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第173話「危機はまだ去っていないっス……」


「まったく、何やってんスかお姉さま!」

「いや~、やっぱり、心配?だったから?」

クレアがロザリアに詰め寄っている。

魔石具無効化での尾行がバレてカフェの個室からつまみ出されたロザリア達は、

仕方がないので普通のテーブル席で時間を潰し、クレアと共に退店していた。


「まったく、油断も隙もないね。」

「いや、まぁそれだけ皆で心配してたんだ、

聞けば2人ともこの数日ろくに寝てなかった所までよく似てたからな」

「ともかく、言わないといけない事はきちんと言ったからね。

 この後の店はついて来ないでくれ」

普段温厚なフェリクスでも多少イラっとはしていたのか、

リュドヴィックに対しても珍しく語尾が荒い。

クレアは「この人でもこんな言い方するんだ」と内心少し驚いていた。



ロザリア達と別れたクレアはフェリクスと共に大通りを歩いていた。

だんだんと王城が近づくのでクレアは嫌な予感がしてきた。

城に近づけば近づくほど高級店が軒を連ねる区画に近づいているからだ。

「あのー……、この後の店って何ですか?」

「まぁ行ってのお楽しみという所だね」

いや、だからそういうのが正直困るんですって、

とは口に出せないクレアなのだった。


フェリクスに連れて来られたのは王城に近い服飾街の大通りでもひときわ目立つ店だった。王室御用達とかのとんでもない所ではなかったが、

クレアにとっては超高級店に等しく、

うっかり町娘的な格好だったら店にすら入りにくくなる所だった。

「あの、ここって? 何の店ですか?」

「仕立て屋だよ、ドレスを贈らせて欲しいんだ」

「は? え? あの? ドレスなんて着る機会無いと思いますよ?

 あ、叙勲式の?」

「いや叙勲式はその制服でも良いと思うよ。

 新成人の舞踏会(デビュタント・ボール)のだよ、来年出席するんでしょ?」

「あ、はい。そのつもりですけど、あの、それって学生服じゃ駄目なんですか?」

「普通は駄目だろうね。形式とかきちんと決まったドレスを着る事になっているから。しかもそれを作るのって最低でも3~4ヶ月かかるんだよ?」

「ええ!?もう10月でその3ヵ月とか前ですよ!?

 じゃあもう用意していないといけないって事に?」

「そういう事、さぁ入ろうか」

「いやいや、えええええ?」

クレアはフェリクスに背中を押される形で店内に入店してしまった。

内装は豪華ではあるが品が良く、落ち着いた雰囲気である。

しかしクレアにとって落ち着けるような状況ではない。


「(いやマジで、お姉さまのお母様とかが言う、

 『殿方は気が利かない』ってこういう所なんスねぇ……)」

フェリクスはラフな格好でも気にしていないが、

事前情報の無かったクレアにしたら危機一髪と言った所だった。

ギリ言い訳の立つ制服姿で良かった、こういう店ではいくらクレアでも空気を読んだ格好をしたい。

店の中はクレアの知る前世の服屋とは全く違っていた。

多数の服がハンガーラックに並んでいるわけではなく、

服は見本のように壁に掛けられ、その隣には額装されたデザイン画が並んでいる。

店内の棚には多数の布地が巻物のように巻かれて収納されており、

中央にはそういった布やデザイン画を広げる為か大きな机が置かれていた。

いかにも職人の職場の一部を切り取ったような形式ではあったが、

やはり高級店らしくそれぞれの質はとても高く工房という感じは薄かった。


「ようこそフェリクス様、お待ち申し上げておりました」

「ああ、伝えていたように、この子の新成人の舞踏会(デビュタント・ボール)用の衣装を頼むよ。

 僕も彼女もよく知らない事が多いからどうかその辺を考慮して欲しい」

「かしこまりました、それでは、まずはデザインをお決め頂く事になります」

迎えてくれた店員もまた、服屋というより貴族なんじゃないのかというくらい上質な服を着用している。


クレアは店員の案内で机の前に座らされ、

デザイナーらしき人が目の前に広げる何枚ものデザイン画を見せられ始めた。

とはいえ、新成人の舞踏会(デビュタント・ボール)で着用するドレスは白というのが決まっており、

デザイン画もそれに合わせて描かれているので正直どれを見ても同じ白いドレスにしか見えない。よくよく見ればそれぞれ肩や袖のデザインが違ったり、布の構成や縫製の仕方が変わってはいる。

