第183話「聖女の叙勲式」
「アデル! 大丈夫? 怪我は無い!?」
ロザリアは急いでアデルに駆け寄りって身体を確認する。
しかし特に怪我も無く、元気なアデルを見てロザリアはホッとした。
が、アデルはロザリアに笑顔を見せると、クレアに剣呑な視線を向けた。
「ク レ ア 様?
あちらに、綺麗な半球状に抉られた地面があったのですが、
お話を聞かせていただけますか?」
「えっ、あっ、あっ、あのですね、私死にそうになってですね? やむなくですね?
あ! お姉さま! このドレス申し訳ありませんでした!」
「い、いいいいのよクレアさん?クレアさんも身体は大丈夫?」
察したロザリアはクレアをフォローしようとしたがアデルの表情からすると追求は緩みそうになかった。
そこに、多数の馬に乗った兵士や馬車がやってきた。
「ロゼ!大丈夫か!」
「あ、リュドヴィック様、大丈夫です。相手は引き上げていきましたよ」
「そういう問題じゃない、急に飛び出していかないでくれ。
アデル嬢だけを先行させた意味が無いだろう!」
「王太子様のおっしゃる通りです。
お嬢様まで来たら私が護衛の意味がないでしょう。
少しは、いえ大いに自重して下さいませ」
追いついてきたのはリュドヴィックの私兵と侯爵家の馬車だった。
そしてロザリアはアデルだけではなくリュドヴィックにまで怒られ始めた。
「ええー。まぁクレアさんも無事だったし。ごめんなさい?」
「クレア嬢が無事であってもなくてもだ」
「王太子様のおっしゃる通りです。
仮にクレア様が無事でなくても、お嬢様まで無事で無くなったらどうするつもりなのですか」
ロザリアに対する2人の説教は延々続く、
その間クレアはようやく無事だった事を実感して 心から安堵していた。
「はぁ~、助かった……、あ! そうだフェリクス先生!」
「あ、ここだよー、いや凄かったね。さっきはごめんね、僕は隠れているしかできなかった」
「何言ってるんですか!ちょっとでも戦える方が相手をするのは当然っス!」
いつの間にか傍に来ていたフェリクスが申し訳なさそうな顔をしていたので、
クレアは慌てて首を横に振った。
そもそもフェリクスは留学していたので魔法学園にも通っておらず、
攻撃魔法の訓練すら受けていない。
魔法が使えるとは言っても単なる医者でしか無いのだ。
「フェリクス無事だったか。すまない、居場所を突き止めるのが遅くなった」
「いやむしろよくここがわかったね? 僕らは多分仕立て屋で捕まったと思うんだけど」
「色々と情報を辿っていった結果だ。あの教会か? 異端派の信者達が集まっていたのは」
「そこまで調べてたのか。まぁそうなんだけどね、もう誰もいないと思うよ?」
「見ればわかるがな……、一体どうしたんだあれは。
怪しげな儀式をやったにしてもああはならんだろう」
一通りロザリアへの説教を済ませたリュドヴィックがフェリクスに問いかけると、
フェリクスは苦笑しながら答えていた。
眼の前の教会は屋根が崩れ落ちており、地下への穴もむき出しになっていてほぼ廃墟だったからだ。
「あ、王太子様、ドローレムが突然襲ってきたんです。
『ここにいると言われた』とか言ってました」
「ここに? 誰から言われたか聞いたか?」
「いえ、『お前が知る必要はない』とか言われちゃって。
でも信者さん達の味方ってわけでも無かったです。平気で殺してましたから」
「異端派だから闇の勢力とつながっているというわけでも無かったのか。いったい誰が」
クレアがリュドヴィックに説明をしている横ではクリストフが手勢に指示を出していた。
「リュドヴィック様、とりあえず手勢を使ってその辺を調査させます。
皆様は一刻も早く城にお戻り下さい。叙勲式の時間が迫っております」
「ええー、こんな時でも出なきゃいけないんですかー?」
クレアは不満を口にするがクリストフは首を縦には降らなかった。
「気持ちはわかるんだけどね、今後の為にも最初は無事に終わらせた方が良い。
予定も詰まっている貴族達の集まった式を延期させた、
とかの弱みを作るわけにもいかないだろう?」
「いやでも、私こんな状態ですけど」
クレアは既に鎧を解除してドレス姿だったが、
ドローレムに斬られた肩口から胸までの布地が大きく切り裂かれて血の跡まで付いている。
切られたドレスを手で押さえているのをフェリクスが貸してくれた上着を羽織っている状態なのだ。
「その心配なら無用よ、ドレスなら馬車に用意してあるわ。侍女も連れてきてるからね」
ロザリアがパチンと指を鳴らすと、瞬時に何人もの侍女がクレアの周囲に現れ、
クレアを馬車に拉致……連れ込んでしまった。
「さぁまずはこのドレスを脱いで下さいねー!」
「奥様の指示でとりあえず10着程ドレスを持ってきましたわ!
