第192話「あのー、ウチただの元ギャルなんですけどー……、話のスケール、大きすぎない?」
ロザリアはいきなりよくわからない所に連れてこられた上に、眼の前の火の神王獣だというアグニラディウスから突然世界が崩壊するだの消滅するだのと告げられ困惑するしかなかった。
「あ、あの……、世界の崩壊って?」
「言葉その通りじゃ。聞かなかったか?この世界は隣り合う世界から侵食されつつあるのだ」
「因果律の衝突、とかいうあれですか?」
「その通り、われらが良かれと思って1800周期前にとある世界のドワーフ族を救ったのは良かったんだがの、その反動でよりにもよって相性の悪い世界と隣合わせになったようでなぁ」
アグニラディウスはどこかのんびりした語り方ではあるが、その内容はそんな気軽な内容ではなかった。
それに対して、何だってそんな事をとロザリアが思うのも仕方がない。後からでは誰でも色々言えるものだからだ。
それを察してか水の神王獣アルデフラクタスだという男性が補足するように説明を始めた。
「世界は常に変わっていかねばならぬのだ。異なる世界から住人を迎えて因果を改変する事で別の世界との衝突の危機から回避されるはず、……だった」
「だったというのは、そこまで予測できなかったという事なのですか?」
「われらもまた、ただの使い魔の一種なのでな、神ならぬ身では未来なぞ見えぬのだよ」
ロザリアとアルデフラクタスの会話に割って入る形でアグニラディウスが口を開く。
「良かれと思って行った事なのだがな、まさかその影響で近くなった”あちらの世界”と道をつなげるだけならともかく、略奪してくる大バカ者がいるとは思わなんだわ」
ロザリアにはその出来事に心当たりがあった。以前サクヤが話してくれた転移門の開発中に魔界に通じてしまったという昔話だ。
「それってまさか、滅びたというテネブライ神聖王国とかいう」
「おおそれよそれ、そいつらのせいでわれらの世界を認識されてしまってな。互いに侵食・反発を繰り返している有様なのだよ」
「転移門の実験中に別の世界につながってしまった、というあれですか……」
「それどころか向こうの世界に兵を送り込んで侵略・略奪までしてたからなー、そりゃ向こうも怒るだろうよ。報復されるのも当然だろう?」
アグニラディウスは変わらず冗談っぽく言っているがロザリアはドン引きしていた。聞いていた話と全然違う、多少の調査とか採取のレベルではなかった。
『思ってた以上にヤバい事してたー!? 何してくれてんのー!』
人間というものは自分達が特別だと思いがちだと根拠のない自信を持ってしまうものだと、続けて話すアルデフラクタスの顔はどこか冷ややかだった。
「彼らは転移門さえ閉じてしまえば安全だと思ったんだろうけどね、何度も侵略するものだから激怒したあっちの世界の”王女”がこっちにやって来てしまったんだよ。そしてこちらに軍隊を呼び寄せてとんでもない争いが起きた」
「それが大襲来の真相ですか……」
「無論私達も見ていたわけではなく、それまで何度も天罰を与えたりして警告したんだけれどね。人の欲は限りない、自分達は安全だと信じて暴走するのを止められなかった」
「でも、たった1人がこちらに来ただけでそんな大戦争になるものなのですか?」
「召喚魔法の使い手だったというのがまずかったねぇ。彼女は自国の魔獣や軍隊を召喚し、無数にこの国に放った。
あれにはまいった、われらの精霊力が通じないんだもの」
ロザリアの言葉にアグニラディウスは肩をすくめておどけて見せるが、とても笑えるような話ではない。神王獣が手に負えない存在相手によく事態を収拾できたものだ。しかも相手は軍隊まで呼び寄せている。
「それにしても、世界を越えてまで魔獣を召喚できるものなのですか?ドワーフさん達は物凄い設備を造ってようやくという感じでしたが」
ロザリアの言葉にアグニラディウスは我が意を得たりといった顔で語り始めた。
「そこで! 今問題になってくるのが闇の魔力なんだね。あれはこちらの魔力とは異なって、より集まって結晶化しようとする。一人でもこちらに来てしまうと、その存在を追って魔力がこの世界とつながろうとするらしい、それを呼び水にして召喚できるとか」
「はぁ、よくそんなのを退けられましたね」
「あの時はこの世界の総力を挙げて動いてたからねぇ。ドワーフ達に御柱を立ててもらったり、闇の魔力に対応する魔力を持つ者を召喚したり」
「……さらっととんでもない言葉が出たが、御柱を立てたのはドワーフ達だったのか!?」
ロザリアとアグニラディウスの会話に割って入る形で、今まで黙っていたリュドヴィックが驚きの声をあげた。自身が御柱の管理を任されているだけあって聞き逃がせなかったようだ。
「そりゃそうだよ王太子の坊っちゃん、世界中で大戦争やってる最中にあんな巨大なのを立ててる余裕なんて無いだろう?
