第198話「精霊郷」「魔宝石欲しいだけなのになぜこんな所まで来る事になるんだ」「だんだん嫌な予感しかしてこなくなってきた……、逃げようかな」
「というわけで、水の神王獣を紹介して欲しい」
リュドヴィックはドワーフ王国から即神王の森を訪れ、ウェンディエンドギアスの館に風の神王獣オラジュフィーユを訪ねていた。
こういう時のリュドヴィックにはプライドという物が無い。まず自分が王族というのにも実は思い入れは薄い。むしろ目的の為には手段を選ばず、誰かに頼る事で楽ができるならこんなに良いことはないとすら思っている。そのあまり悪びれなさにオラジュフィーユも呆れていた。
「また唐突だなお前は。我らは確かに色々協力するとは言ったがな、それはあくまで闇の魔力や世界の崩壊絡みであって、お前のそれは思い切り私利私欲だろうが」
「わかっている、だからこそこうしてお願いに来たのだ」
リュドヴィックは深々と頭を下げるが、形だけなのが見え見え過ぎて、いい性格してるなこいつ……、とオラジュフィーユは内心思う。さすがにその心情がわかりすぎるだけに、ウェンディエンドギアスも苦笑しながらフォローをする。
「まぁ良いではないかフィーよ、こやつもこれまで色々と手助けしてくれたからな。地の神王獣の発見や復活にも関わっておったようだし、何より王太子に恩を売っておいて損は無いぞ?」
「あー、もう、贈る相手があの嬢ちゃんじゃなかったら絶対断ってたぞ」
オラジュフィーユはぶつぶつ言いながらも協力する気になったのか恐らくは門を開くべく館を出た。
「門を開くからついてこい、あいつなら精霊郷にいるはずだ。火竜でなくて良かったな、あいつなら火山の中に行かないといけなかった」
「だからと言って水の中に行かないといけない、というわけではなかろうな……、さすがにずぶ濡れになるなら心の準備が要る」
「心配するな、精霊郷はこことは似た感じの所だ。火竜だけが変わってるんだよ」
地の神王獣もかなり変わっていたと思うが……?とリュドヴィックは思うが、さすがにそれを口や表情に出す事はしなかった。
「まぁゆっくりしてこい、向こうはこちらと時の流れが全く違うからな。下手な所に迷い込まない限りは向こうで10年過ごしてもこちらでは1瞬だ」
「リュドヴィック様が行くならついていきますが大丈夫かな、まさにおとぎ話の世界だな……」
ウェンディエンドギアスは同行せず、クリストフは好きにしろとの事だ。だがそのクリストフでも時間の進み方のズレを聞かされるとさすがに尻込みした、はたして何瞬で帰ってこれるのか。さすがに文句の1つも言いたくなる。
リュドヴィックが案内されたのは、館の側の広場のような場所だった。オラジュフィーユが手を振ると辺りの木が動き始め、絡み合って門のようになるとその向こうが暗くなった。ドワーフ王国から神王界へ行った時も門を召喚していたが、神王獣達のそれは魔力を全く感じさせない。
「魔法とは違うのだな、神王獣達は皆こういう力を使えるのか?」
「とはいえどこにでも行けるわけじゃない。神王界という異空間を通って同胞のいる所に行けるだけだ」
オラジュフィーユによると神王界というのは必要に応じて使用するかなり限定的な空間で、神王獣達は精霊の管理を任されている事から普段は人間界の世界各地で生活しているのだという。ちなみにオラジュフィーユが使ったのは森羅万象の生物、主に植物を操作する力らしい。
門の中は前回と同じく暗い通路にはなっているが今度は直接精霊郷に向かうとの事だ。
「リュドヴィック様、そろそろ妥協しておかないととんでもない所に行き着きかねませんよ」
「そもそもこの話はお前が持ってきたんだろうが……。私はロザリアの為の宝石を探してるだけなんだが」
リュドヴィックにしてみればちょっとしたこだわりなのに、なぜ文句を言われなければならないと不満げだ。
そうこうしているうちにも視線の向こうに明かりが見え、出口が近い事を教えてくれる。
そして視界が開けるとそこは、一瞬元の神王の森に帰ってきたのかと錯覚するような風景だった。
「ここは……?」
「精霊郷だ。まぁお前には神王の森と区別はつかないだろうが」