が、それを見分けられる程にドレスの形式を知っている訳ではなかった。


クレアが反応に困っていると、助け舟を出すようにフェリクスが口を出してきた。

「すまない、私は男なものでどれも同じように見えてしまうね。

 この子は控えめな子だから、

 あまり奇をてらわず保守的なデザインが良いと思うよ?」

「かしこまりました。

 それではシルエットその他は今年流行のこちらを基本とさせていただきまして、

 要所に刺繍を施すというのはどうでしょうか?」

「あまり他の令嬢から浮かず、馴染める恰好ならそれで良いと思うんだけど、

 どうかな?クレアさん」

「あ、は、はい、私もそれで良いと思います」

良いも悪いも全く判断できないが、ここはフェリクスに乗っかるしかない!と、

クレアはとにかくこの場を乗り切る方向に気持ちを切り替えた。


「それと、手袋と、靴と、あと何か必要かな?」

「そうですね、最小限のアクセサリーは必要ではないかと思います。

 イヤリングやネックレスくらいは身につけておくべきかと」

「じゃあそれも見繕ってもらえるかな?」

「かしこまりました」

クレアは目の前でポンポンと自分の為にいろんな物が買われて行くのを、

「大丈夫かこれ、支払いとかどうなってるの?」と気が気ではなかった。

とはいえ、この状況で「今何円くらいになりますか?」などという小市民的な事を言える雰囲気ではないのは肌でひしひしと感じる。胃が痛い。


「それではご令嬢様。どうぞこちらに、採寸させていただきますので」

クレアは別室に連れて行かれ、部屋の真ん中で採寸の為に服を脱げと言われるのかと思ったらいきなり服を脱がされ始めた。

「(そうかここは貴族相手の店だからか、貴族令嬢は普通自分でドレス脱いだりしないもんね)」とは思ったが、

妙に広い部屋の真ん中で服を脱がされるというのは体験した事がなく、

物凄く落ち着かない。

クレアは少し顔を赤くして俯いたまま、されるがままに服を剥ぎ取られていった。

店員は無言でメジャーを使いながらクレアの体のサイズを測っていく。

雑談しないで良いのは気楽だと、もう流れに身を任そうと心を無にする事にした。


「お疲れ様、クレアさん」

「は、はいぃ……」

クレアはようやく採寸を終えて制服を着付け直されて解放されたが、

化粧を施され、髪まで結われたので雰囲気はかなり変わっていた。

元々整った顔立ちではあったものの、

普段は化粧っ気が無かったのが服装に合わせて薄化粧を施されて普段より大人びて見える。フェリクスはそんな彼女に見惚れていたが、

当のクレアは慣れない事で疲れ切っていて気づいていなかった。


「お疲れ様でございました。今後の予定ですが、

 まずは仮縫いが終わった後で又お越しいただき、

 試着の上で寸法を調整させていただきますので」

「わかった。服の受け渡しはどうなるのかな?

 今彼女がしてもらっているような化粧や髪結いも必要になるかと思うんだけど」

「それはお客様がどのようにエスコートされるかによって変わります。

 ここで着付けさせていただいてもかまいませんが……。

 あまり外聞の良い事ではありませんね」

店員が言うには店でドレス一式を買った場合、

受け取りの際に店で着替えるのは貴族としてはあまりよろしくないという事らしい。

貴族であれば家でメイドや侍女により着付けられるのが普通なので、

外で着付けるのはその使用人達を蔑ろにしていると取られるようだ。


「わかった、それじゃローゼンフェルド家のタウンハウスに届けてもらえるかな?

