第195話「私は性格的には宿題を夏休みの最終日に全力を尽くすタイプだ」「胸を張って言わないで下さい」
とある休日、クレアがロザリアの屋敷に来てみると当のロザリアは針を手にして布を前に真剣な顔だった。
「これって本当に地味で地道な作業よね……」
「何してるんですか? お姉さま」
「誕生日プレゼントよ……、リュドヴィック様への」
ロザリアは刺繍をしていた、こう見えて、一応、侯爵令嬢なのでみっちり仕込まれており技術もある。
今縫われているハンカチも王国と王太子の紋章が見事に縫い込まれている。
しかしそれと地道な作業が好きかどうかというのは又別問題なのだ。
『一言どころか色々多い!一応とか言うなし!ウチはれっきとした侯爵令嬢よ!』
「へー、お姉さまもそういう事するんスね」
「肝心のリュドヴィック様の誕生日はまだまだ先なのだけどね……」
「お嬢様は雑な所がありますので、余裕があるうちに作っておかないととんでもない事になります。
もうすぐお嬢様自身の誕生日でもあるのですよ?今のうちに王太子様からのプレゼントのお返しを用意しておくべきです」
ロザリアの普段の行動からは意外といっていい行動に感心するクレアに、アデルが釘を刺しながらお茶を用意を始めた。
「雑って……、まぁ否定しないけどー。いざ時間切れになって大慌てで何かを買うなんてのは嫌だもんね」
「こっちの世界では自分で作るのが普通ですもんねー」
「そういうクレアさんはどうなのよ、この間誕生日だったでしょ?」
「私ならもうお祝いしてもらいましたよ? まぁちょっと食事行ったくらいですけど」
「おやおやすっかり順調なようで。あれ? 今はクレアさんの方が歳上なの?」
「細かい事は気にしないで下さいよお姉さまー」
爽やかな秋空の下、こういう日はリュドヴィックが入り浸っている事が多いものの、最近忙しいとの事で中々来られないとの事だった。布に針を通す小さな音以外は静かなもので、穏やかに時間は過ぎていく。
さて、そのリュドヴィックは執務室で書類の山と格闘していた。
本来面倒くさがりな彼は文句こそ口にしないものの、嫌そうに、本当に面倒くさそうに淡々と仕事をこなしている。外面が良いので人前の彼しか知らない人からすれば驚くような光景だろう。
側仕えとして慣れているクリストフは平然とお茶の準備をしている。
リュドヴィックがそのお茶を見て表情を曇らせるのを見て、
悪かったなアデル嬢の入れるお茶じゃなくて、今頃はロザリア嬢の所でダラダラしてるはずだったのに……。とか思ってるなコイツ。
とクリストフは思ったが、そんな事は指摘したりしない。慣れっこだから。
「殿下、ご多忙の所誠に申し訳ないのですが、一言質問があります。大丈夫ですか?」
「何だクリストフ、見ての通り私は誠にご多忙中だ」
「ロザリア様への誕生日の贈り物です。用意されておられますよね?」
「……。」
「おい」
「しまった……、忘れていた。ここの所立て続けにいろいろな事が山ほど起こったからな……」
「今年の分くらいは自分でやるだろうと思っていたらこれだ……。状況的に同情の余地はありますが、たしか魔学祭の前くらいに言いましたよね?」
さすがのクリストフも突っ込む声が低くなる。この男は有能なんじゃなくて単に取り繕うのが上手いだけなんだよな……、と内心あきれながらどうフォローしたものかと考え始める。慣れっこなので。
「普段様々な贈り物をしているのにどうしてこういう時は気が回らないんです。誕生日ともなるとやはり別格ですよ?
