第182話「次は私がお相手いたします。お覚悟ください」
既に鎧を纏っているアデルが物凄い勢いで走ってきたかと思うと、その勢いのままドローレムに蹴りを食らわせた。
ドローレムも本調子ではないためにまともにそれをくらい、教会の方にふっとばされるのを耐えるのがやっとのようだ。
「お待たせいたしましたクレア様。後は私におまかせを」
「クレアさん! 大丈夫!? 怪我してるじゃないの!」
後から追いついてきたロザリアが慌てている。クレアがドローレムに切られれた時の出血でドレスが赤黒く染まっていたのを大怪我していると思ったらしい。
「お姉さまも? どうやってここが? いや私は自分で治したので大丈夫っスけど」
「お嬢様は待っていて下さいと言いましたよね? 危険ですのでクレア様と共に下がって下さい」
アデルは巨大な篭手の拳を構えて警戒するが、ドローレムはというと、ダメージの蓄積が大きいのかすぐには攻撃を仕掛けてくる様子は無かった。
「なんだかわかりませんがかなり負傷しているようですね? 今の貴女なら私でも何とかなりそうです」
「本当にそうか?」
「仮に今の戦闘力が貴女の方が上だとしても、私は貴女に負けるわけにはいかないのです」
アデルが構えの通り勇壮にドローレムに言い放つのをロザリアとクレアは頼もしく思った、この子が味方で良かったと。だがその思いは後に続くセリフで少々ゆらぐ事になる。
「お嬢様は以前言われました。
『あのドローレムって子、アデルとキャラが被ってるわよねー』と、
無口キャラは! 2人も!! 要りません!!!
何が何でも貴女をここで始末させていただきます!」
アデルは思いっきり私情をはさんでいた。
「いやあの、アデル? アデルさん?」
「アデルさん……」
「??????」
ロザリアやクレアはともかく、ドローレムまでが呆気にとられている。
「意味がわからないがお前も邪魔」
ドローレムが残っている黒い表皮を変化させて触手を叩きつけてくるが、
アデルはそれを拳でさばき、脚で蹴り上げ、攻撃の軌道が変わった所を一気にドローレムとの距離を詰める。だがドローレムは逃げの一手で後方へ飛びずさって距離を詰めさせず、アデルの拳は届かない。
「お前の攻撃範囲はもう知っている、近づかなければ問題ない」
ドローレムは高く飛び上がり、上空から何本もの触手を爆撃のように地上のアデルに打ち込んできた。
「アデル!」
「アデルさん!」
ロザリアとクレアは思わず声を上げるが、アデルは動じていない。
「大丈夫です、現状全く問題ありません。お二人共危険ですので近づかないで下さい」
言うが早いか、アデルの巨大な籠手が通常サイズに縮小する。そしてスカートに手を添えると投げナイフを取り出してドローレムに投げつけた。だがそれはドローレムの触手爆撃に弾かれ、地面に落ちる。
「こんなの1本投げた所でどうって事無い」
「誰が1本だけと言いましたか?」
そう言うとアデルは続けさまに何十本もの投げナイフを投げ始めた。いったいどこにしまい込んでいたのかというくらいの数を。しかも弾かれて落ちたナイフも回収して投げ直すのでその数は減る形跡が無い。
次第にドローレムは攻撃を仕掛けるどころではなくなり、触手で自らの身体を守りだした。
「どうやらそれがあなたの手数の限界のようですね。ならば、上回れます」
次にアデルがスカートの脇から引っ張り出したのは10本くらいの短い棒をヌンチャクのように鎖でつないだものだった。
先端に刃物の付いているそれは、振るわれるとムチのようにしなりながら上空のドローレムに襲いかかる。その動きは大ぶりなだけにドローレムは苦もなく触手で防ごうとした、
しかしそれはその動きを誘う為のものだったようで、アデルは一気に引き戻し、手元で何かを操作すると短い棒は1本の長い棒となり、槍へと変わった。
戻した勢いのまま槍はアデルの後方の地面に突き刺さり、石突き(槍の末端)が地面にめり込んで槍が大きくしなる、そこをアデルは槍を持つ場所を先端側に持ち変え、棒高跳びの要領で一気にドローレムと同じ高さまで跳躍した。
「お覚悟!」
槍の一閃がドローレムの顔面を襲うがドローレムもそれを防ぐ。
逆襲とばかりに槍に対抗して触手による刺突をアデルに繰り出すが、
アデルはそれに合わせて槍を突き出し、さばきながらドローレムを攻撃していた。
触手はアデルの槍ほど精密には動けないようで、次第に防戦用と攻撃用に役割を分け始めた。
が、それは手数が半分になる事を意味する。さらにアデルは本来飛べるはずが無いが、攻撃する際に槍でうまく触手を抑え込んで自分の身体を持ち上げ続けて空中での高度を維持していた。