 先方には僕の方から伝えておくから」

「か、かしこまりました」

店員は目の前の青年が城からの紹介で来た人物である上に、

三大侯爵家の名前まで出てきて内心冷や汗を流していた。

連れの女性は正直貴族らしくは無かったが、客と迎え入れた以上は店の名誉にかけて丁重に応対した自分を褒めたい気分だった。

店員は急いでメモにフェリクスの注文を書き取ると、一礼して部屋を出て行った。

「クレアさん、当日はローゼンフェルド家に迎えに行く方が何かと気楽だろう?

 それで良い?」

「あ、はい、もちろんです」

何だかわからないうちに、4ヶ月も先の事まで決められてしまった。

正直楽ではあるが、クレアにとっては『貴族って面倒くせぇ』という印象を強めるばかりだった。


店にいた店員が全員出てきたんじゃなかろうか、

という大人数で見送られてクレア達は店を後にする。

馬車を待たせていたわけでもないのでそのまま徒歩で去っていく2人を、

店員たちは一体あの男女は何者だろうかと思いつつ見送った。


フェリクスは店の者達を振り返って軽く手を振った後、

クレアの手を取って歩き出した。

クレアは手を振り返すほどの余裕は無く、

ただ俯き加減に黙ってついていくだけだった。

「お疲れ様でした、クレアさん」

「服を作ってもらうって、あんなに大変なんですね……」

「なんだか勝手にドレスを仕立てさせてもらう形になったけど。大丈夫だった?

 クレアさんの都合もあったんじゃない?」

「いえ実はあまりにもドレスを甘くみていたので、むしろ助かりました。

 お姉さまの経営してる古着屋でそれっぽいドレスを買って、

 仕立て直せば何とかなるかなー、なんて思ってましたので」

ほんの少し仕立て屋にいただけでも、

そこで仕上がってくるドレスの質の高さは容易に予想できた。

それは普段クレアが古着屋で見る物とは桁違いなもので、

あのままだと大恥をかく所だった。

やっぱり自分は貴族には向いていないんじゃないかなぁ、

などとクレアが思っていると、

「いやぁ、僕もああいう所に行くのは初めてだったから緊張したよ。流れにまかせて乗り切ったけど」

と、フェリクスが笑いながら言った。

「ええ!?そうだったんですか!?」

「貴族なんて、慣習や慣例が多すぎるからね、

 特に相手との関係性とかを含めていたら、全てを把握なんてし切れないよ。

 だから僕はいつも動じないようにだけしているんだ」

この人は、本当に何者なんだろう……。

クレアはそういえば、フェリクスの事を何一つ知らない事に今更ながら気づいた。


「さて、僕の方はとりあえず用は済んだんだけど、

 クレアさんはこの後どこか行きたい所とかあるの?」

クレアはそう言われても困った。

突然会いたいという申し出の為に何も考えておらず、

そもそもフェリクスに会うというだけでいっぱいいっぱいだったからだ。

まして今いる場所は王城にも近い区画なので高級店が多い、

こういう所で聞かれてもどこに行きたいも何も無いのだ。


先程のドレスや諸々の支払いすらも考えたく無いのに、

どこかの店に入って「このネックレス買ってー❤」などと言えるはずもなく。

「ええーっと、そうですねー」

クレアがそろそろ食事時だしもう少し庶民的な所行きません?とかの言い方に困っていた時、突然後ろから声をかけられた。


「ふん、フェリクスか、このような場所で女連れとは良い身分だな、

 ……ん?その女は?」

「えっ……」

「お前……」

そこには、いつぞやのフルーヴブランシェ侯爵家で出会った男がいた。

たまたま近くの店に入ろうと馬車を降りたのがちょうどクレア達の真後ろだったらしい。

どうやらフェリクスは知り合いらしいが、

普段の雰囲気とはまるで変わり、相手をお前呼ばわりしていた。


次回、第174話「大公爵と廃王子」

読んでいただいてありがとうございました。

基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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