第176話「えっと、ここどこっスか?」
王城のとある控室では朝からリュドヴィックを始めとする面々が慌ただしく動いていた。
今日の主役であるクレアがいつまで経っても現れないためだ。
さらにそのエスコートをするはずのフェリクスまで同様だった。
リュドヴィックは焦った様子で部屋で何人にも指示を出している。
「ロゼ、そちらでも行方はわからないのか?」
「はい、どこにも姿が見えなくて。クレアさん……、どこに行ったのかしら。
まさか2人で手に手を取って駆け落ち……とか?」
「いやロゼ、今どきそんな古風な……、だったら一言くらいあるだろう。
叙勲式の当日にいなくなるというのが不自然だ。
クレア嬢は叙爵をそんなに嫌がっていたのか?」
「いえ……、この際だからもらえるならもらっておこう、
というくらいには受け止めてくれていた、と思うんですけど」
リュドヴィックがロザリアに問い詰めるように尋ねると、
ロザリアは困り顔になりながら答えていた。
実際、今日に至るまでの数日、クレアに変わった様子は無かったはずだ。
主が困っているのを察したアデルはリュドヴィックに声をかける。
「差し出口を挟む事をお許し下さい。
フェリクス様なのですが、クレア様の来年の新成人の舞踏会でのドレスや、
それの着付けに関する問い合わせが先日ローゼンフェルド家にあったそうです。
当日はお嬢様と共にローゼンフェルド家から出発する形にできないか、と。
そのような段取りを取られている方が駆け落ちなぞするでしょうか?」
「そういえばそれに関しては私の方にも相談があったな。
迎えに行く時間を合わせようとか何とか、
少なくとも駆け落ちするならそれらの段取りを取りやめるくらいの言伝てくらいはするはずだな……。
ましてローゼンフェルド家も絡むとなると」
「片方ならともかく、両方というのがあまりにも不自然です。
お二方とも何かの事件に巻き込まれたか、もしくは……」
「何者かが拉致したか、か?
だがフェリクスはともかくクレア嬢をどうにかできるものだろうか?
彼女は戦闘向きではないとはいえ、当代最強の魔法使いと言っていいぞ?」
「そこなのですよね……」
アデルの指摘にリュドヴィックも一定の理解を示すが、クレアの戦闘力を持ってすれば、
よほどの相手でない限り返り討ちにしたり、囚われていても脱出は容易なはずだった。
「リュドヴィック、まだ2人の行方はわからんのか?」
「はい陛下、八方手を尽くしてはいるのですが」
控室の扉が開き、国王であるリュドヴィックの父と、宰相であるロザリアの父が入室してきた。
その答えは予想していたのか、宰相と国王は無言で目を合わせると、揃ってため息をつく。
「陛下、叙勲式は午後となっているのでまだ時間はあるのですが……、
どう考えても静観が許される状況ではありませんな」
「何者かが横槍を入れようとしたにしては、フェリクスまでというのが解せん。
あいつも一応王族だぞ? 宮廷内にも噂くらいは流れているだろうに」
「手を下したものは、余程の命知らずか酔狂な人物としか思えませんな」
家名はあるとはいえ一応はまだ平民のクレアはともかく、
フェリクスを誘拐したとなると重罪では済まなかった。
貴族ならお家取り潰しくらいは十分にありえたからだ。
営利誘拐としてはあまりにもリスクが高すぎる相手というしかない。
「あの、リュドヴィック様、そういう酔狂な人といったら、1人心当たりがあるんですが」
「大公爵か……」
ロザリアはリュドヴィックに昨日クレアと会った時の事を話した。
「お姉さま、フェリクス先生の事、元王子様だってご存知だったんですね」
「ああ、フェリクス先生から聞いたのね。
ごめんなさい、事情が事情な上に、あの人の父親がこの国でも重要人物過ぎて、
簡単に口にするわけにはいかなかったのよ」
「いえまぁ、それに関しては気にしてません。
それよりご存知でしたか?フェリクス先生の子供の頃の話」
ロザリアのタウンハウスに用事があって来たクレアは、
ドレスを着せてもらったついでにお茶会をしていた。
「そんな事が……、ごめんなさい、それは知らなかったわ。
数年間行方知れずだった、というのは知っていたけど」
「フェリクス先生、豪華な貴族屋敷の中でホームレスみたいな事してたそうですけど、
実の父親なのにどうしてそんな事ができるんスかね?マジ神経疑うんスけど」
「クレア様、口調。世の中には様々な人がいるんです。
そういったものを欠落して生まれてきたか、
育まずに大人になってしまったような人がいるものなのですよ」
お茶のお代わりを入れていたアデルはクレアに諭すように言った。
「はぁ……、地位もお金も家もあってもなんだかかわいそうですね」
「大公爵の事については私も色々と聞いた事があるわ。
でもまさか実の息子に対してそういう事をするなんて」
「フェリクス先生ってああ見えて家とか帰る所に執着も無さそうなんですよね。
ずっとお城で王太子様の居候やってるみたいですし」
