第170話「ええー……?騙され……た?」
「という事がありまして、どうして私、勲章とか爵位をもらわないといけないんですかね?」
クレアはロザリアの屋敷を訪れ、庭園の東屋でお茶を飲みながらロザリアに相談をしていた。
その格好はいつものようにロザリアの母親や侍女達によって思い切り着飾られており、もはや慣れっこだった。
ちなみに今日の服装は、藤色のドレスに白いボレロを羽織っており、髪もサイドテールにまとめられて綺麗に結われている。
「それだけクレアさんの功績が大きかったのよ。
功績がある人にはきちんと報いないと、国の方が後々困る事になるの。
このまま国がクレアさんに対して何もしなかったら、
もしも同じような手柄を立てても国は何もしてくれないんじゃないか?って思われちゃうのよ」
「あー、後に手柄立てたの人の迷惑になっちゃうわけですかー」
「クレア様を聖女として囲い込もうとする教会を牽制する意味もあるようですね。
例の治療薬を教会経由で国中に行き渡らせた事が、期せずして教会へ手柄の一部を譲った形になっておりましたので、
あとは国が身分を預かるとして中立を維持しようという考えのようです」
クレアの後ろに控えていたアデルが補足するように説明をする。
内容に納得しているクレアではあったが、正直言うと自分の立ち位置が今ひとつ掴めていなかった。
「あのーお姉さま、それって、良い事なんですよね?」
「今の所はね、誰にでも良い顔をしておいて、
後々角が立たないようにという意味では問題無いと思うわ」
「はぁ、そうなんですか。でも、貴族になるの何か面倒臭いなぁ」
「心配しなくても良いわよ、その時は平民の人と結婚してしまえば良いだけだから。
その時は爵位を国に返さないといけなくなるのよ」
クレアは気が抜けたのか貴族であるロザリアの前でそんな言葉を漏らしてしまうが、
ロザリアは気にしないどころか、本人自身が面倒くさいと思う事も多いのでむしろ同情的だ。
『いやマジ貴族って色々面倒くさいんですけどー』
「おお良かった!逃げ道があった!」
「更に、クレア様が貴族の方と結婚したい、となった時も、
爵位を持っていればかなり楽に事が運びますよ」
「え、じゃあもらっておいて損は無さそうですね?」
アデルの付け足した言葉でクレアはあっさりと手のひらを返す。
先程まで面倒臭そうにしていたのが嘘のような変わり身だった。
ロザリアは苦笑してしまうが、そろそろクレアに問題点を教えておくべきだろうと話を切り出す事にした。
「で、まぁ、そこにフェリクス先生のエスコートの申し出の事が出てくるんだけどね」
「え? 何か問題ありますかお姉さま? よく知っている人だし、
あの人も身分がちゃんとあるそうですけど」
「クレア様、こういった公の場でエスコートを務める者は、
父親か有力な親族、もしくは婚約者等になるのですよ」
「え」
アデルの言葉を聞いた瞬間、クレアの動きが止まる。
「つまり、フェリクス先生はクレアさんの婚約者として立候補したようなものなの。
もしくはクレアさんの婚約者になろうとする人達に対して牽制する意味もあるわね」
「は」
ロザリアがダメ押しの説明をすると、クレアは完全に固まってしまった。
「お嬢様、フェリクス様は思ったより直球でクレア様に来られましたね」
「攻城戦で言うなら外堀埋められるどころか、ついでに正門まで開かれちゃった状態よねー。
まぁその辺は恐らくリュドヴィック様もフェリクス先生も、意図的に隠してたわね」
「クレア様が気づかないうちに、言質だけ取ったというのが少々思う所はありますが」
ロザリアはアデルにお茶のお代わりを入れてもらいながら、少々他人事のようにアデルと話している。
しかし、クレアにしたらそれどころではない。
真っ赤な顔で口をパクパクさせながら必死に脳内で状況を整理しようとしていた。
そもそもフェリクスの仕事を手伝っていたのは、好意もあるが単にクレアの性分なだけで、
憧れてはいても、まさか自分に対して婚約を申し込みに来るとは想像すらしていなかったのだ。
「ええええ! 私、どうすれば良いんスか!? OKしちゃいましたよ!?」
「どう、って、嫌なら今からでも断れるわよ?」
「おっけーという言葉の意味はわかりませんが、とりあえず、口調を直せば良いと思います」
「ねぇクレアさん、この世界で女性が生きていくって大変なのよ?
