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第172話「学校の授業って、こういう時のトークスキルも教えて欲しかったっス……」


店の外でロザリア達がわちゃわちゃと騒いでいる間、

店内の個室に通されたクレアとフェリクスが何をやっていたかというと、

2人共椅子に座ったまま固まっていた。

周囲に人がいるならまだしも、

部屋に2人きりでいると「何か話さなければ」というのが強く出てしまい、

かといって何を話して良いのかわからず時間だけが経っていた。

思えば2人でよく行動してはいたものの、

変に意識すると途端に噛み合わなくなり互いに無言の時間が長くなってしまう。


「……」

「……」

クレアもフェリクスも正直言うと状況を持て余していた。

目の前にメニューが来ているのだからそれをネタに会話を進めれば良いものだが、

そういう発想も思い浮かんでいなかった。

だが店の方も客を放置しておくわけにもいかないらしく、個室の扉がコンコンと鳴る。

「お客様、ご注文はお決まりになられましたでしょうか?」


「あ、いえ! はい、いえ!」

「ま、まだ決めてないです!」

店員の声に我に返ると2人は慌てて答える、それはもう慌てすぎて声が裏返りそうになるくらいに。

「よろしければ、ご注文のご助言などさせていただきますが?」

「はい、はいはいはいはいどうぞ」

「むしろよろしくお願い致します!」

扉の外からの申し出は2人にとってむしろ願ってもなかった。

中で良からぬ事でもやっているかと思ったら何だこの客は、と店員が扉を開けて中に入ると、

2人は特に寄り添うでもなく、テーブルを挟んでもじもじしていた。

この手の客は過去に何度か経験があるので店員は一目で察した。


入って来た店員は、軽く微笑みを浮かべた営業スマイルの口ひげが似合う初老のイケオジだった。

単なる店員というより執事でもやってそうな(たたず)まいである。

そして経験を積んだプロの目でクレアとフェリクスを一瞬で分析した。

このタイプは下手につつけばかえって拗れるだけだ。

故に、相手との距離を詰めようとせず、あくまで自分はアドバイザーであるというスタンスを貫く。

「お客様、当店は初めてでいらっしゃいますか?」

「あ……はい」

「もしかして、お二人でこういう店に来られるのも初めてですか?」

店員の質問にクレア達が多少赤くなりながら小さくコクリと肯く。

その様子に店員は内心握りこぶしを天高く振り上げ、初々しい2人を祝福していた。

この手の若いカップルは大抵最初のデートで失敗しがちなのだ。

それが原因で別れてしまう事も多々ある。

若者よ心配するな、おじさんが力になろう!と、

店員はわりと大きなお世話な事を思いながら接客に入った。


「さようですか、お二人の大切な思い出に当店を選んでくださり、誠に光栄でございます」

この店はとある貴族が貴族形式のもてなしを一般の店に取り入れたら面白いのではないか、と初めた店で、

今2人を接客している店員も元は貴族屋敷で働いていたのを、

ホールマネージャーとして働いているのだった。

なのでガチの執事喫茶といえる。


「それではお客様。まずはお茶の種類ですが、本日はこちらがおすすめでございます。

 また、お嬢様にはこちらの品種が甘めでよろしいかと」

「あ、ではそれに合わせてケーキを1つずつ見繕ってもらえますか?」

「かしこまりました、それでは本日はこちらのケーキ等がご用意できます」

「あの、私はこのチョコのタルトが良いかな、って思うんですけど」

「ああ、お茶の方がが甘めですから丁度良いかと思われます」

「じゃあそれでお願いします」

「僕はチーズケーキかな?」

「承りました、それではどうぞごゆっくりお寛ぎ下さい」

そう言って一礼すると、店員は個室から出ていった。


第三者を介しての会話のおかげで気持ちがほぐれたのか、

2人がようやく顔を見合わせ、お互いに緊張が解けたおかげでやっと自然な笑顔が出せた。

気付けばお互いの肩から力が抜けていた。

「すまない、注文くらいしておくべきだったね。

 とはいえ僕はあまりこういう店に入った事が無いんだけど」

