第2話「今までマジごめぇぇぇぇん!!」【挿絵】
前世を思い出すまでのロザリアは常にイライラしていた。
表情は優雅に微笑みを浮かべていても、心は常に悲鳴を上げており、のしかかり続ける責務や義務に押しつぶされそうになっていた。
生家であるローゼンフェルド家は、グランロッシュ王国の国花である薔薇の栽培を国から許されるほど由緒ある名家の侯爵家で、
父は宰相を務め、一族から何人もが近衛魔法騎士団員に任ぜられる程に王家からの信頼も篤く、「赤の貴族」と呼ばれていた。
さらに自分自身は生まれた時から王太子の婚約者と決まっており、一族の期待を込めて薔薇を冠した名前を与えられ、日々山ほど課せられる王太子妃教育の数々。
周りの人間関係はというと、お茶会を開いてもすり寄ってくる同年代の貴族令嬢は、自分の侯爵令嬢という身分や、いずれは王太子妃になるという事しか見ておらず、心を許せる相手は一人もいない。
肝心の婚約者の王太子とは政略結婚という事もあり、心を通わせるどころかむしろ距離を置いていた。幼少期は顔を合わせる事は何度もあったものの、
近年では年単位で会っていなかった、元々政略結婚なんてそういうものではあるが、それにしても交流が無さ過ぎると周囲は思っている。
それでも何とか外面を取り繕ってはいたが、2年程前に母親が病に倒れてからはそうもいかなくなってしまった。
跡継ぎである弟はまだ幼く、領地のカントリーハウスにいるので、突然自分が家屋敷の家政を取り仕切らなければならなくなり、一気に増えた負担は、まだ十代になったばかりのロザリアの手に負えるものではなかったのだ。
もちろん、執事や侍女頭等、使用人や様々な人たちはロザリアを放っておけず、あれこれ手を貸そうと助言を申し出てきた。
しかし、ロザリアはそれらを全てはねつけた、元々王太子妃教育の影響もあって、立場や責務に対して責任感の強い性格であったのと、
同年代の令嬢達に対してと同様の、肉親以外の人々への強い不信感が災いし、全てを自分で執り行おうとしたのだ。
だからといってそれで屋敷の事がうまく回るはずもなく、ロザリアの目の行き届かない所は、使用人達がそれぞれ気を利かせて、日々の業務をこなしていた。
だがロザリアはそれを知るや激怒した。自分はそんなに頼りにならないのか、自分が何もできないとバカにしているのか、と、
金切り声をあげて使用人を叱責し、色々と報告させるが、自分に理解できない事が多すぎて、説明されても理解できず、イライラがより悪化するだけだった。
父親は摂政の激務でなかなか家に戻ってこず、母親に助力を求めたり、質問をしようにも、病の床でやつれた顔を見てしまうと、そっと母親を気遣う言葉しか出てこなかった。
どうにもならない現実に対するイライラは、自然と目の前のアデルにまで向かい、彼女が自分の髪を梳る時、ほんの少し髪が引っかかっただけで怒りを爆発させ、
大声で彼女の不始末を責め立て、櫛を取り上げ、その辺に投げつけたりしていたのだった。
他にも紅茶を淹れる手際が悪いだの、呼んでも来ないだの、弱い立場の少女に理不尽な事を言えば言うほど、心はささくれ立っていくばかりだった。
『は!? マ!? ちょっと待って!? ウチなんでそんなイライラして周りにキレ散らかしてたの!? こんなちっちゃくて、めっかわな子にまで!? マジありえないんだけど!? 』
ロザリアは前世の記憶を思い出す以前の、自身の行動に混乱した、異世界転生に気づいた以上の衝撃だった。衝撃が強すぎて、自分がいつの間にか前世のような話し方で考えている事すら、思い至っていなかった。
ちなみに、ギャル語もしくは若者語で”マ!? ”とは”マジで!? ”の略で、”めっかわ”とは”めっちゃかわいい”の意味である。
「お嬢様、どうなさったのですか? まだ頭が痛かったりするのですか?」
アデルは気分が落ち着いたのか、呆然としていたロザリアを綺麗な翠の目で心配そうに見上げ、ぺたりとロザリアのおでこに手を当て、
「お熱は……無いようですね。どうか横になってお休み下さい、今すぐ下でお待ちのお医者様を呼んできますので」
と健気に気遣うのだった。
『この子……ずっと、ウチに、暴言とかのパワハラ受けてたんだよね……? なのに、こんなに、こんなにウチん事を心配してくれて……』
自然とロザリアの目から涙が流れ落ちる。
「お嬢様!? やっぱりどこか痛いのですか? 大丈夫ですか?」
その言葉にロザリアの感情が決壊した。
「アデルうううううう!! 今までマジごめえええええん!! 私最低だったああああああ!!」
「お!? お嬢様!?」
「今までいじわる言ってごめええええええん! イライラしてるからって何も言い返せないアデルに八つ当たりしてごめんねごめんねえええええ!!」
がばっと泣きながら、枕元のアデルを抱き寄せ、何度も何度も頭を撫でながら謝り続ける。