前世での中世よりは遥かに環境は良いと思うけれど、
色々聞いているとそれでも様々な困難はあるわ」
「身一つで事業を起こされて財を成す女性もいるにはいますが、
それにしてもまずは何らかの後ろ盾が必要なのです。
多くは冒険者ギルドや商人ギルドに属して、そこで財を成した人々ですね」
ロザリアとアデルの二人は、クレアを諭すように話しかけてくる。
とはいえ、ロザリアは幼い頃から婚約者がいたので抵抗は薄いだろうが、
クレアの方はまだ15の身で突然結婚とか言われても困るだけだった。
『あー、ウチは慣れっこだけどクレアさんにしたらそういうワケにもいかないわけねー』
「魔法学園卒業したら故郷に帰る、というのは無理、ですよね……?」
「おそらくほぼ不可能ね。クレアさんの魔力にしろ業績にしろ、
もう放っておいてもらえる状態じゃないわ」
「あの、私本当にどうすれば良いんでしょうか?」
「ん?婚約者のフリだけしてもらって、いざとなったら結婚しないとか色々あるじゃないの。」
「いやそんな時間稼ぎみたいな」
よりによってフェリクスからの婚約申込みなので断りたくはなかった、
なかったが現状維持の為に利用するようなマネもしたくなかった。
「ですがクレア様、このまま、というのは長くは続きませんよ?
お嬢様は魔法学園を卒業しだい、すぐにも結婚されて王太子妃となられるでしょう。
場合によっては来年にでも魔法学園を中退し、結婚される可能性だってあるのです」
「え、嘘!? 何それ嫌よ私はそんなの」
今度はロザリアが動揺する番だった。
卒業後の事はともかく、まさか中退してまでという事は全く考えていなかったからだ。
「ですがお嬢様、魔法学園への入学は国民の義務なので、
それは次期王太子妃であろうと変わらないというのを示すのであれば1年もあれば十分なのです。
何よりも来年は王太子様も卒業です。
ならばもう魔法学園にいる事は無い、と中退を迫られる可能性だってあるのですよ?
お嬢様は、王太子様に『今すぐ結婚してくれ』と迫られて断れますか?」
アデルの指摘にロザリアは全く言い返せなかった。絶対に二つ返事で受け入れてしまう。
『……うん無理! 絶対断れない! ウチが断る姿を全く想像できない!』
赤くなったり青ざめたりと忙しいロザリアを見て、クレアは「面白いなぁこの人」と思っていた。
「あー、魔法学園が絡む乙女向け小説の定番だー。そこで小説終わっちゃうんですよねー」
「よくある結末ですね。そんな感じで終わる事が多いと思います」
「うーん、まぁそれは確かに私も断れない気がする……、
ちょっと待ってアデル、あなた恋愛小説とか読むの!?」
「なんの話でしょう?」
「いやいやアデルさん!そこの所を詳しく!」
思わぬ所でアデルの趣味が発覚してロザリアとクレアが食いついたが、アデルは強引に話を進める。
「ぐっ……ともかく!現実は小説とは異なり、お嬢様やクレア様の人生は続いて行くんです。
もしもお二人が普通に魔法学園を卒業したとしても、
卒業後、クレア様は平民のままだとそう簡単にお嬢様に会えなくなりますよ?」
「えー! それも嫌だなぁ」
考えてみれば当然である。ロザリアは結婚してしまうと王太子妃なのだ。
一平民どころか、普通の貴族でも会うとなると手続きや順番待ちで年単位の時間がかかってしまう。
「その為にも、いずれフェリクス様より婚約の申込みがあると思いますが、
ひとまずエスコートの申し出は受けておいても良いと思うのです」
「ねぇクレアさん、フェリクス先生の事好きなんでしょう?何が嫌なの?」
「嫌というか、困るというか、明日からどんな顔して会えば良いんですか……」
「まぁでも、今は魔学祭の後片付けで忙しいし、しばらくは会うこともないでしょう?
叙勲式だってまだ時間はあるんだし、ゆっくり決めたら良いと思うわ」
だが、物事はそう思い通りには行かなかった。
次の日、侯爵家宛のロザリア経由でクレアにフェリクスから手紙が届いたのだ。
内容は簡潔に、休日に2人だけで会いたい、というものだった。
第171話「いやマジで追い詰められてるんスけどー!?」
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