第181話「逃げてばかりじゃ駄目」「それはこっちのセリフっす!」
クレアはフェリクス達と共に教会から大急ぎで脱出したが、
目の前の風景はまるで見覚えが無く、フェリクスに聞いてみても同じ答えだった。
大勢いた信者の姿も見えず、どこか遠くへ逃げたようだ
「表には出たけど……、ねぇ、ここって一体どこなのよ!?」
クレアが連れて逃げて来た聖職者の胸ぐらをつかんで聞き出した場所は、王都から馬車でも1時間程の所だった。
歩いて戻れない距離ではないが、ドローレムを引き連れて帰るわけにもいかない。
何よりも王都に被害が出るような事は避けたかった。
「ここで食い止めるか、追っ払うしかないかぁ。
うまくすれば王都から応援も来るかもしれないし」
だが悩んでいる暇は無かった、
大きな音と共にドローレムが地下室どころか教会の屋根までを突き破って飛び出してきた。
「まずい! フェリクス先生は隠れてて下さい! ほらあなたも!」
クレアはフェリクス達から少しでも引き離そうと教会からできるだけ遠くに逃げようと走ったが、
上空を黒い影が通り過ぎると、ドローレムがあっさりと追いついて行く手を阻んだ。
「逃してくれそうにも、無いっスよね? 他にもお仲間がいるの?」
「心配しなくてもここにいるのは私だけ、お前に借りを返させてもらう」
ドローレムは姫猫祭の時に散々な目に遭わされたのを結構根に持っているらしい。
クレアは自分に対して執着するというなら、
それを利用して少しでも時間稼ぎをする事にした。
「そういえば、どうしてここがわかったの?
その口ぶりだと私を狙ってここに来たみたいだけど」
「ここに来ればお前が1人でいると言われた、
事のついでにお前への借りを返させてもらう」
「ついで? 何の? 誰から言われたの?」
「お前が知る必要は無い、あと時間稼ぎをしようとしても無駄だから。
ついでに言っておく、さっきはお前の魔力が感じられなくて見つけられなかった。
また魔力隠して逃げでもしたら、今度はここから王都までを無差別に破壊していく」
「(読まれてたかー。どうしようかなぁ、防戦一方になる気しかしないよ)」
クレアの装備ときたら杖は無い上に、着ているものは借り物のドレスなのだった。
唯一手元に残っている装備のドレスアーマーを纏い、
ひとまず動きやすくして防御力は高めたが、あまり効果があるとは思えなかった。
「守ってばかりじゃ勝てない」
「守ってばかりだと思う?」
「思う、お前には杖が無い。魔力の制御が下手になってる」
戦闘が始まってもクレアは防戦一方だった。
相手が触手を伸ばして攻撃してくるのを防御しつつ魔法弾で攻撃しても、
魔法の精度が悪い為にドローレムにはあっさりと避けられていた、
そもそも狙い通り飛んでいない。
元々クレアは戦い向きの訓練をしておらず、
最近は専ら後方からの魔法ばかり使っていた弊害だった。
また、ドローレムは飛べる事もあって、
クレアの攻撃範囲の外を飛び回るので動きを捉えるだけで精一杯な有様だ。
このままでではダメだと、クレアは拳に魔力を集中させて、
ドローレムが近接戦闘を仕掛けてきた所にカウンターを狙った。
「ここで! ヒーリングパンチfeat.光!」
「遅い」
「遅くない! このままヒーリング・バースト!」
クレアは避けられて空振りした拳を地面に叩きつけると、
上空で傘のように生成した半球状の魔力障壁で自分ごとドローレムを包み、魔法を発動した。
制御が追いつかないので障壁は無駄に大きく、内部はかなり広い、
その広い空間内を無数のヒーリング弾が内側に向けて飛び交うが、
クレアは多少の衝撃を受けるだけで身体に影響はない。
「これなら数撃てば当たる、ってえええ……」
その数撃てば、をドローレムは全て避けていた。
超高速で動いては止まりを繰り返し、飛び交うヒーリング弾を全てかわしている。
「こんなのよけるのは簡単。
前回のは狭かった上に不規則に爆発するからやられただけ、死ね」
「うわっ!」
まさか結界内部で攻撃を避けながら斬りかかってくるとは思わず、
クレアは反応が遅れて鎧すら切り裂かれ、
左の鎖骨から胸にかけて大きな傷を負ってしまう。
刀身は明らかに心臓にまで達していた。
前世でも感じた事のある闇へと一瞬で落ちていくこの感覚、
クレアの脳が酸素供給を絶たれて目の前が暗くなる。
ドローレムは無情にもクレアから刃を引き抜いて蹴り倒す。
だが、直後にヒーリング弾が当たり、一瞬にしてその傷は治ってしまった。
「なにそれずるい」
「……がはっ!げほっ!コヒュー、はー、はー」
強制的に再起動させられた心肺機能を補うべく、クレアの全身が酸素を欲していた。
必死で深呼吸で呼吸を落ち着けて脳内麻薬が切れた瞬間、身体に激痛が走った。
「痛っだー!! う”お”ー!痛っでー!
