第196話「禁忌の歴史」
リュドヴィックはドワーフ王と面会するべく、またもやドワーフ王国を訪れた。
どうも最近こことは縁があるなぁとリュドヴィックは思いつつ、動く歩道から活気のある城下の大通りを眺めている。
通りの両脇にはドワーフの国だけあって工房が多い。リュドヴィックは特に興味があるわけでもなかったが、ロザリアへのプレゼントのアイデアにでもならないかなと、何となく目についた商店のショーケースを覗いていく。
ドワーフ達はその無骨でゴツい見た目の割に繊細な細工も得意としており、細やかな装飾品を取り扱っている店もあった。
とはいえショーケース内の見本は見事ではあっても、王都で手に入らない程のものではなかった。
本当の逸品が欲しいのであれば店の主であるドワーフと余程の懇意にならないと無理なのだろう。
そうこうしているうちに動く歩道は地底工城前の円形広間に到着しており、ドワーフ王の工房はすぐそこだった。
「おお、リュドヴィック殿わざわざすまぬな。どうにも一族で意見がまとまらなくての」
城ではなく工房なだけに扉を開ければすぐそこにドワーフ王の姿があった。いつもながら工房の親父にしか見えない。各国の城屋敷での主に会うまでの仰々しさを思うとどうも感覚が合わなくて困る。
「いや、私にも責任のある事だから良いよ。これは今日の手土産だ」
「ほほう、話がわかるな。さっそくもらって良いか? 呑まないとやってられん」
酒瓶を受け取ったドワーフ王は早速杯に注いで一気にあおる。
ドワーフにとって酒は水のようなというか、もはや水と同じ生命維持に不可欠なものと言って良い。
中には酒を呑まないと本来の腕が振るえないというものもいるが、それは単なるアルコール中毒だろうと言われても仕方ない。
とはいえリュドヴィックの持ってきた酒で落ち着いたのは本当なようで、ドワーフ王は普段の調子を取り戻して話をはじめた。
「さてとだ、ギムオルから聞いているだろうが、種族会議というのは基本的に高位工房の親方が呼ばれて話し合うんだがな。ドワーフ10大工房というのがあってその筆頭がワシだ」
「聞いただけで面倒くさそうだな。職人気質で色々と難しいだろう、伝統やら革新やらで」
「いやまったくだ。基本的に種族会議は合議制でな、全会一致でないと議決されんのだが、まぁこれが珍しくまとまらない」
「普段はそういう事は無いのか?」
「ワシらは種族の特性として理屈で物を考えるからな。理屈が通るならそれはわりとすんなりと通る。だが”禁忌”だけは別だ」
「以前もそんな事を言っていたな。”禁忌”とは何なのだ? 好奇心旺盛とも言えるドワーフらしくない気がするが」
「これは内密にしていて欲しい、大襲来以前の千数百年前の事なのだがワシらは技術力が上がりすぎて痛い目を見たんだよ。興味の赴くまま技術力を高め、”兵器”を作り、それを高性能化してしまった」
「へいき……?聞き慣れぬ言葉だな」
リュドヴィックにとってそれは初耳と言って良かった。まず1000年前の大襲来の為に各国はほとんどの歴史や技術に関する記録を失ってしまっている。
だがドワーフ達は密かに1000年前以前の歴史を記録していたのだという。
「機械で動く車、つまり鉄で覆われた馬の不要な馬車。それが巨大な大砲を搭載して、魔力の無い普通の人間でも自由に使えるとなったらどうなる?」
「それは……、恐ろしいな。そのような物が存在すると我が国の身分制度すら揺るがしかねない」
「正直言うとワシらにも完全な記録が残っているわけではないのだがな、当時は”こちらの世界”に来たばかりでまだ相応の技術力が残っていた」
「今その技術が残っていないのはどういう事だ? ドワーフならひたすら技術を磨き上げてより高みに達していそうなものだが」
「昔のワシらは余程慌ててこちらに来たようでな、一旦喪った技術はそう取り戻せんのだよ。一度技術を失うとネジ1本作ることすらできなくなる」
「そういう物なのか?また1から作れば良いのでは……?」
「個人の技術力と、画一化された部品を延々作る設備の技術力は全く別物なんだよ。あまり理解されにくいんだがなぁ」
ドワーフ王によると、個人の技術はどこまで磨いても趣味の延長線上になりがちで、その手が作り出せるものの品質は安定しないのだという。
もちろん目でわからないレベルの誤差でしかないが、機械を作って動かすとなるとその誤差は無視できるものではなく、結局職人技に頼らないといけない一品物になるのだという。それでは大量に同じ物を作れない。
だが”同じネジを大量に作る設備”はその個人技術の蓄積の成果で、ある酔狂な者が精度の良いネジをまず作り、そのネジで作った設備でまた精度の良いネジを作り、
またそのネジで他の誰かが……、と延々繰り返してネジを、設備をどんどん進化させていったのだそうだ。それを失うという事は、それまでの努力の歴史を全て失うのに等しい。
現実の歴史でもそういう技術を磨くのは貴族趣味の1つでもあり、精度の良いネジを目指して延々作り続けた貴族も存在していた。
「そんなわけでワシらは共食いするかのようにそれまでの技術力を食いつぶし、どんどん技術力を落としていった」
「しかしドワーフ王、技術力がある程度落ちたなら、かえって扱いやすくなったんじゃないか? 当時の権力者達も放っておかないだろう」
「だろうな。当時ワシらが身を寄せた王家も似たような事を考えたらしい。身分制度が崩壊しない程度の技術力だったので利害が一致したんだよ」
「だが資金と安定した立場を得てしまい、その果てにドワーフの気質から先程言ったような”へいき”を作り出してしまったという事か?」
「その通りだ。結果大襲来以前にかなりの規模の戦争が起こってしまってな……」