オラジュフィーユの言う通り、そこは神王の森の中と似た雰囲気の場所だった
空は太陽が無いのに光に満ちており鳥も飛んでいた。
だがその空にはいくつもの岩が浮遊していたり、その島ほどもある岩から滝が流れ落ちたりもしている。
違うのは周囲が森ではなく湖畔の草原である点だ。そして遠くに見える山の形からして神王の森近くではない事がわかる。しかもその山は雄大というより山脈で荘厳と言うべきというほか無かった。
その山脈の山頂付近の空から何か巨大な生物が舞い降りてきた。その姿は竜に似ているが鱗ではなく羽毛に覆われており、背中からは鳥に似た4枚の羽根が生えていた。だが頭や手足は明らかに竜のもので、巨大な鳥では無かった。リュドヴィックは一瞬緊張したがオラジュフィーユは気にした風もなく迎える。
「おー風竜、久しぶりだの、どうした突然」
「いや大した事じゃない。ちょっとした用を済ませにきただけだ」
その竜(?)はオラジュフィーユと世間話をすると又飛び去っていった。リュドヴィックはというともう目の前の光景だけでも色々と想像の範疇を超えてしまってぼうぜんとしている。
「い、今のは……?」
「我らエンシェントドラゴン程ではないがな、かなり古い種の竜だ」
「あのようなもの、元の世界では見た事も聞いた事も無いが……」
「そもそもここは人間界とは別の空間にあるからな、ここから更に他の世界に渡っていった者もいるらしい」
「別の世界……?」
「あきれたものだな、私の所にまで来てそんな事とは」
「申し訳ない。どういうわけか流れ流れてこのような所まで来てしまった」
「水竜の、原因はこいつの婚約者の嬢ちゃんだよ。かなり強い運命の下に生まれているらしい」
リュドヴィックが案内されたのは、精霊郷の中でも最も大きな湖のほとりに建つ宮殿のような建物だった。
そこで水の神王獣アルデフラクタスはリュドヴィックの話を聞くなり呆れ顔でそう言った。
建物の中はかなり広く天井も高いが驚くほどに何も無い。テーブルや椅子等の最低限の家具だけだった。
普段は水の中に住んでいるので水に入れない種族用のいわば応接室がこの建物だということだ。
リュドヴィックはオラジュフィーユの時と違い、さすがにこういう所まで来てしまうと若干神妙にしている。
「ふむ、厄介な女に惚れたものだが、だからこそ贈り物には手を抜けんわけだな」
「ああ、そういう事だ、どうか魔晶石を作ってもらえないだろうか」
「まぁこのような所までわざわざ来た事だしよかろう、と言いたい所だが、そうたやすく渡してはつまらんだろう?ちょっとした試練でも受けてもらおうか」
「いや。むしろたやすく渡して欲しいんだが、私は自他共に認める面倒くさがりだ。楽して手に入るなら言うことはない」
リュドヴィックは大真面目で言うが、その言葉を聞いたアルデフラクタスも苦笑して椅子る。
「リュドヴィック様、お願いですから人前でそういう情けない事を胸を張って言わないで下さい」
「お主も苦労するな……というかあの嬢ちゃんの周りこんなのばっかりかい」
クリストフはリュドヴィックの言葉を聞いて半ば諦めたようにため息をついた。
この場には人外しかおらず外面を取り繕う必要が無いからと言ってもあまりにも本音すぎる。
オラジュフィーユもさすがに同情の眼差しでクリストフを見ている。
結局、リュドヴィックは嫌々ながらも建物の側にある広場に連れ出された。
オラジュフィーユとクリストフも隅の方で見物している。
「では、私もお前も水属性という事で、水の試練を受けてもらうか」
「水の試練?」
「何、私と戦っても良いのだがそれでは勝負にならんからな。お前の相手はこいつだ」
リュドヴィックのすぐ前の地面が盛り上がり、水が湧き出してきたかと思うと、それは人の形を取り、リュドヴィックそのものの姿になった。
「……な!?」
「お前の写し身だ。それに勝ってみせろ」
次回、199話「突然自分との戦いとか言われても困るんだが……」「一度ちょっと酷い目に遭って性根入れ替えて下さい」
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