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第175話「廃王子フェリクスの過去」


「あの、棄てられた……って?」

クレアはフェリクスの言葉の意味が理解できなかった。

貴族の生活は詳しくは知らないが、

少なくとも貴族なら生まれた時から成人後の身の振り方まで決まっているはずだ。

それが親に棄てられた、という言葉がでてくる意味がわからなかったのだ。


「言葉その通りの意味さ、

 僕は10才にもならない年齢で衣食住全ての世話を放棄され、

 いないものとして扱われた。

 僕は、出られなくなった豪華な館の中で誰にも相手をされず、

 野生動物のように生きるしかなかった」

「……っ!」

「僕は自分が生まれた家の中で、生きる為に必死で食べ物や着るものを手に入れ、

 時には家の使用人に追いたてられたんだよ。

 残飯を漁り、時には生野菜をかじり必死で食いつないだ。

 もちろん中には僕に同情してくれる人や使用人もいたけどね、

 でもそういう人は気づいたら僕の前からいなくなってしまっていたんだ」

「どうしてそんな……、実の子供なのでしょう?」

クレアは信じたくはなかったが、 フェリクスが嘘をつくようには思えなかった。

だが話の内容があまりにも悲惨すぎてかけるべき言葉が見つからなかった。


「”暇つぶし”の一つだったんだろうな、

 政治の世界や社交界にも興味を無くしたあいつにとっての。

 医学を志したきっかけというのもね、

 病気になったら誰にも助けてもらえないから必死で本を読んで病気について学んだんだ。

 それが僕の原点なんだよ。

 夜、腹痛を起こして家の片隅でうずくまっている時、

 ああ、自分はここで死ぬのかと思った時の恐怖や絶望が、今も僕の心から消えないんだ」

 必死で心を落ち着けているうちに魔法の才能が開花して、

 ほんの少し治癒魔法が使えるようになってからは、

 書庫にこもって独学で魔法についても色々と学んだよ」

フェリクスの話を聞いているうちに、いつの間にかクレアは泣いていた。

普段通りの穏やかな口調で淡々とした口調だからこそ余計に辛かった。

フェリクスはそんなクレアの頭を優しく頭を撫でながら続けた。

その顔は優しいが、痛々しく思えてならなかった。


「とはいえ、そんな生活を3年も続けていると勝手に(ほころ)びは出てくるものなんだ。

 何と言っても嫡子が3年も姿を見せないんだからね。

 そして、僕もそれが異常な状態だとわかるようになった。

 世界はこの邸宅だけじゃない、もう飛び出してしまえってね。

 僕は様々な情報を集め、先程言ったようなあいつと現国王の確執や当時の(いさか)いといった状況を把握すると、逃げる事にした」

「3年間も……。お母様はご存知だったのですか?」

「母親か、物心つく頃には姿を見た事は無かったな」

フェリクスが言うには、貴族の婚礼は子孫を残す事が最優先される為に、

跡継ぎができた後は役割を終えたとばかりに、

それぞれに恋人や愛人を作って別居する事も多いらしい。

フェリクスの母も死んだという事実は無く、似たような境遇だったようだ。


「準備を終えた僕は夜中に屋敷を抜け出して、

 僕が唯一知る肉親である腹違いの姉が養子に出されたフォルトナート家に駆け込んだんだ。

 その姉というのが、クレアさんも知っている、エレナ先生なんだよ。

 僕にとっての幸運は、姉が僕の事を覚えていてくれたのと、

 フォルトナート家が中立の立場で誰にも横槍を入れられずに済むくらいの発言力があった事だね。

 姉は驚いただろうね。3年間世間に姿を見せなかった弟が、

 まるで獣みたいになって家に転がり込んできたんだから」


そう言ってフェリクスが自嘲気味に笑うのをクレアはただ黙って見ている事しかできなかった、

自分が子供の頃は、異世界転生した事に気づいた健康な肉体に感動して毎日野山を走り回っていた。

