第186話「なんだろう、国王に会いに来たという気が全然しないんですけどー……」
「おお来たか!わざわざすまなんだの!」
ロザリア達を迎えたのは、どう見ても国王というよりその辺の工房の親方だった。
着飾っているわけではなく作業着で首に布をかけて登場してきた。正直反応に困る。
見た目が職人風なのはギムオル達と変わらず、いくつもの深いシワが刻まれた威厳のある顔は人好きのする愛嬌も感じられた。
ギムオル達も割と年齢が行っているように見えるが、それはドワーフ族の特徴なだけで、この国王と比べると実は意外と若いのではないかと思わされる。
国王はギムオルとギムルガに久しぶりに会うのか、まるで職人仲間のように肩を叩き合い再会を喜び合っていた。
というか職人仲間にしか見えず、自分たちは国王に謁見しに来たのだというのを一瞬忘れかけてしまった。
工房……城の内部も謁見室とかそういうのではなく、どう見ても巨大な工房だった。
飾り気など全く無く、作業台がずらりと並んで大勢の職人達が働いており、大半がドワーフが大半だが様々な種族が働いていた。
山の1階層部分の居住区が丸々この国王の工房なようで、ぐるりと山沿いに大きな弧を描くように長大なもので、
奥の方には鉱山への通り道なのか坑道の入り口らしきものまである。
「まぁワシは王などと呼ばれとるが気にすんな!単に一番でかい工房の主ってだけだでの!」
なんとも気さくな老人であった。一応、この場では王族が応対すべきだろうとリュドヴィックが前に出て挨拶する。
「お初にお目にかかる。私がリュドヴィック・グランロッシュ王太子だ。本日は要請により特使として来させてもらった」
「うむ、ワシがドワーフ王国々王のグランギムドルガだ。魔晶石の件、そして本日の立会いの件を受け入れてくれた事、誠に感謝する」
そう言って深々と頭を下げるドワーフの王、その姿はどう見てもただのドワーフの職人であり、とても一国の国王とは思えない。
今座っているのも謁見室とかではなく、工房で空いているスペースに椅子を並べただけでテーブルも無い。
そこに無造作にコーヒーを飲むようなカップが並べられ、やかんから何かよくわからないお茶を入れられていた。
「とまぁ、形式的な挨拶はこんな所で良いだろ。わざわざすまなんだな、王太子の坊っちゃん」
「いや、こればかりはこちらの王国にとっても重大な事だからね。気にしないで欲しい」
「まぁのう、まさかずっと行方不明だった地の神王獣がワシの代でこんな形で見つかるとは思わんかったわい。てっきりその辺で寝てるのかと思っていたが」
「寝てるって……」
ロザリアが思わず突っ込むが、ドワーフ王はどこ吹く風といった様子で、自分達の守護聖獣が行方不明だったのいうのにわりとその辺は大雑把だった。
ドワーフ達は合理主義で生真面目な職人気質であると共に、かなり悠長な考え方をするようだ。
「わからんものをあれこれ考えても仕方ないからな。我らの気質からすると神王獣もそんなものだと思っておったのよ」
「ただ、私も居合わせたが、発見された状況が少々判断に困る状態ではあったんだが……。あの研究施設は一体何なのだ?」
リュドヴィックがドワーフ王に尋ねたものの、首を傾げるだけだった。
「残念ながらドワーフ王国にも記録は残っておらん。そもそも古すぎるでな、人をやって調べさせてたがやはり魔核炉だろう。
だがあんな所であんな膨大な魔力をかき集めて何をする気だったかまではわからんのだ」
「あの魔核炉の影響で上部の山には魔石が多数生成されたようだし、鉱山を作る為だったという事は無いか?」
「可能性は無くもないが……、どうもそれだけでは弱い気がする。たしかにあそこはこの大陸でも良質な鉱山だが、鉱山なら見つければ良いだけだからな」
「膨大な魔力と言うが、どれくらいなのかはわかるのかな?」
「ざっと計算させてただけでもとんでもないぞ。ちょっとした島なら吹き飛ぶくらいだ」
ドワーフ王の言葉に一同が驚愕する。クレアが起こしかけた魔力事故ですら城が吹き飛ぶくらいだったからだ。
島が吹き飛ぶとなるとどれだけの魔力が集まっていたのか。
「装置の上部はたしかに吹っ飛んでおったからな。何かがそこにあったんだとは思うが……」