「す、すっごぉ……」
「アデルさん、あんな事もできたんですね……」
地上でロザリアとクレアが感心する中ついにドローレムが押し負け、上から叩きつけるように振るわれた槍で叩き落された。
アデルはそのまま槍を腰だめに構え地上に向けて追撃を狙うが、死にものぐるいのドローレムは地面に叩きつけられた瞬間、なんとか受け身を取って竜巻のように触手を振るってアデルを迎え撃つ。
攻撃が届かないと見切ったアデルは槍を風車のように回転させてそれを弾き、ドローレムから離れた位置に着地した。
「ふむ、勝てるかと思いましたが互角といった所ですか、なかなか勝負がつきませんね」
アデルはそう言うが息は全く上がっておらず、
対するドローレムはかなり疲労しているようで、息も上がっていた。
互いに距離がある間に少しでも有利にしようと思ったのか、アデルは槍の穂先を取り外し、またもやスカートの脇から取り出した小型の剣を穂先に取り付け、槍というよりは薙刀のように手早く組み替えていた。
「お前、どれだけ武器を隠し持っているんだ……?」
「おや、ご存知無かったのですか? 我々侍女やメイドのスカートには様々なものが収納されているものなのですよ? 私の場合はスカートの中が武器庫なのです」
「マジか、知らなかった。怖いな侍女とかメイドって」
そんなわけはない。
ドローレムも手数よりは精度を取ったのか、触手は腕から生やした2本だけに絞り、第2ラウンドが始まった。
そのまま槍と触手の打ち合いが始まるかと思われたが、今度はドローレムが空中から魔法弾を何発も打ち出してきた。アデルはこれはさばけないと避けるが、その隙を狙って繰り出されてきた触手を槍で受ける形になる。
ドローレムはアデルが自分の魔法弾は避けるしか無いと見切ると空中に浮かびながら何発も魔法弾を放ちながら、上空に巨大な魔力の塊を作り始めた。
「避けるしか無いならこれで一気に決める!
お前は魔法が使えないか、弱い魔法しか使えないようだからな!」
「おや、私が魔法をまともに使えないと誰が言いましたか?」
アデルは不敵に言い放つと槍を地面に突き立て、
脚で器用に触手をさばきながらスカートの脇から巨大な金属製の何かを取り出して構えた。
それは長い銃のような形をしていたが、握る所の上側にハンドルが付いており両脇には長いパーツが付いて銃身が三本のライフルのように見える。握り手は木製で、金属製の表面には精緻な細工が施されている。
右手で握り手を握り、左手で勢いよく何度もハンドルを回転させると両脇に付いていたパーツが銃の先端を支点として広がり始めた。それと共に銃本体に魔力が充填されてゆき、先端に魔力の光が灯る。
「何だ?それは?銃なんかが私に効くと思うのか?」
「銃ではありません、これは魔杖弩です」
アデルの言葉通り、ハンドルを回し続けているそれはしだいにクロスボウの形になり、広がった弓には光る魔力の糸が弦となって伸びていた。
魔力はハンドルを回すごとに弓と弦を通して円状に循環し続けて圧縮が進んでいるようで、
既に上空のドローレムのそれを上回る魔力が圧縮された魔力の矢が装填されている。
「ひっ……」
勝負を焦ったドローレムは慌ててアデルを牽制しようと触手を繰り出すが、逆にアデルはその触手の上を駆け上り、上空へ躍り出た。無言で引き金を引くと魔力が込められた光の奔流がドローレムを襲う。
ドローレムは咄嵯の判断でアデルの懐に飛び込み、自分の溜め込んでいた魔力をドローレムの放った一撃に誘爆させた。互いの魔力は反応し合い、対消滅と爆発が起こり、爆風で2人は吹き飛ばされて地上へと落下する。
ドローレムはかなりのダメージを受けており、立つのがやっとだったが、
爆風が収まるとアデルは盾を構えてほぼ無傷だった。
「いやお前……、そんなの持っていたか?」
「折りたたみの盾くらいは侍女の嗜みです。それとも、まだやりますか?」
アデルの(ドローレムから見れば)意味不明な気迫に押され、
この場を不利と見たドローレムは引くしか無かった。
後にアデルが語るには、
「あの時は手持ちの武器を全て使い切っておりましたので、
あのまま行くと全滅だったでしょうね。最後のは単なるハッタリでしたよ?」
との事で、その時のアデルは無表情にドヤ顔という、物凄く器用な顔だったとか。
次回、第13章最終話、第183話「聖女の叙勲式」
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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