第202話「異世界ヒーロー誕生、ってウチ女子なんですけどー」
「お、おーほっほっほっほ!」
王都の広大な貴族屋敷の庭園に少女の高笑いが響き渡る。
高笑いするのは真っ赤な髪に真っ赤なドレスの、いかにも悪役といった貴族令嬢だった。
真っ赤なドレスの上には黒い装飾の付いた銀色の鎧を着ており、背中には炎の形の翼飾りが付いている。
高く掲げた手には炎を模した剣を、もう片方には炎が描かれた盾を持っていた。
その高笑いは見た目に反してぎこちなく安定せずまだ照れが残っている。先程から何度も繰り返している事から何かの特訓のようだ。
「お姉さま! 元のゲームボイスではもっとキレがありました! もう一度です!」
そしてその悪役っぽい令嬢に特訓(?)相手の少女が檄を飛ばす。ピンクブロンドの髪の主人公っぽい美少女だった。
こちらの少女もまた青いドレスのような服の上に、金色の装飾も華やかな白銀の鎧を身につけていた。手には細身の杖のみを持っている。
「おーほっほっほっほ……!」
お姉さまと呼ばれた少女は、何とかテンションを高めようとしていたが今一つであった。顔も赤い。
「まだ照れがあります! もっとテンアゲで! ワンモセッ!」
美少女は容赦なく令嬢に対する特訓を続ける、見ていて正直意味がわからなかった。屋敷の侍女や使用人たちも困惑しており、中には死んだ目で見ている黒髪の侍女もいた。
「おーほっほっほっほ!」
「あなたは悪役になると決めたのでしょう? あなたは世界最強の悪役になるのです! 子供だましで子供はだまされませんよ!」
特訓の様子をいかにも王子様、といった風情の男性がちょっと離れた所のテーブルから見守っていた。令嬢を観る目は何故かこれ以上無く甘い、その王子を見る屋敷の面々の目は生暖かい。
「お――ほっほっほっほ!!」
「仕上がってるよ! 仕上がってるよ! お姉様の高笑いキレてるよ!」
だんだん令嬢と少女の息が合い始め、高笑いも天まで届かんばかりに響き始めた。
もはや何の特訓かも原型を留めていなかった。そして、言いたくはなかったが青春っぽかった。
言うまでもなく悪役っぽい令嬢はロザリアで、相手の少女はクレアだった。
ロザリアとクレアがこのような特訓(?)をしている原因は数日前に遡る。
「おやローズちゃん出勤かい?」
「そでーす。ウチの店をヨロ~❤」
王都のタウンハウスから第二広場の店までの出勤は馬車を使うと目立つので徒歩が常だった。
既にローズの格好になっているので話しかけられる事も多く、その道すがら様々な人達と気の置けない言葉を交わすのもロザリアは好きだった。
アデルはというと、真横にいてはローズがロザリアとバレかねないので時に認識阻害の魔石具を使ったり屋根の上を走ったりしてロザリアを護衛している。
”ローズ”も今やそこそこ顔が知られているだけにいつ危険な目に遭うとも知れないのは心配だったが、ロザリアが楽しそうなので少々護衛しにくいのは目をつぶっていた。
とにかくロザリアはトラブルに何故か巻き込まれやすい。ローズとしてナンパされるのはもはやお約束で、
中にはローズの見た目から性に奔放と思い込まれてしつこく迫られ、さすがに相手の言動が失礼過ぎるのでブチ切れ、ボコって衛兵に引き渡した事もあった。
逆に絡まれている女の子を助ける事もあったりして、どうしてトラブルに自分から突っ込んでいくんだろう……、とアデルはその度に頭を抱える。
とはいえ、毎回毎回そんな事に遭遇されては運命を呪いたくもなるが、今日は特に何事もなく平和に過ごせそうだと思っていると、
突然馬車が突っ込んできた。「いやどうしてですか!」
とはいえ、今のロザリアは貴族令嬢とはいえ魔力強化で常人の何倍もの筋力を出せる上に、かなりの反射神経なのであっさり避けた。
本人いわく、『前世の鍛錬で得ていたものがようやく今の身体に馴染んだ』との事だ。
既にロザリアの側まで来ていたアデルは安堵するが馬車の方は止まらない、馬が何かに驚いて暴走したのだろう。かなりのスピードで往来を暴走していく。
「おい危ないぞ!逃げろ!」
見ると、通りの真ん中で子供がどうして良いかわからず固まっていた。
「危ない!助けないと!」
