃!ブルークレス!」
こういうのは中二病気質と馴染みやすいらしく、乗りに乗ったクレアが考えた2つ名とポーズを取って腰から杖を引き抜き、名乗りを上げた。
「あくをふんさいするくろきだいちのやいば、ぶらっくあどるー」
対してアデルの方は棒立ちのまま背中から斧を取り出し、構えるだけで棒読みの名乗りを上げた。
練習でもどうにも各個人のやる気はバラバラで、「いっそその方がそれぞれの個性が出て良いじゃないの」
というロザリアの意見でそのまま押し切ったのだ。強行したとも言う。
ちなみにアデルの魔力属性は本来地属性なのだが、どういうわけか極端に無属性に近いので普段は属性魔法は使わない、というか使えなかった。
圧倒的な戦闘力ゆえに全く支障は無いが、本人もそれを少々気にしているようなので周囲はあまりそれには触れないという暗黙の了解となっている。
「アドルくん可愛いー❤」
尚、見ているお姉さま方にとってはそのやる気の無さがツボにはまるようで、さっそく歓声が上がっていた。
「(どうしてこれで好評なのですか……)くらえせいぎのやいばー」
「我らがいる限り地上の平和は汚させない!」
2人が振りかざした獲物から見かけだけの光線が発射され、空中の女王の映像に直撃する。だが、女王に効いた様子は全く無く、映像が多少乱れただけだった。
「そんなーわれらのこんしんのいちげきがー」
「なんて強さだ!(アデルさーん……)」
「クククク……、私にそのようなものは効かぬわ! お前達の相手などこいつらで十分よ! いでよ!」
芝居がかった仕草とセリフと共に手を挙げると、クレスやアドルが出てきた舞台袖とは反対側から、邪悪っぽい衣装に身を包んだシモン達が登場する。
「ふふふ……」
「くくくく……」
「は――っはっはっは!」
「その者達はわが配下、3鬼将よ。お前たち、この地上の侵略は任せたぞ」
悪役らしい高笑いを残してアンブロシアは舞台上空から消え去った。元々アドリブが効かない上に録画時間も限られるのだ。
シモンの衣装は黒を基調としたもので、マントを着けている。名前はブラドとなっていた。長い銀髪が背中で揺れる。
カティアは赤い髪をアップにしてまとめており、髪の色も赤だった。
名前もカリタとなり、こちらは女性型戦士といった感じで胸当て付きの軽装の服にロングスカートという格好をしていた。
エリナはというと、ティリカという名前で魔法使いのローブ姿になっていた。異様にテンションが高く、金髪はショートカットになっている。
三人とも顔はヘルメットのように頭を守る兜に覆われ、口元だけが見えていた。
「女王様の許しは頂いた。地上の征服の前にまずはお前たちからだ!」
「はあっ!」「やあ!」
全員魔法が使えるので魔法を撃ち合えば良さそうなものではあるが、さすがにそこまで舞台は広くないのでそれぞれ己の武器で切り結び合う。
ブラドは巨大な剣、カリタは槍型、ティリカは禍々しいデザインの、それぞれの杖を取り出す。
クレスは杖を取り出すが、アデルの斧は木製ゆえに殺陣には使えず、いつものように籠手を巨大化させて胸の前で打ち合わせる。
「おほほほ!ぶさまねぇ!」「我らに勝てると思っているのか!」「うーわー、なんてつよさだー」
アデル相手には2人がかりなのだが、どうにもノリの悪いアデルは棒立ちのまま巨大な篭手の腕さばきだけで2人の攻撃を完璧に捌き切っている。
正直セリフとは裏腹に全く危機感が無かった。とはいえそれは殺陣の経験など無いクレアも似たようなものでは合ったが。
「(アデルさん! 気持ちはわかりますがもう少しやられてる感出して下さいよ!)」
「よそ見をしている場合か! これで終わりだ!」
ブラドが光のみの魔法を使うと、クレアは後ろに吹っ飛んだふりをして舞台の床の上をごろごろ転がっていくがかなり派手な音がしている。
「(痛ったー! 痛い痛い痛い! ひねった! 地面で打った所凄い痛い! あとで治癒魔法だなぁーこれ)」
ふっとばされる芝居だけでも物凄く痛い。さらに変に転がったので鎧の出っ張った部分で身体をひねり、関節技をかけられたような痛みが走る。
こういうのにもテクニックって要るんだなぁとクレアは倒れたまま妙な感心をしていた。
アドルは「うわー、なんていりょくのまほうだー」とふっとばされた演技をするが、どう見ても華麗にステップを踏んで後ずさったようにしか見えない。
「くっそぉ……、2対3だけでも厳しいってのに、仕方ない、これを!」
「やめろそれはきけんだくれすのまほうりょくだけではつかいこなせない」
クレスが腰から取り出したのは赤い刀形の杖だった。杖とはいっても大型の短刀並の大きさなので武器にしか見えない。
「今ここであいつらを始末しないと、とんでもない事になる!」
と、クレスは真面目に芝居を続け、刀と杖を2刀流のように構え、3人に切りかかっていった。
「ほほう、これが切り札か? ただの片刃の剣ではないか」
「武器が倍になったくらいで我らに勝てると思ったか!」
「は――っはっはっは!こんなのがこの世界で最強の戦士なのか?」
1,2度刀を打ち合わせるが、あっさりと反撃されてクレスは膝から崩れ落ちた。手から鈍い音を立てて魔杖刀が床に落ちる。
ちなみにアデルは焦るでもなく棒立ちだ。
「くっそぉ……、この剣に選ばれた者さえ見つかれば……」
「何だ?人数不足のまま我らに歯向かってきたのか?」
「我らもナメられたものだなぁ」
「は――っはっはっは!」
ブラドが手の平に魔法力の光を溜め、倒れているクレスに放とうとした時、
「待て!」
突如噴水を突き抜けて飛来してきた魔法弾がブラドの手の平に当たった。
「(痛ってー!)何者だ!」
ブラドを演じるシモンは手の平の上の魔法力を自爆させて一瞬の光で観客の目をそらさせた時、噴水の上に1人の少年が立っていた。
赤みがかった金髪に意思の強そうな赤い目の少年は、いかにも正義感が強そうだった。
「はい待ったー、ケンカは良くないぞ!暴力は最後の手段だ!」
次回、第208話「争いなんてくだらないぜ!俺はこれ以上ごめんだ!」
1話に収まらない……!
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基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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