あれはドワーフ達が渡って来た元の世界で建造されたものだよ、それをこちらの世界に呼び寄せてあそこに据えたんだ」
アグニラディウスが言うには魔核炉が壊れたのは1000年前で、魔核炉は2度使われ、1度目はドワーフ達の召喚、2度目は御柱の召喚だそうだ。過負荷に耐えられず吹き飛んでしまったらしい。
「そんな経緯だったとは……、教えていただきたい、御柱の地下のあの空間、あそこには”いる”のか?」
リュドヴィックが珍しく声を震わせながら尋ねる。それはグランロッシュ王国を始めていくつもの国々があの御柱だけは不可侵として扱い、自身も管理をしている最も重要な理由だったからだ。
「いるよ、あそこには今も”王女”が封じられている。御柱はね、文字通り世界が崩れないように世界を支えているんだ。あちらの世界とこちらが必要以上に近づかないようにね」
アグニラディウスの答えにリュドヴィックも絶句すると共に納得のような脱力感を感じていた。
もしも自分がその役割を面倒くさがって適当に済ませていたらと思うと背筋が寒くなった。
「御柱を維持する機構も同じく古代のドワーフ製だよ。あれはこの国に魔力を持つ者が多い事から優先的に教育・学習させて魔力の補充源としていた、んだがなぁ」
「魔法学園ってその為のものだったんですか!? 単に魔法を教えてるだけではなくて?」
「うむ、御柱機構は魔法学園を軸として吸収した魔力を御柱の維持に使用し、少しずつ向こうの世界との距離を離していくはず、だった。」
思わぬ所で魔法学園の存在意義が明らかにされてロザリアが驚きの声を上げる。それにしてもアグニラディウスの語る事は語尾がどうも歯切れ悪い。
「さて、ここからが最近問題になっている事だ。近年その御柱に吸収される魔力に闇の魔力が混ざり始めた。始めはほんの少しだったのだがその量は日を追うごとに増えている」
とアグニラディウスは眉間を寄せて言う。
「増えた魔力の一部は獄炎病を引き起こす原因になったり、まぁろくな事になってないね」
オラジュフィーユが口を挟み、
「このままでは御柱機構は崩壊してしまうだろうな、そうなるとまた大襲来のような事が確実に起こる。今度は人どころか国レベルでやって来かねない」
アルデフラクタスも深刻な顔をして付け加え、ステラフィスは眠そうな顔でというか既にいねむりをしながら話を聞いているようだ。
ロザリアは現在の状況を説明され、世界がいつの間にか危機を迎えていたという事に驚いていた。
まさか世界規模の危機が迫ってきているなど想像もしていなかった。
いくらロザリアの前世がニチアサ等のヒーロー番組が好きでも、実際に世界の危機が来る事は望んでいない。
「どうして、そんな事に」
「原因は不明だな。ある日を境に急に増え始めたのだ、それまでは獄炎病など発生していなかっただろう?」
「あの、その闇の魔力に関連してなのですが、最近フォボスなる人物が暗躍しているのですが」
ロザリアはアグニラディウスの質問に答える形で闇の魔力に関連する事を尋ねてみた、
まだ全ての状況を把握しているわけではなくても、妙に自分の周囲で多発している闇の魔力絡みの事件の経験が何か役に立つかもしれないと思ったからだ。
「あれは我らにも正体は不明だ。向こうの世界の人間ではないようだが」
「あの者は最初に現れた時、こう言っていました『ワレは断片ゆえに名前を聞かれても困る』と」
アデルが珍しく自分から会話に割り込んで自分の聞いた言葉で補足し、それを聞いたアグニラディウスは腕を組んで考え込む。
「目的達成の為に生み出された使い魔のようなものかも知れぬな……」
「その目的というのは?」
アグニラディウスのつぶやきにリュドヴィックが身を乗り出すように問いかける。アグニラディウスはこの場の全員に宣告するように返した。
それはリュドヴィックが予感していたものではあったけれども、同時に最も聞きたくないものだった。
「決まっているだろう、御柱の地下に封じられている『魔王女』の復活だ」
次回、第193話「止まった時間の中で」
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