ドワーフ王は大きくため息をつく。しかしため息をつきたいのはリュドヴィックも同じだった。
「今回はむやみやたらに調べて欲しいわけではなくて、異なる世界からの侵食を食い止める技術の事なんだが……」
「より悪い。実は禁忌以上の禁忌なんだよそれは。ワシらは異なる世界からこの世界に、一族で落ち延びてきた。あの山に埋まってる『遺跡』がそれだ」
「それは何度も聞いた。だがそれは種族が助かるためには仕方の無い事だったのだろう?」
「それだけではないんだよ。1000年前の大襲来の原因となった転移門の製作だがな、あれは古代ドワーフの技術が流出したものだと言われている。『遺跡』由来のな」
「なっ……」
リュドヴィックは絶句してしまう、ドワーフが頑なに自らの歴史を秘匿してきた理由もよくわかった。それが事実なら大襲来を引き起こした原因はドワーフの技術力にあるという事になる。
「ここに来た当時のドワーフの誰かが故郷を忘れられずに、破滅が起こっていない方の元の世界に渡ろうと『遺跡』を研究していたらしい、だが途中で断念したそうだ」
「それがどこからか漏れた、という事なのか?」
「すまんがこれも、ここだけの話にしてくれるか? これは10大工房の親方しか口伝で伝えられていない事だ。だからこそ、あの『遺跡』の技術は禁忌扱いなんだよ」
「かまわん。どうせ1000年も前の話で、その頃は我が国も存在していない。今更の事だろう」
「感謝する。でだ、責任を感じた我らの先祖は、何とかしてその”破滅が起こらなかった世界”を探し当て、その世界であの御柱を建造してもらったそうだ」
「な……、あんな巨大なものをか!?」
そういえば先日の神王の円卓でアグニラディウスは”御柱の召喚”とは言っていた。だがまさか御柱が異世界製だったとは。
「そういう事だ、お前さんが以前発掘に立ち会ったあの魔核炉な、残っていた記録を調べるとその時の動力源だったそうだ。だがその時の転送も完全にうまく行ったわけではなく、暴走して設備に致命的な損傷が起こったそうだ。その後の大襲来の影響もあってあそこは忘れらた。か、当時のワシらが禁忌扱いにしていたのかもなぁ」
「ちょっと待ってくれ。あそこも”禁忌”の場所だったのか?」
「そうかも知れんと言うだけだから別にかまわんよ。だが問題はな、10大工房の多くが他にも禁忌を確認している事なんだ」
リュドヴィックは言葉を失うしかなかった。それが事実ならこの世界の技術力に見合わない技術力の塊があちこちに埋まっている事になる。
リュドヴィックが国から管理を任されている御柱すらその1つに過ぎないという事なのだろう、もしそれが悪用されしたら……。
「いったいこの世界はどうなっているんだ……」
「何も知らず1000年以上このままだったのが良いのか悪いのか、そろそろ綻びが見え始めているな」
「世界はもっと、順序どおりに進歩してきたとか思っていたよ」
「人間の寿命の縮尺でいけばそうなんだろうな。だがこの世界は何度も何度も文明が崩壊しては再建の繰り返しらしいぞ? 一説には最初の人類文明は5万年前だとか」
「5万年……!? なんだその年月は。大襲来が1000年前だから最初の文明はてっきり4~5000年くらい前かと思っていたが」
「残っている記録頼りで考えるとそうだろうな。今は魔石文明とでもいえるものになっているが大襲来の前の文明、つまりワシらの先祖がやってきた頃は今より少々技術力の発達した程度の文明だったそうだがな。発掘で判る限りはその前にもいくつもの文明が存在していて今の文明は4番目か5番目くらいのものらしい」
「発掘というのは、わざわざ地面を掘り返して調べたのか?」
「いや、各地の鉱山やらを掘り返した時に出てくるものを調べただけだよ。わざわざ歴史を混乱させる事も無かろうと公開はしていないがな」
「今よりももっと進んだ技術の世界もあったのか? 今が魔石文明とか言っていたが……」
「ふむ、魔石だが、特定の鉱山からしか産出されないというのを知っているかな?」
また何か新しい話が出てきた。これ以上余計な事を知りたくは無いんだが……。とは思うものの、好奇心には勝てないリュドヴィックだった。
「鉱物とはそういうものだろう。どこかの鉱山を深く深く掘っていけばいずれは出るのではないのか?」
「そう思うだろう? ところがな、魔石だけはある年代の層にしか出てこない、それどころか、魔力関連で言うと大襲来以前には人間には魔力すら存在していなかった」
「魔獣はかつて存在していなかったなど言われているが魔力もだと……? それが事実だとある時期を境に世界そのものが変わってしまっているな」
「どうもそうらしい、というくらいしかわからんのだよ。我々も歴史が専門ではないからな」
「まぁ……、私は今の状態が続けば言う事は無いし、それ以上掘り返そうとも思わないよ。それで、今後はどうするんだ?」
「うむ、いよいよとなれば神王獣様のご判断を仰ごうとは思っている。とはいえ我らが守護獣はまだ幼い。他のお方の意見も伺おうとは思っている」
「何とか頼む。この世界が破滅するというのはどうも信じがたいが、明確な敵は存在するからな」
余計な事は抱え込みたくは無いんだがなぁ、とリュドヴィックは内心ぼやく。そういえばここには何をしに来たんだろうか……。
次回、第197話「正直本当はそういう事はどうでもいい、私はロザリアへのプレゼントが欲しいだけだ」「世界が滅べばそんな事言ってられないだろうが!」
読んでいただいてありがとうございました。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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