第179話「ようこそ聖女」
「クレア嬢の行方の見当はついたのか!」
「ははっ、関係者が多いだけにすぐに絞り込めました、現在は使われていない教会のようです」
「すぐに兵を送り込め、私も指揮のため同行する!」
「ははっ!」
ここ最近おかしな動きをしている教会に絞り込んで調査した所、
近頃妙に人が集まり、修繕を繰り返していたが一向に使われる気配が無い教会が浮かび上がったのだ。
リュドヴィックは報告を聞いて即座に行動を開始した。
「うわあああああ!」
「聖女様!天使様!苦しむ事はありません!貴方様本来の姿に戻られるだけです!」
クレアは禍々しいシンボル像の前で椅子に縛り付けられた状態で叫んでいた。
周囲の聖職者達は儀式が上手くいっていると思い、歓喜の声を上げている。
だが、現実は違った。
クレアには何の変化も起こっていなかった。
「ちが……、そうじゃなくて……」
どうしよう……、何も感じない! 何も! 感じ! 無い!
普通こういうのって、私が私で無くなるー、とか!
私の中に入ってこないでー! とか! そういう感覚があるんじゃないの!?
何も感じないんだけどー!?
しょうがないから叫び続けてるけど、この後どうすれば良いってのよ!?
いやそりゃそうでしょ!
日食の時に変な像の前に連れてこられて目が光ったからって何だって話っスよねー!
場の雰囲気に飲まれてつい叫んじゃったけど、マジ何なんスかこの状況ー!!
しばらくしてクレアが静かになり、儀式が終わったと感じたのか聖職者達が一斉に声を上げた。
「さぁ、天使様。我々にお言葉を!」
「我々に救いを!」
「我等に祝福を!」
「我らに導きを!」
「どうか、我らに御身の力を!」
「……あの、なんていうか、その、すみません」
「……は?」
クレアの言葉に微妙な空気が流れる、そして困惑したような沈黙が訪れる。
どう見ても儀式が成功したようには見えない、日食の見える天窓から空々しい風が吹き抜ける。
「いえですから、何も体調に変化がありませんし、
何も起こってないんです、けど……」
「そんなはずはない!聖なる光の魔力を持つ聖女を捧げれば、
外なる神との交信が可能となると確かにお告げがあった!」
「いやそんな事言われても……。ん?光の魔力?
あの、今、私魔力を最大限に抑制されてますよね?普通の人と変わり無いからでは?」
クレアの指摘に周囲がざわつく。何人もの聖職者達が集まり、ひそひそと相談を始めた。
「どうする?一理あるが……」
「反撃されたら怖いしなぁ」
「だがぐずぐずしていると日食が終わってしまうぞ」
などと話しているが正直やめてほしい、そういう段取り悪いのを見せられるとかなり反応に困る。
意見がまとまったらしく、1人の男性が前に出てきた。
「あの聖女様、今から抑制を緩めますが、暴れないで下さいね?」
「え、あ、いややっぱり止めておいたほうが良くないですか?」
「いえ我々も儀式が終わらないと困りますので」
「いえ私の方は何も困りません、このまま滞りなく何事も無く終わって欲しいです」
クレアの抗議は通らず、ネックレスに巻かれていた布が解かれてツマミが回され、
少しずつ抑制が弱められる。
それと共にクレアの内部にも魔力が戻る感覚が来るが、
肝心の乗り移られる感覚は一切無かった。
「聖女様、どうですか?何か感じますか?」
「はぁ、魔力は戻ってきてるのは感じてるんだけど何も……。
もう少し抑制弱めてもらって良いですか?」
クレアは何一つ起こらないこの状況に、
やだなー、このまま何も起こらなかったらどうしよう、
みんな怒り出すんじゃないかなーと心配になっていた。
そもそも自分が聖女だという自覚どころか、
お告げがあったとか、転生の時に女神と対面したとかの記憶も無い。
「もう少し……、結構戻ったはずですが、本当に何も感じませんか?」
「いえまだ……、もう少し戻してもらえません?」
クレアはこうなったらギリギリまで粘ろうと思ったがそうはいかなかった。
なかなか変化が起こらない事に苛立った聖職者達の間から疑問の声が上がり始めた。
「おい、いい加減にしろよ、大分魔力戻ってるはずだろうが。
何も感じないなんてお前本当に聖女か?」
男の言葉にクレアは一瞬動揺したが、怒りが湧き上がってきた。
「(ほらこうなったー!知らないよ私が聖女かなんて!
周りが勝手に言ってるだけだしー!
あーわかったよ!そんなに言うなら乗っかってやるよ!)」
と、なかば自棄で相手をする事にした。
「ああー!来た!何か来た!何か凄いのが来た!」
と、内心『大丈夫か私は』と思いながら、
わざとらしい悲鳴を上げて椅子の上でもがき始める演技をした。
「おおー! ついに!」
「もう少し魔力戻ったら本格的に復活するかも! はい戻して!」
「で、では少しだけ!」
「もう一声!」
「はい! これで完全に戻ったはずです!」
「引っかかったな! もうこんなバカバカしい事に付き合ってられるか!」
とクレアが拘束を魔力身体強化で破壊し、その場から飛び去ろうとした時、世界が止まった。
――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・
《ようこそ聖女、こちらはインフォメーションポートです。何がお望みですか?》
「あー、ここ、セーブポイントだったのか。多少は真実が入ってたのね」
《否、こちらはあくまで救星機構の制御管理および情報を提供する為のポートです。
ツァラトゥストラとの接続まではしておりません。
意識に直接超高速通信を行っておりますので転送まではしておりません。
現在の進捗をお知りになりたいですか?》
「どっちでもいい、それよりこいつらは”外なる神”と言っていたが、それはお前らの事か?」
《情報が少ないため不明ですが可能性はあります。
ですが我々は干渉する事を禁止されておりますので彼らが知るはずはありません》
「だがどう見ても彼らは知っていたぞ?どこから情報が流れた」
《回答の精度を落として答えさせていただきますと、
何者が情報を流して精神汚染を引き起こした可能性はありますが、
我々だというログは残っておりません》
「という事は別勢力か? はぁ……、時間が無いというのにまったく面倒な」
《他にも何かご質問はありますか? 危険が迫っておりますが》
「質問と言われても……、ちょっと待って、危険!?」
《はい、私自身のシステムは攻撃によりほぼ破壊された状態ですので、
現在はメモリーに残っている情報だけでやり取りしております。
なお、そろそろログがメモリーを圧迫しつつありますので、
強制的に現実空間に戻させていただきます》
――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・
「おお!? 聖女様!? 何をなさいます!?」
「暴れないと言ったでしょう!?」
クレアが気がつくと、そこは祭壇の上だった。
既に拘束を破壊し終わって聖堂の入り口にまで飛ぼうとしていた所だった。
「……えーと? あれ? ……暴れるに決まってるでしょう!
私は自分が聖女かどうかなんてどうでもいい!」
クレアはこのまま一気に逃げようと思ったが、そうはいかなかった。
「みつけた」
少女の声が聖堂内に響き、禍々しいシンボル像とは違う異形の影がクレア達の足元に落ちる。
見上げると先程開いていた窓の枠に、日食を背にしたドローレムが立っていた。
次回、第180話「まずい!逃げ……るわけにはいかないっス!」
読んでいただいてありがとうございました。
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