「おじょ……ローズ様!ローズ様が助けると色々と面倒な事になります!私が!」
アデルは止めるが、一秒を争うこの状況では瞬発力が上なロザリアの方が止めるしか無かった。
「あーもう!ウチだってバレなきゃ良いんでしょ!」
ロザリアは駆け寄りながら魔力による身体強化で一気に跳躍する。
「うわあああああ!」
少年の悲鳴が響く中、誰もが助からない、と思ったが予想されたような衝撃音は起こらなかった。
見ると、少年の前に赤い服の人物が立ちふさがり、両手で2頭の馬を抱えるようにして受け止め、踏ん張って食い止めていた。
その人物は身体にフィット気味で真っ赤な騎士服に身体の各所を守る軽装の鎧を着用している。顔は頭全体を覆う銀色の兜のようなものを被っており、長い後ろ髪は赤みがかった金色だった。
「早く! その子をどこかへ!」仮面で反響しているのか、その声はしゃがれたように聞こえる。
「おいこっちだ! こっち! 動けねぇのか! おい抱えろ! 連れて行くぞ!」
少年が2人がかりで近所の人たちに連れて行かれたのを確認すると、その赤い人物は馬具を掴んで軽々と馬を持ち上げた。馬車の前半分まで持ち上がってしまっている。
馬は足を激しく動かしてもがくが、足が空を切るばかりで意味をなさない。突然、馬が軽い痙攣とともに動きを止めた、そして赤い人物の耳元で声がする。
『お嬢様、この馬の意識は刈り取りました。しばらくは気絶しています』
もう一人の姿の見えない人物が、掌から魔力波を脳にぶつけ、軽い脳しんとうを起こさせて気絶させたのだ。
赤い人物はゆっくりと馬を地面に下ろすと、馬の呼吸がしているのを確認して手を離した。周囲は感嘆の声と共に、拍手や称賛の声が上がった。
わりとノリが良いのか、手を挙げてそれに応えながら少年の元へと歩いていった。
「大丈夫かい?怪我は、無さそうだね」
「あり、ありが、とう。あの、あなたは?」
「名乗るほどの者じゃないさ、無事で良かった」
そう名乗ると、赤い人物はほんのわずか身体をかがめ、次の瞬間、わずかな風と共に姿を消した。
「ってな事があったってワケ」
「ローズさんちょっと出勤が遅かったと思ったら、そんな事してたんスか」
「クレア様、口調。しかしあの鎧、ずいぶん器用な事ができたのですね? 鎧の一部で仮面付きの兜まで作れるとは思いませんでした」
「あーね。ウチの魔力が馴染んだのか、その気になったら片手だけ鎧を出す、みたいな事もできるみたい」
「でもその子が助かって良かったっスね。ローズさん正義の味方そのものじゃないっスか」
「でしょー! ウチもさー、こういうのいっぺんやってみたかったんだよねー!」
「まぁ、正体を隠して少々人助けをするのはむしろ称賛すべき事なのでしょう。日頃からあの格好で事件を探して街を徘徊する、となると考えものですが」
「さすがにウチもそんなヒマじゃないよー」
アデルは少々あきれながらも人助けを褒めつつ釘を刺すという器用な事をするので、ロザリアは苦笑するしかなく、皆も笑うしかなかった。
だが、皆で笑ったようにはならなかった。ロザリアはそれ以降も街中でトラブルや事件に居合わせると、
仮面の状態ならアデルに止められないのを良いことに、何度も人助けをした。
元々前世の『のばら』が子供向けヒーロー番組が好きで人助けをためらわない性格だったのもあって。
ロザリアはこのちょっとした正義の味方行為をそれなりに楽しんでいた。
次回、第203話「よし、メンバー集めよう」「また何を始める気なのですかこの人は」
読んでいただいてありがとうございました。
実はこの章の冒頭がこの小説で真っ先に思いついた光景でして……。
そこから逆算したらどういうわけかあの第一章ができてしまい、今に至ります。
路線変更したわけではなく、単に私のお話づくりがいろいろおかしいだけなのです……。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
いいね・感想や、ブクマ・評価などの
リアクションを取っていただけますと励みになります。
作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。