「お……お嬢様、お嬢様っ……ああああああああああああ!!」
アデルもまた、一度落ち着きかけていても涙腺が緩くなっていたのか、ロザリアに抱き着き返し、同じように泣きじゃくる。そのまま2人して抱き合いながら、号泣するのだった。
「お嬢様も、落ち着かれましたか?」
「うん……ええっと、ごめんなさいね? 取り乱して」
「いいえ、私はお嬢様の優しい言葉が聞けただけで、それだけで充分です」
「それでも、ごめんなさい、私のやってきた事は許されるものではないわ、どんな事があっても」
ロザリアの言葉に、まだ目を潤ませたまま自分を見上げる健気なアデルに、今まで自分のやらかしてきた事を再度痛感する、優しい視線が痛い。
「いえ、お嬢様は大きな声こそ上げておられましたが、絶対に私に手をお上げにはなられませんでしたよ?」
アデルの言葉に、人はよく見ているものだなー、とロザリアは一瞬遠い目になる。
「物を投げるにしても、壊れそうなものは投げたりしませんでしたし、投げつける先も何かを壊しそうに無い所を狙っておられましたから、クッションやソファーに向けて、とか」
本当にそういう所はよく見られていたー、遠い目が向かう先はもう宇宙に届きそうだった。
いたたまれない、本当にいたたまれない、本当ごめんなさい、マジごめんとひたすら心の中で謝り倒すしかないロザリアなのだった。
こうしてはいられない、とベッドから降りたロザリアは部屋のドレッサーに向かう。
「お嬢様、寝ていなくて大丈夫なのですか!?」
「アデル、着替えるわ、今すぐ屋敷の皆に会いたいの、あなたと同じように謝らないと」
「……わかりましたお嬢様、今すぐクローゼットルームでドレスを選んで参ります」
「お願いね」
『今すぐ今までの事を謝ろう、でないと自分が許せない!何よりウチの中の正義の心が許さん!』
と決意するロザリアなのだが、
『うわ何これこの部屋マジイカツっ! ベッドからドレッサーまでが……遠い! この部屋だけでちょっとした家くらいあるじゃん! 家具はすんごい高そうだし!』
と、呆然と歩きながら自室の家具や調度品を見回し、改めて今の自分の身の上を実感するのだった。
振り返れば自分の寝ていた寝台は5人くらいは楽に並んで寝られそうな大きさだった、天蓋を支える柱には精緻な彫刻が彫られ、柱の1本だけでもかなりの価値がありそうである。
部屋一面に敷き詰められた絨毯は薔薇の模様も美しく、程よい弾力は裸足の足裏に心地よい感触を返してくる。
日の光が差し込む窓から見える景色は広大な庭園だった、屋敷からそれほど遠くない所に見えるのは王城だろうか、良く管理された木々と薔薇や花々がその景色を美しく彩っていた。
光に照らされ、品よく並べられた家具の数々は、薄桃や白色の配色こそ多いものの、子供っぽさは全く感じられず、品質の高さを見て取れ、
いかにも柔らかそうなクッションが載ったソファーは、猫脚に彫られた花や植物の彫刻が美しかった。
『今まで何気なく生活してたけど……、ガチでガチの貴族のお姫様かー』
たどり着いたドレッサーもまた豪華だった、金銀宝石の派手な感じではなかったが、鏡を囲む木枠の装飾は物凄く細かく、職人の手によるものだと一目でわかるものだった、並ぶ化粧品や香水の種類も多い。
家具や化粧道具など諸々の豪華さに圧倒され、落ち着かないままロザリアはドレッサーの鏡で自分の外見を確認してみる。
『うわー、マジかー、マジでかー、なんじゃこの美少女は……うわ、背の高さも胸の大きさも負けてる……正直美少女過ぎて引くわー……』
鏡に映っていたのは桁外れの美少女だった、一度も日に焼けた事のないであろう白磁のような肌、ゆるやかにウェーブのかかった真っ赤な髪は腰まであり、改めて自分の名前の由来を感じさせた。
眉とともにやや吊り上がった大きな金色の目、年齢の割に程よく高い鼻梁、紅をひいているわけでもないのに、顔に一点の彩を落とす、薔薇の花弁を思わせる唇。
背も年齢のわりに高く、体つきもまた凹凸がはっきりしており、前世の自分よりはるかにスタイルが良かった。正直ロザリアは絢爛豪華としか言えない自分の見た目に、自分自身で圧倒されていた。
『美人が怒ったら怖いっていうもんねー、こんな見た目の子にガチギレされたらそりゃ誰も何も言えなくなるわ……』
しみじみと自分の姿を見ながら、うんうんとうなずくロザリアなのだった。
「ねーさっきから何なのー? やたら私の事をナレーションしてるけどー?」
ようやく自分の状況を確認できたロザリアは、自分の脳裏に響く声が聞こえる事に気が付き、訝し気に問いかける。
「”問いかける”、じゃないわよ、一体あなたはなんなの?」
なんなの、とロザリアは地の文に問いかけるが、地の文はとりあえず地の文だ、としか返す事はできないのだった。
次回 第3話「世界の声……? うんよし、わからん!」