そんな自分を兄たちは呆れながらも見守ってくれていた。

同じ子供なのにどうしてこうも違う。


「僕は助けを求めに行きながら、

 それでもフォルトナート家の人ですら信用できなくなっていた。

 極度の人間不信に陥ってたんだな。

 まぁ色々あってフォルトナート家の人々に心身ともに癒やしてもらったんだけど、

 僕をこのまま返すわけにはいかないと、フォルトナート家の当主、つまりエレナの義父だね。

 彼が国王に掛け合ってくれたんだ、このままで良いはずがないと。

 で、僕は大公爵家からフォルトナート家の親族のレイ家という貴族の養子となって、

 王位継承権こそ無いものの、王族相当としての身分を保ってもらえた」

クレアはようやくフェリクスの置かれていた立場が改善したのかと一安心したが、

そう簡単には終わらなかった。


「だがまぁそれでもあいつはレイ家にまで嫌がらせを始めたんでね、

 僕は自分で国王に直談判しに行こうとしたんだ。

 いい加減お前らのくだらない兄弟喧嘩に巻き込むな、ってね」

「国王陛下にですか!?大丈夫だったんですか!?」

「警備が厳しすぎて未遂に終わったけどね。

 警備兵から逃げ回ってると偶然王家の居住区域に入ってたんだろうな、

 そこでリュドヴィックと出会ったんだ。

 僕は、ああ、こいつが今の王太子かと最初は少々喧嘩腰に接してしまったな。

 リュドヴィックの状況なんて知らなかったからね、

 僕はてっきり自分の代わりに良い暮らしをしてるのかと思ってたけど、

 話をしてみるとそうでもなかった」

その時の事を思い出したのか、フェリクスの顔は苦笑いを浮かべている。

クレアはフェリクスがリュドヴィックと妙に仲が良い理由を察した、

以前聞いた話ではリュドヴィックも子供の頃に色々あったからだ。


「実のお母様が亡くなられていて、王妃様の子として育てられていた、っていうあれですね」

「ああ、知っていたのか、まぁ今や公然の秘密ではあるからね。

 僕もリュドヴィックも、ろくでもない周囲に振り回されていたって事で妙に気が合ってね。

 そのまま王宮に住み着く事にしたんだ」

「い、意外と自由なんですね、フェリクス先生って。一応王子様ですよね?」

「僕は、帰る家なんてどこでも良かったんだよ。

 それに、あのままレイ家やフォルトナート家にも迷惑をかけたくなかったからね」

そういえば、フェリクスは自分の家を持たず、

今もリュドヴィックの食客として王宮に住んでいると聞いた事がある。

時には救護院や鉱山で寝泊まりしていた事もあった。

帰るべき家を持たず、むしろ家を持とうとしていなかった。

ずっと、それを変えられずにいたのか。


「そのまま数ヶ月は王宮で過ごしたんだけど、僕が医学の覚えがあると知った陛下が、

 このままこの国で隠れ住むように生きるより、

 留学してのびのびと生きたらどうだと勧めてくれたんだ。

 正直厄介払いだよなぁとは思ったけど、フォルトナート家も医者の家系だから、

 そのうちエレナも同じところに留学するからと聞いてね、それも良いかなと国を出る事にした」

「留学先は、楽しかったですか?」

クレアの問いに、フェリクスは一瞬懐かしそうな顔をしてから答えた。

それはこの話を始めてようやくフェリクスが見せた穏やかな表情だった。

その顔を見てクレアも少しホッとする。


「ああ、とても。誰も余計な干渉をしてこないから思う存分医学を学べた。

 それに僕は自分が世界で最も悲惨な少年時代を送ったと思っていたけど、

 そんなのは甘えだとも気付かされたよ。

 医学っていうのはどうしても金儲けと一体化しやすい。

 生命や健康を商品として売ってるようなものだからね」

実際、それはクレアにも経験があった。

どこかの豪商や貴族に『自分の金儲けの為にその力を使え』と言われた事があったからだ。


「でも、グランロッシュ国より国力の劣る国ではまともな治療を受けられない人々が物凄く多かった。

