第169話「えー、貴族なんて面倒くさいから嫌っス」
「叙勲と、爵位、ですか? あの、私、勲章はともかく爵位なんてそもそも要らないんですけど……。爵位って、要は貴族になるって事ですよね?」
後日、生徒会執行部室にクレアを呼び出したリュドヴィックは勲章と叙爵の件を伝えた所で、いきなりクレアに断られていた。ちなみにフェリクスも立ち会っている。
リュドヴィックは坊ちゃん育ちなだけに、平民なら貴族に対する憧れが多少はあると思っていたので、ここまであっさりと断られるとは思っておらず、少々面食らっている。
「まずそこからか……。とはいえ、爵位はあっても邪魔になるものでは無いと思うぞ」
「ええー、嫌です。貴族社会なんて絶対面倒臭いでしょう? どうしても受け取らないと駄目ですか?」
クレアの即答にリュドヴィックとフェリクスは少々心が折れそうになる。王太子に対して、面と向かって堂々と断れるくらいなら大丈夫じゃないか……? と2人は思ったが、元々彼女が貴族社会に対して良い感情を持っていなかったのは承知していたので、出来る限り現状を理解させていく方向で説得する事にした。
「まずクレア嬢、君は光の魔力を有しているね? これはこの国で数百年ぶりに出現した貴重な存在だ。しかも君はそれをかなり自由にそれを扱えている」
「はぁ、まぁ、それはそう、ですね?」
「これだけで魔術士団がぜひうちに入団させろとかなりせっつかれてるんだ。
だがこれは魔法騎士団も同じでね、魔術士団と魔法騎士団は同様に魔力を活用するがゆえに物凄く仲が悪い」
説明されても軍隊だの騎士団に興味の無いクレアにしたら、だから何やねん、という感想しか浮かんでこない。
「はぁ、それって仲良くしろ、と言えば良いだけなんじゃないですか?」
「……耳の痛い言葉だが、なかなかそうは行かないのが現実なんだよ」
現実の軍隊でも陸軍と海軍が仲が悪いのはもはやお約束で、
中には両軍の連携が全く取れない為にお互いの補給を連携し合う事すらできないので、
両軍に対する補給専用の独立部隊を作らざるを得なかった例もある。
「なので、正直言うと騎士団にも魔術士団にも入団するのはおすすめしない。どちらかから嫌がらせ等の被害が考えられる」
「ええー」
「さて君は、獄炎病を治療できる魔法まで習得し、自ら国中の患者を治療してまわったのみならず治療薬の開発にまで関わっている、これだけで何人の人が救われたか知れないよ」
「あれはまぁ、好きでやっただけなので、その、性分というか」
「それは善行としてとても素晴らしい事だ、尊敬しない者などいないだろう。
君は貴賤を問わず、平等に多くの人を救った。だが今度はそこが争点となってくるんだ」
リュドヴィックの物言いに、自分は目の前で苦しんでいる人達を放っておく事が出来なかっただけで、批判されるような事をした覚えは無いとクレアの表情が曇る。
納得していない顔に気づいたリュドヴィックは、慌ててフォローを入れる。
「ああ勘違いしないで欲しい、何も君が人を救った事を問題にしているわけじゃないんだ。
それを問題にしようとする人達もいるんだよ」
「問題、ですか?」
「ああ、”教会”だ、君はロゼと共によく教会に行くだろう?
その度にきちんと祈りをささげ、孤児院の経営に関わったりもしている。そこでさっきの治療薬の事が出てくるんだ」
「あの治療薬は今は教会の連絡網を通じて流通しているね? 各地でそれによる治療の効果が出始めると、当然教会の影響力も大きくなってくる、
すると、それなら大元になったクレア嬢、君を直接教会に取り込もうと画策している人たちが出てきてね」
「ええー」
リュドヴィックの説明を補足するようにフェリクスも続けるが、クレアはどんどん増えていく面倒事に帰りたくなってきていた。
「君も、まだ15なんだし、教会に入って聖女と呼ばれるのはまだしも、世俗と隔絶された所で修道女として禁欲の日々を過ごすというのは、いくら何でも本意ではないだろう?」
「このあいだの猫コンテストで獄炎病の治療を国を挙げて行ったのは、できるだけ患者の数を減らして、教会がそれ以上力を持とうとするのを牽制する意味もあったんだ」
「ああ、あれ、そういう目的もあったんですか」
「まぁ教会へどうのというのはついでで、病気など無い方が国にとって良いに決まっているからね」
「というわけでだ、騎士団、魔術士師団、教会などその他諸々が、国内外を通じて君を取り込もうとしているわけだ」
「うわー」面倒くせー、と言いそうになったのをクレアはギリギリで飲み込んだ。
実際、ロザリアを通じて何人もの貴族からの引き合いが来ているのは知っていたが、
まさか自分の知らない所でそんな面倒な事になっているとは思ってもみなかった。
「クレア嬢、君が善意で人を救い続けてくれた事は本当に感謝している。
だが、君が君のままでいる為には、あまりにも多くの思惑が絡み過ぎているのが現状なのだ」
「そこで先ほどの爵位の登場となるわけだ。クレアさんは国家に対する功績で叙勲されるけど、受け取る資格の為に爵位を与えられる。これによってクレアさんの地位は国家が直接後ろ盾となる事で、誰からも文句を言われない立場になるんだ」
リュドヴィックとフェリクスの畳み掛けるような説明に、本当に貴族になる事で問題が解決するのだろうか? 別の厄介な問題や義務が発生しないのだろうか? とクレアは悩む。
「えっと、貴族になっちゃったら、どうすれば良いんですか?