骨がゴリッて言ったー! 抜く時ガリって響いたー!
いたたたた……ずるくないっス、これで即死しない限りは絶対に負けない!」
涙目で痛みにのたうち回っている。瞬間的に傷が治ったとはいえ、一瞬だけでも感じる激痛はどうしようもないのだ。
だがこれで形成はほぼ互角になったと言える。
ドローレムは絶えずヒール弾を避け続ける必要があるのに対し、
クレアは自分の身を守りさえすれば良い。
そのまま2人はしばらく戦闘を続けるが勝敗は決まらないままだった。
ドローレムは状況を面白がっているのか、
さっさと勝負を決めようとしないのは幸か不幸か。
「けど、これではいつまで経っても勝負は決まらないっスよねえ。
仕方ない、あれやってみるか」
クレアは一旦距離を大きく取ると拳に再度魔力を込め、
球状障壁の中心に跳躍してその地面に再度拳を叩き込んだ。
それと共に障壁は光を増し、打ち出されるヒーリング弾はさらに太くなる。
「多少強化した所で無意味」
「意味が有るか無いかはすぐわかるっス!」
クレアは手からヒール弾を乱射してドローレムを牽制するが、
それすらもドローレムはあっさり避ける
「だから無駄と言った」
ドローレムが超高速で斬りかかってきた瞬間、
クレアは自分の身に防御壁を展開すると障壁を中和しながら突き破って外に飛び出した。
その瞬間、障壁はヒール弾をさらに内側に向けて乱射し始めた。
意図的に中心部分は弾数が少ない。
「逃げても無駄、こんな障壁すぐ破れる」
「そうはさせない!試作魔法の封印を限定的に解除!
一点生滅!ヒーリング・インプロージョン!」
クレアは飛び出して着地した瞬間振り返ると、両手で何かを押しつぶすような仕草をする。
その瞬間、球状の障壁は内側に向けて凄まじい勢いで収縮し、爆縮した。
これまで内部に向けて無差別に乱射していただけの状態から、
内部の1点に向けて障壁ごと爆縮させて全魔力を叩き込んだのだった。
いつもの通りもはや治癒魔法ではなくなっており、
1点を狙う為にその威力はすさまじいの一言だった。
完璧に発動したものをまともにくらうと周辺の物質は原子単位まで圧縮された上、
一瞬だけ発生するマイクロブラックホールによって、
周辺の物質ごと事象の地平線の彼方へと旅立つ事になる。
後に残るのは半球状に抉られた地面だけだ。
今まで使用しなかったのは、開発してみたはいいものの、
障壁の外側から障壁内のある一点に目視で狙いをつけるのが難しい上に、
対象が中心以外にいる時は不均一な爆縮の制御が難しいので、
杖を使っても失敗する事が多かったのもあるが、
とある大きすぎる要因が使用をためらわせていたのだった。
以前練習していた時に、
魔法発動後の地面が綺麗な球状に凹んでいるのを不気味がったアデルの、
「いったいこれはどういう原理なのですか」
という質問にロザリアとクレアが前世の知識でかろうじてわかる範囲で答え、
「この大地は、実は球状になっている」
「なるほど、空には丸い月もありますし板状よりは現実的ですね」
「よく分らんが物凄く大きな物質は引力という力で物を引き付ける」
「なるほど、それらが引き寄せ合えば巨大な球体になる、
人はその上に立っていて、それが星だと。
先程の丸い大地という概念とも矛盾しませんね」
「だから物凄く大きな物質を圧縮すると、
超重力の塊ができて全てのものはそこに吸い込まれる」
とブラックホールの説明をした所でアデルの顔色が変わり、
「そんな危険な魔法を地上で使わないで下さい!
この大地全てが飲み込まれたらどうするつもりだったのですか!」と、
久しぶりのガチギレで正座させられて説教を受けて以降、使うのを見送っていたものだった。
なので”試作魔法の封印を限定的に解除”というのに特に意味は無く、
単にクレアの中二病趣味と、アデルが怖いから使わなかっただけなのだ。
「中心におびき寄せたから当たってるはず……」
空間ごと一点に収縮させるので、
発生した局所的な爆風が巻き起こした粉塵が収まった時、
ドローレムはそこに立っていた。
だが無傷とはいかなかったようで、身体を覆う黒い外皮の多くが失われ、
白い肌にも幾筋もの青黒い血が流れている。
「仕留められなかった……!」
クレアはアデルに怒られるというリスクを犯してでも放った切り札が失敗した事に絶望を感じる。
元々あてずっぽうに近い狙いのうえ、杖を持っていない為に爆縮の精度も不完全だったのだ。
その為に威力は激減してしまい、そこをドローレムは耐えきった。
「なかなかの攻撃だったが抵抗しても無駄、そろそろ終わりにする」
ドローレムが残った黒い外皮を使って腕に剣を作り出し、振り上げる。
クレアはそれを見ているしかできず、絶望が心を支配して立ち尽くしていた。
「いえ、無駄ではありませんでした」
「クレアさーん!」
次回、第182話「次は私がお相手いたします。お覚悟ください」
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