 医者にかかる事もできず道端で生命を落とす人なんて珍しくもなかった。

 その場で生命を救っても人生まではどうにもならず、また病にかかる人も。

 僕はそういった人々の中に飛び込み、皆で生きる道を探した。

 似た境遇の人達どうしで店を持ち、経営する事でより大勢の人を救えないかと試したり、

 だからロザリア様やクレアさんが孤児院の子供たちの為に、

 店の経営を手伝ったりするのを見て、懐かしい気持ちになったよ」

「あれはお姉さまの事をちょっと手伝ったり、横から意見を言ってただけで……」

「でも、誰もが見て見ぬふりをしている中、

 そういった事に手助けをしようとするのはとても素晴らしい事だと思うよ。

 それに、クレアさんは獄炎病の治療でも、本当に真摯に事に当たってくれた」

フェリクスはそう言うとクレアの手を握りしめた、突然の行動にクレアは頬を赤らめる。

そんなクレアの様子を見ながらも、フェリクスは言葉を続けた。

まるで、懺悔をするかのように。


「クレアさん、エスコートの事だけど、

 もしかしたら婚約を申し込んだように受け取られたかもしれない。

 でも正直言うとね、僕はクレアさんと家族になれるという気が全くしないんだ。

 いや、誰とも家族になれない気がする。

 僕には家族と呼べる肉親はエレナくらいだけど、

 そのエレナだって肉親としての情があるかと言われるとわからない。」

フェリクスのような少年時代を過ごしてしまっては無理も無いのかも知れない、

クレアはフェリクスがどれだけ傷つき苦しんできたかを想像し胸を痛める。

婚約を申し込まれたのかと浮足立っていた自分が少々恥ずかしくなる。


「それでもね、僕はクレアさんを大切には思ってるつもりなんだ、

 これは一方的で身勝手な思いだとは思う。

 でもクレアさんは率先して多くの患者の生命を救ってくれた。

 治療以外でも、その明るい性格で皆の心に希望をもたらしてくれたよね。

 僕はクレアさんの故郷で、あの成人の儀式で山に登ってクレアさんの育った村を見た時、

 ああ、帰ってくる場所ってこういうものなんだろうな、と生まれて始めて思ったんだ。

 そして、山の精霊か何かに祝福された後、僕を見て笑ってくれたあの顔が頭から離れないんだ。

 どうか僕に、その笑顔を守らせて欲しい」

それはフェリクスの精一杯の誠意を込めた言葉だったのだろう。


(ああ、私はこの人の何を見ていたんだろう。

 苦労知らずの坊ちゃん育ちで、恵まれた環境で医師になって、

 屈託なく患者さん達の健康を願っていたと勝手に思いこんでいた。

 でもこの人は辛い思い出に苦しみ続け、必死で生きてきたんだ。

 帰る家も場所も無く、家族も無く。

 この人の、帰ってくる場所くらいには……、なれるのかな」


クレアは自分の手を握るフェリクスの手を握り返し、答えた。

「エスコート、よろしくお願いします」



しばらくしてクレアの叙勲式の日が訪れた。

が、グランロッシュ城の城内の一部では騒然となっていた。

クレアとフェリクスが行方不明なのだ。


次回、第176話「えっと、ここどこっスか?」

読んでいただいてありがとうございました。

ついにブクマが200に到達しました!

(また減ってしまうかもしれませんが……)

生まれて初めて小説を書こうと思ってはや1年、

こんな早く到達するとは思ってもみませんでした。

これからもどうかご愛顧のほどよろしくお願いします。


基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

いいね・感想や、ブクマ・評価などの

リアクションを取っていただけますと励みになります。

作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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