クレアの言葉にロザリアはフェリクスの過去の行動に納得していた。
医学で大勢の人を助けるのは良いとしても、自分自身を省みず、
クレアを倒れる寸前までこき使う等、配慮に欠ける所があったからだ。
単に人が良いというのとはまた違う気がしていた。
『人が良くてもなんだか変わった所のある人だなーと思ってたけど。
そういうちょっと歪んでも仕方なかった部分があったのねー』
「で、クレアさんはフェリクス先生の事、今はどう思っているの?怖くなった?」
「いえ、その話を聞いて支えてあげる、というのはおこがましいですけど、
帰ってくる場所くらいになれたらいいかなー、と思うようには」
「おやおや」
「なんスかお姉さまその反応は」
「おやおや」
「アデルさんまでー!」
ロザリアとアデルの冷やかしにクレアは顔を真っ赤にしている。
とはいえ、クレアの思いを知っている側からすれば微笑ましいの一言だ。
「でも、良い事じゃない、この後もフェリクス先生に会うんでしょ?」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
クレアはこの後フェリクスと共に又仕立て屋に行き、
仮縫いのドレスの調整や、それを元にデザインの微調整を行うはずだった。
クレア的にはさすがにあの店にもう一度制服姿で行くのも女子としてどうかというので、
今日はロザリアにドレスを借りに来ていたのだ。
リュドヴィックに話し終えたロザリアは改めて心当たりを思い出していた。
とはいえ思いつくのはその仕立て屋くらいだった。
「クレアさんは昨日仕立て屋に行くって言ってたんですけどね、フェリクス先生と。」
「何!? どうしてそれを早く言わないんだロゼ!」
「私も、真っ先に仕立て屋に聞きに行ったんですよ。
そしたら、何事もなく終わって帰ったと言われて」
「そう、か、すまなかった、だとすると手がかり無しか。
せめてその仕立て屋から先の足取りを辿ってみるか」
リュドヴィックはロザリアの話から何か糸口が掴めないか考え始めたが限界はある。
後は捜査範囲を広げるくらいしか無いのだが王都は広い、捜索の人員を増やすにしても時間がかかる。
まして叙爵・叙勲式までは半日も無いのだ、焦りだけが募る。
「……ん?うーん?」
目を覚ましたクレアは、椅子に座らされている自分の手足が拘束されている事に気づく。
何だこれ、と身体強化で引きちぎろうとするが力が出ない。
だったら火で燃やすか、と魔法を使おうとしても発動する気配もない。
「あ、魔力抑制が最大になってる……?って、これまずくない!?」
胸元のネックレスには操作をさせないようにか、布が巻かれていた。
この状態ではクレアは身体能力含めて普通の人と変わらなくなってしまう。
「ここ、どこ……?」
見回すと石造りの部屋の中は飾り気が無くがらんとしており、窓はカーテンで覆われている。
牢屋というほどではないが、あまり居心地の良い場所では無い。
どうしようかと悩んでいると扉が開く音が聞こえた。
クレアが目覚めた気配を察したのか聖職者のような服を着た人達が何人も入ってくる。
ような、というのは本来聖職者が着るローブとは異なり、
どこにもシンボルマークが入っていなかったからだ。
「お目覚めになられましたか、聖女様」
「えっと、どこかでお会いしましったっけ?あ?店員さん!?」
クレアにはそのうちの何人かに見覚えがあった。
クレアを拉致したのは仕立て屋の店員だった、しかも複数名の店員がぐるになっていた。
他の店員以外がいない時にクレアを呼び出し、着替えをと無防備になった時に、
クレアの身につけているネックレスの魔力抑制を最大にし、
その瞬間を狙って睡眠魔法で眠らせたのだ。
また、同時にフェリクス方には睡眠薬入りのお茶を出していた。
店員達は人知れず店から2人を運び出し、拉致の手助けをしていたのだった。
「あのー、これを解いて欲しいんですけど……、っていうか、帰りたいんですが」
「ご冗談を、聖女様はこれからずっと我々と共に暮らしていただきますので」
「は? えーと?」
そんな事を知らないクレアは呑気に話しかけるが、相手からは当然だが返ってくる言葉は冷たい。
聖職者っぽい格好をしているので、よく行く教会のシスター達とは全く雰囲気が違った。
「えっと、その格好って教会の人ですよね?どうしてまた?」
「それは私の方から説明させていただきましょう」
また別の人物が部屋に入ってきた。
その人物が着ている服は明らかに他と違い、
一目見ただけで高位聖職者のそれと分かる程のものだ。
「えーと、次から次へと人が来られても?誰?」
「こちらは司教猊下でございます。聖女様」
次回、第177話「だめだこいつら、話通じない」
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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