第171話「いやマジで追い詰められてるんスけどー!?」
「ど、どどどどどどうしましょうお姉さま!?」
「フェリクス先生って、
意外と見かけとか雰囲気のわりに押しが強かったのねぇ……」
「一旦お嬢様の家を通して、というのが更に本気さの度合いを感じさせますね」
『2人だけで会おう』という開封した手紙の内容に慌てふためいたクレアが、
ローゼンフェルド家のタウンハウスに駆け込んできていた。
ロザリアはというと、前日と同じくアデルにお茶を入れてもらいながらお菓子をつまんでいる。今日はクッキーとマフィンだ。
あまりに2人の様子が落ち着いているので、クレアは拍子抜けするしかなかった。
「あのー、そんな落ち着かれてると困るんですが。
私、どうすれば良いんでしょうか?」
「クレアさん、一応聞くけど、断るつもりなの?」
「正直言って断りたくないです。でも、私なんかで良いのかなって思えて」
クレアとしては、自分が田舎者という思いが強くてフェリクスに釣り合うかが不安なのだった。
フェリクスの身分は知らないが、リュドヴィックとの関係性を見るとどう見ても相当に高いとしか思えなかったのだ。
「クレア様、とりあえず会いたいというだけなのですから、
素直に会いに行ってみてはいかがですか? 」
アデルはそんなクレアの様子を見て、
クレアのカップへ紅茶のお代わりを注いでいた。
今はとにかく落ち着かせるのが先決だと思ったからだ。
しばらくしてクレアが落ち着いたのを見てロザリアが口を開いた。
「まぁ、そこはあなたの気持ち次第なのだけどね?
とりあえず一度きちんと考えて、それで答えを出すしかないわね。
それに、フェリクス先生って結構優良物件よ?」
「え、お姉さま、フェリクス先生の素性とか知ってるんですか?」
「私の口から話すわけにはいかないんだけどね?
心配しなくて良い、とだけ言っておくわ」
「はぁ……」
ロザリアの態度は何か知っているのは間違いなさそうだが、質問に答える気は無いようだった。
クレアも無理に聞き出そうとはせず、せっかくなのでお茶会の続きをする事にした。
気分転換でもしないと手紙への返事なんてできそうに無かったからだ。
しかしクレアはダラダラと悩みに悩み続け、
約束の日の前日に、何度も何度もせっつかれて仕方なくロザリアを通じて了承の返事をする有様だった。
当日の朝も一睡もできずに朝日を拝み、
「ついにこの日が来てしまった。よし、死のう」「いやいや、死んじゃだめだろ私」
などという意味不明な自問自答の果に覚悟を決め、ついに待ち合わせ場所へと向かった。
服装も悩みに悩み抜いたのだがどうしても服が決まらず、
唯一フォーマルでありながら、どこに行っても浮かない格好であろう魔法学園の制服を着る事にした。
「お姉さまも、『制服なら最悪どこにいても正装で通るから!迷ったら制服で!』
って言ってたもんね。時間的に多分、観劇とかじゃないという話だけど……」
ちなみにロザリアがその後『制服が嫌いな男子はいないから!』と続け、アデルに『おっさんみたいな事を言わないで下さい』とたしなめられたのは聞かなかった事にした。
サプライズか何か知らないが、どこへ連れて行かれるかわからないのはこういう時に困る。せめてもう少し情報が欲しかった。
待ち合わせ場所は王都の広場だ。とはいっても古着屋『神の家の衣装箱』がある第二広場ではなく、
王城からの大通りの途中にある第一広場で、中央噴水のある大きな所だ。
待ち合わせ時間の30分ほど前に到着してしまい、
いくら何でも早すぎたかと思っていると、そこには既にフェリクスの姿があった。
「やあクレアさん。来てくれないんじゃないかと不安だったよ」
そう言いながらこちらに手を振るフェリクスにクレアはなんとか笑顔を作った。
フェリクスの服装は白シャツに黒のベスト、黒のロングパンツと至極シンプルだったが、それが恐ろしく似合っていた。
が、内心クレアは自分が制服で良かったと安心していた。
下手に気合の入れたドレスなんて着ようものなら、かえって釣り合いが取れなくなりそうだったからだ。
「いえ、その、すみません返事が遅くなって、中々決心がつかなくって」
「大丈夫だよ、僕も少々早まったと反省してたくらいだから。
まぁ、立ち話というのもなんだから移動しようか」
そう言って歩き出したフェリクスの後についてゆき、
クレアは自分の顔をまじまじと見られなくて良かったと安心する。
何しろ自分は前日どころかここ3日全く眠れず、
回復魔法で無理やり体調を整えてこの場に臨んでいたのだ。
また、それはフェリクスも同様で、クレアからなかなか返事が来ないので、
やはり断られたのか、エスコートを申し出たのは早まったのか、とかなり落ち込み、
返事が来るまでリュドヴィックが延々励まし続けていた有様で、ある意味似たものどうしだった。
「あの、今日はどうするんですか?」
「そうだね、まずはお茶でもどうかな? 知り合いに聞いた店があってね。」