全部は無理かも知れませんが順番に着せますので心配しないで下さい!」
「いえあの!10着ー!?」
クレアの悲鳴と共に馬車は無情にも王都目指して出発してしまった。
馬車の中で着替えさせられたクレアは、
髪のセットや化粧直しなど散々弄繰り回された後ようやく解放された。
結局クレアは淡桃色のドレスを着せられ、短めだった髪も足されて貴族風に結い上げられている。
目の前には叙勲式会場の大扉、もう逃げられない。
「ああもう、どうしてこんな事に」
「大丈夫だよクレアさん、僕も側にいるから」
「いえ本当にお願いしますねフェリクス先生!? 私こんなのもう二度はごめんですから」
クレアは泣きそうになりながらフェリクスにしがみついている。
フェリクスはというと元王族だけにこの状況でも全く動じた様子はない。
なおフェリクスの服装は白い貴族の礼服である。
「それでは!本日叙勲されるクレア・スプリングウインド嬢、
並びにその立会人のフェリクス・レイ殿の入場!!」
入場を促す言葉と共に、目の前の扉が重々しい音を立てて開く。
『お姉さまが殴り込んだ時はあっさり開いたように見えたけど、結構重かったんだ』
と、クレアがどうでもいい事を思っていると、
フェリクスにほんのわずか腕を引かれて歩く事を促された。
目の前には王が座る椅子まで続く絨毯が長く伸びている。
高らかに管楽器が鳴り響く中音楽に合わせてゆっくりと歩を進める2人、
クレアは緊張のあまりフェリクスの腕を掴む手に力が入ってしまう。
絨毯の両脇には多数の貴族と思われる人々が立っており、拍手をしていた。
『うおー!? やべー!? 何なんこの人数!? みんな暇なの!?』
貴族たちは別に暇というわけではなく、
この国でわざわざ新しい称号を作ってまで叙爵させるというのは政治的に物凄く大きな意味を持つ。
どのような人物で、どのような功績であれば叙爵されるのか、
それによっては今後の権力の変化に大きく影響するからだ。
なので誰もがクレアの人となりを見定めに来るのは必然といえた。
クレアは周囲が自分達に注目するのを感じ、そのあまりの数に目を伏せるしかなかった。
だが、周囲はそんなクレアの様子を少々違う捉え方をしたようだ。
「おお、各地を転々として治療にあたったというから、
どのような女傑かと思えばなんと慎ましやかな」
「あれでは最初からどこかの貴族令嬢と言われても通ずるぞ」
「だが生まれは確かに北方の山村だそうだ、家族は両親と兄妹は……」
と、ひそひそと聞こえてくる声にクレアは俯いたまま顔を真っ赤にしている、
『なんで私の個人情報を調べ尽くされてるんスかー!? 怖いー! お姉さまの事笑えないー!』
クレアにとっては拷問のような時間が流れ、ようやく王の座る壇の前にたどり着いた。
打ち合わせ通りフェリクスの礼と共に淑女の礼をすると王は鷹揚にうなずいた、
王の隣には王妃の姿もある。
「かかる事態において、彼女自らが癒やしたのはのべ10万人を超え、関わった薬が癒やした人数は既に数十万人に達し……」
『増えとる増えとる、どう考えても倍以上多い!』
勲章を授与されるに至った経緯をにクレアは内心ツッコミを入れ続けていた。
ある程度箔を付けないといけないので数を操作して多めに発表しているのではあるが、
クレアにしたらたまったものではない。
また、このへんは貴族たちの方もそれくらいの事を成し遂げないと叙爵されない、
という自らの地位を保障されるようなものなので、
事前の根回しでも特に異論は出ていないようだった。
「かかる功績を受け、クレア・スプリングウインドに”女爵”の称号を与えるものとする、
また、これに伴い、王家より銀天使黄金天秤勲章を授与する」
「つ、つちゅしんでお受け取らせていただきます」
なんとか噛まずに言い切ったクレアは安堵のため息をつく間も無く、
フェリクスに促されて登壇して、震える手で勲章を受け取ると会場からは拍手喝采が起こった。
そしてそのまま、フェリクスに手を取られて壇から降りると、大公爵が待ち構えていた。
「くく、よく来れたな」
「お前……!」
大公爵の言葉には明らかに先程の誘拐に関わっていたという挑発が含まれていた。
フェリクスと大公爵がにらみ合うのを周囲の貴族達はざわめきながら見ている。