「そうなのですか?留学先とかではどんな感じだったんですか?」

「ああ、留学先ではむしろこういう部屋の中というより、

 野外にテントを立ててそこに机や椅子を並べている感じだったね」

「この国と全然形式が違うんですね?料理とかはどんな感じなのですか?」

クレアが興味津々にフェリクスに尋ねてくるので、

ようやく話の糸口が見えたとばかりに留学先の事を話し始め、

クレアの方もここぞとばかりに色々と聞いてくる。

そんなこんなで話が弾んでいると、店員がワゴンを押して再び入ってきた。


店員はワゴンの上に載せられた皿をテーブルに置くと、

それぞれの前にカップを置き、紅茶の良い香りと湯気が立つ。

店員が今度はタルトの乗った小皿とフォークを置くと、

2人の前で恭しく一礼して個室から去って行った。


2人は目の前のケーキに手を伸ばし、早速口に入れる。

クレアのものは程よい苦味と酸味のある濃厚なチョコレートの風味が舌の上で溶け、

鼻腔をくすぐる芳しい匂いに自然と笑みがこぼれる。それは傍目から見ても幸せそうな表情だった。

「これ美味しいです……。このケーキ私が今まで食べた中で上位に食い込むくらいです!」

「クレアさんは他にもこういう店に来たりするの?」

「えっと、私の方はこういう店には、おね、ロザリア様とよく来ていますね」

「アデルさん、だったかな? ロザリア様の侍女と3人でよくいるものね。

 クレアさんはロザリア様の事を”お姉さま”と呼んで慕っているみたいだし」

「あ! いえ!それにはあまり深い意味は無いですよ?

 私、ロザリア様に命を救われた事もあったので、ほら、最初の魔力暴走の時に」

「ああ、それについては僕も良く覚えているよ。あの時のクレアさんはとても取り乱していたからね」

「あ、あの時は本当迷惑をかけてしまってすいませんでした!」

クレアが申し訳なさそうな顔をするので、フェリクスは慌てて手を振って否定する。

そもそもあれはクレアの責任ではなかったのだ。


「気にしなくて良いよ。誰だって自分の力が周囲の人を巻き込むような大爆発を引き起こしてしまう、なんて事になったらああなると思うよ?」

「そう、ですね……。何なのでしょうね、この力……。

 あの、フェリクス先生は何かご存知じゃないですか?”聖女”というのが何なのかを」

クレアは無意識に胸のネックレスに指を触れていた、

そこにそれがあるのを感じる事ができれば安心するので、今ではクレアの癖になっている。

クレアは”聖女”という存在を疑問に思っていた。

元々のゲーム「救乙」では聖女の存在なんて語られておらず、

ヒロインは光の魔力こそ持っているものの、それはラスボスに対抗できる唯一の存在という程の意味しか無かったからだ。


「この国の一部にはそういう言い伝えがあるらしいね。残念ながら、僕も詳しい事は知らないんだ。

 僕は医者の上に、長く外国に留学していたからね。その辺の事情については疎いんだよ」

「そう、ですか……」

「クレアさんは、自分の力の事、やっぱり嫌なの?」

「嫌というか、怖いんです。力も強すぎるし、よくわからな過ぎて」

「……やっぱり、その力は封じてしまいたいの?」

「今はちょっと考えが変わりました。

この力で大勢の人が救えたんだから、少しくらいならあった方が良いのかな、って。

でも、勲章とか爵位なんてもらってしまったらそうもいかないんでしょう?」

力に対する印象が変わったのは本当だ。様々な人を救えたし、獄炎病の治療にも貢献できた。

しかしその影響で貴族にされかけているこの状況は正直どうしていいかわからない。


「周囲は放っておいてはくれないだろうね。

 良くも悪くもクレアさんの力は利用価値が高すぎるんだ。

 でもだからこそリュドヴィック殿下を始めとする王家の人たちは、

 クレアさんを守ろうとしてるんだよ?」

「本当にそうなんですか? 疑ったらキリが無いですけど、

 正直言うと、放っておいて欲しいな、って」

「だろうね、僕も今のように救護院を回って患者と向き合って、

 治療を続けたいだけだから放って置いて欲しい、と思う事がある」

苦笑して自分の言葉に同意するフェリクスの言葉にクレアは疑問を感じた。

やはりフェリクスには何らかの事情がある立場なのだろうか?