「はい」
「クレアさんは甘い物は好きかな?」
「もちろん、大好きです!」
「じゃあ決まりだ。行こうか」
「……」
「……」
とりあえずの行き先は決まったものの、
店までの道中互いに意識しすぎて会話が全く弾まない。
『(ああもうどうしてこんなことに)』
『(こうなる事は予想できましたけれどね……)』
ロザリアは後ろで2人を追跡しながら頭を抱えていた。
もはやお馴染みの認識阻害の魔石具を使用している。
もちろん、アデルも同行している。2人ともやはり心配で付いてきたのだ。
クレアとフェリクスは2人並んで歩いているわけだが、
クレアの方が微妙に後ろに下がって目を合わせないようにしていたり、
傍から見ると初々しい恋人同士にしか見えるかというと微妙なところである。
そのまま無言で目的のカフェに到着したようだが、
その店を見るとロザリアの顔から表情が消える。
『(えっこの店って)』
『(おや、お嬢様もご存知の店でしたか?)』
『(リュドヴィック様と初めて行ったお店よ)』
『(え、あ、あー……)』
あのボケ太子何してくれやがる、とアデルは一瞬で察し、
元々無表情な顔が一瞬でチベットスナギツネのような虚無になってしまった。
そのまま無表情と虚無の顔になっている2人に後ろから声がかかる。
『(何をしてるんだ?ロゼ)』
『(……リュドヴィック様の方こそ、というかクリストフさんまで)』
背後にいたのはリュドヴィックとクリストフだった。
認識阻害の魔石具は何組も認識できない人物を作るわけにもいかないので、
基本的に同じカフスで効果を無効化できるようになっている。
この2人もフェリクスが心配だったのか後をつけてきていたのだ。
『(いや、私はフェリクスがやはり心配で、そういうロゼも同じなのだろう?)』
『(まぁ、そうですけどー。
あのー、このお店をフェリクス先生に教えたのって、
もしかしてリュドヴィック様ですかー?)』
『(え?ああ、以前行った時良い店だと思って……、
いやどうしたんだ?ロゼ)』
『(へー、そうですかー、教えてしまうんですかー。
いえべつにわたしはきにしませんよー)』
自分の言葉を聞いてロザリアの目が無表情からだんだん座ってきている事に気づき、
何か気に障ることを言っただろうかとリュドヴィックは冷や汗を流した。
『(気にしないって、どう見ても機嫌が悪そうなんだが……?
いや本当にどうした?)』
『(べーつーにー?)』
『(……私は、何か悪いことをしたんだろうか?)』
リュドヴィックの様子に、恋愛に関しては朴念仁にも程があるだろとアデルとクリストフは呆れるしかなかった。
『(差し出がましい口をはさむ事をお許しください。
どう考えても王太子様が悪いです)』
『(殿下が悪いですな、あー知ーらね)』
『(もう一言失礼します、一生言われ続ける事をお覚悟ください)』
アデルのダメ押しの言葉にリュドヴィックがさすがに事態を察する。
『(そこまで!?いや教えてくれロゼ!何を怒っているのだ?)』
『(いーえー?殿下が自分の判断でなさった事ですからー?
私は気にしませんよー?)』
『(そ、そう?か?怒っていないなら良いんだが……)』
ロザリアは完全に据わった目でそう言い放ち、明後日の方向を向く。
特に機嫌が悪そうではないようなのでリュドヴィックは安心しかけるが、
代わりにクリストフとアデルから罵倒されまくる。
『(良いわけ無いだろう!そこで言葉通りに受け取ってどうする!もっと踏み込め!
ロザリア様がわざわざ”殿下”と言った事の意味を考えろ!
おのれもさんざん父親を”陛下”って呼んでるだろうが!)』
『(私からも僭越ながら一言失礼させていただきます。
乙女心をというものを少しは理解しやがれ、
常々思ってるけど顔と雰囲気だけでゴリ押すんじゃねぇよ、
実は中身ヘタレの見た目だけ詐欺野郎が)』
『(ちょっと待ってくれ!クリストフはともかく、
アデル嬢は普段そんな事を思っていたのか!?)』
クリストフは慣れていても、なぜかアデルにまで罵られる羽目になったリュドヴィックはわりと凹んでいた。
しかも外面を取り繕うのには長けていると思っていたのに、自分の内面まで見抜かれていたというおまけ付きだ。
『(リュドヴィック様ってそんなヘタレかな……?
あとアデルって素は結構口悪いわよね?)』
クリストフとアデルがボロカスに言ってくれたおかげか、
ロザリアは少々機嫌を直していた。
さて、窓の外の犬も食わない会話を他所に、
店内の2人の会話は……はずんでいなかった。
次回、第172話「学校の授業って、こういう時のトークスキルも教えて欲しかったっス……」
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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