つかお前ずっと放ったらかしで人任せだったろ。主に俺に」
「それについては返す言葉もない……。今からではドレスどうのは間に合わんよな……」
仕立てのドレスともなると数ヶ月かかる、もう何週間も無い今からではまず無理だ。
「新成人の舞踏会用のドレスも駄目ですよ。そっちは侯爵家が用意しているそうですから」
「詳しいな」
「こういう情報交換は重要ですから。ちなみにロザリア様も慣れぬながら殿下への贈り物を準備中だそうですからね?」
「頼む、私にこれ以上心理的圧迫をかけないでくれ」
クリストフは常に侯爵家と連絡を取り合っている。今からロザリアのドレスを仕立てるというのならロザリアの服のサイズを全て伝える事ができるくらいには。
しかし今必要な事はそれではない。
「どうするんです?今からですとあまり時間はありませんが」
「無難に宝飾品を贈るか、私の目の色に合わせた宝石ものを」
「賢明ですね。こういうのは変なものよりもきちんと枠にはまったものの方が喜ばれますから」
さっそくリュドヴィックは王室御用達の宝飾店に向かった、時間が無いので一刻も早く注文しないといけない。
場合によってはこういう時の為に店がストックしているものを手直ししてもらうというのもあるが、それは最後の手段だ。
「だが青色か……。サファイアかアメジストをロザリアの目の色の金色で枠を作らせる感じか」
「逆もありだとは思いますがね。金色の宝石を青い宝石で取り囲んで執着を表現するとか」
店へ向かう馬車の中でリュドヴィックは頭を悩ませている。クリストフもそれに付き合っているが、こういう真剣な顔を仕事の時も見せてくれないかな……、と思わないでもない。誰だって仏頂面とかしかめっ面は見たくないものだ。
「しかしリュドヴィック様、普段色々贈っていらっしゃるわりに、どうしてこういう所で気が効かないんですかねぇ。普段のは相手の都合とか考えていないと思われますよ?」
「耳が痛いな、否定できんが」
リュドヴィックは胸にいつもかけているペンダントを指で弄ぶ。始めて2人だけで出かけた時に買った思い出の品。
はっきり言って安物であってもそれはリュドヴィックにとって特別な意味を持つ、心に残る贈り物とはそういうものだ。
しかし2人の立場上それではどうしても済まされない。
王太子と婚約者との贈り物ともなると後々人目に触れる事も考えられ、それが2人の親密さや重要さを周囲に知らしめる事となり、
ひいては王家やローゼンフェルド家の力を示す事になる重要なものだからだ。
そんなこんなで宝飾店に辿り着いて応対に出た店長は特に驚きもせず提案してきた。
「王太子様、どうせなら魔宝石をお贈りになられてはどうでしょうか?」
「魔法石?始めて聞くな、どういうものなのだ?」
「最近ドワーフ達が開発に成功したとか。魔石に魔力を込めたものを結晶化を促進して宝石にするのだそうです」
だがそれは普通に魔力を込めた時の魔石とどう違うのかとリュドヴィックは疑問に思う。
込められた魔力は使用されなくても自然と失われてゆくので、使い切ったらただの石と変わらなくなるからだ。
「それでは魔力が放出し切ったらただの魔石と変わらないのでは?」
「いえ、魔石具には使用できなくなりますが、もう放出しないように魔力を閉じ込めてしまうのだとか。それにより『想いを永遠に』との宣伝文句で話題になりつつあるそうですよ」
店長によるとその状態の魔宝石は込めた人物の魔力属性に応じて発光し、火なら赤、水なら青、風は緑、土は黄色に光るのだそうだ。
「ふむ、私の魔力は水の上位属性の氷だから丁度良いな。どうすれば制作してもらえるんだろうか」
「申し訳ございません、当店ではまだ取り扱いが無いのですよ。むしろ王太子様の方でそういったご縁は無いでしょうか?」
「リュドヴィック様、ドワーフというのであれば先日のギムオル殿かギムルガ殿経由でツテをたどるべきでしょうね。いきなり行っても金貨を山と積もうが門前払いされかねませんし」
細工物が特異なドワーフは当然宝飾店とも付き合いはあるはずながら、さすがに特殊すぎる宝石なので提案しておいて紹介ができない店長をクリストフがフォローする。
「よしこの際だ手間は惜しまん。私が直接頼みに行こう」
「殿下が行くよりは最上級の酒を1本の方が良いと思いますがね」
リュドヴィックはその足で魔石鉱山にあるギムオルを訪ねた。元々魔石の細工が得意というのを聞いており、魔石鉱山で働いているなら可能性が一番ありそうだったからだ。
ギムオルは手土産の酒を渡すと快諾してくれた。なんでも先日行ったドワーフ王国で工房を構えているそうだ。
「しかし、お前さんも色々苦労するなぁ。王太子の仕事であれやこれやと忙しい上に、世の中はよくわからん危機を迎えているのに婚約者のご機嫌取りとは」
「これについては別に面倒とも思わないよ。できれば手助けしてもらえないだろうか」
「良い酒ももらった事だしかまわんぞ。むしろこっちもお前さんに用があったんだ。色々と相談したい事があってな」
「私に?」
「お前さんこの間”遺跡”の技術を解析してくれという要請をドワーフ王にしたろ?あれでドワーフ種族会議にかけたそうだがな、まぁ紛糾したそうだ」
「1000年以上の伝統というか禁忌を破ってくれ、と言われたらそうもなるか。どんな様子なんだ?」
「まぁ反対意見の大半は禁忌には触れたくないというものだな。やはり調べたい少数派が色々と画策しておったりあまり穏やかでない」
「大丈夫なのか?」
リュドヴィックとしては今この世界で起こっているという消滅の危機に対して何かの助けになればという程のつもりだったのが、ドワーフ族が混乱する原因となるまでは思っていなかったのでさすがに心配になった。
「それをお前さんと話し合いたいんだよ。幸いその魔宝石を作っているドワーフの工房はドワーフ王の工房の近くでな。ついでで良いからちょっと話を聞いてやってくれんか?」
「酒をもう1本持っていったほうが良さそうだな」
次回、第196話「禁忌の歴史」
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