「やっぱり、フェリクス先生にも何か事情があるんですか?」

「僕自身の事じゃないんだけどね、僕も色々としがらみが多いんだ」

「お互い、好きな事だけしていたいのに中々うまく行きませんね」

「そうだね、でも僕の場合は救護院に行く事を好ましくないと止められるぐらいで済むだろうけど、

 クレアさんの場合はそうはいかないんだ。

 今のままだと、気がついたらどこかの貴族の家来みたいな扱いになって、

 政治的な目的の為に望まない治療を強いられたりしかねないんだよ」

「そんな、自分の力とか能力なのに、自分の意思で使えなくなるなんて」

クレアは信じられないといった様子で小さく首を横に振る、

そんなクレアをフェリクスは真剣な眼差しで見つめていた。


「大きな技術や能力っていうのは、それだけ周囲に大きな影響を与えるからね。

 だからこそ、僕はクレアさんにエスコートを申し出たんだ」

「えっ、あのあのあの」

クレアはフェリクスが真剣な顔で言うので、思わず狼惑して言葉が詰まってしまう。

よりにもよってこのタイミングでエスコートの事が話題になると思っていなかった。

「エスコートの意味、知ってるよね?」

「……はい」

「実を言うと、僕はとても身勝手な理由からエスコートを申し出たんだ。

 本当を言うとね、僕はクレアさんの婚約者になりたいか、というと、

 まだ自分の気持ちの整理が全然ついていないんだ」

「えっ……」

「君が爵位を得てしまうと国内外の貴族から注目が集まり、

 婚約の申込みが殺到する事になると思う。

 そう考えた時、僕は君がどこか遠くに言ってしまうんじゃないかと思って、

 それだけは嫌だと思ったんだ。

 だから、エスコートを先に申し込んでしまえば、

 周囲のクレアさんへの婚約申込みを牽制できると考えたんだ」

「……」

クレアは予想外の展開に混乱してしまい、どう返答して良いのか分からずにいた。

正直フェリクスの言っている事は本人の言う通り自分勝手も良い所だった。

とはいえ、エスコートの申込みが自分との結婚どうのという事を直接意識しての事でなかった、

というのはかえってクレアにとっては気が楽になった。


「僕は、今までの人生で色々ありすぎて誰かを大切に思うという事が無かったんだ。

 唯一の例外と言っていいのがリュドヴィック殿下くらいかな。」

クレアは、正直言ってフェリクスの言葉が少々腑に落ちなかった。

少々変わった所があるけど育ちも良いみたいだし、

医学で留学の経験もあるのだから恵まれた生活をしてきたようにしか見えなかった。

「フェリクス先生は、以前はあまり幸せじゃ無かったんですか?」

「あまり思い出したくないな。ただ、僕の家族はもう誰もいない、そんな風には思っていたな……」

「あの、それってどういう」


その瞬間、クレアとフェリクスの座っていた机の側に、ロザリア達の姿が出現した。

「は? え? お姉さま?」

「リュドヴィック……」

「申し訳ありません、お客様の私的な事柄をお守りする為に、強硬手段を取らせていただきました」

個室の扉を開けて先程の店員が入ってきた。

ロザリア達はお茶やケーキ等が運び込まれた時にでも入り込んだらしい。

この店は貴族が経営しているだけあって、そういった魔石具・魔法に対抗する設備が充実しているらしく。

個室内の魔法や魔石具を無効化する装置が使われたらしい。


「そのお顔は、王太子殿下と、そのご婚約者様ですね?

 大変申し訳ありませんが、この店でこういう行為は看過できません。

 どうぞご退室をお願い致します」


ロザリア達は個室からつまみ出された。


次回、第173話「危機はまだ去っていないっス……」

読んでいただいてありがとうございました。

また、ブックマークしていただきありがとうございます。


基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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