「まぁギムガルよ、わからん事を今考えても仕方ない。当の神王獣なら何か覚えておるかもしれんし、それもあって復活させようという事になったんだ」
「その話だが、本当に大丈夫なのか?復活した途端に暴れ出すという事は無いのか?」
「その心配なら必要無い。我も先代の事は記憶として覚えているだけで、それに対しては何の感情も無いからな」
リュドヴィックの疑問にオラジュフィーユが答える。少女の姿でその場にいたので今まで気づかなかったのか、ドワーフ王改めて頭を下げる。
「おおこれは『風の神王獣』様ですな。挨拶が遅れた事をお詫び申し上げる」
「いや、むしろ我らの同胞に対しての尽力を感謝する。仮に何か起こっても我の手の届く範囲でなら助力は惜しまん」
「有り難いお言葉です、ではさっそく儀式を執り行うか。ついてきて下され」
オラジュフィーユの言葉に大きくうなずくと、ドワーフ王は席を立ってロザリア達を案内した。
向かう先は工房の奥にも見えていた坑道への入り口だった。
中の通路は岩肌がむき出しで、照明はあるものの薄暗い代わりにここも動く歩道になっていた。
「あのードワーフ王様、この坑道はどこに続いているんですか?」
「この山の中心だよ。この山は世界有数の魔石鉱山でもあってな、中心部は特に強い魔力を帯びておる」
物怖じしないクレアはさっそくドワーフ王に質問していた。ドワーフ王が言うにはこの坑道は山の中心部まで繋がっており、その最奥部で儀式を執り行うとの事だ。
「それだけに、ここは我にとっては不快なのだがな。まぁ我慢する」
「あのオラジュフィーユ様?その不快ってどんな感じなのですかな?お嫌なら少々考えますが」
「人間で言うなら多少蒸し暑い程度だ。気遣ってもらうほどではないから心配要らん」
「私達にはその地の魔力っていうのがあんまり感じられないんですけどねぇ」
オラジュフィーユが少々不満を漏らすのにギムガルが気を遣って尋ねるが、本人は別に気にしてないようだった。
ロザリアは洞窟のような坑道を見上げるが、特に魔力らしきものは感じなかったし、
掘り尽くされているのか壁面に魔石も見当たらなかった。
「魔力と言っても精霊力だからな、普通の人間には感じる事は難しい。ここは地の魔力が強い所なので他の精霊が寄り付かんし、特にだ」
「あー、私の故郷だと時々光る粒みたいなのが空を飛ぶのを見れるんスけどねー」
「そこも何がしかの精霊の加護を受けた土地なのだろうな。ともかく、そういう土地でもないと普通の人間には感じ取る事もできんだろうな」
「この世にはどこかに精霊郷という精霊だけの国もあるそうだがなぁ」
オラジュフィーユがクレアと雑談のように会話している横でドワーフ王が誰に言うともなく呟く。
動く歩道は山の中心に向けて進むが、さすがに山の中心近くは人が住んでいるわけではなく倉庫のようだった。
「ドワーフ王様、この辺はあんまり人がいないんですね?鉱夫らしき人も見ませんし」
「このあたりはもう鉱山としての役目を終えておるのだよ。更に掘れば何か出るかもしれんが、無計画に山を掘り進めるわけにもいかんからの。
下手をすると山全体が崩れる、このへんは年中を通して気温が安定しとるので倉庫として使っておるのだよ」
「え?でもそんな違和感を感じないですよ?暑くも寒くも無いですし」
「はっはっは、お嬢ちゃん、手を歩道から出してみればわかる、ちょっとやってみな」
「はい……、うわ寒っ!」
クレアがドワーフ王に言われた通りにすると、まるで氷の中に手を入れたような冷たさが伝わってきた。
慌てて手を引っ込めて自分の両手を擦り合わせている。
この歩道の上は気温が保たれる仕組みになっており、ついでに空気もこの動く歩道を使って循環する仕組みなのだとか。
ドワーフ王がそういう事を笑いながら説明してくれているうちに、壁の様子が突然変わった。
それまでは岩がむき出しだった坑道が、突然何かの通路のように変わっていたのだ。
それはロザリアにとっても見覚えのある光景だった。魔法学園の地下で見た妙に近代的な通路だ。
周辺の様子が一気に変わったのでリュドヴィック達も驚いて天井等を見上げていた。
次回、188話「ドワーフ達のはじまりの地」
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