もしかしたら領地とか何とか与えられても、私は何もできませんよ?」
「そこはしばらくは気にしなくて良い、今は魔法学園に所属しているわけだからね。
考える時間はまだ2年以上ある、その間に身の振り方を考えれば良いさ」
「はぁ、えっと、色々とお気遣いいただき、ありがとうございます? あの、本当に何か騙そうとしてないですよね?」
「疑うなら学園に戻った時にロゼに聞いてみると良い。彼女も特に問題にはしないはずだ」
クレアが疑いの目を向けると、2人は苦笑して肩をすくめるしかできなかった。
何しろ本当に疑いの目を向けられるような事は、これから話す事なのだから。
「というわけでだ、ここで最初の叙勲に話が戻るんだけど。
クレアさんの場合、形式として誰かにエスコートしてもらって叙勲式に出ないといけないんだけどね?」
「えっと、私の父、ってのは多分無理ですよね?平民ですし」
「この場合は、勲章を受け取る際の立会人の意味が強いんだよ、
何らかの後ろ盾がある人物でないと、その勲章に実効性が認められないんだ」
「はぁ、とは言っても他に思いつきませんが。うーん、ロザリアお姉さまのお父様とか?」
リュドヴィックはフェリクスと話すクレアの言葉を聞いて少々話の流れを誘導する事にした。
正直な所、ロザリアの父親の派閥に付かれても今度は宰相派の勢力が強くなり過ぎるのだ。
「そうしてもらっても良いんだが、できるだけ派閥等に関わりのない中立的な立場の方が後々面倒事に巻き込まれずに済むぞ」
「ああー、そうですよねー。でも私、別にお姉さまの派閥でも良いんですけどね?」
「何も今15才で将来の身の振り方を決めなくても良いだろう。
今私達が提案しているのは、できるだけ中立な状態のまま、
魔法学園生活を無事に過ごす為のものなんだよ」
「ああ、はぁ、ありがとう、ございます?」
クレアは本当かなー、大丈夫かなー、と露骨に疑いの目をリュドヴィックに向けるが、
リュドヴィックは笑顔を浮かべたまま全く動じていない。なにしろ嘘は何一つ言っていないのだから。
「というわけでだ、僕に叙勲式のエスコートをさせてもらえないかな?」
「え?フェリクス先生に?」
「そうだ、こう見えて彼は叙勲式に出るくらいの身分ではあるし、
長らく留学していた事もあり国内ではほぼ無名で派閥的には中立だ。君も気心が知れているだろう?」
リュドヴィックはクレアを安心させるように微笑む。
『この人お姉さま以外に笑いかけると物凄く胡散臭いなぁ』と、
リュドヴィックが聞いたら凹みそうな事をクレアは思うものの、特に断る理由は無かった。
「おおー。なるほど、それじゃお願い、できますか?」
「よかった、断られたらどうしようかと思ってたよ、では、私めにお任せ下さい」
フェリクスがほっとした表情でエスコートするかのように手を差し出し、クレアは思わずその手を取るのだった。
そして、その場で膝をついて誓いを立てるかのようにもう片方の手を自分の胸に当てる。
その流れるような動きを見たクレアは、まるで物語の騎士か王子様みたいだと見とれてしまうのだった。
なので、フェリクスの顔にもその胡散臭い笑顔が浮かんでいるのには気づいていなかった。
第170話「ええー……?騙され……た?」
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