2人が親子というのは公然の秘密ではあったが、ここまで険悪な雰囲気とは思っていなかったのだ。
とはいえ、いつまでも自分の足元で親子喧嘩をされても困るので国王は間に割って入った。
「おい、せっかくの式典の最中だ、その辺でな」
「む……そうですな」
「失礼をしました陛下」
王に注意された事でとりあえず場は収まり、その場は解散となった。
その後、場所を移して行われたパーティーでもクレアは主役として引っ張り回されていた。
クレアは最初こそは遠慮していたのだがロザリアの知り合いの貴族達が次々に挨拶に来たり、
ロザリアが自分の知人を紹介したりと逃げる事もできずに次々と貴族達を相手にして回っていた。
中にはクレアの治療を受けた事があるという人も何人かいて、その時の感謝を述べられたりした。
社交界というのは優雅なようでいてなかなか大変なものなのだ。
夜会は華やかなダンスばかりに目が行きがちだが、
貴族同士の情報交換の場でもあるし、人脈を広げる為の、要は商談会だった。
クレアは社交辞令的な会話と当たり障りのない返事をしながらひたすら愛想笑いを浮かべていた。
その間もフェリクスはクレアにぴたりと付き添い、
時折話しかけてくる貴族の子息達を牽制し、火花を散らす。
『貴族って、めんどくせえええええええ!』
クレアは心の中で絶叫しながら必死に笑顔を保っていた。
「おやおや、酷くやられたものですね」
「死ぬかと思った」
「あまり欲張るからですよ。あと自分の力を過信し過ぎです」
とある真っ暗な空間ではフレムバインディエンドルクがドローレムと向かい合っていた。
ドローレムはボロ雑巾のように打ちのめされていた。
「まぁまぁ、お陰で計画は順調ですよ、あなたのお陰であの地方の制御中枢も破壊できました。
我々の王女殿下が復活するのも間もなくです」
「そんな事より大分消耗した。魔力補給して」
「あのね……、いいですよもう。あの魔力は中々発生させるのが難しいんですよ?
しばらくは食事で賄ってください」
「むぅ、仕方ない、ちょっと街行ってくる」
「遅くならないようにするんですよー」
「失敗、したようだな」
「まぁまぁ大公爵様、しょせんは息抜き程度の嫌がらせではありませんか」
「ふん、お前の方こそ、権力争いの邪魔者を始末したかっただけだろうが」
またとある一室で大公爵と談笑していたのは叙勲式にも出席していた聖職者だ。
だが大公爵と同席できるという事は相当な高位の人物という事になる。
”教団”の最高位である法王だった。
「今回は肝を冷やさせたくらいで良し、だ。これから長い付き合いになるだろうからな」
「おお恐ろしい。聖女様に神の祝福あれ」
明らかに誘拐に関わっておりながら法王は白々しく祈りを口にする。
大公爵はそんな男の様子に呆れながらも話を続ける。
「しかしあの教会を破壊させて良かったのか? もみ消すのは一向にかまわんが」
「ええ、問題ありませんよ、詳しくは申せませんが、あの場には特殊な設備がありましてな。
人の運命や心を操ってしまう事ができるのですよ」
「あの者達が”外なる神”、とかの戯言を信じていたのもそれか?」
「いえいえ、その神々も実在されますし、彼らが信じていたものも事実なのですよ。
今回は外部から介入して利用させていただきましたが」
「何?とすると、あのまま儀式が終わったらどうなったのだ?」
「本当に”外なる神々”の一柱が聖女に降臨されたでしょうな。
もっとも我々にとっては招かれざる神なのでご遠慮申し上げましたが」
「新たな神だの人を操る設備だのを勝手に手に入れられては困る、という事か。
教会内も血なまぐさい事だ」
「いえいえ、貴族様達ほどではありませんよ」
大公爵の言葉に、法王は薄く微笑んで否定した。その顔は闇夜を写し取ったように浅黒かった。
次回、第14章「悪役令嬢とドワーフ王国の神王獣」
第184話「ドワーフ王国に行ってみよう!」
読んでいただいてありがとうございました。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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